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あついから


「んー、あー」
「・・・間抜けな声ですなァー」
「あー。うるさい。あー・・・んー・・・あー・・・」
珍しくうだうだとした、だらしのない格好と蒸された気温の中、
鴨川はバタバタと手持ちのうちわを扇ぎながら机へへばりついて、妙な奇声をあげていた。
ダースはのんびりとした声といつものぶあつい格好で、
その机へどかりと腰かけて蛞蝓のような鴨川を横目に空が青いですねェ、と呟いている。
研究室の窓は開け放たれて、外では陽炎のように空気がゆらゆら揺れていた。
今年最高気温を記録しました、と別の研究室では気象予報士がおそらくそんなことを言っているのだろう。
真夏のある日、ここに勤める研究員にとってそれはあまりに残酷な宣告だった。
「あつい。あついぞ。あー。うー・・・・あー・・・・」
「五月蝿いのはアンタですよー、学者様ァ」
研究所のエアコンが壊れた。原因は不明。研究所に設置してあるものは全て、残り残らず。
復旧には1週間ほどかかるので、ご了承のほど。
そんな電気会社の通達を受けたのはつい先日の話だった。
一度は淀ジョルの仕業か、と鴨川を含めた数十人の歓喜と興奮によって色々な独自調査が行われたが、
すべては空振りに終わった。まず、この暑さという魔物に誰一人勝てなかったのだ。
現在の研究所はただの蒸し風呂兼サウナと化しており、満足に機能していない。
訪れる者と言えば、体感気温に左右されない・・・ダースのような化物ぐらいだ。
「おまえが居るとあつい。かえれ。あー・・・あつい。あつい。あー・・・・」
「あたしの炎に温度は御座いませんよ。言掛かりは・・・」
「うるさいっ・・・こっちはあついんだ、バカものっ!」
「・・・・」
だらりと寝そべったまま支部長代理のプレートをはじき倒し、鴨川はうちわを振り回して怒鳴る。
こいつは大人だったろうか、と改めてダースは考え直したが、
どこからどう見ても、贔屓目を入れても、それはいつも見慣れている顔つきであった。
ため息をついて、広い机の上にダースも仰向けに寝転んでみる。
すでに机は昼の高温で熱され、冷たさは欠片もない。
「・・・じゃまだ。どけ」
左を向けば、机の上の思わぬ侵入者に鴨川が不満満々の顔をしてうちわで叩いてくる。
普段のように思考が回っているわけではないようで、行動は幼稚っぽい。
腹にペチペチと当たる感触は面倒で、いっそ押さえかかってみようか、とダースは少し身を乗り出してみた。
「む」
「妙な戯れは御辞めなさいよォ」
とりあえず、元凶的ともいえる手首を掴んだ。汗で湿っている。
その行為に、鴨川はじっとダースを睨む。既に唇は「暑い」以外の単語を忘れてしまっているようだった。
わずかな抵抗の証に2、3度手前に腕を引っ張ってみるものの、
それ以降はぱたりと机に手を置いて、じっとダースを睨むに終始する。
そして暫くの沈黙ののち、一言。
「疲れた・・・・・・」
「・・・此れだからヒトはなァ。襲いますよォ、此の唐変木」
あまりに呆気ないやり取り。それに呆れた様子で、ダースはわざとらしく鴨川のシャツに手を伸ばす。
腕と同じように汗で湿っている、生ぬるい感触。
くすぐったそうに鴨川は身をよじって、芋虫のようにのんびりと口にする。
「あー。・・・あー。あついから止めてくれ・・・・」
舌足らずなその口ぶりは全く何も頭に入っていない喋り方のようで、
再びダースは呆れて、襲う気も失せるなあと思う。
掴んでいた手首をあっさりと離し、気を抜いてまた普通に寝そべる格好に戻った。
再びうちわ攻撃が襲ってくる来る気配はなく、あー、とかうー、とか、
言葉になっていない「暑い」がダースの耳を駆け抜ける。
まったく、ともう一度視線を鴨川の方に向けると、なぜかぱちりと目が合った。
手にしたままのうちわを手持ち無沙汰に自分へ扇ぎながら、ダースを見て妙に小狡く笑う顔。
上気した頬、蕩けた目。
「ほんとうに止めるのか。おしいなぁ、・・・期待していたのに」
「・・・・・・・は?」
そして蜃気楼のようなひとこと。
ダースは目を丸くして勢いよく身体を起こし、鴨川はあついなあと机に突っ伏す。
数秒の静寂。数秒の空白。
起こした身体を持て余し、ダースは頭で今しがた鴨川の発した科白を唱え直してみた。
「惜しい?期待?・・・エ、冗談でしょ、アンタ。おい、ちょっと」
「うー。あー・・・」
わけが判らず、ダースはにわかに混乱していつの間にか額と机をくっ付けている鴨川を思い切り揺さぶるが、
その力で鴨川が顔を上げることはなかった。
ただ、あー、とかうー、とか呟くばかりの鴨川に、思わずダースは頭を抱える。
あつい、と繰り返される横の呻き、及び遠慮のない太陽に盛大な文句をつけたいと思いながら。

淀×鴨川















たのしい


「片目で見る世界、どんなモンよ?」
「ん〜?面白いよ、ヒヒ」
スマイルはそう言って、ぐるん、とその場を一周した。
消えてる右手に残った手袋が包帯とつながって、
それがものすごい遠心力でふり回されて、ものすごいきれいな円を描いた。
「ヘェー。面白いんだ」
「オモシロイ。サイバーとおんなじぐらい、面白い」
「・・・それ、どーゆう意味よォ」
おれを見ていつものようにスマイルは「ヒヒヒ」と笑う。
何にも考えてないように見える、真っ赤い眼はちいさくておおきい。
青い肌。青い髪。濃さのちがう、おれたちの青いかみのけ。
スマイルは人間じゃなくて、でも、なんかそれはもう当たり前になってしまった。
(おれの中でね。)
「ヒヒッ、スッゴイ面白い、って意味だヨー」
「嘘だろ、それ」
「アレ、バレたぁ?」
ぐるぐる。回りきったあとも、スマイルの身体に絡まってる包帯は名残をのこして風におどる。
おれは片目くんで透明人間で真っ青でヒーローオタクのスマイルと、対等に話してる。
ヘンな話。
ギャンブラーZ、って共通点だけで、こうやって会ったり話したり、笑ったりしている。
・・・ヘンな話。
「なー、スマイル」
「ン、何〜?」
「おれといて楽しい?」
ヘンなので、なんとなく、おれは聞いてみた。
おれは残念ながら自分がバカだって知ってるから、こうやって素直に聞いてみる他ないのだ。
風となじんでた包帯がぴたりと止まって、スマイルも止まる。
「ナンで、そういうコト聞くのよ、サイバー」
「・・・え。いや。き、気になって?」
おれの声は、おかしな風に上ずった。
じっとおれを見つめるスマイルが、おれの質問のあとにいきなり雰囲気を変えたからだ。
アハハ、とおれは笑って、そのおかしな感じをごまかしてみせる。
「気になって、ネェ。サイバー、僕、楽しそうに見えない?」
「いや?そんなことは、ぜんぜんないけど」
そのごまかさを全部分かってるように、スマイルは聞いてきた。
楽しそうにみえない、って。そんなことは全然ない。全然ないので、おれはそう答える。
それは今思えば、もしかしたら、「カマをかけてる」ってやつだったのかもしれない。
「ン。今、ボク、楽しいよ。すごく。サイバーと一緒でさ〜」
「そっか。そんなら、いいけどね」
けど、おれはやっぱりたぶんバカなので、腰のいいひと光線銃をかちかち弄りながら、
うんうん、といつものように頷いて、その「本当」は気にしないことにした。
スマイルの真っ赤い眼のずーっと奥なんて、おれは知らなくって、いいのだ。
おれはスマイルとたくさん楽しいことをしたい。
いっしょにDVD見たり、カラオケでロボソンしばりしたり、フィギュアで遊んだり、
スマイルのすんげーうまい弾き語りを聞いたり、おれのファッションショーを見てもらったり、
そーゆーことを、当たり前のまま、続けていきたんだ、おれ。
だから、おれはおれのまま笑う。ヘンな関係の、楽しみな先を見たくて。
スマイルはそんなおれに向かってぎゅん、と包帯をふり回して手袋をおれの顔へぶっけてくる。
「いでっ」
「ヒッヒッヒ、油断禁物〜」
「おっまえ!」
楽しいことを、楽しくしたい。
おれはそう思ってる。スマイルもきっと思ってる。
いまは楽しい。すごく楽しい。
笑って、笑って、楽しいことをいっぱいしよう。スマイル。

サイバー&スマイル















凍て空よ


少女は空を見上げて、暗い闇に光をうずめた。
男は地に足をつけて、炎という光を周りに散らした。
「・・・炎は止めて、と言ったはず」
赤い焔に気づく少女は、大きな瞳をこの上なく不快に歪ませて男に向かって言い放つ。
心なしか、彼女の身体はやわな和菓子のようにぐらぐらと溶けかかっているふうにも見える。
「猫。貴様は己の存在たる脆さを考えたことがあるか」
それを心底に嘲るしぐさで、男は自らを絶えず焼く業火を己の右手で指し示す。
めらめらと形を変えて五本の器に納まる熱は、男の高圧的な笑みと共に粗暴な色を残したまま、
少女に絶え間ない怒りと哀れみを与え続けている。暗い照り返しのように。
「・・・アナタはそうやって、何もかもを、壊そうとするのね」
それを何もかも知っている少女は、表情という表情を頑なに凍らせ、
男の炎をジッと見つめながら嫌悪するように一歩下がった。
彼女の中に埋もれている凍土は、溶けることはないのだ、「決して」。
ミトンの手で自分の胸を守るように押さえ、少女は片目の咆哮を視線だけで投げ飛ばす。
「僕がこの炎を貴様如きに使うと思うのか?己惚れるのもいい加減にしたらどうだ」
それでも男は動じず、可笑しそうに少女の様子を眺めつづける。
膨らんでいくなにか。滞っていくなにか。
少女と男はにわかに見つめ合う姿勢の底で、研ぎ澄まされた凶器を己の形で顕わにする。
「わたしはわたしに希望を持ったことなど、一度もないわ。・・・極卒。」
生きるという絶望。死ぬという絶望。そのどちらもに潰れていく彼方へ、何もかもを運ぶ、粘度。
天を見上げ、瞳に夜を写したまま、少女はつぶやく。男の名を蔑む。
地獄と似た色。その炎の色。男は反復するように、云った。
「希望、か。猫、・・・貴様はやはり、大層不愉快な生き物だよ」

極卒くん×おんなのこ















薬指は左


「骨?」
「ええ、そうです。ヒトのね」
不謹慎だと言いたげな顔をして、鴨川はゆっくりダースの手の中に納まっているそれを見た。
白く短い、いびつな形は、昔父の葬式で見たような、おぼろげな記憶を少しだけ呼び起こさせた。
「悪趣味、だな」
「美しいじゃ御座いませんか。此れが自然に産まれた形だと信じられますか、学者様?」
自慢げに、ダースは鴨川の眼前にその乳白色をかざして見せる。
彼の最も愛するという形は平面的な顔をして、日常の中、非日常という演出をしている。
しかめ面のまま、鴨川はそれを渋く眺めた。
骨。自分を培う芯。土台。
そして、ダースの指先に包まれる骨のそれ。妙な気分だ、と鴨川は思った。
「・・・信じられんな」
「冷たいですなァ。アンタには此の悠然としたフォルムが」
「黙れ」
「・・・・・ったく。可愛げも有りゃし無い」
鴨川が骨に興味がないことがはっきり分かると、
そそくさと自分の領域に骨を戻し、愛でる目を再びダースは一点へ向ける。
つるりとした感触を撫ですかす指先は、たおやかで艶かしい。
鴨川はそれをじっと見つめながら、やはりダースの趣味の悪さに眉をひそめた。
自分の中に彼が愛撫するものと似たような物質があることに若干の面妖さを感ながら、
しかしその考え自体に、なんとも言えない不愉快さを感じる。
それは単純に不快な感情か、それとも「似て非なる存在」への微妙な妬み、か。
「・・・そろそろしまったらどうだ。気分が悪くて叶わん」
「アンタも五月蝿いヒトですね。死んだら拾ってやりますから、黙って為さいよ」
「拾う?どういう・・・」
「アンタの骨、ですよ。痩せ細った小枝です」
「・・・・」
だからこそ、の言葉は軽く溶けて、鴨川はすこし面食らった。
ダースは骨を持っていないほうの指で鴨川の薬指を示し、針金の様な奴が好いねェ、と言った。
拍子に鴨川は自分の薬指をちらりと眺めて、針金、と繰り返してみる。
その指は全く持って使われていない風体で、それは野暮な生娘のようにゆたゆたと無防備な格好でいた。
「アンタは頚椎だって砂粒みたいなんでしょうなァ。嗚呼、愉しみだ」
「人の死を勝手に楽しみにするな、貴様っ!」
「おっと。こりゃア失敬」
ゆっくりとダースは無防備な鴨川の首筋に目を落とし、透ける骨のかたちを夢想する。
いつか訪れるそれを、ダースは願っているわけではない。
謀らずともそこには彼の感情の一片が落ちているが、
それは普段の彼らの関係性を考えればあまりに甘すぎて、きっと痺れ疲れてしまうだろう。
『死して尚、共にある』というロマンチシズムは、
彼にとってどうも刺激が強すぎるだろうと、ダース自身だって思っている。
だから静かにダースは笑う。
鴨川の、それは共生の証か、という気味の悪い懐疑と共に、すべてを過去とする口元の形で。

淀×鴨川















クリシェ!


羊の背中。
いつでも無防備な、狼たちの餌食。
そう思っていれば、きっと、平和なんだとセバスは感じた。
何かに縛られていることなんて真っ平ごめんで、空っ風は乾燥していて、唇をいやに皹つかせる。
「穏やかだね」
「そうかい。平和なのは何よりだ」
「全くだね。何もかもを誤魔化してくれる」
「嗚呼、そうだな。争いも諍いもこの目には写らない」
テンはやけにシニカルぶったセバスを見ながら、うしろ向きに歩いている。
覗き込むような、とは少し違う、遊びめいた言葉。
羊でいることは狩られることであり、それは、きっと不謹慎な恍惚や悦楽があるのだろうとテンは思う。
争いも諍いも無い世界が生まれれば、羊たちは共食いを始めてどちらにしろ死ぬのだ。
だからテンは時々、平和で穏やかで何も変化の無い日常を夢見ている。
同じ羊同士という柵の中、この身を差し出してにっこり笑うチャンスを、狼のように窺っている。
「君は斜に構えるのが好きだね、セバス」
「そうかい。オカルトが好きな友人が居ると、どうもそういう眼になるんだな」
ガサガサとした唇をセバスは舐めて、目の前の「オカルトが好きな友人」に向かって朗らかに微笑んでみせる。
他人事風情の転がし合いはいつだってお互い様で、それはどうにも慣れっこのままごと遊びだ。
お互いがお互い、その存在をアイロニーに託し、いかに相手を揶揄するかの競争になる。
「真実はときに、不可思議な面をつけてやってくるものだよ。知らなかったかい?」
「真実は、わざとらしく自分を偽ったりしないものだと思っていたがね」
鼻息交じりの鼻声は、風邪を予兆してるのだろうか。
どちらのものとも判らないくしゃみと咳。
癇癪と色気。繋がって離れる視線は、「やれやれ」と言っている。
「セバス、君に真実は眩し過ぎるんじゃないのかな」
「奇怪な話とお前に慣れるのは難しいんだよ、テン」
古今東西の心霊現象と都市伝説を食い漁り、自分のエネルギーに変える男を見て、セバスは笑う。
この上なく愉快で、この上なく不愉快な散歩は、赤さを失った冬のはじまりに丁度いい。
春という白いテープは遥か彼方で、降参の合図のようにひらひらと揺れている。
「じゃあ、何度でも言って慣れさせよう。僕の愛だ」
「お前の愛ね。軽すぎて、羽根も飛ぶな」
羽根の色もテープと同じで白いね、とテンは思った。
軽すぎる愛なら、リピートという石を付けてずっしり重くすればいい、とも思った。
跳ねた邪魔な前髪から掠めるちらちらして見慣れた巨体は大きいくせに、
妙な頼りなさを見せていてそれはとても愛らしかった。
「君は本当に意地悪だな」
「底意地の悪さだけは、お前に負けまいと思ってるからな」
勝ち負け決まりの常套句。そこから透けて見える、ありがちで可笑しい自虐癖。
判りやすいそれを放って、誤魔化すように肩を揺らせるセバスに、テンははたと立ち止まる。
「セバス」
「ん。なんだい、『ナイト』」
「・・・全く。僕の事を子どもだと言う資格なんて、君には無いよ」
「ああ。そうだな」
同時にセバスものろのろと進めた足をふたつ両隣に置き、首をかしげる。
それはいつもの馴れ合いで、いつもの痴話げんかで、いつもの躊躇いと戸惑いだった。
だから、テンは仕方ない顔をして一歩を進み、珍しく呆れた顔でセバスに触れた。
素肌の感覚と湿った感触は冬には似合わず、かさかさとした肌触りは冬にとても合っている。
小さな時間。罅割れた温度。触れて、離れて。
「寒いなぁ」
「寒いな」
そのどちらもが愛の証明のように、距離をとったお互いはつまらない顔をしてはにかんだ。
ありがちな言葉を使わない決まり文句。いつもの行為、ではない行為。
二人は数秒沈黙して、寒いと言った。
それが再び、先行きのないレースのはじまりだと言うように。
寒い冬。その少し前。秋にも冬にも満たない、中途半端な季節の中にいる、中途半端な、ふたり。

セバス☆ちゃん&カウントテン


















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