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深海、テールエンド


「嘘をつけ。貴様の言葉のどこに、貴様が差し出す真実がある!」
そんなものはひとつもない、と講談師は自らそのたばかりを差し出すように微笑んで見せた。
目の前で限度のない憤りを示す群青の髪の毛はぐらぐらと揺れていて、
そこにはひとかけらの好意すら、存在していなかった。
好意が存立しない交わりに何故此処まで好奇を示すことができるのだろう、と自問してみた処で、
寄せ付けない嫌悪こそがねじ伏せることの悦びを持ち得て、この身体を満たすだけなのだと講談師は思う。
溶けることの無い永久凍土が自らの手で愚かな崩れ方をすることの、形容しがたい悦び。
それをこの群青の目と思いと身体に委ねている事実は、講談師を中々小気味よい自嘲に結び付けている。
『満たされる事等無いのに、何故こうして無様な嬲り方をする』。
笑みを浮かべたまま、そうしてまた己への嘲りと群青への嘲りを天秤に掛ければ、
群青が見せる表情さえも嘲りに似たかたちをとる。
その歪みはどこか悲哀と名付けられるようなおこがましさを帯びたままで、講談師の紅さを貫いている。
「・・・その顔で、私をいつも捻じ伏せた気で居るのか」
ため息に似た呟き。諦念に似たほほ笑み。
どこまでも滑稽でいて、その癖妙な真剣味と意外性を見せつける群青の姿。
それは時に(そう、例えるならばこんな状況に)、恐ろしいまでの凶暴さを持って講談師に襲い掛かってくる。
群青自体が意識して行っているわけでは決してない、講談師の心が勝手に認識する凶暴さ。
侵されることはないと確信していた領域が全く馬鹿らしい脆弱性を見せたかと思えば、
そのまま、まるで呆気なく、がらがらと瓦礫のように崩れ去る。
今も、そうだ。
講談師は群青の顔つきを見、忽然と笑みを消した。
あくまで無意識的に、それが許されないことだと、自身の領域を守るために必要なことだと理解しているように。
永久凍土を崩した瞬間の悦びと同時に産まれる、言い知れない不快感。にがさ。刺。
それはある種、「自己嫌悪」という感情と同じ場所に居る。
同様の生暖かい温度で、講談師へと圧し掛かる。
「・・・貴様は、何一つ、私に赦そうとしないのだな」
群青の髪の色合いは、すでに痩せた体の中にまでこびり付いているようだった。
悲しい温度に身を任せ、講談師の笑みが消えると同時に皮肉っぽい笑顔を群青は見せつける。
又だ、と講談師はもう何度目かも判らなくなってしまった息づまりを感じた。
群青の態度があからさまな自嘲とあからさまな痛嘆を帯びるとき、講談師はこうして、
意味も出口も無い、愚かな袋小路に迷い込んだ気分になる。
ふい、と視線を逸らし、群青はそのほほ笑みを遺したまま部屋からゆっくりと出ていった。
鈍い音を立てて扉が閉まる音が、講談師の耳へ酷くおそく届く。
『赦せば、満たされるとでもいうのか』。
ゆっくりと、講談師は部屋を見渡した。
平素な顔をした、身体によく馴染む室温の機嫌は、極めて不愉快に曲がっていた。

淀×鴨川















神無月夜


「まったく、安い絶望だ。」
「ほんとうね」
私は微笑んでいた。とにかく目の前の女のため息は、色がなく心地よかった。
「お前さんも、いつまで捕らわれてるつもりだい」
「貴方は救いを見つけてしまったものね」
「あの娘とでも言う気かい?冗談じゃない。死んでるようなモンだ、あれは」
だからこそ隣においているのでしょう、という視線を私が向ければ、女はぎろりとこちらを睨んだ。
丸く赤い月がこうこうと光る空の下、私たちは久々の再会を懐かしんでいる。
私のこころには記憶が刻み付けられたままで、彼女のこころには約束が縛りついたままだ。
「仮初めの死に囚われていても、彼女はまだ生きているわ。私たちと同じように」
「アタシは生から外れているがね。お前さんだって、しがみついてばかりじゃないか」
「・・・諦めてはいるわ。だから怖いのよ」
「頑固な娘だねェ。それだから、抜け出せないんだ」
ため息をつけば、すすきが揺れる。
私は両の手のひらにいだかれた骸骨に虚構の温もりを求めた。
それでもその骨はやけにつるつるとした感触を残すばかりで、冷えた温度がふわりと舞った。
「ええ。貴方と同じよ」
「減らず口はお互い様かい?」
「そうよ。お互いに、願っているでしょう?お互いの救済を」
私たちはまったく別のいきもので、まったく別の生き方をしている。
彼女は一瞬私の「救済」という言葉にあっけに取られたようにしながら、すぐにその顔を引き締める。
「ああ、願ってるさね、桔梗」
「そう、願っているわ、椿」
私は彼女の名を呼んで、彼女は私の名を呼んだ。
花の名は匂いだけを土にはびこらせて、他には何も残らない。
「だから彼女を大事にしてあげて」
「・・・そいつは、どう考えても余計なお世話だね」
それでも私は、いつか来る彼女の救いを願っている。
私自身の救いが、かくある未来に訪れることと同じように。
秋の響きに虫は高く啼いた。
喪失に寄り添うぬくもりは、貴方がその胸でいだいてくれた温かみと近い輝きで、私の胸の中に落ちた。

桔梗&椿















蛍火雪兎


男は女に触れる直前で、その手を強く握った。
円くなった掌を女は視線で追い、そのすぐ後に嗤いの失せた男を視た。
雪が降り、炎が赤々と燃えていた。
「臆病者なのね。アナタは破壊を望んでいるのでしょう」
自らの手で、女という「それ」が崩れることを心から男は望んでいた。
それを女も知っていた。
女の眼は真っ直ぐに男へ放たれて、まるで強固な剣だった。
暗き場所は街灯のない路地のようで、寒く静かで孤独だった。
「すべては壊れるわ。だからアナタにわたしは従う。愚かなアナタに従うの」
女は云う。すべては破壊され、すべては忘却され、すべては欠如する。
同じように、この空間もいつかは朽ちていく。
だからこそ男の願いは速度を増し、終に女へと届いた。
絶望と名付けられる果ての消失を云い出したのは男だったろうか、女だったろうか。
頑なに何もかもを享受する表情には、すでに決意以上のものがあふれ出ている。
男はいつもには尊大な唇を緩やかに噤み、硬く丸まった手のひらを再び開く。
この手で、この手で、と胸で繰り返される咆哮。
炎が意識せず、勢いを増した。
「・・・そうよ。わたし達は望んでいた筈だわ」
女の表情には、既に震えも脅えも存在していなかった。
同様に、男の広げた掌も生命の息吹を失ったように確固としていた。
互いにあるのは、無感情な喪失の実感のみだった。
当然だとでも云うように、女はその無感情さを再び受け止める。
彼女自身にも、当然のようにわだかまっていた喪失の色。
白い灼熱の五本が女に近づいてくる。望んでいたもの。拒絶していたもの。損なっていたもの。
息をつき、女は途切れることなく一本の線として繋いでいた男との視線を絶つ。
そして、己の真の感情を想い、身体が溶けゆく瞬間を、厳かに待った。

極卒×おんなのこ















鹹い花束


いんや、別に、と神は笑った。
その笑顔は常日頃見せつけている柔らかさと何も変わっていないくせ、変な寂しさと共にいた。
「変ね。そんな笑い方、貴方めったにしないのよ」
マリィは率直に、その不審さを指摘する。彼女も神と同様に笑っていた。
幼さと大人びた雰囲気が同居する姿は、ときおり目映く反射する宝石のようにも見える。
「そっかねぇ。俺、いつもと同じよ。いつでもおんなじ、神様よ?」
不変の中に、神は身を置いている。楽しみも悲しみも、いつだって変わらず彼の笑顔と抱擁している。
ちょっと甘ったるいカクテルを神はニコニコと一気に喉へ流し込んだ。
別に酔ってなんかないよ、という意思表示か、しゃきっと背を垂直に伸ばす。
「・・・いつでも同じなんて、無理だわ。貴方は神。でも、人よ」
その行為にすこしマリィは笑った。変わらない、最上のエンターテイナーの姿に。
けれども、ゆっくりと唇を引き上げたあとで、マリィは僅かに眼を伏せる。
「いつでも同じなの。それでも、俺はね。みんながね、ずっと笑ってられるように」
それはきっと神を想う労わりで、優しさといっしょに寄り添っているような感情のひとつなんだろう。
ぬくもりのある人の姿で、神は笑って生きている。なにもかもの人間として、ずっと神は生きている。
だから神は、しゃきっとした姿を凛とさせて、みんなが笑っていられるようにマリィを見てはにかんだ。
「・・・貴方ばっかりが、そうやって笑うの?」
それはあまりに美しい笑顔で、あまりに悲しい笑顔だった。
背負うの、とマリィは言わなかった。言えなかった、と言った方が正しいのかもしれない。
マリィは寂しい顔をする。神の言葉はどこまでも明るく、気高く、誇らしげなのに、独りぼっちの気がする。
「だいじょーぶだよ。色んなものたくさん、貰ってるからね」
そんなマリィの暗い顔を、神はたおやかに慰めた。
すっからかんの華奢なグラスを高く掲げて、かんぱーい、と神は言った。
マリィは神の格好を見て、何も言えずにいた。
ただ、やっぱり神のことをばかみたいに強い人だと思って、きゅ、と唇を結んだ。
そして彼女もまだなみなみと美しい色をして注がれているカクテルのグラスを手にとって、乾杯、と言った。

マリィ&MZD















コウフクロン


「変な目。焦がれてんの?」
「はぁ?誰によ」
「さーあね?」
ニャミちゃんはときどき電波だ。
それが入るスイッチはあたしにも未だに理解できていない。
だけどその発言はいつもあたしの心に爪を立てるようなざわつきを残して、ちいさなひっかき傷を残す。
るんるん、と今日も今日とて頭に見えない音符をつけて、ニャミちゃんは幸せそうにこ狡い目をする。
乱暴で不肖で品性なんてまるでないような姿をいきなり見せつけたかと思えば、
どっかのサブカル好きが一発でKOしそうな言葉を吐く、
このひとはときどき、あたしの手にも負えないような生きものになる。
「ああそうだ、神がね」
「神が?」
「冒険してくれって。今度」
「ボーケンっ!どこを?」
「さーね。アイツのことだから死ぬようなトコでしょ」
腕に残った、すぐ落ちるバラエティ用のペンキのあざやかな色。
そのカラフルさとこの話題で、あたしは神のことを少し思い出した。
あのひとも、あたしなんかじゃまったく手に負えない生きもので、
でも、それはきっとニャミちゃんでも一緒で、扱いきれない生きものだろう。
世界を造ったカミサマ。
彼はあたしたちに初めて会った日にそう言った。
この世の中をまるごと愛してる、よどみのない眼で言った。
思えば、ときどきニャミちゃんが電波になるのは彼に出会ってからのような気もする。
といっても、あたしとニャミちゃんがプライベートで四六時中一緒にいても、
気が狂わないどころかそれなりに楽しく過ごしていける、頭の沸いた関係になったのは、
ポップンパーティーの司会と雑用をはじめてからだけど。
「じゃあ、今度は宇宙かなぁ。いっかい連れてもらったけど一瞬だったよね、前」
「そうだね。ほら、あれ覚えてる、一等星のさ、目の潰れそうな光。アレはやられたー」
「やられたやられたー!もおさ、限界だったよね、角膜!」
「そっちの意味じゃねーよ」
バカな会話。でも、これがたのしい。あたしはニャミちゃんが好きだ。
もちろんのこと、トーゼンに、神も好きだ。
あたしがこの星でたのしく生きてるってことを、なにより実感させてくれるのはこのふたりで、
あたしはこのふたりになにか一欠けらでも返せてるのかな、ってときどき無性に申し訳なくなったりするけど、
いっつも笑顔で、たまにマジメに。
バシバシ背中をたたいてくれるふたりにはいつもありがとうって思ってるんですよ。
彼氏もいないヒトリミっぷりは悲しいけどさ。
ねえニャミちゃん。ねえ神。
電波で明るくて愛と平和を担ぎきったカッコで、今日も元気に生きててよ。
今日も元気にガハガハ笑って、キミたちがくれるあたしの幸せを見ててよ。ね。約束だよ。ね!

ミミ、ニャミ、MZD


















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