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戦火の雪崩


「エ?オマエモ、キカイ?」
そいつは、喋っているのか喋っていないのかよくわからない仕草で口をもぐもぐと動かした。
そこから出てくるのはただのうなり声で、言葉はない。
けど、なんだかおれにはそいつの思ってることが、アタマに直接聞こえてくる。今も、そう。
「スゲー・・・マジカ」
でかい図体をまじまじ見つめる。森をアタマにくっつけた、島のような身体はまるっきり自然だ。
こいつに名前はなくて、ただ呼び出されたから目覚めたとか訳のワカランことを言っていた。
だから、おれはこいつに名前をつけた。その名も「ズシン」だ。
理由はずしんずしんって歩くから・・・っつーとおれの脳回路チップがぼろいことがバレるだろうか。
おれはズシンの手に乗せられたまま、恐ろしいその顔を見つめる。
ごつごつした岩のような皮膚。これが、機械。一応納得してみるものの、どうも信じられない。
っていうか、こんなでかい機械なんてあるんだろーか?
「・・・トリアエズ、ドコ、イクンダ。オマエハ」
「グ、ゴォ・・・」
まあそれでも呼び出されたってんなら、まあ、行く場所なり目的があるんだろう。ふつう。
だからおれは聞いてみた。
おれが聞いてズシンが答える質疑応答(むずかしい言葉も知ってるぞ)形式にはだいぶ慣れてきている。
右の爪が土をほしがってグツグツ動くが、無視した。ズシンは地鳴りみたいな声をあげる。
「ン。タタカイ?」
「グァ、アア」
ズシンの応えはいつも簡単で、シンプルだ。
たたかい、と一回ひらがなで繰り返したあと、戦い、と直す。・・・戦い、なぁ。
「オマエ・・・・」
機械はヒトのために動く。もっといえばヒトの欲のために、ヒトにできないことのために働く。
おれも機械であって、まぁその辺はどうでもいいぐらいに理解してるつもりである。
基本的にロボットは利用されるモンだ。
昔、ちがう機械が集団でいなくなって、集団でぶっ壊されて戻ってきたことがあるのを覚えている。
戦い、ね。
そのやらかい言い方はおれは苦手だ。マズいモンを、見たくないからって隠す感じがする。
おれは鼻をひくひく動かして、どこか機械と異なる生き方を思った。
「ヘイキ、カ」
ため息っぽく、言った。
ズシンはゆっくり頷くようなそぶりをした。知ってるわけね、と同調した。
・・・どうやら、目の前の動く島は戦争のための兵器らしい。
そういう状態のときにこんなデカくて恐ろしいのを前にしたら、きっとひとたまりもないだろう。
デカイ身体。大きな手。ぬくもりはないけど、土みたいな湿気のある温度。
そのひとつひとつはずいぶん自然なのに、とおれはぜんたい不器用に、
ズシンが作ったかもしれない噴煙と、水みたいに流れる赤の色を考えていた。

モグー&ズシン















孤独、孤独、孤独


「では、貴様は何をこちらに与える。情報か。その「異界」とやらの」
ばさり、と学者は自らが作った資料を放った。
そこに写る光には完全な懐疑が宿っており、真実を帯びた音色は何一つ、存在していなかった。
「・・・先ず、淀川を捉える方法位は知って戴かないと此方が困りますな。
 何時迄も、あの娘だけを頼る訳には征きますまい?」
研究所で行われている研究の大半は、あの少女を中心に廻っている。
講談師は放られた資料の一片を掠めとって、嘲笑交じりに学者の顔を見やった。
少女は、酷使されている。
それは誰の目にも明らかであるが、少女を頼るほか無いという人間側の意図も分からない訳ではない。
今現在、人の目に写らないジョルカエフを捉えることも、少女の能力を借りている始末なのだ。
「・・・それは、確かに、間違っていないな。彼女を失うことは、有ってはならない」
苦しく顔を歪めながら、心底不満足そうに学者はその事実を認める。
講談師はその顔を実に満足そうに見つめ、とんとん、と机を指で鳴らせた。
脳裏に、薄い蒼を揺らせる少女が浮かぶ。救世主と名付けられた細い身体の兵器。
なんとも、切実ではないか。
「其れならば御話が速い。学者様に御理解戴けるとは思って居ませんでしたのでねェ」
「・・・どういう意味だ」
「いえ?」
低く笑い、空を裂けば学者の怒りを買う。いつもの情事は、いつもと変わりなく平坦で滞りがない。
出会って永い日は経っていないというのに、こんな風に繰り広げられる陳腐な諍いは既に日常茶飯事だ。
「・・・どちらにしろ、娘は暫く休ませて遣っては如何ですかね?抜殻に成っちゃア道具としても扱えませんよ」
人であるが故に人に利用される少女に、講談師はそこまで肩入れしているわけではない。
少女の感情を無視し、少女を闇に葬り続ける正義。素晴らしいではないか、と講談師は思う。
目の前の男はその浅ましい正義を知っているのだ。
利用し、奪い、緩慢に殺して得る、その美しい正義とやらの異常さを、知っている。
それだけで、講談師は充分に満足だと認識することが出来る。
あの少女が見つめる視線の先の、たったひとつの、真実。
「貴様に言われずとも分かっている。方針に口出しはしないと言ったのは貴様だろう!」
「ええ、ええ。其れは充分存じておりますよ」
それを、少女自身が知ることは、少女にとって気の毒なことなのであろう。
他人事のように、講談師は空々しく慈愛を寄せる。
鬼に弄ばれる人間は、総じて、意味のない傷心に囚われている。
悲しげな娘の目の感情と、苛立った学者の目の色が、奥底で同じ心象を秘めていると思えるように。

淀と鴨川















好事ソワレ


「おや、」
少年は、跳んでいた。
それはいつものように森を見つめ、と穏やかに空を駆けていた時だった。
「・・・誰だ、あれは」
馨しい地上という匂いに全身がざわめいて、感覚が鋭くなっている。
羽根は大きさを増して、その身体を覆うほどだ。
ギィ、と羽根を調節し、よくよく眼を凝らせば、遠くに人の影を確認する。
驚くほど整っている顔。束ねられた長い髪。豊かな衣服。
しかし、少年の疑問に満ちた表情は晴れない。
それは、ある一点に於いて、全く違う「それ」がかの人物に露呈していたためだろう。
「ヒト、では無いな」
眉を寄せ、訝しく少年は呟いた。
その、深い青にふち取られた色合い。その、暗いしなやかさ。
どこからどう見ても完全な美を兼ね備えた姿は、何故か恐ろしく冷えきっている。
鮮やかな濃さを保つ青。輪郭。
遠い横顔に貼り付いている微笑みは、全く崩れることがない。
「何故、この森に・・・」
好奇と不安が瞬時に少年の中で溶け合い、混ざり合った。
森に棲む者の大半は、人でない。
しかし、少年は初めて見るこの人物の中に言い知れないものを感じた。
髪にとり憑いた羽根の動きを弱め、地に降りる。風切り羽根が鋭く音を立てた。
「ん、」
「・・・・・・な、」
その音で気づいたのだろう、青を纏った人物は少年を振り返った。
瞬間、眼が凍る。
身体が固まり、そこには幾許の、瞬時の出会いで何かを捉えるような硬直が張りつく。
恐怖と、驚きと、・・・そして、狂喜を押し隠した瞳の色が、重なる。
「君は・・・・」
少年は窺うようにその青い者を見る。
ひらいた瞳が瞳を宿している。この上ない思いを、抱いている。少年はそれを感じ取る。
「やあ。おまえは誰だい」
サンダルに憑いた羽根で焦らすように風を弄び、じっと少年はその瞳を見た。
光を宿している筈なのに、その色は底の無い闇の色をしている。
言い知れない思いが広がる。少年は、不意に不穏を憶えた。
「・・・君は、生、そのものだ」
「何だ、唐突に」
だが、容易くそれは次いでた。
どこまでも善を思わせる音色は滑らかで滞りがなく、簡潔だった。
驚いたように少年は声を上擦らせる。「生」、そのもの。
それは確かに、少年を喩えるに申し分のない言葉だった。初対面では、ないのか。
「ああ、私は・・・、ずっと・・・君に会いたかった」
「・・・?」
和やかに、その姿は近づいてくる。敵意はない。ただ、渇望だけがある。
少年は真正面に、やわらかく貼りつけられた微笑みを見た。
世界を丸ごと欺けるまでの真実味を帯びている、望むものを欲する、弛むことなき微笑み。
「私は、ルシファーと云う。・・・君を、求めていたんだ」
「ル・・・シ、ファー?」
その名を、初めて少年は訊いた。
温厚に差し伸べられる手を、そうしてはならないと知りながら、元来の好奇に押し流され、取った。
「!」
手と手が重なった温度に、少年は驚く。無常に冷たい手だった。
・・・・いや、しかし、それは大した問題ではない。
少年は、それが自然の摂理だとでもいうように、この人物の真実の姿を理解したのだ。
手に触れたその一瞬で、暴かれることのない無窮の闇が、永遠の死が、そして残忍な憎悪が、
この細くなだらかな身体の凡てに沁みわたっている、という事実を知る、切迫。
全身が総毛立つ感覚を憶えた。汗が吹き出す。
「・・・どうしたのかね?」
にこりと唇を引き上げる姿。あまりに優しい。あまりに美しい。あまりにたおやかだ。
その見た目の清廉さ故に、この人物が酷く恐ろしい存在だと、少年は理解する。
「いや、・・・何でも無い」
「成らば、良い」
辛うじて口から吐き出された唇の隅を舐めとり、少年は下を向く。
あらゆる負の感情が、この人物に吸収されていくのを少年は感じていた。
終始、青い笑みは消えなかった。共にその瞳の、狂喜も。

フィリ&ルシファー















スカッシュビート?


「どりゃー!秘技!竹刀龍雷光ッ…」
「黙れ」
スパン、と先生は必殺技を格好よく決めようとしたおれの頭を、スリッパで叩いた。
防具の壁をざっと乗り越えて、後頭部がじわりと痛んだ。
思いっきりおれがふり返るとそこにはもちろん、先生がいる。
「何すんっすか先生!侍なら正々堂々、真正面から来てください!」
「うん、それは廊下で言う台詞じゃねえな」
うん、確かにここは廊下だ。
けどまぁ侍はいつなんどき真剣勝負を挑まれるか分からない訳で・・・・
「いでぇえっ!」
そんなことを言ったら、再び頭を殴られた。
同じ場所を正確に狙ってこられたので、スリッパといえどかなり痛い。
防具をここまで無効化するとは・・・!やるな先生!
と竹刀ギターを勢いよく構えれば、先生はふつうに怒っている顔だ。
「とりあえず格好を普通に戻してそのギターなんだか竹刀なんだかよくわからんモノを置け」
「ギャーッ、先生ッ、お、おれの命を奪う気ですかッ!」
ばしりと指をさして、先生はおれのお手製の竹刀ギターを捨てろと命令する。
動転したおれは、思わず竹刀ギターを握りしめて喚きちらした。
侍にとって刀を奪われることは死を意味する!
先生が言ってきたなかばの無理難題に、面をつけた視界の悪い状態でおれは半泣きになった。
「あのなあ・・・そういうことは部活でやっとけって。ハジメが泣いてるぞ、授業中もそれ取らないからって」
「いやいやいやコレは戦闘具ですから!先生からハジメちゃんに言っといてくださいって!」
「何をだよ」
「いやいやいやソレはもちろんハジメちゃんを泣かすのは先生だけで充分ってゆう・・・ッデェ!!」
再び先生はおれの頭をバッシーンとはたく。そろそろ酷い。ひどすぎる。暴力反対!
おれは小手をつけた不自由な手を振り回して、おれの無実を表現する。
「俺がアレをいつ泣かせたっつんだよ」
「ハジメちゃんがセンセーセンセーうっさいだけっすよー!おれのせいじゃないー!」
うわーん、と泣く真似をしても先生は呆れた顔をしている。
でも本気で、ハジメちゃんの先生好きに付き合わされる生徒の方が先生より大変だと思う。
でももう殴られるのも嫌だったしヘンなことを言って竹刀ギターを取り上げられたらマジで泣いてしまうので、
誤魔化すようにおれはバッタバッタ暴れた。先生はスリッパをようやく履いて、腕を組む。
「・・・あー。確かにそれはお前の所為じゃねーな」
「でしょ!?だしょ!?だからおれは関係ねーっすよ!ね!」
うんうん、と先生はおれの言い分をマジメに聞いている。
やった!ついに先生も改心してくれたッ!!
「あー。じゃあ、コレは没収な」
マジメな先生にごくごく頷いていたおれは、とりあえず油断していた。
そんなおれに向かって、先生はにっこり笑ったまま、
職業からは想像できないおっそろしく速いスピードで手だけを動かして、おれの竹刀ギターを奪った。
「だあああああああああああああああああああああああ!!!
 ぎゃああああああああああ!なああああああああああああああああああああ!!!」
「うるせえ」
とりあえず命を奪われたおれは、叫んだ。
お、おれの、おれの竹刀ギター!
声が枯れきるまで叫んでるおれを、先生はまたもスリッパでぶつ。
「な、な、な、な、なにするんすかあああああ!かえてしてくださいよおおおおお!!!!」
「うん。それ脱いだらな」
「むりですよおおおおおおおおお!!!!おれの竹刀ギターーーーーーーっ!!!」
「あっはっはっは。可笑しいなー」
「だああああああああああああああぁせんせええええええええええ!!!」
放心と悲哀で動けないおれをほっといて、パタパタと先生はスリッパの音を廊下に響かせて去っていく。
教室から、友達が呆れた顔で覗いてくる。あああ、もう、だめ。
ああ、もお、この世の終わりだ!!

ギタケンとDTO















丑三つマーチ


ほんの些細な気の起こし方が、何を生み出すのかなんて分からない。
ダースは気分を悪そうに、そんな自分の考えがアッサリと撥ね除けられてしまったことに不満げでいた。
今年の夏は蒸し暑く、呼吸をするのも億劫に感じるほどだった。
「いい加減つまらん事で怒るのを止めたらどうだ。いやむしろ怒ってもいいからここへ来るな」
「何がいけないって、こちらの御嬢さん方が奇怪なモンに慣れ過ぎてるって事でしょう。
 それもこれも凡てあの馬鹿な主催者の所為だ、鬱陶しい!」
「聴いてないな、お前」
珍しくダースは感情を顕わにして、神の名を上げる。
椅子に座り込んで頬杖をつき、鴨川の隣でムスリとした表情をする格好はすこし子供のようだ。
鴨川はそんな分かりやすいダースの形を見て、分かりやすく呆れた。
自分で企画し開催した夜長の肝試しが大失敗してからダースはずっとこんな調子だ。
例になく愚痴を漏らしたり、ふて腐れた顔をしてへこんでいるのを見るのは案外楽しいが、
こちらの問い掛けに応じなかったり、
時々酔ったように絡んでこられるのはやはり非常に面倒だと、鴨川は思った。
「ならば彼に直談判してこい。ここに居ても仕方ないだろう」
「冷たいですなァ学者様!あたしが傷心して居るって言うのに何て言い草ですか!」
「傷心・・・・・」
やけに真剣じみつつもどこか遊戯の感拭えない眼は大声となって嘆きになる。
茫然とした声を保ったまま、似つかわなさすぎる光景はあまりに思考の毒だと、鴨川は眉間を押さえた。
だらしの無い格好のままダースはぐぅ、と唸っていたが、
参っている鴨川の様子を見つめていると、はたと気付いたように口を開く。
「そうだ!」
「ん・・・?」
「そうだそうだ!アンタに参加して貰いや善い!」
「・・・は、はぁ・・・・・?」
唐突に差し出された異常な提案に、鴨川は眼を丸くする。
しかしダースはこれ程良い思い付きはないと言わんばかりに喜々とし始め、
先程の憤り何処へやら、といった趣でがたんと椅子から立ち上がる。
「そうと決まれば善は急げだ、早速準備に掛からんと!」
「え、いや、私は何も言って・・・」
その様子は正に水を得た魚のようだ。
鴨川の言葉をまるで無視し、あれこれ思案し始めるダースに拒否を返答する余地はないように思える。
さぁ、と鴨川の頭が凍った。
ダースは散々、選りすぐりの化物を用意したのに、と渋く呟いていた。
肝試しと銘打つならば、それはとにかく脅かし脅かされるイベントだ。
鴨川はこんな類いの研究員のくせ、どうしようもなく怖がりだという矛盾を抱えている。
確かに鴨川ならダースが満足して余るほどの騒ぎを起こしてくれるだろう。
「学者様ァ、丑の刻に迎えに参りますからそれ迄には準備して置いて下さいよォ!」
それを隅から隅まで理解している顔でダースは笑う。
深夜2時のデートとはまたどうにもお誂え向きだ。
引きつったままの表情を抱え、鴨川は自らが明日生きて帰れるかどうかを本気で思案し、
目の前の異形から如何に上手く逃げ出すかを青い顔で考えた。

淀鴨


















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