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千秋の彩


「知らないのォ、オマエ」
「え。うそ。お前知ってんの、ウソォ!」
「知ってるもなんも、C組の有名人だよ。オレと同じ水色の髪!ったら蒼井しか居ねぇって」
おれはその日、あまりにも衝撃な事実を知ってしまってゼツボーした。
何ヶ月もおれが捜しつづけていた彼女は、なんと違うクラスの同級生だったのだ。
目の前のサイバーが、いじりすぎてチンチクリンになってしまった、
ぼわぼわの青い髪の毛を指でさわりながら言ったその事実は、
もともとテストが返ってきたばっかりのブルーなおれの気分を底辺までズタズタにした。
「あ、おい・・・・なに、それ、その人の苗字!?」
「んあ、そーだよ。つうかガッコの七不思議しらないとか、オマエどんだけーっ」
赤点のテストをぐしゃぐしゃに丸めて、おれはサイバーに詰め寄ってみる。あおい。蒼井。彼女の、名前。
他にもっとなんか情報ないの、と、ぐいとオオマジメな顔で声をはれば、そいつを避けつつ、
今どきの流行語ってやつでサイバーはおれに人差し指を突きつけた。
ななふしぎ。七不思議。ななふしぎ・・・。
「な、なにソレ。おれ知らないよ、ちょっと」
「ええー?オマエ目ェ節穴すぎっしょ!あのコさぁ、なんやらエスパーだとか、
 宇宙人と接触してるとか、人体実験されるとか、実はガッコの支配者だとか、生徒全員の秘密握ってるとか、
 そりゃもう噂のオヒメサマだよ、ありゃもう、なんかもう、ウチュージンっつうか・・・」
「・・・ってべつに、それ、7不思議とまったく関係ないんじゃね?」
「っせーの!とにかくアオイの噂は絶えないワケよ、ショウくん。おわかりィ?」
「・・・・・・・」
アオイ。ずっと探していた存在が身近すぎると、とたんに全部がウソっぽく感じてくるのっておれだけだろうか。
つうか、同学年他クラスならふつう、会うだろ。会うでしょ。
「なんよ、その目はァ。オレ、嘘言ってないからね。会ってないちゅーんならよーするに休んでんだろー」
「え?休んでる?」
「そ、そ。あのコさァ、出席率チョー低いの。1週間まるまる休んでるときもあるんだぜー。
 しかもソレ、3学期から理由なくイキナリ。担任もなんも言わんし、進級できてるし、ゼッテェ何かあるって」
サイバーはベラベラとまくしたてる。その話題はおれがはじめて聞くものばっかりで、
おれは素直にぽかん、って顔をしたまま聞き手にまわっていた。
「はぁ・・・」
「だ、か、ら〜、叶わぬ恋は諦めろってね?ショウくん」
「はァ!?」
・・・と思ったら唐突に話題をブチ切られて、意味フメイのことをサイバーは言ってきた。
思わずおれは大声をあげて、がたんとでかい音をたてて椅子から立ち上がった。
休み時間の喧騒から一歩ぬけ出て目立ったおれに、クラスの視線がゆるりと集まってくる。
「・・・・・あれェ。だってそんなコト言うのってフツー、恋じゃね?」
「ちがうちがう断じて違うッ!おれが好きなのはマネッ・・・・いやいやいや!なんでもないないでもないっ」
弁当箱についてるチャチなフォークをくわえたまま、サイバーはぽかーんと続ける。
おれは皆の刺してくる視線にかなり居心地がわるくなってきて、
大声をすこしづつすこしづつ小さくして、ゆっくり椅子に座りなおした。
「今なんて言ったの、オマエ」
「言うなっ。聞くなっ。とりあえずC組だなっ。C組なんだなっ!」
「んん、そのトーリだよーい。シンゴが同じクラスだから、聞いてみりゃいいよー」
「オッケッ」
サイバーはなんだか疑りぶかい目をグラサン越しにこっちに向けてきたが、おれは無視した。
とりあえず学校が終わったらシンゴに聞いてみよう。
ついでにソラにそれを話して、・・・そして、彼女に、もう一度会おう。
おれはだらしない顔でまだおれを伺うように見ているサイバーにあんがと、と呟いてパンを口に押しこんだ。

ショウとサイバー















フォーマット


「おまえねェ、・・・・そんな目、すんなよな」
「ウル、サイ」
彼は機械をごてごてと身体に貼り付けたまま、わざとらしくどなった。
その手には不恰好なまでの玩具にも見える銃が握りしめられていた。
「危なっかしすぎるよ、おまえ」
「・・・・ウルサイ」
「それしか言えないのかよーっ」
少女はうるさい、うるさい、とまるで機械のように呟き続けている。
その瞳はなんだか妙にうつろで、新緑の色をした肌は固そうな艶を見せつける。
手にした武器は原始的で、そこにあるのは不毛にゆらぐ出会いばかりだ。
「・・・ワタシ、ハ、イカナケレバ」
「やめろって。無茶だよ。なんでおまえが、やらなくちゃいけないんだって」
違う言葉を発したところで、それは彼が耳を塞ぎたくなる宣言にしかならない。
華奢に造られた身体のラインがギシギシと動いて、満足でないなめらかさが露呈する。
「ワタシ、ダカラダ」
「・・・無理だよ」
それを成すことはきっと、少女が存在している理由、そのものなのかもしれない。
しかし、それは今や失ってしまうほうが余程自然で、幸福なことでもある。
その「誰か」をまっすぐに少女が見据えれば、そこにはいつか「誰か」が望んだ傷みが産まれる。産まれてしまう。
そんなことをしてまで、と彼はにがく、苦しい顔をする。意味なんか、これから作ればいいじゃないか、と。
「ダメダ。ワタシハウマレタ」
「・・・・・・・・」
少女は首をふる。ゆっくりと横に、ねじの切れそうなオルゴールのように。
誰も喜ぶことのない少女の意味。むなしさだけがあとに残る少女の意味。
別に、自分は命を賭けようとしているわけじゃない、と彼は思った。
それでも少女はすぐには事切れることのない命をその意味に賭けている。うばわれた何かと共に。
引きずったモーニングスターを肩にかけ、プログラムされた顔つきで少女は笑った。
「サイゴハ、ワラエ。ワタシトトモニ、ワラッテクレ」

コサインとニコラシカ















骸と孤影


「あれ、」
神は、その部屋に一歩踏み入れた途端に不用意な違和感を感じた。
それは簡単に声となって現れて、目の前で好き勝手に資料を眺める姿の、しかめ面を誘う。
「・・・御前か」
舌打ちをするように男は、すぐに返事を返した。そのくせ、どうしてここに居るかという質問は一言も発さない。
辺りを伺いながらきょろきょろと、背の影と共に神は男に歩み寄った。
「なに、今日、鴨さんいねーの?」
「用事だとか謂って出て行った。其れっきりだ」
「へェ。俺さ、ここに来んといっつもタイミング悪ィんだよな。オマエに用ある時は鴨さんしか居なくて、
 鴨さんに用事ある時はオマエだけ居んの。ホント、どうなってんだろな」
ばさ、と乱暴に資料を荒れきった机のうえに投げ捨てる男に、神はべらべらと捲し立てた。
崩れない笑顔はとりとめのない話題の中にひと粒の重要性が混じっている。
それに感づこうか感づかまいがまったく気にしない奔放さを兼ねそなえたままで、
いつでも神はそんなことばかりをしている。
「・・・あいつに用か」
「ん?うん。鴨さん、優しくていろいろ調べてくれるから、今日もその結果貰いにね」
男はその重要性に気づきながらも、それを拾わずに質問した。
別に調べものとか言ったって俺の趣味のモンばっかなんだけど、と応える神は、
研究室の時計を見てなにやら僅かに訝しそうな顔をする。何か約束があるのだろうか。
そんな神の態度を眺めながら、アレが優しいか、と男は思う。
何ものをも抱擁する神の態度のうえではそれも成立するのかもしれないが、
男の中で、彼に対する「優しさ」の存在は塵より少ない感情である。
あれは優しいのではなく弱いのだ、そんなことを俄かに言いかけて、下らないと男は止める。
「其れなら、・・・御前、待つのか」
「待つかなー・・・ほら、ここ、入るの面倒じゃん。また入り直すのスゲェ手間かかるし。
 どうせオマエも暇なんだろー。話相手してくれよ、会うの久しぶりだし。積もる話、ってのもね、あるっしょ」
「・・・・・」
面倒だ、という寸前で、男の中では拒否より呆れが勝った。
この生き物に敵う者は存在しない。それは、男が神との永い付き合いの中で刻み付けてきた事実だ。
一度ため息をつけば、すぐに神はそのすきまに言葉を滑り込ませてくる。
「どーなのよ、そっちはさー。あんまり俺介入してねぇから、現在状況まったくフメイなんだけど」
「・・・そっちたァ、どっちだ」
「オマエに振る話題で、しかもここでする話ったら淀川しかねーだろよ!
 ったく、その回りくどいアタマ止めろよなー、マジで。
 あーあ、鴨さん可哀相、こんなのに毎日振り回されて・・・俺だったら泣いちゃうよ、ホント」
その話題は、確かにこの場所が一番おあつらえ向きのものだ。
異界の鬼を語るに、これほど似合う場所は他にあるまい。
しかしその会話のテンションはいつもの神の明るさに支配されており、緊迫感はまるでない。
神は泣く真似をしながら、研究室の主をストレートに庇う。基本的に、神は男をからかうことの方が好きだった。
「五月蝿ェ、黙れ」
「事実じゃねーかよっ。実際、オマエが真剣になんなきゃさァ、鴨さん、ダメんなんぜ」
「・・・如何謂う意味だァ、そいつは」
「だって鴨さんはオマエの先に、淀川を見てるじゃん。しかも、相当マジメにさ。
 それをオマエの好きでテキトーに甚振ってりゃ、そうもなるでしょ」
あはは、とアッケラカンとした顔。そう思えば、すぐに真剣な光が宿る多様性。
いつの間にか話は低い位置へ移動して、影と目配せをしながら神はコン、と指先にあったフラスコを弾く。
男は駄目という単語に妙な苛立ちを憶えたまま、今度は素直に舌打ちをした。
「アレが駄目に成ろうと、あたしにゃア関係無いだろうが」
「へェ・・・、あー・・・俺さぁ、別にね?そこまで、嘘は、嫌いじゃないわけよ。
 けどね、・・・一番大事なとこで嘘つかれんのはスゲー嫌なの」
「・・・何が謂いたい?」
舌打ちへ、ゆるやかに神は微笑む。しかしその声はひと匙も満足には笑っていなかった。
瞳はどこまでも温かいのに、言葉は刺すように厳しい。
それは、神が何かしら怒りを憶えているときに出る癖のようなものだ。
「フツー、人ってさ、大体そう思ってると思うのよ、俺は。
 だからさ、要するにさァ・・・なんでそういうこと当たり前に言えるの、オマエ」
だからこそ、その視線には刃が宿っている。
慣れたその切っ先を寸前で受け止めながら、男は視線を泳がせる。
あまりに不用意で残酷な発言に、神は敏感だ。
しかし、駄目になる、という言葉を先に、挑発的に使ってきたのは神自身である。
ゆっくりと男は苦い感情を内に留め、誰もがお前のように生きられるほど自由ではない、と思った。
「・・・あたしは、此処の生き物じゃア無いんでな。ヒトに安易な感傷を寄せる程、堕ちちゃ居ない心算だが」
それは自分に対する嘲りをも兼ねそなえている。たった今も下らない嘘を告げる、その唇に対する嘲り。
ゆるく微笑みながら、それを男は内包した。
「鴨さん、ホント、可哀相だよ。少なくともあの人は、オマエを理解しようともがいてる」
「・・・理解?下らねェ事を謂うな、遂に御前も狂ったか」
「分かんねぇかな。鴨さんはさ、オマエを信頼したいんだよ。心の底から、そう思いたいんだ」
神は己を疑うことなく、告いでるものを容易く吐き出した。
そのどれをも分かっているような、分かっていないような素振りで男は受け流す。
発する言葉のすべては、真実にも、虚実にも見えた。攻撃的な思いは神の中に積み重なっていた。
大切だと感じているものが固持の前に投げ打たれることがどれほど悲しいことか、神は伝えたかったのだろう。
しかし男は、それさえも現実だと考えていた。投げ打たれる現実も、存在しているのだと。
だからこそ自分は、いや、彼を含めた自分達はこれほど愚かなのだと、
端から端まで存じているように、男は神を見つめていた。
神の待ち人である彼が己を信じたいという事実など、ある訳がないと希いながら。

淀&MZD















逆十字


「あ、なた、は・・・」
「どうしたの。そんなに僕が怖い」
目を覚ました少女は、少年の姿に戦慄した。
いつか見ていたような記憶。いつか抱いていたような冷たさ。
そして全く同様である、その、微笑み。
「ルシファー・・・・」
事切れるように少女が呟けば、少年は青黒い羽根を心底不満足そうに揺らせる。
白と青。光と影。いつの世も相反する存在。闇と闇の彼ら。
「彼は本当の僕を求めて去ったよ。僕は真実になれず、ここに置き去りにされたのさ」
「・・・な、・・・?」
「分からないって顔、してるね。絶望は希望を生かしたんだよ。哀れなことにね」
「希望・・・?」
「そう。君が望んだ希望」
「!」
まっさらに黒い瞳は、光らずに歪み、しかし、大きく見開かれる。
軽やかな身体をひどく乱暴に扱いながら、少年は濁った口調を使い、濁った笑いを浮かべる。
闇に支配されている少女の身体を、じつに小気味よさそうに眺める視線は幼さも残る。
少女は、発された単語に、涙を流しそうになった。
何度潰され掛けようと望み続けていた、存在の実在が証明されたのだ。
「まさか、本当に・・・・・」
「君は願っていたようだね。彼にあそこまで酷い目に合わされたっていうのに」
当然だと強く彼女は思う。死した者への償いなしに、少女が自分自身の赦しを得られる筈もない。
潤む瞳を手で拭い、少女は少年へと視界を向ける。
「・・・貴方は、何故、ここに居るの」
「・・・ああ、僕?僕は彼の思いの残骸だ。だから、彼に、棄てられた」
「ルシファー、に・・・?」
「そう。あの悪魔にだよ」
「悪魔・・・・」
少年は、朗らかに笑う。あまりにもそれは、残酷な微笑みだった。
いつか彼にされた仕打ちを背筋に感じた少女は、脅えるように一歩後ずさる。
「・・・へェ。怖いんだ」
「・・・・怖いわ。あの人は、本当に恐ろしかった」
「僕はああいうの趣味じゃないから、別におっかながんなくていいよ。どっちにしろ僕も君も、逃げられない」
「・・・・・・・そう、ね」
「そうさ。僕らは彼に囚われてるんだ」
彼の顔を、少女は一度として忘れたことはなかった。
少女が己で為した罪がどれほどきつく抉られようと、彼は美しく笑っていた。
どれほど少女の身体や心が痛めつけられ引き裂かれようと、美しく笑っていた。
今、目の前で爽やかに舞う少年のように、何をも省みない整然さで。
ここから、少女も少年も逃げることは出来ない。それを互いは知り、しかし、希望は生きた。
ゆるく深呼吸をして、少女は心の底で祈りを捧げる。
己が穿った絶望の先に芽吹く、命という尊さがいき続けることを願って。

アンネース&2Pフィリ















キープトライン


「いつまでも少年は夢見がちー、ってか?」
「あ・・・神」
それはどこかで聞いたようなフレーズだったけれど、彼女はそれを思い出すことが出来なかった。
声に反応し、座ったままの体勢で首だけをおもむろにひねる。
すると、途方に暮れていたその顔は茜に混じった青を翔らせて、いつかの驚きを再発させた。
「久しぶりィ、ニナ!」
頭上から覆いかぶさってくる、空より大きな笑い顔をする男にようやく気付き、
彼女は小さく苦笑して、泣きそうな頬を叩きながら立ち上がった。
なんとなく、の仕草でひざ小僧をはたき、肩をすくめる。
「いつも大変なときに来るね、あなた」
「神様はなんでもお見通しですもの」
男の朗らかな声。指を遊ぶように回せばぶあん、と影が広がって揺らめく。
彼女はそれに気圧されたため息を吐き、黒く短い髪へ手を置いた。
「みっともない所、見せちゃったなぁ」
少しだけ寄りかかるようにスーツケースに当てた片手は硬くなり、夕陽と鮮やかに調和している。
苦しみに拠った眉はゆるやかな温度を保つ。
男はそんな彼女の目の前から揺らがず、少年の居なくなった方向へ目線をやって、顔に手をかざした。
「世の中、一発で上手く行くことなんかねぇだろ」
「・・・そうだけど。私の気持ちは、届かないんじゃないかな」
やんわりと声を、男は伸ばした。それは素直な励まし、であるのだろう。
しかし、「彼は私を嫌ってるから」、とおどけるように彼女は微笑む。
いつか失った風景。いつか失った関係。
それは彼女の中で既に凍りついたものなのだろうか、むう、と男はぎっしり腕を組んで彼女を見た。
「お前はここを捨てたりしてねぇじゃん。あいつに嫌われる理由なんてひとつもないだろ?」
「それは・・・」
まっすぐ、ひとつのブレもなく飛び込んでくる視線の速球に、彼女は目を逸らして髪を弄る手を降ろす。
確かに、彼女自身はこの場所に対して今も変わらない愛情を注いでいる。
だからこそ、すべてを受け入れて帰ってきた。
少年とこんな関係になってしまったのは、時と想いがアンバランスな絡み方をしてしまったからに他ならない。
男は腕を組んだままわざとらしくしかめていた顔を、ゆっくりと元に戻した。
「大丈夫だよ。お前が信じさえすりゃ、届く」
「・・・・・そう、かな」
どこまでも芯の通った目。それは男と彼女がお互い、信念の底につなぎ止めているものだ。
今は惑っている彼女の瞳も、本来はその強靭な力に身を置いている。
彼女はわずかに男の言葉に頷いて、濁した言葉に己の得たい真実を探した。
少年の苦しそうであり、悲しそうな顔。それは、彼女がこの街を出ていったときと同じ温度の悔しさだった。
この凝りを溶かしたい、と彼女は思う。
それを行いきれるだろうか、と彼女は思う。
彼女は少年の、素直に屈託なく笑う顔が好きだった。
この街を出たときから、一度として見なくなったその表情を、必ず取り戻せると男は言う。
瞬きをし、彼女は溢れる夕日を背にした男を見据える。
信じれば届く、という自分自身で叶える魔法の呪文を、きっと知っている男を。

ニナ&MZD


















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