A-Market > text-T
















迂回嬉々


「あ、KKサンだぁ。お掃除?お仕事?」
「・・・どっちもだよ、お嬢さん」
退屈な仕事にすこしの輝きが増したころ、しかしそれはだいぶん暇なレース場での出来事だった。
KKはすっからかんに車の消えたレース場に照り返すコンクリートに目を細めながら、
ひょっこりと現れた彼女を見て、ため息をついた。
夏に似合う、素肌をさらけ出した格好は、広告塔としての役割をきっちりと理解しているしおらしさだ。
白い服はコンクリと同じ眩しさを見せて、長い金の髪がそれを助長させる。
「悪魔クンのお手入れ、終わった?」
「今から行くとこだよ。・・・だからあんたも来たんだろ」
「エヘへ、バレてる」
ニッコリと微笑んで、ぺろりと可愛らしい仕草で舌を出す。
完璧、とKKは心の中だけで口笛を吹いてみる。
この頃彼女は、この曜日のこの時間帯にわざとらしく姿を現してくる。
それは、上の人間がKKに押し付けた(本人は嬉しがっている)仕事を見たいがための行動で、
赤い身体をした彼にご執心なのはKKだけではない、という証明のようなものだ。
ゆったり歩き始めるKKに、少し小走りで彼女は付いてくる。花の香りと、煙草の香りがほんのり混じる。
炎が照らされて、隙間の沈黙に浮かんでくるのは同じ顔だ。
「そういやな、乗るの決めたぞ。あいつ」
「・・・ウソ。あのへたれクンが、決めたんだ」
「言ってやるなよ。本気じゃねえのか、今回は」
「どうだろ。ハヤタクンさ、キラリンが見てるときいっつも、優柔フダンだから」
「ああ・・・、まぁな」
それは、その赤い彼と密接に関わっている男であって、
もしかしたら、この二人は赤い彼よりもそっちの男によほど、興味があるのかもしれない。
てくてくと歩けば隔離された車庫にたどり着き、そこには目当ての車体がある。
乱暴にKKはシャッターを押し開けて、広い車庫を独り占めしている赤いボディを彼女と共に見た。
「わ、今日も、キレイ」
「俺が手入れしてやってんだ、文句は無ェだろ」
彼女はそれを見るなりためらいなく車に近づいて、その鋭い形を撫でてみる。
ひとつの傷もない、濃い赤の滑らかなボディは彼女の手を嬉しがっているようにも感じられる。
ふう、とため息をついたあと、改めてKKも車を眺める。
静かな響きから、本体は寝ているのだろうか。そんな風に、KKは思う。
「・・・これで人殺しとか言われてるんだもんなあ」
「KKサン。ハヤタクンは死なないよ」
「そんなの分かってるさ。これから、じゃない。これまで、のことだ」
美しい外観に似合わぬ「悪魔」という単語の底に、一瞬の不安も浮きあがる。
しかし、それをからっきしの嘘だと理解しているように、二人は確かめながら口にした。
信じているのだ。事実として、現実としての、彼の成功を。
まっすぐな視線を瞬間的に交し合ったKKと彼女は、すぐに顔を崩していつもの調子へ戻っていく。
あくまでも、どこまでも、自然に。
「ネ。起こしちゃ怒られるかナ?」
「喰われるぞ。こいつ、若ェ姉ちゃんが大好きだからな」
「わぁ、ステキ!」
「オイオイ、喜ぶのかよ・・・・・」
それは恐らく友情であって、もしかしたらそれよりよっぽど深い、あまりに優しい感情のいっぺんだろう。
彼はきっと、遠くでくしゃみでもしているに違いない。
真正面に受け止めてしまうにはきっと、とても気恥ずかしい想いだから。

KK&キラリン、RZX















天国と地獄


「・・・・、」
女は見上げた。その三叉の槍を、その凶器の眼を、その紅い翼を。
虚ろに投げ遣られる衝動を、治めることの出来ない抑圧を。
死と隣り合わせのまま綴られる、絶望的な鎮魂歌は女の唇ばかりから漏れ出ていた。
いつでも、そこにあるもの。白き翼の穢れを、知る者。
「抵抗しないのな」
声と、吐き気とが乱雑に入り混じる。発した姿は、女がなお見上げている形そのものだ。
尖った八重歯が覗く唇。幼さの残る格好。槍。そして、凶暴性が香り立つ血のように紅い翼。
「・・・ああ」
そこに理由はない。死の理由も、生の理由も。
だから娘の目の前に突き付けられている鋭い槍も、何の意味も持たない。
紅い翼を持つ少年は舌打ちをした。女の持つ滞った生気が、疎ましいと感じていた。
「怖がらないの、あんた」
抜け殻を刺しても、愉しみなどひとつも産まれないことを少年は知っていたから、
さぞかしつまらない顔つきをして、緩やかに、はき捨てる。
しかし、女はだらりと淀んだ視線を槍から少年へ移し、何を怖れるのか、と問うように首を傾げる。
死骸を巣食おうとしているのは、どちらも、同様の温度なのだ。
見据える先にある同一性を捉えるまで女の眼は色を持たない。
ただひとつの、紅さ以外を除いては。
「・・・私を殺す気かね」
今日は湿り気が強く、女の身体はその理由を以って満足に動く術を失っていた。
少年は微動だにせず眉だけを持ち上げた。呼吸とリズム。鼓動の音。
「どうかな。天使はあんまり好きじゃないけどね」
それは誠の響きをひとつも持たず、興味を露わにするだけだ。女に対する、少年の興味というもの。
固辞とも、虚栄とも違う、悟りという思い。
抱いている女の真意は掴めずに、だからこそ少年は見やった。
饐えた眼。青い髪。がらくたのまま貼りついた、天使としての輪。純白の羽根。
美しさはなかった。人工的に造り上げられた身体の脆さが秀でて存在しているだけだった。
だが、少年は静かに槍を女から離し、虚言の擲たれる地面へ、それを降ろす。
かつん、と、冷えた無機物と凶器とが、対話する。
「・・・好かぬ物は、消すべきだ」
それを最後まで丁寧に見つめたのち、女はこの世の凡てを蔑むように述べた。
気狂いの音色で紡がれる鎮魂歌は誰の口から漏れ出るのだろう。上がり下がる、その意図。
少年は嫌うということに飽いていた。危めるということにさえ、既に飽いていた。
だからこそ、この無様な出会いを死以外の過程へ導きたいと、低音に感じた。
天使と悪魔。
じつに素晴らしい、愚かな組み合わせではないか、と。

エヴァミミ&デビルマンニャミ





















追慕齟齬


「追って欲しくないから追わない。簡単だ、判り易すぎるぐらいだ」
「・・・簡単?」
「そうだ。簡単で、稚拙な理由だ」
そうして妥協し合っているからな、と、鴨川は笑った。屈託のない、ひどく裏表の失せた顔。
疑りを常に身に置く彼らの中で、その一瞬は感情の芽を潰すほどに眩しかった。
何も与えず、何も奪わず、生きる。そんな好意は、彼らの関係にあってはならない。
だから、こうして彼は拒否に近いことを言うのだ。
温もりなど罪悪だ、と、何も悪びれずに、抱き合うことを怖れながら笑う。
「其れなら、無理矢理にでも遣りゃア好い。奪うのも、追うのも」
ただの飯事。ただの遊び。
道化の真似事だからこそ、時折、乱暴と焦燥を秘めた行動に夢を見る。
しかし、それでも、それを耽美な形で表すことはないのだ。
鴨川は既に己のすべてを差し出しつくしてしまったように、肩をすくめた。
体温という塊。不要な価値。どれも、愚かだ。
ダースは苦々しい表情を保ったまま、挑発を帯びた口調で過去の記憶を攪拌させる。
それでも、結局、そこには彼自身の怖れと自尊心のかけらが絡みつくことを知りながら。
「・・・そんなことをすれば、すぐに私達は崩れるさ。脆弱な思いは、触れれば壊れる」
『繋ぎとめ続ける』。
女々しく弱弱しい単語。それがあまりに似合う、互いの思考。
玩ぶように、鴨川は自分の指を組んだ。
100%で表すことの出来る諦念の象徴は、ダースの覚束無い視線を誘う。
行為を行えば、それで何かは結ばれ、完成するのだろうか。
そう確信できるならば、これ程虚しさに脅えることはない筈なのだとダースは感じた。
「・・・・」
視線を感じ、鴨川は目を逸らした。だからこそ、逃げるのだ。そう思った。
悟った仕草は果てにある砂漠を終に理解してしまったからでもあるし、
お互い、幸福と名付けられる蜃気楼に溺れられるほど幼稚ではないことを知っていた。
追走と逃亡を繰り返し、捻じ伏せようとすることも、虚しい。
放置された胸を抱え、ダースもまた、あの日の重すぎた言葉をなぞっている。
空言の海。
確かに、今にも触れられそうな位置にある、「想い」と形容できるもの。
受けとれば崩れ、受けとらなければ腐るもの。どちらにしても報われることはない。
希望を模す、未来はない。
「・・・為らば斯うして、何時迄も諦めの中で微笑んで居ろと?」
それを憤ったところで、産まれるべき尊びはなかった。あるとすれば苛立ちだ。
今、ダースの中に湧き上がったような、袋小路の苛立ち。
見つめながら、鴨川はなお笑ったままでいた。
そして、進展することも後退することも出来ない自分たちに、慈しみさえ覚えた。
何度繰り返しても見つけることの出来ない愚かさ、下らなさ、意気地の無さ。
その憐憫をして、あまりに不自由に自我へ囚われ続ける自分たちを抱きしめてやりたいとさえ、思った。
「ああ、そうだ。未だに期待を抱え、それでも、崩れるのを待つのだよ」
過去はいつかの未来を苛め、輝かしい可能性をひとつずつ消していく。
立ち尽くしたまま、鴨川は先を望みながら行動を起こさない愚かな己をふたたび嗤った。
何度嗤っても、決して、その想いが消えないことも知っていた。
ダースは温もりを欲す感情を押し殺し、すべて伝わっているのに何故だろう、と改めて死んだ未来を眺める。
すべてが相互として、或いは愛と認めてしまえる感情があり、それなのにすべてが徒労の前に倒れる。
なぜだろう。過ぎ去ってはいない。現在の中、確かに、それは目の前にある。
だが、それは虚像のようにおぼろで、不確かだ。
そうだ。何をしても壊れてしまうのなら、抱いたままに秘めるべきだった。
そう、互いは思っていながら、何もかもは露呈した。
遅滞しながらも、すべては、露呈したのだ。
「無為だ。アンタも、其の期待も、何もかも、醜悪だ」
きっと、その底には互いの願っていた真実があったのだろう。そう、「期待」の名の下に。
鴨川はダースの吐く、汚れた言葉に頷いた。穏やかに、しどけなく。
純粋な感度で、彼らはそこに居た。
それがあまりに悲しいことだと知り、進まない今を傍観する。
告げ合うことの終焉。想い合うことの終焉。
崩れていく何かを乞うように眺めている彼らは、それでもまだ、互いを見ている。

淀×鴨川















鵺の鍵穴


「・・・・、」
固唾を飲んだ。ぼくは、そのとき、あまりに身動きのとれない恐怖に襲われていた。
きわめて、なだらかな静寂の中で。
「・・・・・・・」
その路地にうずくまっているのは、動物ではない、人・・・だ。
この辺では見かけない機械を顔と背とにつけて、
素足の肌をさらけ出して、血とおぼしき赤い染みをところどころにつけている。
雪のふる中、薄い白に色づいた地面はその赤さをより鮮明にする。
かたく、まるく、時折苦しそうに息を荒げるのはきっと、まだ生きている証拠だ。
ぼくは傘もささずに立ち尽くしていた。
逃げることは恐ろしく、けれど、目を背けることもまた、恐ろしかった。
「・・・・、う、・・・」
うめき声が、わずかに反響する。男の声。少しだけ後ずさりをする。
拍子に、背に掛けたアコーディオンがずれて鈍く音を立てた。あ、・・・まずい。
「・・・誰だ」
地面をえぐるように立てていた指が握りしめられ、低い声がぼくの耳を突く。
同時に、丸まっていた体が緊張を帯び、機械の外れた顔が覗いた。
刺す視線。人間のすべてを、敵だと認識している目。
その刃はすぐにぼくを捕らえる。獣だ、と、ぼくは思った。人間ではない、けもの。
「・・・き、きみは、」
身体は動かなかった。一歩たりとも、動くことを脳は許してはくれなかった。
だから代わりに声が出た。どこまでも震えている、餌としての声。
雪が膝を凍らせる。立っているのもままならないぐらいに。
「・・・・・・・ここは、何処だ」
その姿は微動だにせず、ぼくから視線を一ミリも離さずに問う。強要や、強制に近い質問。
いつの間にかその体勢は完全にぼくを捉える姿勢になっていて、
その光は殺気のようなものを放っている風に見える。
ぼくは少し言いよどんでから、この地とこの村の名前をゆっくりと告げた。
彼・・・は、辺りをきょろきょろと見回したあと、舌打ちをして手を一度二度、握って開く。
「くそ、暴発か。・・・お前、仮面の男を見たか」
その仕草と、苦い顔のギャップが大きかった。首を横にふる。
「・・・・追っては、来てねェか」
ため息をつくように彼は言った。肩に雪が積もっている。おそらくぼくも、同じような状況なんだろう。
雪が降っているのにまるで動じないこの人は冷たさを感じないのだろうか。他人事のようにぼくは思った。
あまりに現実から離れた出来事は、ぼくの中に戸惑いと妙な冷静さをもたらしていた。
身体とはまったく別の、火照った頬の温度がそこにあるように。

ジャック&セシル















フェイクジャンク


「偽りの懺悔と戒めの懐疑・・・なに、そういうのが好みなの?幼稚だね」
唐突に少年は聞いてみた。
どこかの誰かが好んでもいいような科白で、けれどその口調は憮然としていて妙に軽い。
それはなんだかアイロニーっていう横文字を取り出してみたくなる気温変化だ。
雨のち雪のち曇りのり晴れ及び皮肉。
そんな天気はごめんだ、と少年の声に目の前の睨みはちょっと厳しくなった。
「べつに。嗜好のどうこうを、あんたに言われる筋合いはないけど」
女の声。目の前は、白と黒が大好きって姿をした背の高いロングヘアーのツインテール。
赤くにごった目玉はツンと吊りあがったまま、ヒールを地面で蹴り上げる。
あくまで白い足に光るきらめきは、彼女の描く魔法のいっぺんだろうか。少年はカラッポに笑った。
「じゃあ、なんで持ったままなのかな。良い玩具は手に置いておきたいの?」
本当にうるさいがきだ、と女は沸点間近をいったりきたりしている感情に苛つく。
腕を組んで、ときどき髪の毛が風もないのに舞い上がるのがその証拠のようなものだ。
魔力というものは不安定なうえ、実際の力として使うには危険が伴いすぎる。
だからこそ、深紅に沈む瞳に写るものは憎悪と愛情の不恰好な天秤なんだろう。
守りたいが故、と名付けられてしまう類の。
「黙れば?あれはあたしが見つけたからあたしのもの。それの何処がいけないの?」
女の声はソプラノを嫌がりながら、そのくせ、やけに幼稚な言葉に摩り替わる。
生きる者とろくに対峙していない存在は、実際にうつるその年よりもきっともっと幼いのだ。
それでも冷たい氷のような不変的視線は変わらない。
対峙していないからこそ、何をもを省みない。
「へえ。君の物、ね。そうやって全てを自分の物にするんだ?あのお姉さんも?」
それを少年は冷笑した。
紛い物たる偽りの風遣いとして、あやかしの風を指先で操り、女へ吹かす。
ぶわ、と背の大木をも揺らせた強風の前に、それでも彼女は微動だにしなかった。
ただ胸をとんでもなく長い槍で刺されたように表情をゆがませて、そのまま、硬直した。
怒り、よりずっと前の、原始的な畏れというもの、だろうか。
いや、恐れとも例えられない、それは狂気とか抑圧とかなのかもしれない。
姉という単語の前で、女は意思を持つことが出来ないのだ。
いま、彼女から彼女と言うすべてが取り払われていったってなんの問題もないぐらいに、
その存在は薄くなって、もしかしたら、消えてしまう。
「・・・・・・お姉、ちゃん」
「あはは、その顔。まったく君は君で居たいんだね。屈辱的な裏側なんて、心底嫌なんだね?
 だから彼にしがみついているのかな。君自身がお姉さんを殺してしまわないように」
吹きつけた風はすぐに、ずっと遠くの記憶になってしまう。少年はどこまでもを見通す眼をする。
何もかも理解している腐敗と醜さで築かれた本心の強要。
それを受け止める力のある生き物は多くない。
曝け出されることの恐怖を受け止めろ、と少年は気高く立ち尽くした。逃がさない、と笑った。
「や、めて、」
瞬間的に、女はひらいた両手でこめかみを押さえる。
それは耐えられない、と認めるための自己防衛に似ていた。
姉と呼ばれる白い容姿が、かいぶつのように視界へ溢れる。おねえちゃん、と懇願に近い声で女は呟く。
「君のお姉さんは、虚像は捨てられるべきだと思っているよ。ねえ、ロッテ?
 表裏を共にした生き方を、幸せな彼女が望むと思うかい?君は、必要のない存在なんだ。
 ・・・まぁ、そんなことは君が一番よく知っているか」
その揺さぶられる感情を、少年は甘美な表情で語る。すべては姉のために生きている。
それをいちばん知っているのは、誰だろう。
少年の目的はただ一つであり、そこに彼女の拒否があるのは知っている。
女は今にも崩れ落ちそうな瞳孔を境なくひらかせる。知っている。知っている。知っているのはだれだろう。
穏やかな質問と返答。
手放したくない、壊していたい、という愛憎。それはかりそめとして培われてきた嘘になる。
たった一つの綿づめに、そのすべてを委ねろと?
億年の時が作った禁忌は、そのままの連なりと同じように青臭い黴をまき散らしていた。
絶望をうたう、肯定の言葉といっしょに。がくがくとうなづく、狂ってしまう力といっしょに。

ロッテと&2Pフィリ


















Back