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略奪栄華


どこまでが真実なんだろう、と目をぎゅうぎゅうに狭くして見つめてみる。
嘘ばかりで構成された話の中の本当は、砂金より探すのが難しい。
ナイフでぐらぐら遊ぶような危なっかしい話をこいつは心底楽しそうに話すし、
俺はそういう話が正直あんまり好きじゃない(痛いのはちょっとね)。
けどこいつの話の中には本物の宝物の尻尾を掴ませるようなものもあるしで、
結局俺はこいつの話から目を逸らさずにはいられないんだ。
「それでその鬼岩の城あったのは、こいつよ。見事な細工の冠だ」
流暢なのは口だけじゃない。
ここで取り出だしたるは白金と宝石で彩られた王冠。
四方八方、輝かない場所がないってくらいにごてごてした装飾がとり憑いている。
俺の後ろ、俺以外の聴衆から感嘆の声があがった。俺も、思わずその細工に見とれてみる。
そもさん、これは本物だろうかね。見上げてみれば心底得意気な目。自信家。
「こんなもんが向こうにゃゴロゴロ転がっていやがる。
 おれの船でだって全部は持って帰って来れなかった有様だからなあ!」
大胆不敵な笑い。歓声。パフォーマンスは超一流。
『次は俺が』、という欲望の眼差しが俺の背中を伝ってあいつへと流れ込んでいく。
その渇望の目を、あいつは背筋に電流が走るぐらい好きだってことを俺は知ってる。
血も金も宝石も肉も、欲しいものはなんでも力ずくで手に入れる強引さ。
これが今を生きる手段、と俺は思わない。そう言ったら、いつか甘いと言われたな。
「さあ、ここからの情報が欲しい奴は金をよこせ。早い者勝ちだ!」
ダン!と朽ちた木の床を、あいつはまるで飢えた獣を脅す猛獣使いのように叩いた。
一瞬ひるんだ後ろの奴らは、すぐさま正気を取り戻してコインや札を引っつかみ、
オークションのように怒声をあげた。ラムをぐいぐい飲み干しながらあいつは笑う。
手にした王冠が憎たらしく光る。
俺はなぜかちょっといらついて、もみくちゃになりつつあるその席から衝動的に立ち上がった。
収穫なし、頭はそう踏んだのかもしれない。嘘と現実。夢と現実。夢を見せるプレイヤー。
「おっと。ひよっ子、お前はいいのか?垂涎の宝物の在り処は?」
安っぽいグラスを持ち上げて、あいつは俺に向かって上目で言った。
砂金はあんた自身だ。なんとなく俺はそう思った。けど、口にはしなかった。睨んで、腕を組む。
「俺は自分の力で垂涎のお宝を見つけるよ。あんたと違った方法でな」
「おれとは違う方法か。そりゃ面白い!竜の鉤爪でも人魚の鱗でも見つけてみろ!」
「・・・どうも、船長さん」
精一杯の強がりを言って、俺は乱闘になりそうな空気をすり抜けてあいつに背を向けた。
誰かが外で銃をぶっ放したのか、火薬の匂いが鼻をついた。
後ろでやけに、あいつの笑い声が高く響いた。くそっ。

ジョリー&フェルナンド13世


















天秤守人


「よお。お前が俺の相棒かね?やあやあ、よろしく」
「・・・・・・、・・・・・?」
少年は、そこにいた。
けれどなぜそこにいるのかをひとつも理解していなかった。
目の前には、誰だろうか。20代半ばほどだろうか。
正確な年齢を掴ませまいとしているような男の格好がひそやかに、存在している。
「ん。なんだ・・・知らないの?あれ、上から来たからてっきり・・・。
 あらら、なんだ、落ちるときに記憶でも失ったのか〜?まずいなこれ」
男は何も分かっていない、という表情をする少年の顔を心配そうに覗きこむ。
犬の帽子をかぶった少年は、どこから見ても無垢な目をしている。
そう、生まれたての子どものような無垢な目を。
「んん。いや。分からない奴に説明してもなぁ。お前、名前ぐらいはわかる?よな?」
名前、と少年はこころの中でくり返してみた。
こころの奥で記憶の水が波紋を作る。名前。波紋がなにかを捕らえる。
「いぬ千代。・・・名前は、わかる」
「ああ、よかった!そうだ、お前の名前はいぬ千代!元は俺と同じところにいた!
 潜り込むこと決めたのは・・・いつだったか?ま、そりゃいい、とにかく守人の仲間入りだ!
 おめでとう!ありがとう!おれの雑用の軽減ありがとう!」
男は、少年の華奢な声を聞いて少年に抱きつかんばかりだったが、
自身に対する祝いごとの嬉しさのほうが勝ったのか、自分を抱きしめて大きく笑う。
「お前は今日からこの世界の管理と平坦を保つ天秤になる。俺と同じく、な。
 けどまぁパーティーがないときはそうそう揺らがないから安心しろ。
 記憶のほうは・・・絶対思い出すからそっちも安心すりゃいいよ。今の状態はただの事故だろーから」
くるくる器用に回りながら、男はていねいに説明する。
少年が担うべき、この世界の立ち回り方。少年は未だはっきりとした前後を得てはいなかった。
けれど少年自身にも、男が発した「絶対に思い出す」という言葉の確信はあった。
フラッシュバックのように、映像が視界の中をフィルムのようにすり抜けていく。
それは少年が「あちら」にいたときの思い出だろうか。
少年はすこし恐くなって頭をふる。犬の耳がゆれる。
「・・・・大丈夫だ。この世界は誰が思ってる、それ以上にずっと面白い世界だ。
 初めからここに居る俺にだって、そう言わせる力がある。すげえんだぞ、ポップンワールドって」
感情の流れを男は読みとることもできるのか、少年に向かって優しく、力付けるような言葉を発した。
強く、自信に溢れた口調。一人創ってきた孤独?
「ポップン、ワールド」
少年はその言葉にガラスのかけらほどの懐かしさを感じた。
居た世界。住む世界。描いてきた世界。生きていく世界。笑いあい、苦しみ、ない交ぜになった思い。
それは、確かに少年の中に流れていた血を作っていたものだ。ごくりと唾をのみ込んだ。
そして、少年はまっすぐに男を見た。自然に言葉があふれてきた。
創設者、とでも言おうか。それは男の名前だった。
「・・・・・MZDさん」
「お。思い出してくれた?じゃ、改めて」
男はにかりと笑った。そして大きく、手を差し伸べた。
「よろしく、いぬ千代」

いぬ千代&MZD


















支配殺人


「狂っていますね。貴方」
ひとりの男は口にしたけど、ひとりの女は羽根を付けたまま笑っていた。
ひとりの男は黒いマントをぐるぐるからだに巻きつけていて、
まさしく夜の中に身を置く、黒いヒトの恰好だ。片眼鏡の笑い!
「狂うとは自我の失せた人間の事を言うのだよ。君は物盗りなのだからもう少し賢くなければ」
ひとりの女はかたっぽの冷めた目から別にどうでもいいって顔もした。
もうかたっぽの目にはぐるぐる包帯が巻きついていて、こごった血がなみだのように垂れていた。
「可哀相なお方だ・・・己だけを知り、絶えるとは」
ひとりの男はこれ以上ないほど女を憐れむ。
夕闇のカーテン。伽藍の宴。なんだか素晴らしく見えることがふたりの間をかけ抜けていく。
速度あげたロケットに、うそ臭い琥珀塔。
がらくたと宝物にまみれた男の末路と、自分を天使だと思った女の行方。
だあれもしらない夢物語。ピエロが願った終末のうた。
「ふん。私が誰に忠実だろうと!その利巧な本にでも書くかね?」
それはまるで、すべてが水晶のなかで反射するまぼろしだ。
このふたりが出会うこと自体、描かれないところで見た蜃気楼のようなものなんだから。
ひとりの女はふたつあった松葉杖のひとつを、ぐらりと男へ向けた。
血がぼとり、と戒厳なく落ちて、ヘドロの溜りを作る。
ひとりの男はそれを女の躯なら良かったのにと忌々しい目で思い、
それを犯す自分を想像して少しだけ恍惚したりもした。
「片足をやられた事がそんなにお悔しいのですか。改革を起こした自分の身体が負けた事が!」
ははははは!
高く声をあげてひとりの男は笑う。世界を味方につけた笑い。
すべては自分の思い通りにゆくという確信を持った、気高さも感じる笑い。
「いや、私は君に感謝しているよ。私は破壊するのが好きだ。何かが破壊される所を見るのが好きだ。
 そう、私自身が破壊される事すら好きだ・・・だから私の左足を吹きとばしてくれた君には、
 随分小気味よい思いをしてるよ・・・はははははははははは!」
ひとりの女も負けじと頭の輪を揺らせて笑った。
お互いはギチギチ獣のように睨み合って、今にもどっちかを絶ってやろうという考えを強くした。
世界に終わりに見た夢を、翳を見た後死ぬ夢を、三日月の夜に往く夢を。
そんな気の狂った愛をふたりは共有するみたいに、血を吐いてげらげらげらげら、笑いあった。

エヴァミミ&奇妙ミミ


















無声衝突


「わたしはフユなの。でもハルにもアキにもなるのだって」
鼻も口も耳も持ち合わせていない、片目しかない少女はそう零した。
どうやって喋っているのか、未だに分からないその高い声。
けれど、その声はあまりに深く、耳を傾けずには居られない声だと言うのは間違いなかった。
「辛いときに猫になるのはイタミを隠すためだって。でもわたしわからない」
少女は自分に不利になるような状態になると、ことごとく粘液の猫になり、私の前から姿を消した。
青紫のマーブルの猫。少女という存在がほんの僅かの拍子に霞む瞬間。
「わたしヒトじゃない事を知ってる。四季持つヒトなんていない」
少女はこちらをじっと見つめた。吸い込まれて息絶えそうな瞳。虚空の穴。
ミトンに包まった両手のひらが力を佩びてゆくのが幽かだが分かる。
豊かな素材の、少女のワンピースの中で雪は微動だなく降積る。
淡く溶けては重なっていく。触れられぬ幻の雪。少女そのものを写す四季の鏡。
けれど、私は少女の「冬」にしかまみえたことはない。
霜月に落ちる、少女が呟きつづける四季という変化する感情。
頑ななこころ。永久凍土の底。
「あなたもわたしと近いの分かる。あなたもフユ。イヤサレナイイタミ」
癒されない傷み。刃こぼれした鋭さとも言える少女の目が突き刺さる。
私だろうか。彼だろうか。神無月に失った光や色や音は今も私に影を落としている。
捕らえられた籠の中で、鳥たちが出遭うことはない。柳がゆれる。
少女のまぶたが痙攣のように動く。まばたきの無い水晶体の叫喚。波打つ。
「わたしは知ってる。いくら祈ったってわたしはフユ以外になれない。わたしの心はさいごまで溶けない」
からから、少女の目の中で結晶がはじける。少女は興奮している。
一々撫でるように確かめてから呟く言葉は起毛のようになめらかなのに。
私は少女から目を離せずにいた。捕らえられているのだ。子宮の中の胎児のように。
「あなたは生きてる。生きてるというのは変化するということ。あなたのフユは溶ける」
・・・なにもかも全てを悟った者は人間という括り、いや、生き物という括りからさえ
強制を以って排除されるのかもしれないと私は鮮烈に思った。
少女という生き方そのものが、逸脱した生命のようにも感じたのだ。
畏れと硬直が互いに私の中でない交ぜになって鬩ぎあった。返答など必要ないと知る。
「・・・変わらないわたしはフユで終わる。サヨナラ。サヨナラ。これは綿帽子のユメ。」
固まった私を少女はすこしだけ、ほんの少しだけ羨んだように見た・・・そう感じたのは、私の幻想だろうか。
棘と蜜とをばら撒いたような最後の声を落とすと、少女はその場から溶けるように消える。
あとに残るのは微かな緋色の匂いと、真白い雪の名残だけだった。
少女の呟いたように、私の凍土は溶けるのだろうか。
ゆっくりと、私は己が持つ髑髏を見やる。
そして少女の溶けていくすがたは、まるで春という暖かみに形を崩す「フユ」のようだと、思った。

桔梗&おんなのこ


















薄荷花弁


ふうらり ふらり と 音が鳴る。
屏風提灯が ぐらぐら、揺れが増える。
風の ない 揺れ。
無形の者が来る。

「あら。・・・もうそんな時間だったかしら」
まるで廃墟のような場所に、女は居た。
女はマスクをつけており、その打ち崩れた世界に似合わぬ美しい衣装を着ていた。
仮面と言うのだろうか。目を覆った、大きなマスクはひどく良く目立つ。
紅く輝いたドレス。頭の薔薇のかざりもの。
女は口笛を吹いた。まるで「此方だ」と促す、合図のように。
「・・・・来たわね。久しぶり。こんにちは」
びゅう、と突風に似た風が吹き、女を見据えた。
女は微動だにせず立ち尽くし、少々不機嫌な顔をする。
訪れたその者を迎えるために。
「ヒャハハハハァアハァハ!ギ、ガ、ヒヒヒヒ!!」
けだものの声だ。女はそう思った。ため息をついて、目線を上げた。
「ロォー・・・サ!!ヒャハハハハハ!」
その者は、女の目の前にいた。
赤黒い炎をまとったような、霊にも似たすがただった。
ぶよぶよとした頼りの無い身体は、触れればぬるつきを得そうだった。
「貴方、まだ喋れないの?いい加減にしなさい。私の名前だけ言えてもどうしようもないのよ」
突風に乱れた髪を撫でつけ、女は再びため息をついた。
無遠慮に女に抱きつこうとするその者を押し留め、女はその辺にあった椅子に座り、その者と対峙する。
「落ち着いて。私も会えて嬉しいのよ」
「ロォサ!ファ・・・ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!」
「大きい声は出さない約束。でも色々遭ったみたいね。傷だらけよ」
「ヒ・・・ハ!ハァ、ハァハァ・・・・・」
「・・・痛いの?でも貴方は強いもの・・・軽い傷ばかりだもの、すぐに治るわ。安心して」
「ロォサ・・・フ、ハ、グゥ・・・・・・・・」
「大丈夫。そんな顔をしないで・・・ほら、見て?私だって傷だらけなのよ」
おもむろに女はスカートをめくり上げ、その滑らかな白い肌にこびり付いた数多の傷をその者に見せた。
その者は少しの間ぽかん、としていたが女に付いた物が傷であることを理解すると、
心底困惑した様子でぐるりとひっくり返った唇を用いて彼女の傷を舌でていねいに舐めはじめた。
「・・・嬉しい。貴方、そういう感情は持っているのだものね。ずるいわ」
「フ、フ、フ・・・・ハァ、ロォサ、ロォサ・・・・」
「今はまだ貴方より力があるから大丈夫。・・・じゃあ、蓄えましょう。そして、学びましょう」
「ア!ガ、ウウ・・・ググググ・・・」
「・・・・日々も感情もうつろうもの。知識も仕草も蓄えていくもの。貴方も戻りたいのでしょう?」
「ウ、ア、ヒ・・・・!ロォサ・・・・・!」
湿り気を帯びた空気がぐらりと歪む。その者は一瞬の隙を突き、厳しい顔をした女を抱きしめた。
謝罪・・・もしくは、言い訳だろうか。
生暖かい感触に包まれながら、女は仕方がないひと、と言いたげにその者の肩に腕を回した。
「ロォサ・・・・」
「人になればもっと上手に抱き合えるのかしらね。もっと、上手に・・・・」
「ロォサ・・・ア、ア、アイ・・・・テ、ガ、グギギギ・・・」
「・・・そういう台詞は、もっとムードがあるときに言うのよ。今度会う時までに覚えておいて」

さらさら はらはら 木の葉が舞う。
異形なる無形に水が舞う。
とおい戦火で身体も燃えた。
くるうと 言って、
くるうと 言った。

鬼-BE×ロサ
















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