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小人と姫君


「オヒメサマ、ノ、ヨウデスネ」
「ふふ。おせじ、が、じょうずね。フォーティ。」
それは、彼女が僕のつくった冠をかぶっている最中の出来事でした。
くすんだ色のガラスや金属たちが、彼女の頭の上では「がらくた」という名前を忘れて美しい「装飾品」になる。
そんな過程をここまで丁寧に見せつける彼女の素晴らしさに(そして可愛らしさに)、
僕はそんなことを無意識的に口走っていました。
彼女は、ゆっくりと唇をひき上げてにこやかに微笑んでいます。
「オ、オセジデハ、ナイデス」
「いい、の、よ。フォーティは、やさしい、もの」
「イイエ、ホントウニ」
とっさに、僕はそれを否定しますが、彼女はやんわりと首を振ってもどかしそうに冠へ視線を合わせました。
彼女は、きっと、自分がすっかり古めかしい存在になってしまったと、まだ思っているのです。
そんなことはない、と僕も首を振りました。
「ホントウニ、シャルロットハ、・・・オヒメサマ、デス」
「・・・ほんとう?ほんとう、に、そう、思って、くれてい、るの?」
「エエ。」
僕が彼女の身辺を世話し始めてから、彼女はずいぶん綺麗になりました。
埃をかぶった痛みのひどいドレスも、汚れてしまった肌も、壊れかかった間接も。
何もかも、見違えるような美しさになりました。
だから彼女は、もうほんとうに、お姫さまであるのです。
僕の作った冠などなくても、お姫さまのように、素敵なのです。
はた、と彼女は目を留めて、僕を深い蒼の瞳で見つめます。
僕らは・・・少なくとも、僕は嘘がつけません。
『お世辞がじょうず』、というのはただ素直に彼女がそう思っているだけで、
僕はAIの仕様上、事実しか述べることが出来ないのです。
だからこそ、彼女に向ける言葉は、すべて、真実でしかありません。
「・・・あり、が、とう。あなた、は、ほんとうに、やさしい、わ」
「アリガトウ・・・ゴザイマス」
そして、その真実は、ときどき、あまりにも残酷です。
やさしさ。
それは彼女のなかで、柔らかみを抱いた感謝としてあふれ出しています。
それが愛情というものには決して至っていないと、僕は直感的に分かっています。
痛みを感じることの出来ない胸が、すこし痛んでいるような気もしました。
僕は、きっと、彼女を愛している。
そう、きっと、・・・『心』から。
人間からかけ離れた顔つきで、僕は頭のランプを賑やかしく光らせました。
お姫さまの冠が、いつまでも美しく照らされるように、と。

P-14×シャルロット















壮士芝居


うそつきのくちびるで、きみはいつでもきすをする。
まるですべてをぜんぶけしさってしまうみたいに。
さよなら、さよなら、さよなら、をぬりつぶしてしまいたいみたいに。
ごめんね、をいいたくないしぐさで、きみはうそばっかりの、きすをする。

「・・・何読んでんだ。・・・気色悪ィ」
「ああ、漸くん。何だい、僕が少女趣味で何が悪いと言うんだね」
「ショージョシュミ。・・・自分から謂うか、御前」
「言うさ。何か文句でもあるかな。僕の嗜好に口出しされる覚えはないつもりだが」
「何だ。其の顔で、とか、其のアタマで、とか、そういう当然の文句か」
「趣味と顔と頭は必ずしも一致している必要は無いのだよ。
 それに今僕がこれを読んでいるのは、事実と空想との近接に興味を持ってのことだ」
「・・・此の鳥肌が立つ様な文の事実、・・・なァ?」
「ああそうさ。現に君は、僕に偽りを用いた口付けを良くするだろう?」
「・・・・ハァ?」
「おやおや、こういう時だけ沈黙を友にするのか。ははっ、全く君に似合ったやり方だ」
「五月蝿ェな。テメェとのは大体テメェの謀った間抜けな戯れだろうがよ」
「馬鹿はどちらだろうね?僕が一度として君に何かを強請ったことがあったかな。
 ・・・まぁ、君がどう言おうと構わないさ。何故ならこの文は僕らそのものじゃないか」
「止めろ!ソイツと御前の笑顔のキモさの相乗効果が半端ねェ・・・」
「アッハッハ、精々そうやって自分の行動を恥じていればいいさ、漸くん!」

なにがほんとうなのかもわからずに、ぼくはきみにきすをする。
ぼくのことばも、ぼくのこころも、なにもかもがまぼろしみたいにかたくなで。
だからぼくは、しんじたくてきすをする。
ぐらぐらしたうそつきをけしさりたくて、うそつきのままで、ほんとがほしくて、きすをする。

2P淀鴨















いけにえ


「おはよう。」
「・・・・ん、」
眠りから眼を覚まして、彼はのそのそとソファの中から身体を起こした。
つぶれた髪の毛がところどころに跳ねていて、その群青色は彼女の髪の青さとは違う濃さで、そこにあった。
「おはようございます、鴨川さん」
「・・・・蒼井君」
それを覗き込んだ彼女の眼はいつも通り醒めていて、制服のままの姿は週末の違和感を打ち出している。
鴨川はずれた眼鏡をもとの形に戻し、何故、という顔をした。
「驚いていますか?」
「あ・・・いや。ああ。いま、君がここに来る理由が無い」
「そうですね」
彼女は可笑しそうな素振りをするわけでもなく、ひらりとスカートを翻して背を向けた。
実験体としての彼女と、実験者としての彼は、冷えた温度の互いを保つほか無くなっている。
彼は身体に掛かっていた毛布を剥ぎ取り、眉を曲げた。
「無いなら、どうしてここへ来る?」
「淀さんに聞きました。彼の力が、異能と喩えられることを」
「・・・何だと?」
彼女は振り返る。
ひとりきり、孤高の顔で。
誰もが彼女のみに期待をし、彼女のみを崇拝し、彼女のみを搾取の対象にしてきた。
それをすべて理解している彼女の顔は、彼の眼をあざやかに射抜き、同時に不可解な揺らぎをもたらした。
にわかに憤る声で、彼はそれを避けようとする。
知っていないという顔をする彼は、しかし、おそらく何もかもを知っているのだ。
だからこそ、それを知ることの恐怖を感じる。そこから、眼を逸らすことへの安堵を抱く。
見知った影は、二人によく馴染んだ色だ。彼女は笑った。
「貴方は、それほど私を武器にしたいのですか?」
「・・・君は、勘違いをしている」
「あの人が、そんなに大切ですか」
「違う」
「私を、ここまで・・・酷使しても、あの人を尊ぶのですか?」
「違う!」
彼は、激昂の寸前に立ち上がる。冷静な感度を危うさに落とし、彼女を見る。
大声を出した喉は震え、彼女の発したすべてに否定を突きつけようとする舌はもつれた。
本心が暴かれたこととは全く違う、苦さばかりが彼の中に溢れ出た。
「・・・貴方は、あの人を守りたい。だから、私ばかりを犠牲にするんです」
「君を、私が、犠牲にだと」
「ええ。失うのは恐ろしいことですから」
「・・・馬鹿な。君は、私が・・・・・」
「そう思っているからこそ、私はここに来ました。鴨川さん」
彼女は、おこがましさを自覚しながら、自身という苦しみ、悲しみ、辛さを吐露し、強請する。
理不尽な感情の上に築かれるおろかな優先順位を憎み、傷を付けるようにそれを抉る。
未だに、彼は彼女の示す姿に己の心を賭けるか判断をつけることを恐れていた。
そしてその上で証明される、彼女の言葉を認めることをも、恐れていた。
彼の苦悩を見つめ、尚、呪いのように彼を責める彼女もまた、恨みの中に諦めを抱いている。
好意という感情の醜さを、知っている。
「違う、私は・・・」
「じゃあ、あの人を私と同様に扱ってください」
「それは・・・・、」
「そんなに、怖いのですか?」
「・・・・・・・」
彼は応えなかった。
じっと視線を落とし、彼女は迷いに産まれる彼の苦しみを視ていた。
今、この胸の中、同様に湧き出ているその感情を、彼女はあくまで冷徹に眺め続ける。
自らをとりまく感情のすべてを憎まずにはいられない己を、憐れむように。

硝子&鴨川















虹色の翼


天国よりは近い場所で、ひと呼吸を置いたあとで、そうして散歩する影を少女は追っていた。
くるくると回す傘は赤く、湿った雲に反射する空と相反して攻撃的なまでの華やかさを顕わにする。
既に雨は遠くへ去り、青さが垣間見えるその先は、虹のかたちがぼんやりと溢れて、
少女の視界にはそのもっともっと遠くの、人でも動物でも、鳥、でもない何かへ向かっている。
「・・・・きれい」
それは虹の隙間で跳ねながら、雲の間の青を高速で駆け抜けていた。
晴れには満たない空の下。
雫の残る地面へ、その影は残像を吹き飛ばして出会いに来る。
そう、美しさと喩えられる飛行をする。
「きれいだね」
それが何であるのかを彼女は知らない。
けれど、それがそこに居ることが、それがそこで飛んでいることがまるで自然だと受け止めて、
キラキラと輝く姿を傘越しに眺めている。ほら、また光が反射して、虹の色が強まる。
七色で綴られる半円のアーチ。少女はその形をとてもよく気に入っていた。
光り、光り、そして浮かぶ、軌跡。
なにもかもを吸収して、遥か彼方まで、恵みを運ぶ。それが何なのか、彼女は知らない。
それでも少女はそれを見ていた。
流線型に飛び立つ水の色をした、人でも動物でも、鳥でもないものを。

るり&アメトリ















映写器械


「ぼわ、ってね、蒸発しちゃう感覚。なんでもないようなことで、なんにもなくなるような」
「ソレガ、アナタ?」
「そう。それが私。あなたとね、似てるね」
それは私が虚構であるから実現しているまやかしであって、そこにはなにもないはずで。
だからこうやって呼吸もせずに生きている私の目の前で、あなたはバチバチと色彩を跳ね飛ばす。
「ニテル。フロウ、ワタシ、ニテル」
けらけらと笑う顔は、まるで星が砕け散るようにあざやかだ。
私の頬をつかんで、にてるね、にてるね、とおでこを寄せてくっ付ける。
ああ、『私に触れてる』。
熱はないけれど、妙に暖かい気がして、泣けないのに泣きたくなってくる。
ヒトの感覚なんてもう知らなくて、だからやさしさで寄せられる眼だって信じることができなかった。
だけど、なんだろう、この子は。屈託なく、全部が自然で、どうしようもなく、眩しい。
私はそうだね、そうだね、とつぶやき返す。
頬に覆いかぶさってる手に自分のものを重ねれば、
不意にあたたかみが流れて、存在としての感触が、あたまに、浮かぶ。
「・・・暖かいね」
「アッタカイヨ。フロウモ、ワタシモ」
肯定に、顔をあげる。肌という肌を隠された私と、肌という肌をさらけ出したあなた。
ぐ、とつかまれた頬が力をおびた。生きているあたたかさ。力強さ。
まばたきをした拍子に電波が数字のかたちになってこぼれた。微笑んだ顔がくずれない。
「・・・リアリィ?」
「ナカナイデ。ダイジョウブ」
泣かないで?
その言葉が理解できずに自分の目に手を当てる。なにもない。乾いた目。
それでも抱きしめるように大丈夫、と言われる。
声がつまって、何も言えなくなった。浮かんだ彼女に抱かれたまま、私は身体をゆだねる。
「ダイジョウブ、ダイジョウブ」
それは呪文のようで、子守唄のようでもあった。存在していない私。まやかしの私。
なにが大丈夫なの、と聞くことはできなかった。
虚構の、幻想の、映像の中に磔られている私、そして、それにふれている、あなた。

フロウフロウとリアリィ


















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