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黒いかたまり。白い空間。俺という存在。
影のようなかたちになって、表情だけで生きている。
ひとりきりの視界。ひとりきりの生き方。俺と、生と。そして、死。
「ああ、そっか。おれ、お前に会うために、ここに来たんだ。」
おかしな気分になった。あたたかいのか、つめたいのか、よく分からない。
ただ胸のあたりがじくじく熟んでいるみたいに柔らかいばっかりで、
ああ、こいつはずっと、ここにいたのだ、と、気づくように俺は思った。
俺の産み出してしまった、俺の手をいちど離れたこの白い世界で、こいつはここにいたのだ。
あの現実世界の向こうで、俺は、俺をここへ遺した。
この両手を離れざるを得なくなったこの世界をどうしても愛しんだために、
(今ならわかる。捨てられなかったんだろう、きっと)、
ここを産み出したひとりの俺を、まるで続けてくれと願うように、ここへ置いた。
俺は、標であって、思い出であって。
かつで虚構だった現実であって、何もかものはじまりで、ビッグバンなのだ。
誰がねがったわけでもないんだろう。
俺は俺を愛してくれた。心から。どうしようもなく。大切に。
愛してくれていたからこそ、俺に託した。無常にも、すべてを、俺に託した。
だから、こいつも、きっと、無常に俺が愛していた、なにかなんだ。
ほら、笑っている。こんなにも優しく。あんなにも悲しく。
俺がここに来たのは、こいつを愛するためなのだろうと思った。
この世界を去り、この世界を包んだ俺のように。
妙に泣きたくなる。白いなみだ。白い空間。なにも無かったわけじゃなく、
ただ、ただ。
おまえが、ここに、居た。
「なあ。俺が、ここ、作ったんだよ。お前はさ、それを、見てくれてたのかなぁ」
愛と平和だけをかかげた何もない世界。すべてがある世界。
破壊と再生。
なあ、おまえは、どうして俺を見ていてくれた?
黒い世界で、白い世界で、どこまでもどこまでも、暗くて明るい、狭間の、俺を。
「・・・・ずーっと、見てくれてたんかなぁ」
ため息が湿り気を持つ。
俺はだれをも愛するために産まれてきた。今、そう決めた。
そして俺がいちばんはじめに愛するのはこいつだ。それも、今決めた。
ゆっくりと俺の存在が顕わになっていく。俺が個を持ちはじめる。
「これからも、俺と、見てくれるか?俺が、うまく世界を愛せるかどうか」
ちっぽけな、ひとりきりの俺はそれでもビッグバンだった。何をも出来る、ひとりの、「神様」。
砂を踏んだ地面がゆっくり固まっていく。目の前の姿が、わずかに形を変えた。
「・ ・ ・ ‥ … ・」
ことばはひとつもない。声のひとすじもない。それでも俺は、こいつが何をいいたいかが分かった。
それは人の言葉でいうなら、きっとこんな言葉だろう。
『おかえり。』
俺は笑う、笑う。
誰をも包む笑顔で、けれど誰をも心から包むことの出来ない笑顔で、ちいさな暗さにこの手を伸ばす。
「・・・ああ。ただいま。」
すべてに還る。急速に世界は色を変えて、砂の地面は緑に覆われていく。
世界がおわる。
世界がはじまる。
俺の存在する世界のすべて。ビッグバンの残りかす。
天を仰いだ。空が広がっていた。死んでいた。産まれていた。ここに居た。
俺はおまえをこの胸に抱いた。
途方もなくあたたかくて、途方もなく広かった。それはまさしく、「世界」だった。

MZD&?















ぎが


「頼む、これに乗せてくれ!」
そうやって、整備中の車庫に突っ込んできたのはひとりの男、だった。
前線の宇宙防衛軍みたいなカッコをしてるそんな兄ちゃんの顔は妙に必死で、
相棒をちょうどメンテし終わって動かそうとしてたオレは、大層に捻じ曲がった顔をしたわけだ。
「・・・始発まであと20分あるんすよ。まだ、ムリっす」
「もう時間がないんだ、どうにかならないか!?」
今は朝の4時まえ。
ステーションは一応24時間動いてるけど、オレの担当ルートは4時から動く。
ぶんぶんとオレは首を横にふるが、相手はぜんぜん動じないでつめ寄ってくる。
「バレたら左遷なんすよ、カンベンして」
「どうしても僕はここから逃げなきゃならないんだ、お願いだ!」
「うー・・・・」
相棒も困った顔をしてる。
ちょっと尋常じゃないマジっぽさ。
着込まれたスーツはボロボロで、・・・よく見りゃケガしてんじゃないのこの人?
オレはそれを見て、乗せた方がいいのだろうか、と思う。
「駄目だろうか?」
今日は上司は他のトコに行ってるから、バレる可能性は少ない。
考えたあと、オレは腹を決める。
「分かった、とっとと中、入って」
「・・・すまない!ありがとう!」
宇宙予報では今日は局地的に流星群がたくさんふるとか言っていた。
相棒に防護フィルターをかけて、オレも中に入り込む。外で運転するほうが、好きなんだけどな。
少し間があって相手も中に来た。
近くで見るとずいぶんイケメンだ。長げぇ髪の毛。優男、ってかんじ。
「で、どこまで?」
「・・・何処までも行ってくれ。とにかく、ずっと彼方まで」
「・・・・ハァ?終点、コーデリアまでなんすけど」
「僕は行きたいのは、最果てだ」
「んな、サイハテェ!?」
サイハテ!至極まじめな男の言葉に、おもわずオレは絶叫した。
最果て、ったら本気の本気で宇宙の端っこだ。1ヶ月に一度、列車が行けばいい、ぐらいの。
そこはいろんな噂が流れてるとこで、列車の墓場だとか、
志なかばで死んだ車掌の怨念がうずまいてるだとか、何百年も生きてる化物車掌がいるとか・・・・、
とにかくとんでもねー噂がダラダラ流れるようなそんな場所だ。
「僕はそこへ行って聖母に会わなければならないんだ」
「せ、聖母?だれ?」
「この世の摂理を知っておられる、意思を持った銀河だ」
「せ、摂理?銀河?い、意思ぃ?」
相手のまじめな顔は崩れない。
でも、だめだ。言ってることがオレにはさっぱりわからない。
「そうだ。僕は・・・、そこへ行って、愛する人を、守りたいんだ」
「は、はぁ・・・」
今度は愛だ。なにごとだ。オレの頭はどんどん混乱していく。
そもそも「逃げる」なんて単語を使う時点でおかしくないか。なあ。
「やっとステーションまで辿り着いたんだ、居たのは君だけだった、・・・頼む!」
ぐらぐらしてると、ガッシと両手を捕まれた。
まじめで、透き通った黒目。
この辺じゃ、まっさらな人間を見るのも珍しい。
もう乗せるって言ったあとで、今更ムリだと言えるはずもなかった。唾をのみこむ。
・・・なにしろ、この男の目はあんまりに正直で、ウソや冗談を飲みこむような温度じゃなかった。
「・・・わ、わかったよ、行くよ、行く!
 ただ燃料がアットー的に足りないから、途中で何度か給油することになるぞ!」
「ありがとう!だが、・・・そうすると、どうなる?」
「時間がかかる!あんたがどんだけ早くサイハテに行きたいかは知らないけど、
 ただでさえ5日かかんだ、少なくとも10日は必要」
「・・・10日、か・・・」
「嫌なら、他あたれ」
オレがふたたび承諾に叫ぶと、相手はにっこりと満足そうに笑う。
けど、10日かかるってことを言ったらその顔はすぐに曇った。
イエスと言ったが、正直まだ本気の覚悟は決まってない。降りてくれるなら降りてくれと思う。
サイハテ。すべての墓場。・・・怖いじゃねーか。マジで。
「・・・構わない。時間がかかってもいい、行ってくれ。今の僕には、君しか居ない」
「あー、分かったよ!すぐ出る、座ってろ!」
「ああ」
でも、残念ながら男ははっきりと頷き、オレに向かって微笑んだ。
・・・行くしか、ない、みたいだ。
ステーションに入って5年のオレに振ってかかってきた災難は、
ちょっと今の状態じゃ何がおこってるのかサッパリ分からん状態のままだ。
それでもサイハテだ、とオレはようやく覚悟して、
こりゃ左遷じゃなくってクビかもな、と一度男を振りかえれば、
いつの間にか男は座席に座り込んで、両手を組んで祈るように目を瞑っていた。

F-トレイン&イア・ラムセ















鬼島摩擦


馬鹿だなぁ、なんでこんなとこに閉込められてるんだ、と彼は言った。
おれは無様なストライプの囚人服に身を包んだままの格好で、重い足枷は既に足首にすっかり馴染んでいた。
「ま、いいや。助けに来た」
人殺しが何の用だ、とおれは返す。
大げさに振りかざした日本刀は、今日は美しい銀色のままだ。
看守は気絶させられているだけなんだろうか。黄色いツナギが怪しく光る。
「・・・素直じゃねーのなー」
だからどうした。久々に視る彼の眼光は鈍りを知らない。
鋭さだけを秘めている、殺し屋の目だ。
「お前の頭には、おれが好きでここに居るって選択肢はないのか」
「・‥なんじゃそりゃ。新手のギャグか」
日本刀を軽やかに振り、意味不明、と呟きながら肩に掛ける。
頑丈な鉄格子越しの会話は、今頃監視カメラで盗み聞きでもされているのだろうか。
もし看守どもがここへ来たら、おれは目の前で殺人ショーを眺めることになる。・・・それは御免だ。
「ギャグじゃない。マジだ」
「でもねぇ、もう此処まで来ちったし、こいつ斬りゃ出れんだし。脱獄上等じゃん」
軽いノリはこういう湿りきった場所には似合わない。
この軽いノリで人を突くから、おれはそこまでこいつのことを好きになれないのかもしれない。
鉄格子を指さして今にも鉄格子を斬ろうとする彼の動きを見て、
今更ながらなんでこの人間がおれを助けにくる心境に至ったのだろう、と思い返した。

ルパンニャミ&キルビルニャミ















森羅万象


美しいな、と神はそうやって呟いた。
赤い光が雲の中で自らを誇示するように乱反射する、その万華鏡。
どこまでも自然に満ち溢れた感触は、神の心の暗くなった部分をわずかに舞い上がらせて、揺さぶっている。
隣では大地のような緑の肌をした男が目を細めて、神の眩しそうな顔を見つめていた。
「・・・‥」
動くことなく、神は無言の感動を地平線に昇る朝日に寄せている。
何をかもを包み、何もかもを抱くその光。
それは、まさしく隣の男がこれまでの永劫の中で守り続けてきた、混じり気のない美しさである。
男は神と夕日とを見比べ、草原に座り込んだままで長方形の小さな紙切れを手で撫でる。
神が彼へと押し付けたひとつの誘いは唐突であまりにおこがましいものだったが、
今の神を見、男はわずかにその宴への興味を深くした。
子供のように笑い、大人のように翳った顔をし、宇宙のように深い愛を見せつける姿。
そこに引き寄せられない生き物がいるのだろうか、と、
砂漠に咲き誇る一輪の花を眺めるような目つきを男は神へ放つ。
赤く彩られた輪郭は、そのサングラスに隠れた深海のような瞳を鮮やかに映し出している。
神はようやく、その視線に気付いたように男を見た。
「・・・こんなの、毎日見てんのか。そりゃ、しょうがねぇなぁ」
高らかな鐘の音に似た笑い声。
その「しょうがない」は男が開口一番に呟いた「興味はない」の一言へ当てたものだろう。
心底呆れた顔で、心底楽しそうな顔をする神は、自然の超然さに参っているようにも見える。
「・・・いや」
男はそこに、初めから全く変わっていないような抑揚のない喋りを返すが、泳ぐ心は雲を捉え、内で弾ける。
それは互いが互いに視た「素晴らしさ」が己の中で消化されているためだろう。
存在の強靱さを認める瞬間は、いつでも意図のない一秒に訪れる。
「うん、すげーや」
伸びをして、神はその奇跡に近い輝きに息をついた。
男もまた、彼方の朝日を見て溢れる眩しさにまばたきをする。
魂の呼応に似た息づかい。今日へと向かう暁の、その、一瞬の溶け合い。

アカツキ&MZD















彼岸灯篭


「・・・・星が流れていますねぇ」
届かない空が、それは暗い色をして傘のように広がっていた。
満天の星たちが彼らの上を覆っている。
白き色と黒き色の二体の人形は、地上と同じ、場所にいる。
「お願い事でも、しましょうか」
流れる星に唱える願いの迷信を、その白き人形は知っていた。過去という情報。かたち。
いにしえに似た時の流れは緩やかに、今の彼らを作る記憶を描き上げてきた。
今、彼らにしかない道。
今、この場所に存在する道。
それは、未来という行方を辿る彼らが生きるしるべとなる。
また、星が流れる。
「わたくし達が、これからも生きてゆけるように、と」
遠くの月に光が増し、誰も知らない地が誰も知らない風を運ぶ。
黒き人形はつるりとした顔立ちで、伺うように高い背を屈めて白い人形を見た。
闇に溶けるからくりの太陽と月がおもむろに、水泡を上げる。
言葉をもたない黒き人形が見せるいたわりのような態度。
あるいは、共に生きるという承諾。
「・・・お優しいですね。貴方はいつでも、お優しい」
それを、微笑むようにした格好で白き人形は受け取り、その顔へ、手をゆっくりと寄せた。
人形であるが故に、彼女には表情がない。
だが、微笑みのない微笑みは、何故かとても豊かで、やさしい。
黒き人形を「優しい」と呟くその声色とまったく同じように、懇篤だった。
ぱちぱちと明かりを点し、黒き人形も手を伸ばす。
互いに、生きている想い。
流星の降る夜は願いを拾い、彼らの今を掬い上げる。
慈しみ合う彼らの愛を見つめ、やさしさを見つめ、歩く道を照らす。

キリコ×壱ノ妙


















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