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サアカス


それはきっと、十中八九の気まぐれだった。
あたしの頭はその時ひどく混乱していて、あと先考える余裕がなかったんだ。
「・・・・・・」
出来るだけ眼を細めて、あたしは「それ」を見た。
黒くて白くて、それは妙に、あたしの服とよく似ているいろだった。
顔はいつでも虚ろで、なにを考えてるか全然分からない。
ライオンのたてがみような髪の毛は顔の周りに張り付いて、まるで攻撃的だ。
そんなばかみたいな容姿の人形をあたしは拾った。
ただただ哀しくて苦しかった日に、あたしは人形を拾った。
「・・・ねぇ、アンタさ、何か出来ないの」
人形を見るあたしの口からは、疲れた声がでた。人形の名前はカンタと言う。
でもあたしはその名前が好きじゃない。
そもそも、名前ってもの自体があたしは好きじゃない。
そのままの形で存在しているものを、力で醜く歪ませているような、そんな気がして嫌になる。
人形は・・・カンタはあたしを遅い仕草で見る。キョロキョロ動く眼。
「サウデス」
「出来ない訳ね」
ガックリ、もたげるようにしてカンタは首を縦に振る。
あしらい気味にあたしは手でその様子を払った。
これしか言わない人形を拾って、あたしはどうしたかったんだろう。
溜息をつく。
がたがたと操られているような格好でカンタは動く。この動きに、あの日あたしは魅せられた。
悲哀も、切望も、嘆願も、なにもかもを超越した踊り。
それは、あまりに美しくて、切なかったのだ。
あたしはゆっくりとカンタのダンスを眺める。記憶を揺さぶられる感覚が襲ってくる。
「・・・お姉ちゃん、教えてよ」
その踊りは速さを増す。あたしの頭はあの時と同じように苦しくなる。
どうして会えないの、とあたしは無意識に呟いた。
カンタは何も知らない。きっと、何も知らないで生きている。
あたしは知ってる。
自分のこと。お姉ちゃんのこと。
それは、本当は、ずっと、一生。知らないで、居たかったことだ。
「・・・そうか」
だから、あたしはこいつを拾ったのだろうか。何も知らない、空っぽの眼。
これが欲しくて、あたしはカンタをここへ連れてきたのだろうか。
あたしが尋ねるようにカンタの頬を撫でると、
カンタは眼を円くして、驚いた素振りで踊りをやめて、ばたりとその場に倒れる。
無表情のまま、大の字になって倒れているカンタ。
それをあたしは見て、少し可笑しくなって、ちょっとだけ、笑った。

ロッテ&カンタ















おれんじ


ああたとえば、と考えてみて、
それがあんまりにも切なく苦しいものなら、しないほうよっぽど良いのだ、とか、
そんなことばかりがミキサーの中身のようにぐるぐると頭のなかを回っていた。
「おーい、トショ員」
声を掛けられて、それが私だと、気付く。
ぱちりと目を開けるとそこは屋上で、給水塔は影を作っている。
夕陽。まぶしい。夕方。暗い。遠くでサイレンが鳴っていた。
ふり返ると、今日の日直当番の姿があった。
今月、私たちのクラスは屋上の鍵を掛ける当番に割り当てられている。
日直は、4時半をすぎると扉の鍵を掛けに来る。
だからこんなさみしい場所へひとりっきりで来たのだろう。
真面目じゃないのにこういう仕事はやるのか、と少し私は驚いて、姿勢をなおした。
「か、ぎーィ。閉めッぞォ」
じゃらじゃらと職員室にある鍵束をみせつけるようにして、日直当番は長く声をのばす。
夕陽と直撃している顔はまぶしそうに歪んでいて、でも、それほど不機嫌な顔をしていない。
私はもたれ掛かっていた手すりから身体を起こした。
すこし髪を押さえて、まばたきをする。
「うん」
頷く。それでもあまり身体を動かしたくない気持ちになる。
別れと出会いが重なって、夕焼けがそれを助長する。
ちょっとだけ日直を見ると、私をまっすぐに見ている。高く掲げた鍵が太陽に反射して光っている。
ああ、この景色が、好きだ。
まるで映画のフィルムのようで、好きだ。私は強く思った。
小走りにドアへ駆け寄る。息。ミキサーのスイッチが入る。中身がぐるぐると回る。
「・・・オクジョ、寒ィな。風邪、引いちゃうんじゃーねェの」
日直の元へとつくと、彼はこちらを見て、腕をさすった。
夏なのになァ、とにへら笑いする顔は初めて見るもので、変に、かわいい。
「そうだね」
別に私たちは仲がいいわけじゃない。
それでも何故か、夕暮れは人を無性に近づけさせる。
にこりと私も笑った。まぶしい。ぐるぐるする。
口笛を吹きたい、となんとなく思った。空は赤く、世界は絵の具を散らしたように鮮やかだった。

ニッキー&さゆり















迎賓の來


主は、私に触れた。
永劫の時を動けずに過していた私にも、その感触が神聖なものだと、瞬時に理解することが出来た。
心臓に撃ち渡る手のひらの感触。
嗚呼、確かに私がこの身体を捧げた麗しき女神は今、帰って来られたのだ!
「無事のようだな。愚かな癇癪は陰を潜めたか」
久しい主の声はなんの障害もなく、私の元へと届く。
僅かに、冷たい大理石で形成されている自身の肉体に感謝した。
時の流れに左右されない身体は正に主に仕える為にのみ、存在しているのだ。
私は暗闇に委ねていた視界を開く。
瞬間的に飛び込んでくる稲妻に似た閃光が、私の眼を貫いた。
雷鬼の加護を受けた妖艶にして孤高の微笑み。そこには、私が心の底より忠誠を誓う主の姿が有った。
「漸く目覚めたか、リソス?」
「・・・Σ様。御久しぶりに御座います」
ぴたりとこちらに向けられた視線には一点の澱みもない。
私の前から去ったそのままの格好で、輝かしく激しい光を帯びている主は変わらずに美しい。
「如何でしたでしょうか、天界の御公務は」
私も出来るだけ柔らかく笑い、主が私の元から去った理由を差し出した。
天界。そこは主が元々住まわっていた場所である。
主はその場所をこの上なく嫌っていたが、今回は度々の催促に遂に折れ、上へと帰って行ったのだ。
「相変わらず何の悦びも無い場所だよ、あそこはな。・・・だが代りに最高の物を手に入れたぞ」
「・・・・・・?」
始めは想像通り不機嫌に口を濁していた主であったが、
後半に行くにつれその顔は晴れ渡って来る。
「・・・どういう、事ですか?」
「お前は音と言うものに心を掴まれた事があるか?」
不可解にして眉を顰めた私に向かい、主は高らかに、挑発気味に尋ねる。
主の雷光で彩られた頭髪が強力な色を帯びた。
「音、で、御座いますか?」
音と称してもその形にはありとあらゆる造られ方がある。
しかしそのどれもに私は縁がなかった。この場所にこの身体だ。首を横に振り、主の眼を捉える。
「我は出会ったのだ。音と名付けられる総てを善良に包む男に」
私の応えに充分満足したように、主は二枚の紙切れを私の鼻先に突き出した。
人間世界の言語で何やら言葉が書かれている。
「その男が行っていると言う宴の招待状だ。お前も共に来い、リソス」
「・・・・・は?」
自信に満ち溢れた主の切っ先。それに反し、私は馬鹿のように間抜けな声を出した。
「な、何を仰って・・・?私はこの地から動けませんが?」
「お前を抱えて翔ぶ位の力は在る。我を舐めないで貰いたいな?」
「は・・・?と、翔ぶ!?Σ様が!私を担ぐですって!?」
「嗚呼そうだ!何か気に食わぬ事が有るか!」
気に食わぬも何もなにを言い出すのだこの人は!
完全な狼狽の形になった私を主は睨んだ。
「お前の唯一にし最大の欠点はその身体故、数多の世界を知らず此処を楽園だと信仰しきって居る事だ。
 有無は言わせん。我に従え!」
「!」
主は徐に、ダイヤをも容易く貫く槍を私に向けた。ゼウスの愛護を受けたグングニル。
私は畏怖によりその槍から眼を離せずにいる。
「来い。お前は我と共に世界を見る義務がある」
「は、はい・・・」
仕方なく、と言うよりは半ば無意識のまま私は承諾していた。
私の頷きをしっかりと見やった後、主はにっこりと笑い、そして槍を下ろす。
「直ぐに出発するぞ。お前はこの言葉を解読し、宴の場所を特定してくれ」
「・・・・・・・今何と?」
「仕方無いだろう。男が人間用の招待状しか持って居なかったのだ」
「・・・・」
槍をしまい、私をどう抱えるか主は思案し始める。
確かに私の方が何かを長考するのには慣れている、と辛うじて考えることは出来たが、
まだ何も始まって居ないこの状況で、私の頭は妙に疲れ切っていた。

Σ&リソス















濾過開花


「・・・在れはどうした」
騎士は不用意に楽園に訪れ、無邪気な姿を見た。
この場には微塵も似合わない、それはまるで無垢で透明な姿だった。
その色と姿は妙に淡く色付いて、目の前の姿・・・ルシフェルと、あまりに良く似通っている。
「可愛らしいでしょう?森の仔です」
ルシフェルは艶やかに騎士に向かい微笑んだ。
遠くでひとり遊んでいるあどけない顔立ちは少年のようだ。髪が羽根のように揺らめいている。
森の仔。一度、騎士は心の中でその言葉を反芻した。
この場所はどの自然にも属していない岸辺だと、何時かルシフェルは呟いていた。
たおやかなその横顔を、騎士は良く覚えている。
世界の審判を定める少女の、哀しみで創られた場所なのだと。
「・・・貴様の一部か」
ルシフェルは人という生き物では無い。
何百年と歳を重ねながら顔立ちの変わらない美貌が何よりの証拠でもある。
ならば、人間と違うやり方で生物を産み出す術を持っている筈であろう、そんな風に騎士は考えたのだ。
軽やかな少年の姿は、明るく素直な色をしている。
ルシフェルがそのまま子どもになったような表情は、少しだけ騎士の感情じみたものを揺さぶった。
目の前の端正さを崩せば、ここまで鮮やかな温度が出てくるのか、と。
「一部、ですか?可笑しい事を云う方ですね、騎士様?」
しかしルシフェルは否定も肯定もせずに「馴染みの妖精から預かったのです」と付け加えて首を傾げてみせる。
肩透かしのような気分に騎士はなった。
あの子どもがいる所為か、いつもは硬質な騎士の感情が随分と柔和されているようだった。
「・・・妖精か。貴様にも知り合いが在るのだな」
「ええ、其れは、勿論。素晴らしい神木の有る森です。そして彼はその森の仔です」
ある種の幸福を受け止めているように、ルシフェルは饒舌だ。
白くなめらかな指先で子どもを指さし、
ルシフェルは、名を「フィリ」というその子どもを「環境を吸収して成長する子ども」なのだと言う。
森では妖精の唄う風を聴いていた為に風を好むようになり、
今はこの場にいる為に、ルシフェルの存在から影響を受けているのだと。
筋は通らなくもない理由だと、僅かに懐疑の眼で騎士は思う。
「吸収とは、な・・・」
環境をそのまま体内に取り入れるということは、その環境に完全に依存することになる。
現在の少年の無垢な色合いは、それ程に森の状態が澄んでいたためだろう。
「騎士様のなにかも、彼の一部に為るかもしれませんね?」
覗き込むように、不意にルシフェルは騎士を見る。
悪戯じみた眼の色はまるで意外だ。
騎士はそんな事が起こる訳がないと感じながら、
ルシフェルの存在が汚れたもので無いということを再認識するように視線を下げた。
そして己のように血塗られた生き物に少年が変化せぬようにと、心より祈った。

ナイト&ルシフェル、フィリ















ふたりぼっちの黄


ぐるぐるぐるぐる。深くて、暗くて、そこにはなんにもまったく無いように感じる。
別にその目的はと聞かれても、身体がそうで場所がそうだったから今そうやっているだけだ。
ズガズガと掘り進む土はいつものとおり硬くて冷たい。埋蔵金でも出りゃいいなあと思えども、
それが見つかったって結局この生き方は変わらないだろう。たぶん。
ロボットの生き方なんてこんなもんである。目的を失った機械は得てして悲しくてむなしいのだ。
がちゃがちゃしたライトを揺らして直径40センチぐらいの穴を掘り進めていく。
ここらはずいぶんあちこち穴を開けたので、そろそろ土はスッカラカンになってそうだ。
「グー・・・」
唸ってみる。意味はない。長い爪で目の前の土を掻き出す。
このところは下に潜りっぱなしで、ずいぶん日の光を見ていない。
たまには上に出てみようかと思う。上へ進路を変えた。
ぐるん、と身体が180度違う方向を向いて、おれは上へと昇っていく。
あまり余るパワーってものは突き抜けていて気持ちがいい。
ここはそんなに深くないから30秒もあれば上に出るだろう。無心ぶって掘る掘る掘る。
「オッ」
爪が空振りする。地上か、と思った瞬間、目は濃い緑の森をとらえた。
「オオー・・・?」
なんやら見たことのない場所だ。心なしかぐらぐら揺れているように感じるのは気のせいだろか。
ずりずり這い出て、車輪になった足で森を歩いてみた。それほど広くない。
しかしここは万年地震でも起きてるのか。ぐらぐらが止まないぞ。
ガーッと車輪を走らせて森の端を探す。それは小さな島のようにも見えた。
「ウオオ!?」
端はすぐに見つけた。機械的な声が聴覚野をつらぬく。自分の声。驚いている。そりゃそうだ。
なんたって、そこは動く島だったからだ。地震だと思ってたのは島が歩く振動。
空に届きそうな崖っぷちから下をのぞけば、遅いスピードで地面が動き、なんやら足が見える。
「トンデモネー・・・」
なんで自分がこんなとこに居るんだろうかと思った。
はじめに潜ったのは普通の地面だ。ここは地面と完全に離れている。そいつがどーして、また。
「グ・・・?」
「オットット!」
訝しがってると、揺れがひどくなって人間が腹の底から出すような低い声が下から響く。
森のなかに居るカラスが一斉に飛び立っていく。がたん、と揺れが収まり、その衝撃でごろんと転がる。
あ。やばい。
「オ・・・オキレネー・・・」
自分は地上用じゃない。だからこんな車輪の足なのだ。
手は爪になっていて掘るのに特化しすぎていて、満足に手として機能しない。
よって、自分で転んだその状態を、自分で起こすすべはない。
まずいなーと思う。動く島に住む動物なんてそれほどいないだろう。
ぶっ壊れるなら土の中だと思っていたのになんてザマだろか。すこし身体を動かしたが重い。
「ウーン・・・」
しばらくあきらめ気味にそうやっていると、ガサガサと音がする。
もしやそれほど居ないと思っていた動物か!と身体を起こしたが。
「ウオオヲヲヲオ!?」
その目に飛び込んできたのはデカすぎて視界に収まりきらない手らしきものだ。
意味のわからなさに絶叫する。
手は少しなにかを確かめるようにしつつこっちへ伸びる。
ばたばたと暴れる。お、起きあがれない。
「ヤ、ヤメロヤメロヤメローッ!」
とりあえず叫んだ。でも無意味だった。手はオレを覆って、むんずと掴む。
「グー!」
あっけなく捕まった。間抜けすぎる。掴まれたとき変な声が出た。
握られたデカい手の中はまっくらだ。少し身体を揺り動かす。窮屈だけどあまり苦しくない。
その温度はいつも居る土のなかの湿度と似ている。冷たくて暗くて、意味もないのに柔らかい。
動いている感覚が頭に伝わって、そして止まる。一瞬の沈黙。
そのあとで、手が開かれたのか、光が差し込んだ。手の上。その目の前。
「・・・・!」
驚きすぎてなにも言えないし考えることができないっていうのは、
人間的にきっとこういう状況なんだろうなあと他人事みたいに思った。
そこにあったのは、手よりもっと何倍もデカい、こちらを見据えた、島にくっ付いた、末恐ろしい顔だった。

SUPERモグー&ズシン


















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