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氷千花


「女王陛下。森の魔女から伝書が届いております」
「・・・ロキから?」
昔馴染みの、古い知り合いから手紙が届いたのは、
吹雪の起きる直前のような、ただ静けさに満ちた日のことだった。
臣下から黒濁の封筒を受け取り、表に描かれている蜘蛛に眼を細めれば、
懐かしく暖かで、あまりにも穏やかに騒々しい日々が少しだけ脳裏に、蘇った。
銀で紡がれた細く軽やかな文字は知人の物ではないが、
こちらを危める様なその毒蜘蛛のかたちは、彼女を示す何よりの証だ。
臣下を下がらせ、 独りきりの玉座で私は封を切り、手紙へと目を通す。
あくまで物腰丁寧に紡がれる文章は、完全に知人の性格と剥離していて少し可笑しい。
魔女は一人前になると一人のしもべを持つと昔聞いたことがある。
これは、そのしもべが書いたものなのだろう。
視線でなぞる銀の字は知人らしく近況報告など全く無い。
そこには、ただただ繰り返される懇願ばかりが書き込まれていた。
手紙を送る意、そのものであるかのようなその願い。
「・・・・無茶だわ」
私は、姿勢を平にするような調子で書き込まれた手紙に向い、首を振った。
書き綴ってあったその「願い」とは、
国の宝とされる、氷に眠る花を森に送ってくれ、といった内容のものだった。
「何を考えているの、ロキ・・・」
知人が似合わぬ懇願を示すのは、それなりの理由がある。
今、森と、それを司る森の師に、危機が及んでいるのだと。
・・・しかし、いくら森や師の為とはいえ、
国の宝とされているものを国外へ持ち出すことは女王の私といえど厳しいものがあるだろう。
そもそも、あの宝はこの地の温度でこそあの形状を保っているのであって、
ここから森へ運び出す間に溶解してしまうに違いない。
手紙は術で送られてきたらしい。
物臭な知人は、どうでもいい手紙に一々術を施すような魔女ではない。
それだけでもこの事が重要な事だとは分かる。しかし・・・・・・
「陛下!」
「なんです、騒々しい・・・」
その時、臣下が扉を割って入ってくる。随分、焦っているような面持ちだ。
私は立ち上がって、少し不審を露わにし。羽根を広げた。
開いた扉の奥ではなにか組み合うような声が聞こえる。
「陛下、自分は運び屋だという少年が、無理矢理城へ・・・」
「手紙があるだろうがよ!通せ!時間がないんだ!」
「・・・少年?」
素早く説明をしようと私に口を開く臣下の声に、裂くような怒鳴り声が響く。
眼を細めて先を覗くと、小柄な少年と臣下たちが格闘していた。
「運び屋・・・」
私はハッとして手紙を見やる。
急いてなぞる文章の一文に、『使いの者を送って置きます故』という文が混じっている。
「おい、エカテリーナ女王!早く、モノをくれ!
 俺は届けるだけで、何持っていったらいいのか分かんねーんだよ!」
「・・・先程からあの始末でございます。如何、いたしましょうか」
「・・・・・・・・・・」
私の指示を仰ぐ臣下に向かって、私はため息をつく。なんという状況だろう。
運び屋、と自ら名乗るのだから、文字通り宝を受取りに来たに違いない。
とにかくこの騒ぎを納めなければ、何も進まない。これはもしや、知人の練った呪いかもしれないとさえ思う。
私はひとつ咳払いをし、臣下に向かって静かに命じた。
「・・・彼を、此方に通しなさい」

エカテリーナ+デイヴ















「ごめん」


ジュンはため息をついた。大げさに、大雑把に。
その視線の先には赤くしすぎて学校から何度も警告を受けているネコっ毛の髪がある。
背中を向けたその体勢は、大体にして彼が拗ねているときの決まったポーズだ。
かなりひどい遅刻癖のある彼は今日も今日とて遅刻をした。
週3で行っている路上ライブの待ち合わせに、彼が遅れるのは日常茶飯事だった。
けれど、今日はジュンが珍しくその遅刻に対して真面目に怒ったのが、
おそらく今現在、こんなふうに後ろ背を向けあっているきっかけのひとつだろう。
ただ単に、些細な理由でジュンが苛立っていたとか、音響資材の充電が少なかったとか、
片方がちょっとしたミスをしたとか、上手くハモれないとか、
そんな理由がつみ重なり、他愛なく膨らんで、彼らを下手な喧嘩に誘い込んでしまったのだ。
もう夜も半ばをすぎて水の出ない噴水のふちに腰をかけて、ふたりは妙な距離を保っていた。
ライブはぐだぐだになって成果を挙げられないまま終わってしまったし、歌も最悪だった。
つまらないわだかまりは、お互いの微妙な意地という温度で保たれ、溶けることを嫌がっている。
ジュンは既にトレードマークになってしまった帽子を取って、夜風にさらした。
都会の人並みは途切れることなく続いている。
彼の背中は見慣れていた。二人のささいな喧嘩は、もう彼らの日常のひとつだった。
ただ、いつも冷静なジュンが今日はたまたま熱くなって売り言葉に買い言葉になり、
引っ込みがつかなくなってしまったのもあって、変な空気が二人のまわりに流れていた。
ジュンはズルズルと彼の過去の悪行を引っ張りだしていちいちムカムカしていたし、
彼はどうにも意固地に、自分が作った理由のくせ絶対こっちからは折れないとあつかましく思っていたから、
そのちいさな沈黙は、完全に途切れるタイミングを見失ってしまっているようだった。
彼は右手を噴水の水のなかにさらして、わずかな波紋を作っている。
その簡易的なさざなみは噴水のはしのコンクリートにぶつかって消える。
お互いがお互い、別の世界を見やりながら怒りを抱えるその状況は、
たったひとつのやわらかで儚い言葉で収束するというのに、
それを一番良く知っているふたりは、心の中でかすめるようにその三文字を思い浮かべながら、
相手をどこまでも忌々しく思って、別々に空を見上げた。
真っ黒いカーテンの天蓋。
ジュンの目のはじっこに、赤い髪の毛が映る。
それを隠すように、再びジュンは夜の空気を吸った帽子をかぶった。

純真















平和の詩


「それ、を、取ってくれる。そう。それ、よ」
彼女はゆっくりと喋りました。手だけを不器用に動かし、ぼくにやわらかに合図しました。
「コレデスカ。チイサナ、クマ・・・」
「ええ。大事な、もの、よ」
ぼくは彼女の指さした先の、たよりなく転がっている熊のぬいぐるみを手に取りました。
きれいに作られた関節が、ていねいに熊を掴んでいます。
彼女に近づき、それをよく分かるように渡すと、彼女はぎこちなく微笑んで、
ぐるりと首を動かし真横の暖炉においてある写真たてを見つめます。ぼくは小さくそれに照準をあわせました。
その顔は・・・知っています。
彼女を、捨ててしまった人間です。彼女が、愛していた人間です。そして、彼女を愛していた人間です。
「アノヒトニ、イタダイタノデスネ」
「ちょうど、いちばんしあわせな、時の。贈り、物、よ」
熊を受けとった彼女はあまり自由でない腕を使い、きしむ音をあげて熊にほお擦りをしました。
きれいにはめ込まれた宝石の瞳が、にわかに潤んでいます。
ぼくに嵌まったその透明さとはちがう、深い青は海のようでした。
「デハ、アナタハ、マダ・・・?」
「ふふ。フォーティは、その質問が、好きね。」
それでも、彼女のドレスのふちの、すりきれたリボンの端はほこりで黒ずんでいます。
だれからも忘れ去れた場所で、彼女はなにも出来ずに生きてきました。
こうやって、この暗く、よごれた場所で、美しいからだを少しずつ朽ちさせていたのです。
その孤独をずっと埋めつづけていたのは、やはりあの写真なのでしょう。
「イヤ。ボクハ、タダ。」
「いい、のよ。あの人、は、もう、いない。
 そして、もどって、も、こない。それぐらい、人形の私でも、わかる、のよ」
熊をなでながら、首を傾げるようにして、彼女は確かめるように喋りました。
まるで、それを自分に言い聞かせるように。
彼女はすべてを知っていて、それでも、どこかで信じているのでしょうか。
あの人の姿をこの目で見ることを。
あの人が、自分という彼女を抱きしめてくれる日を。
「・・・ね、え。フォーティ。」
「ナンデショウ?」
ふと顔を見上げる彼女は、ぼくを見ます。そしてぼくの「名前」を呼びます。
「人で、ない、のは。辛い、ことね?」
囁くように、彼女の声が、広い屋敷に響きました。
すべてを知ってなお抗えないのは、彼女が人間ではないからです。
同調するようにぼくは頷きます。そうです。ぼくも同じように、人間ではありません。
「・・・キカイモ、ドールモ。ヒトノヨウニハ、イキラレマセン」
「そう、ね。かなしい、こと、だわ」
忘れることも、自らの力だけで動くことも、次の時代をわたる生命を作り出すこともできない。
ぼくらはそんな虚しさを、生み出されたその瞬間から背負っていました。
いつまでたっても慣れないその虚しさは、きっと、ぼくらが壊れるまでつづくのでしょう。
それは、きっと、彼女がいうように、辛くて、悲しいことなのです。
ぼくは彼女に渡した熊越しに、彼女の手にふれました。
冷たい、上質な陶器の感触が、ぼくの指の硬いチタンの感触と、重なりました。

P-14×シャルロット















つぼみ


ポエットは泣いていました。よくわからないけれど、とにかく泣いていました。
悲しくて、悲しくて、それはあんまりに悲しくって、それは、ほんとに、悲しかったのです。
「・・・・」
「・・・ポエット」
まるで小さな嗚咽に、いっしょに居たヘンリーは淋しそうな、辛そうな目をしていました。
ポエットの顔を見つめて、へたりこんで泣いている彼女の肩に触れられないもどかしさを感じていました。
まるで真っ暗闇のなかで泣いているようなポエットを、照らせないもどかしさ。
ヘンリーはポエットを抱きしめてあげたい、と思っていました。
抱きしめて、大丈夫だ、ぼくがいるから安心していい、そんなことを心の底から言いたいと思っていました。
けれどそれができない自分に、ヘンリーはとてもむなしい気持ちを抱いていました。
ポエットがこんなに悲しそうにしているのに、こんなに苦しそうにしているのに、
まだ彼女に嫌われたくない、と思っている自分が、
なんだかとてもむなしくてちっぽけに感じていたのです。
わずかに、20センチもない距離。
暗闇でこときれそうなその距離は、ゆすっても起きないように、かたく丸まっていました。
「・・・・ごめ、ん、ね」
ポエットはそんなヘンリーを気づかうように、瞳を手でぬぐいながら言います。
彼女のきいろい、ふたつに結んだ髪が揺れます。
ときどき、手の指のすきまから、ポエットの泣きはらした目が見えます。
ヘンリーは胸が痛みました。痛くって痛くって、もうこれ以上ないくらい痛みました。
それは、自分が彼女の力になってあげられないことへの痛みでしょうか。
いえ、きっと違います。
きっと、彼女が泣いていることに対しての痛みなのです。
ヘンリーは惑っていた自分の手をぎゅっと握り、ポエットのたれ下がっている顔を見ました。
痛いのです。そして、怖いのです。
嫌われることは、怖いのです。あまりにも怖い。
ポエットが気付いたように顔をあげて手をほどき、ヘンリーを見ました。
その紅いまぶた。おもむろに、彼は口をひらきます。
「・・・ポエット。ぼくは、きみが、好きだ」
ヘンリーはくやしかったのです。
それでも、怖くても、ヘンリーはどうしようもなくくやしかったのです。
ポエットを泣かせている自分が、手を伸ばせないでいる自分が、まるでめちゃくちゃな自分が。
ヘンリーも泣きそうでした。
言ってしまった、と思いました。
ポエットの顔は、その言葉を理解できないようにぽかん、としています。
ああ、もう、これで、ぼくは彼女の笑顔を見ることができなくなるのだ、と思いました。
そして、ポエットが笑ったときに自分は嬉しくなるのだ、ということに、
ヘンリーはそのとき、はじめて気が付きました。

ヘンリー×ポエット















個々存在


「う、わ」
「・・・こんな再会は、僕は、望んでいませんでしたが」
俺は、はじめて、そいつを見た。
まるっきりどっかの童話の王子のような、現世に似合わない風貌は、
たしかにいつも聞いていたバカ丁寧な喋り方をよく表していた。
その透き通るような金の髪は、まるっきり、俺の黒い髪の毛と違う色だった。
「・・・悪い。なんか、言いたいことは多いのに、上手く言えねえや」
「彼にこれを頼んだのは、君だそうですね」
腕を組んでいる格好は、怒りに満ちているようにも悲しさを隠しているようにも見える。
ありのままの人間として存在している、その姿はまだ、慣れない。
心臓の奥で鳴ってた声が、直に耳に聞こえる不思議。神って存在の、力の強さを改めて感じた。
その体に触れればあったかいのだろうか。息遣いや肌。目の前の存在。
「俺、だ。・・・なんか、文句、あるか」
「・・・・・」
何故か俺は無意味に強がった。
こいつが望んでいた「現状」は知っている。けれど、俺はそれを無視して、こいつを今の形にした。
それは結局のところ、俺のエゴって奴が暴走してしまったせいだ。
こいつの自由を望むふりをして、俺は自分の自由を願った。心から願った。
こいつの願いを、紙くずのように、捨てて。
「いいだろ。別に。お前は自分の体を持って、自分の意識で、生きてける。充分じゃねぇか」
それなのに何故、無意味に俺は強がったりするんだろう。
この再会を願ったのも俺なのに、どうして、俺はまだ俺自身を庇うんだろう。
俺が一番大事なのは、こいつだと、俺は知ってるのに。
「・・・僕は、君が誰よりも、僕の望みを知っていると思っていました」
そうだ。
俺はこいつのことを一番よく知っていた。
すこしだけ悲痛な声で、だけど気丈に喋るその眼は妙に澄んでいる。
たぶん、俺とは完全に違う、その透度。
こんなものは、無駄な会話だ。それをこいつも知っている。なにもかも、無駄な掛け合いだ。
「俺は、・・・お前を、・・・」
だから、何も生まれない。
喉が痞えて、うまく喋ることが出来ない。
もともと半分の奴が1個になろうと、結局は半端なままなのだろうか。
それは、もしかしたらすごく、あまりに、悲しいことだ。
俺の一部になることで終わりたかったこいつは、そのことも知っていたんだろうか。
でも、けど。
存在することは、そんなにいけないことだろうか。
こうやって、泣きそうになりながら、問い、問われることなんだろうか。
王子様の顔は俺と同じように泣きそうだった。
ゆっくりと、俺は足を進める。
あたたかいはずの確かな「存在」を、こいつにも俺にも、認めさせるために。

DJつよし&OJつよし


















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