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ほのか、おろか、ふれあい


「・・・ごめん。悪ィ、ごめん」
狂おしい。
ひどく、息が、届かないところに行ってしまった気がする。苦しい。
どうして謝ってるんだろう、俺は。
どうして妙に焦っているんだろう。
どうして。なんで。
「いえ。・・・いいのです、こうなることは、」
わかってた、ってのか。
そうだ、分かりきってたよ。俺だって、知ってた。
こんなこと、どうにもならない。
望んでたって、望んでなくたって、くずれるし、壊れちまう。
どうしようもないんだ、俺たちは。
お互いのしあわせを必死で祈ってるのに、どうやっても、しあわせになれない。
それはべつに、誰かが俺たちをそういう風にしたから、とかそういう次元の話でもなくて、
ただ、俺たちは、しあわせになれないんだ。
その事実だけが、ここに、あるんだ。
「お前に、どうにか・・・、あいたくて、」
自分でもなにをいってるか分からない。
今の俺はくるってる。とめどない自分に勝てない。
目の前のきんいろ。その顔は、笑ってるのに泣きそうだ。
俺はもう、笑うことすらできてない。
なんで、お前は、そんなやさしいのか、俺にはわからない。
なんでそんなに俺と違うんだ。
俺とお前はおなじで、だから、ぜんぶ同じでよかっただろ。
ぜんぶ同じで、俺のままでよかっただろ。
どうして、お前は俺の中なんかだけで産まれたんだ。
なんで、お前は、俺なんだ。
「それは、僕も、・・・同じで・・・、」
浮かんだ声が、はじめて、つまるのを聞く。
おどろいて顔をあげた。・・・片手が、顔の半分をおおっている。
泣いて、るのか。
聞けなかった。俺はもうほとんど鼻声で、つける薬はなくて、動けなかった。
緑の目が透きとおっている。それなのに、妙に遠い。
とどかない。ず、と乱暴に鼻をすする音は俺が出したものじゃない。
「なんで・・・、そんな、顔、すんだ」
苦しい。ぐちゃぐちゃだ。胸ってやつが、みじん切りにされてるみたいで、呼吸なんてまぼろしだ。
ふれたい。今。今しか、この身体に触れらんない気がする。
だけど手を伸ばせない。
それは、この、目の前の泣いてるかたちが、あんまりに完全だからだ。
俺がいつかから願ってたその全部が、ここに存在してるからだ。
おれの、すぐそばで、全部が、ほんものとしてここにある。
崩せない。くずしたくない。
この手が伸びれば、なにもかもが崩れそうな気がして、おれは。
「すみません、・・・慣れて、ないです。人に、目の前で、泣かれる・・・のは、」
どうにか、どうにか、笑顔を保とうとして、ひろげた手で目をこすって、
そういうふうにゆがんだままの顔が花束みたいになって、言葉が、とまる。
わけが分からなくなって、俺は一瞬、糸がきれる。
だめだ。だめなんだ。
俺が、そうしたら、お前はまた戻っちまう気がするのに。
「! ・・・な、」
おどろいた顔の、目の前。
たかくまい上がった声。
おれを、見てる、目。あれ、ゆがんだ顔は、どこ・・・、
「・・・あれ、」
無意識の中で、おれは、無表情に気付く。
俺は、相手の手首をつかんでて、もうひとつの片手はいまにも包みたそうに、肩へゆれてた。
「・・・あ、れ・・・・、俺・・・・」
ぐわ、と塩辛さがせり上がる。胸。喉。焼き切れそうな指。白い指。
自分のしたかったことがわかる。相手も気づいたようにおれから視線をはなさない。
つめたい温度が頬へいった。
ああ涙が流れたんだ、と俺は思った。
抱きしめたい。抱きしめたかった。抱きしめたい。抱きしめたいんだ。
いき場をなくした腕と、こいつの目のいろ。
くずれてしまった何もかもの前で、それでも、こいつの体温を包みたい俺の思いは、消えることがなかった。

DJ&王子















泡沫の日


寒い、底は、いつでもここにある。
いつでも、私の近くにいる。
「そうかな」
「そう・・・、なの」
このひとは寒いところにいる。でも、底じゃない。もっと、もっと、上。
空気の存在している、地上。
「ぼくは、じぶんが、だれだかわからないよ」
「私はね、テトラ、って、いうの」
このひとはじゃぶじゃぶと音を立てて私のまえにいる。
反響するような声。
白い氷が、太陽にきらきら反射してる。
「てとら」
「そう。ともだちを・・・、探してるの」
「ともだち」
人差し指をおおきな潜水マスクのまえに持ってきて、このひとは首をかしげる。
ともだち、の意味が分からないんだろうか。
「ともだち。仲がね、いいひとたちのこと」
「なか、いい」
「一緒に笑ったり、・・・楽しんだり、するの」
「たのしい。たのしい」
じゃぶじゃぶ。じゃぶじゃぶ。音がする。
このひと、顔がない。でも、ふしぎと怖い気はしない。
ひとりきりのほうが、もっともっと、怖かった。
暗い海の底のほうが、もっと、もっと。
「楽しい?」
「たのしい。だれか、いるの、たのしい」
「そっか・・・・・・」
私はいま、寒い地上にいる。
このひとはまだ名乗っていないから、私はこのひとの名前をしらない。
私はサカナで、だからきっと、私の仲間、私のともだちは深い海のどこかにいるのだと思う。
だけど、このひととともだちになりたい、と私はすこしだけ思った。
「たのしい、すき。ぼく、たのしいの、すき」
「うん・・・私も・・・好きだな」
それは、このひとが私と似ている気がしたから。
それなのに、とてもまっすぐで、透明だったから。
冷たい海水にひたったままで、
私はじゃぶじゃぶ音を立てて喜んでいるような動きをみせるそのひとに、ゆっくりと呟いてみせた。
ごろごろとした潜水服が、ギターをもったそのひとの外側で、ちょっとだけ重そうに、ゆれていた。

サウス&テトラ















ダークシード@dialogue


「ご機嫌麗しゅう、お爺様」
女は確りと目の前の師を見据えた。
今でも心を強く保って置かねば師の力に呑まれてしまうと固唾を飲み、
極力優しみを帯びた声をその場にかどわせた。
昼の森は夜と似つかぬ平穏さで、女の呼吸をすり抜ける。
「・・・お前も来た訳か。又お前も、ロキに唆されたのかね?」
「ええ。相変わらずお爺様の事を随分に仰っていました。・・・話は、彼女から全て聴いております」
「そうか。それならば、仕方が無いな」
面前に重く腰を据える師は、女の丁寧な言葉に直ぐ呼応した。
金の針に似た眼がのびのびとゆるみ、
鼓膜を低く振動させる声が極力抑えた調子で森の中に反響する。
それでも互いの会話には冷たい緊張がほとばしり、それは日光が降り注いだ女の頬を、僅かにも硬くさせる。
「率直にお聞かせ下さい。・・・彼を如何なさるのです、お爺様」
「・・・お前は、どう思うのだ?魔女と同じ様に、パロットの死を望むか」
「私、ですか。私は・・・、私は、一度・・・彼を、森の総てと同じように拒絶しました。
 だからこそ、お爺様のお気持ちは判るのです。彼を変えてしまったという罪に、駆られる想いは・・・」
女はその硬さを変えることなく、慎重に自身の思いを吐露した。
魔女の感情と師の感情のはざまで、今も彼女自身の感情は確かな光を持たない。
師の眼を捉えようと、そこに見えるものは明滅を繰り返すばかりの善と悪だ。
「・・・わしは、その想いを、救いと云う祈りに導こうとしている。無論、パロットからは拒絶を受けたがな」
「彼の行っていることは、許されることではありません。それだけは、間違いがありません。しかし・・・、」
「森の死は防がねばならない。その為に、ロキが駆けずり回っていることも理解できる」
「・・・私も、彼女に協力する身です。彼女もまた、森の救いを祈っているのです、お爺様」
「そうだな。では、お前もロキと同じ思いか。ダイアナ」
「・・・私は、私の罪は・・・、あの時目を逸らし続けていたことです。
 今度こそ、何もかもを受け止めることが私の成すべき購いだと・・・、私は、思います」
「・・・・そうか。」
そのゆれる灯火を、師は美しく掲げるように高く照らした。
善と悪。
息をつき、女は照らされた光の中に自らの想いを微かながらに探し出す。
「お爺様。彼の目的は森であり、貴方そのものです。もう一度彼が表れたら・・・」
「お前の購いが総てを受け止める事ならば、わしの其れはあの者の総てを受け入れることなのだよ、ダイアナ」
「お爺様・・・」
「魔女と共に動くならばその内、お前も危険に巻き込まれるやも知れん。無理はするな。決してな」

ダイアナ&グランドハンマー















奪う虚無


夢より遠い場所で、ミシェルは夢のように遠い目をしていた。
それはまるで曖昧に紡がれた独り言のまま、小さな戸惑いを残すエッジのもとへ届く。
「捨てられ、拾い上げて。そうして埋もれているんですよ。忘却にね」
こだまさえ響くような広さの図書館の淵で、その忘却をこの世界の切れ端に留めるために、ミシェルはこの場所にいた。
その意図を、その理由を知らず、他が為の管理を続けている。
それは自らの存在をこの場所、この世界に繋ぎ止めるためだ。
決して人間という器には納まらないミシェルにとって、生きてゆける場所は少ない。
だからこそ、この場所で、孤独を共にし、こうして生きてきた。
しかしエッジはその理由を知らずにここに居た。
無邪気に、素直に、時には天邪鬼にミシェルと接し、その傍に居た。
だからこそエッジには判らなかったのだ。あくまで柔らかい表情を保ち、ここから出て行けと促すミシェルの意図が。
「君も見たでしょう。これを外した僕を。随分乱暴で、随分自由な僕です」
眼鏡のつるを軽く中指で叩き、ミシェルは窺う仕草でエッジの仏頂面に微笑みかける。
確かにエッジは眼鏡のないミシェルを見た。
自信満々にミシェルを貶し、自分が本体だと豪語する金髪・・・アルフォンス。
あるいはそれがこの議論の主題であり、今ここでそれが行われている理由なのだろうか。
彼が秘める暗部を知ってしまったが故の突き放し方。「危険」を盾にした拒否。
ミシェルと似ても似つかない鮮やかな金の姿を、エッジは今でも嫌っていた。
「・・・僕は彼と共に生きています。彼と離れることは出来ないんです、一生ね。 だからここに居るのです。彼という危険を抱えて、誰をも知らない場所に、独りで」
「それでも俺はここに来ただろ。そんであんたは俺をここに置いただろ。あんたはそれでも独りなのかよ」
「僕が甘かった。何も考えず君を招き入れ、置いてしまっただけです」
「・・・・」
エッジはミシェルの言葉を苦々しく受け止める。
自分の存在がミシェルの甘さでこの場所に認められたと、本人に言い放たれてしまったからだ。
それでもエッジは過信を止めなかった。
自らが、ミシェルにとって深い存在足り得る、という、その過信を。
「ここは忘却の上に成り立っている場所です。だからこそ君は・・・」
「いやだ。俺は残る」
本棚を横目に追いながら、微笑みを絶やさずミシェルは思案の上でエッジに語りかけるが、 その沈黙を乱暴に引き裂き、エッジは頑なに声を張り上げてミシェルを睨んだ。
やれやれ、と言いたげにミシェルは腕を組む。
癖のある黒い髪が、ミシェルのアンバランスな両目の外側で鬱陶しそうに揺れている。
「判らない人ですね」
「俺、バカだからな」
エッジは意地を張る自分をおろかだと感じながらも、引くことをしなかった。
それは己の過信だけではなく、目の前のミシェルの覚束ない孤独や、金髪が言っていた「立場」や「力」といった、 不確かなで形容しがたい情景が積み重なって、彼の中にわだかまり続けていたからだ。
それなのにミシェルはそれを説明する気もないように、もう自分の居場所へ帰れ、という。
諭されて帰れるほど大人じゃない。
若さゆえの攻撃性がエッジの中で溢れ出し、ミシェルの目を射抜く。
「今の僕は不安定です。彼を抑えることも出来ないかもしれない。そうしたら君だって危ないんです。 君を守るには、君がここを去るしかない」
「・・・俺は自分ぐらい自分で守る。それでもダメなら、あんたも守るよ!」
エッジは叫んだ。守られる気などない。むしろ、ずっとミシェルを守りたいと思ってきた。
自分で発した言葉で、自分の望みにエッジは気付く。
必死で、犠牲的で、鋭い光を持ったまま、その言葉にエッジは己を晒される。
怒りが染みた身体に一滴の切なさが雑ぜられ、攪拌されていく。
ミシェルは目を細めたままその光景を見送っていた。
確信するような諦念、領域を定めるような諦念が滲む瞳に、哀しみの色が混じったように見えた。
自分には報えない、という。
その思いを体言するような、凍えた蒼の色。
「・・・エッジ君」
エッジは、ミシェルの涼やかな声に視線を送る。
少し震えた声はエッジが初めて聴く音色で作られていた。顔を見ても変化のないそれは、しかし、確かに震えていた。
「・・・君が優しいことは知っています。けれど、それは無茶ですよ」
組んだ腕を解き、ミシェルは首を頼りなく左右に振る。
その笑顔はひとつも変わらないまま、それでも深い哀愁の中にいた。
ふつふつと心に沸く悔しさを実感しながら、エッジはミシェルの目を真っ直ぐに見据えていた。
決して届かない距離を、決して届かない想いを、何度でも届けようと願いながら。

エッジ&ミシェル















ヘヴィマカロン


「平気」
そうやって、あたしは至極平然とこたえた。
なんだか少し遠慮しがちに伸ばされてくる浅黒い手を無視して立ち上がって、ボトムのお尻をはたく。
「へいき、って、お前」
「平気なの。バカな真似はよしてよね」
ヒールを履いてるあたしの、目の前のバカな顔はちょうど同じぐらいの目線にいる。
ちょっとビックリしたように、だけど差し伸ばした手が無駄になったことに腹を立てているような面持ちで、
そいつは開いた手をぎゅ、とわざとらしく、やけに挑戦的に握り締めた。
あたしのムカっ腹に負けないぐらいの態度は肩らへんで、白いスーツを通り過ぎながら低く滑空してる。
「お前、そんな態度だからあの人に相手にされねぇんじゃねーのっ」
「うるっさいな。勝手についてきて説教?そんな暇ならキャッチしてればいいじゃん」
「うっるせーな、今日は非番だ!」
今日、こいつがあたしのほぼ隣にいるのはどうも変な巡り合わせが関係してるような気がしてならない。
あたしはいつもの通り、こいつがおこがましく言う「あの人」のところに行って、
すでに何度目かも知れなくなったNOをつきつけられた。
そしてこいつはその一部始終を見ていた。
ただでさえショック。なのに、オマケでこいつがいる。こんなに不名誉なことってあるだろうか?
ふり返ってこっちを睨み付けてくる顔といっしょに、
ごつくて重そうなゴールドのネックレスが肌とすれあってにぶい音を立てる。
ガンを飛ばすと同時に見える白い歯。白いスーツ。
「非番ならスーツ着てくんな」
「俺がどんなカッコしようとお前には関係ねぇだろ」
「いつでも格好いい自分見せてたいんだぜ、とか思ってるんでしょ、バーカ」
その白さが妙に気に食わなくて、あたしは低く吼えた。
こいつがこうやっていつでもパリッとしたカッコをしてるのは人形ぐらいにちいさくて、
どこまでもこいつには似合わない可憐な容姿の彼女にそれを見せつけたいからだ。
彼女の可愛さは、とんでもないところに咲いてしまった崖っぷちの花ぐらいに、こいつにとってミスマッチ。
だけど、二人は恋人同士じゃないちょっと不気味ともいえる関係で、
それはあたしとあの人・・・うん、先生との関係と、なんかちょっと似ている気もする。
あたしとこいつ。変なつながり。それがあたしは気に入らない。
「サブリナに良いカッコしたくて何が悪りィんだよ!お前だってあの人に良いツラしてるじゃねーか!」
「あたしとあんたじゃ、意味が違うの!あんたは単純なのよ、自分ってのはカッコじゃないでしょ」
「じゃあ何だ?自分ってのは都合よく見栄はることかよ」
「・・・、そうは言ってない」
いつの間にか、格好がこっちに向きっぱなしになっている。
後ろ向きに歩きながら、ズボンのポケットに両手をつっこんでガラの悪い顔をする。
あたしは呆れたように大げさなため息をひとつついたけど、
一瞬、確かにあたしは先生に見栄を張って先生に好きだって言ってる、と思った。
それがなんだか悔しくて、すぐに否定する。
いつでも、こいつとの間ではくだらない悪態ばっかりが飛び交っている。
「ほら見ろ、図星だ」
「うるさい。サブリナちゃんにばらすぞ、バカホスト」
「またそれか、エセモデル」
あたし達の間では、罵りあいが会話みたいなものだ。
だから、これも普通の、いつもの会話。
先生はまたこれから仕事。
彼女はこいつの胸ポケットの中で昼寝中。
そのはざまで、あたし達は互いの視線をばちばち唸らせて、今日もつまんない散歩をしている。

ロミ夫&ミサキ


















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