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抽象戯画


それはまるで紅葉に満ちてしまった椛がやたらめたらと地面に散らばっている光景だった。
どこまで行っても連なっている椛の色は途切れることなく、艶やかな色づきだけを残している。
彼らには似合わない風景だと誰かは慈しみに似た慰めを掛けてくれるであろうか。
あまりに美しい、この光景を見て。
最も己に似合うその紅は、止め処のない滑りの底で未だに助けを求めているのに、進んでいく。
「・・・・」
そこに言葉と名付けられる言葉はなかった。
或いは呼吸、と信じられるものが存在するだけだった。
何かを発そうする必死さはまごつくように倒れ掛かり、包もうとする温度すら無かったものにする。
一瞬だけの美しさと永劫に続く残忍さは、焼きついて離れないのだろう。
椛は枯れて散り、そうして灯火を終えていくのだ。
この、目の前の命と同じように。
頑なな身体をどうにか癒そうと抱え込んだ。
壊れて軋んだ骨が垂れた腕と正反対に痛々しくゆがんだ。
暖かさと温もりをこの身に感じているという尊さの先に確かに存在している断絶を、
どう理解すればいいのか、その判断はつかなかった。
思考は停止を求めて、ただ愚かな嘆きだけを強要する。
虚しさを帯びた抵抗と、間に合わなかった後悔が吐き出されることなく内に内に膨らんでいく。
止まらない。流れ出ていく。三途の先で鬼が笑っているような気がした。
細い連なりの先に、何をも見出すことが出来なかった。
視界は確かに全てを捉えているのに、その姿は残像に近い。
そこでは全ての血痕が椛へと変容し、悪夢を覆い隠す幻想としての望みが、何もかもをまやかしている。
男が現実を今頑なに否定しているように、男の抱え込む身体が、蒼い姿のまま死に絶えることを怖れて。

淀×鴨川@死にネタ















センセーション


「あれぇ、どうしたひよっ子は」
「・・・フェルの事、子供扱いしないでっていつも言ってるでしょ」
「おいおい、怖ええなあ、嬢ちゃん」
「もちろん私の事もよ、海賊!」
ああ怖いねえ、とジョリーはわざとらしく呟いてみた。目の前の緑の髪はポニーテールで揺れて、
七色のワンピースは待ちぼうけの遠い眼に懐いたまま、青い空の真下に生を受けている。
「なんだかなぁ。折角いい話持ってきてやったんだがね」
「いい話。どうせ胡散臭い話でしょう」
「別にコロト火山の竜を倒せって無謀な話じゃねェぜ。邪神の復活を阻止する勇者様には楽勝な話だよ」
「・・・それは皮肉ね」
「いや、別に?」
「フェルは頑張ってるの。だから貴方にそういう事を言われる筋合いはないわ」
「へぇ。随分庇うじゃないか」
「当たり前でしょ。パートナーだもの」
パートナー。
緑の髪の・・・ミカエラははっきりとジョリーに向かってそう言って、頬杖をついたままの体勢で空を見上げた。
ひゅう、とジョリーは口笛を吹き、まるで冷やかすような格好をするが、
きついミカエラの視線にちょっと黙って、腕を組む。その拍子に帽子がずれる。
「そのパートナーは留守番かい?」
「・・・留守番よ。悪い」
「構わないんじゃないかね。あんたは待ってるのがお似合いってもんだ」
「どうして貴方はそうやって嫌な物言いするわけ?」
「癖だな」
「いやな癖ね」
それを直して、にかりとジョリーは笑った。ミカエラはちょっとだけふてくされた顔をしていた。
フェルナンドという存在で、瞬間的につながる二人の間には、つまづくような小石はない。
どこまでも見通しのきく、大地と同じように。
「・・・ま。あいつが居ないってんなら出直すよ。金獅子の酒場に顔出すよう言っといてくれ」
「・・・善処します」
「しといてくれよ。邪神には消えて欲しいからな、俺も」
「貴方の祈りは安いでしょうね」
「安いだろうね。ひよっ子の腕と同じぐらいに」
「・・・この海賊!」
それでも見通しの良すぎる大地にジョリーはあっさりとした煽りを飛ばし、やはりミカエラは怒った。
あはは、と乾いた笑いをつれながら、海賊としての風貌を少し忘れて、ジョリーは彼女のなかの勇者を思った。
ミカエラはその視線の先のにぶい光を知りながらも、
この口の悪さとはどうしても相容れない、とフェルナンドの帰りを強く願った。

キャプテン・ジョリー&ミカエラ















闇の切羽


僕は彼と言葉を交わした。はじめて、という状況だと喩えてもよかった。
ぬるい風が闇の緞帳を押し開けて、わざとらしく僕らを吹かす。
彼のマントが空気を含んで大きく膨らみ、生き物のように怪しくうごめいた。
あまりに不快な気温の中、彼は鈍く微笑んだままでいる。
「嗚呼。貴方が例の鼠、ですか」
鼠。
はなから用意されていたように流暢な科白は、その視線のまま僕に宛てられているものだ。
下手な例えを嘲るように僕は笑った。それじゃお前は猫なのか?
僕に猫の耳がついていて、お前には立派な兎の耳が生えているのに?
同調する笑いに風が凍り、そして溶ける。
全ては芝居だと、この自然さえも僕たちを嘲っていく。
「私を捕えようと?」
さぞ興味が無さそうな表情で、彼は続ける。
そうだと僕は低く吼えた。喉元がつまらない飛沫をあげているようだった。
きっと僕の目は憤りを燃料にして、煌々と燃えているのだろう。
己の闇を誇示するように両手を広げる彼は闇を飛ぶ鳥のように見えた。
「愚かな事だ、今でさえ貴方は私を捉え損ねていると云うのに」
そうだ、それはまるで、一種の死を喰う生き物の表情だった。
・・・確かに、僕の手は見事に拱いている。
まごついて取り出した手錠が、震えた手の所為でガチャ、と音を立てる。
不敵に彼は笑った。
あでやかな宝石を片手で弄んで口付けをし、僕を、見つめる。
「・・・無様な事は止めなさい、少年。私を捕える事など、貴方には出来ない」
モノクルが宝石の光を反射するように輝く。
その奥に確かに嵌まっている瞳は、全くと言っていいほど暗かった。
滑らかな侮蔑の中で、僕は苦しく思う。
この男の前では極めて冷静に努めていようと空想していたにも関わらず、
その醒めたアイロニーに包まれた規律さが黒く畏まった服装の中で爆発して、僕を無性に苛立たせた。
「黙れ。・・・僕は、お前を捕える」
「・・・そうやって、貴方は吼えていればいい。その無能さに気付くまでね」
彼は微笑む。飽くまで、己が支配者だと誇示するように。
マントがひどく大きくなびいた。
その瞬間、僕は、人であるはずの彼の姿が、虚しく空になった闇と同化したよう感じた。
死を喰う生き物でありながら、死に喰われる生き物でもあるような、
アンバランスさが彼を見る僕の中に駆け回った。
生者として存在しているその血液が、闇という暗さに支配されている冷たさ。
それを、僕は、愚かにも、「美しい」と、思った。
「・・・・」
僕はその情景に気をとられ、言葉を返すことも忘れていた。
まるでこのひと時にしか存在し得ない彼の姿を、必死でこの目に焼き付けるように。
は、と意識を戻したとき、もうそこに彼の姿はなく、ぼうとした僕は自分の呼吸に気付いた。
不可思議な彼の存在が、より難解な迷路の中に入り込んでしまった錯覚を覚えながら。

コナンニャミ&奇妙ミミ















おわかれアイロニー


「うん。届くってね、うれしいことだよ」
「・・・・・・」
「あれ、だんまり?」
彼は私がしたことのない顔をして、あはは、と高い声を出した。
私は素足のまま、黒いドレスに耳を傾けていた。草のおんど。太陽のおんど。
そのすべてが私にのしかかっている。厚くて、重い、絹の手触り。目の前の男のひと。
「・・・私は・・・、自分のために、書いているの」
「それを?」
「・・・・ええ。」
私の手のなかには、ひとつのノートがあって、私はペンを軽く握っている。
それを彼はちらりと覗き込むように見ている。私の中に存在している、私のことば。
彼を見た。眉を寄せて、それはたぶん、難しい顔。私をつくっている黒さ。夜の、息。
「でも、それを受け取るひとがいるじゃん」
「・・・居るの?」
「いるの。お前をね、受け取ってくれるひとだよ」
「私を?」
「そ。だからね、それは届いてるってことなんよ」
私の黒いかたまりを受けとるのは、きっと大変なことなのだろう、と思う。
現に、彼も笑ったり苦しい顔をしたり忙しい。でも、それでもなんだか彼は、眩しい気がする。
風船を飛ばすように、私はペンでノートに「とどく」と書いた。届く、ということ。
「届く、」
「届くよ。想いも、言葉も、お前自身もね」
その文字はいつもの私の文字とまったく変わっていなくて、ただの三文字のひらがなだった。
ゆっくりそれをなぞっても、それはいつか覚えたひらがなの意味しか持っていないように感じる。
でも彼は届くという。
誰かが私を受けとっているという。
そういえば、このひとはいつ私の目の前へ来たのだろう。
私はノートに指をふれたまま、首をかしげた。
彼も私が首を傾げたことをふしぎに思ったのか、オウム返しのように首をこくん、とかしげた。

かごめ&MZD















漫ろ歩き


街を、歩いている。凍えた息が、白く曇った空と同じような色をして、喉から這い出る。
冬の寒さに身体を縮めれば、寒さと縁のなさそうな斜め前の赤色が、ゆるやかに振りかえる。
「寒いですかァ」
にやり、と微笑んでくる服装は、外套でも羽織って欲しい身軽さだ。
そう、随分珍しいことに、私は講談師と街を歩いている。
雑踏の中、はじめはこの化け物の格好が一般人に騒がれないかと心配したが、
誰もこちらを振り返らないあたり、どうやら講談師の姿は他人の目には映っていないようだ。
私の目には確かに映って、確かにここに存在しているのに。
時折ぱちりと弾けるように炎が空気に反発する。それが妙に暖かそうで、私は素手の指先をこすった。
「確かに、寒い」
そう返答しながら、どうしてこんな逢引をしているのだろう、と考え、すれ違う人間を見やればまるで無表情だ。
講談師は私にしか視えない姿で、飄々と人通りの少ないその路を歩む。
着物の灰が丁度空と被って、柳のように風にしなる。
「ヒトの冬は、奴の尤も好む季節ですよ」
「何?」
私は安物のマフラーで口全体を覆おうと苦難していたが、なんともない講談師の発言に声色を変える。
孤独の湿度が増しますからね、と講談師は再び振り返り、裏路地へと足を進めた。
ひとり言の奇怪さを紛らわせるためだろうか。いや、こいつにそこまでの労りがあるとは思えない。
しかし私は、少し小走りに講談師の隣へ並び、その顔を見上げた。
「・・・ヒトの血が濃く成りますのでね。アンタの血も末端を嫌って、心臓へ寄り集まって居るでしょう?」
「冷え性、とでも言いたいのか」
にこやかな皮肉の表情は、いつもと同じように真実を見極めさせまいとした意地の悪さだ。
冗談なのか、と視線を逸らしてコートのポケットへ手を突っ込む。
ひたひたとした石畳の路は、異様に超自然的だ。
講談師はつれないねェ、とひとり言のように呟いている。
袂に手を入れ、のんびりと辺りを見回している姿は妙にこの風景と合っている。
ざわめきから離れた静寂は、この男と共に居るのにどうも心地が良い。
止め処なく頬へ突き刺さる冷たささえ、ここに流れる雰囲気に誂えたように感じる。
そっと覗き見るように講談師へ視界をやれば、ほう、と息を吐き、それが白く溶ける。人と同じように。
「・・・寒いのか」
「まァ、寒いですよ。アンタと同じで」
「お前の手も冷たいのか」
「・・・さァ。そいつは如何だか」
「そうか。炎だから、暖かいんだろうか」
「・・・難なら、手でも繋ぎますかね?直ぐ温度が判る」
「・・・・・は?」
歩調の遅いくせ不思議と進みの速い講談師はぱたりと止まると、私に向かって、自らの手を差し出した。
異形の容姿をしているが、根本は人間であるのか、という疑問から動いた短い会話は、
どうしようもない着地点に辿りついてしまった面持ちだ。
私は思わぬ誘いに講談師と同じく足を止め、素っ頓狂な顔をする。
「如何です。御興味が御有りなんでしょう」
「・・・・・本気か」
「ええ。随分、顔が物淋しそうですからねェ」
何がだ、と小声で囁く。それでも私は何故か自分の手をポケットから取り出していた。
空虚を漂う己の手を前後左右ひっくり返して訝しく眺める、と数秒そうして考える間をすり抜け、
乱暴にその指先は講談師の大きな手の平に丸め込まれて、力任せに握られる。
「な、お前っ」
「奴が尤も好む物が寒さなら、奴が尤も嫌う物は熱さです。
 暖かみと名付けられる感覚を、奴は心底憎み、・・・怖れて居ますでね」
「それはこじ付けか。それとも・・・」
「アンタは暖かいのが御好きでしょう?」
「・・・・・・」
またはぐらかされる。近づいたと思えば、途端に遠のいてゆくその幻に、気圧されたように私は黙った。
ぎゅ、と丸ごと包まれた講談師の手はその容姿と同様に暖かい。
僅かな違和感として、目の前の事実が可笑しな気分を助長させる。今更ながらの直視、とも言えた。
「は、・・・離せ」
それは私と講談師が手を繋いでいるという芯からの実感そのものだ。
発した言葉は掠れていて、覚束ない。
あまりに遅く動揺し始める自分に呆れた。私を見て、講談師は心底楽しげな顔をする。
「嫌です」
・・・拒否を好む、こいつの最悪な嗜好を忌々しく思うとて、
それに勝てないことを知っている私は真症、情けない生き物だろう。
大層な敬語とと同時に、ぐ、と腕ごと力で引っ張られ、私は一瞬無意識に驚きの声をあげた。
しかし、手を引く講談師の歩みが思っているより遅いことが分かると、息を整えてその動きに歩調を合わせる。
繋がっている腕の先を見れば、それは間違いなく重なっていた。
振りほどくことは面倒だし、きっと力では敵うまい、と、
私は抗えないこの状況への無駄な言い訳を自分自身へ用意してやる。
それに講談師の姿は他の人間の目に映らない。私は今、空に手を任せて歩いているのだ。
手の平越しに熱さを感じようとも、冬の日は寒い。
・・・この温もりを感じていても、どうあれ、・・・冬の日は寒いのだ。
私を引き摺るように歩く講談師の横顔と背とを見比べれば、すでにすっかり空に馴染んだ紅が弾ける。
それをゆるやかに見つめながら、私はもう一度マフラーで火照る顔を隠そうと努力し、
暖かいのはどうも好きになれないし、又、慣れることも出来そうにない、と嘆息まじりに思った。

淀×鴨川


















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