彼らと彼ら


少女は自身の手で、今日も存在せぬ憧れを「彼ら」に投影していた。
そのゆったりとした起毛のワンピースの先で揺れる、手のひらに包まった少女そのままの姿をした人形、
そして少女とよく似た姿をした、帽子を被る少年の人形。
そのふたつをゆっくりと少女は操り、眼をゆるやかな羨望に潤ませる。
これは「神」という不思議な人間がこの場所に現れた時、一人きりではつまらなかろう、と
ふたつの人形を与えてくれたものを、少女が改造して作ったものである。
神はその後も少女を気づかうようにたびたび現れ、改造した人形を巧い造りだと褒めてくれた。
少女のワンピースの中で降る四季という雪は、この人形たちを操っている最中だけ、降るのを止める。
それは紛れもなく、少女が限りなく「春」に近い感情を射止めるためだろう。
しかし少女の身体は冬以外の温かさを受け止めることは出来ない。
止んだ雪も、また少女が暗闇に眼を向ければ降り始める少女の心の象徴だ。
手の中でおどけるように少女を笑わせる少年の動きを、なぞるように少女は追う。
一人きりの孤独を、自分自身で埋めるように。寒さの闇を、これからも耐え抜く覚悟を求めるように。
「・・・・・?」
しかし、少女は、わずかに不信がる態度を見せ、そして、少年から眼を離す。
闇の中、この空間の色、形、匂い。その全てを少女を見知っている。
しかし、唐突に、いつもとは確実に何か違う、生臭い空気が流れたのだ。
こんなことは初めてだ、とわけも分からず少女は人形を胸の中で抱きとめた。
身体がざわつく。まるで、その肉体を構築している細胞が、ひとつひとつ決壊してくようだ。
驚きで少女は自身の身体を庇うように丸め込む。じわじわと体内に入り込む違和感。
それは、まるで少女の冬を抉るような感覚だった。
そう、それは意図せぬ、本当に突然起こった出来事だったのだ。
「・・・貴様は誰だ。独りきりの空間に、出た筈だが?」
「!」
前方から振って来た声に、伏せていた顔を弾くようにして少女は顔をあげた。
・・・そこには、赤い唇を広げてただ笑った、ひとりの男が炎を纏って、立っていた。


極卒くん×おんなのこ















ダークシード@once upon


「そうしテ、村人は血ヲ憂いタ。総テ喪ったソノ愚かな事実を、未だ理解スルことが出来ナイママ・・・」
一匹の鳥は眼を伏せ、悲しげな声で孤独に語らっていた。
その目の前で、人々は彼を無視するように賑やかしく街を歩んでいる。
鮮やかな鳥の身体は、まるで美しい極彩色をしていて、眩しい。
しかし彼は誰の眼にも止まることが無く、人は彼を素通りしてゆく。
顔を上げ、彼は細めた瞼を忌々しげに揺らした。
憎しみは何処まで行っても、悪魔のように笑って付いてくる。
まるで、「己から逃げることなど出来ない」と理解させるように。
血生臭く非業な凡てを求めているのは、お前だけだと感情も身体も押し潰すように。
心の内で溢れかえるその想いは濁り、凝り、また彼の中で固まっていく。
彼を支配するのは、ただ残虐なその空想だけだ。
美しい身姿に包まれた身体の中は、あまりに汚れた陰虐に溺れている。
彼が捨てた、彼を捨てた、あの大きな暗い・・・・、
「・・・おい、おい!続きはどうした!?何を呆けてる!」
「・・・! ・・・・ア」
しかし、彼の空想は、予期せぬ大声に阻まれる。
驚いたように顔を上げた彼は、目の前の釣り上がった目線とぶつかり、息を呑んだ。
そこに居たのは、何か動物の匂いを漂わせた、細身の男、だった。
眼と鼻の紅い縁取り。金色の髪。この街では見かけない異国の服。
一見して旅人と分かる空気を漂わせている、その男は朗らかに笑いながら、彼へ催促する。
「ようやく気が付いたか!いきなり虚ろな目になったから、
 どうした事かと思ったぞ。さあ御仁、続きを聞かせてくれ!」
「・・・ア、・・・イヤ・・・」
特に目立つのは、左眼に縦で刻まれた太い傷跡だった。
彼はそれに眼を奪われ、口を濁らせて男の顔をまじまじと見つめる。
気の遠くなるような時間を越え、目の前に生き物という存在を得たことも手伝って、彼は些か動揺していた。
既に捨てたと思っていた感情がむせ返ってくることは、彼にとって決して心地の良いものではない。
視線を逸らす。
「・・・なんだ、どうした。あ・・・驚かせたか?」
「・・・・・・・」
その逸らした視線を不思議がる男は、無節操に彼へ近寄って、己の左眼を指さす。
人と無様に関わる気のない彼はその動きに焦ったように一歩後ずさった。
押し潰された憎しみは、彼に憑く呪いのように、恐らく一生彼を取巻いて離れない。
それは哀しいことだ、といつか、彼が尊敬していた人物は言った。
ただ、その冷徹に整った声と眼で、真実を示し続けて。
「いや、すまない。これは昔・・・仇を討ち損ねた時につけたものでな。
 この辺りは平和な街が多い。不気味な物を見せてしまった、申し訳ない」
「・・・・イヤ」
お前の存在の方が、余程不気味ではないかと彼は思う。
男は自分の指でゆるく傷跡をなぞった。既に古くなった傷のようだ。
盛り上がった縦の線は生々しくも固まった過去のようなものを感じさせる。
小さく、彼は胸に沈んだ黒い溜まりを揺らせた。
淡くも儚い、暖かな繋がりに手を伸ばすかすかな欠損。
それは、遠い未来に訪れる悲劇に向かう、僅かひとつの光だったのかもしれない。


パロット&イナリ















鳶がクルリと


「あれッ」
ほうきで、ざかざかと神社の前を掃いていた少女は驚いたように声を上げた。
巫女の格好をした少女はまだ幼く、その表情は
「タマちゃんだ、珍しいっ」
「お久なのね、みこちん」
階段をゆっくりと登ってきたのは、派手なピンクの着物を足で手でずりずりと引きずった娘だった。
少女は娘の顔を見つけると、嬉しそうに手を振る。
振った拍子に、もみあげで結った二つの束が揺れた。
「どうしたの、こんなトコ、来るなんて。あれっ、今日はヒポくんいないの?」
「ヒポたんはお休みなのねん。だから今日はタマヨだけで来たのよん」
「へぇ〜。じゃあ、何しに?」
娘の「相方」は結構な怠け屋なので(神社の階段はかなりキツい)、今日は留守番、らしい。
こくこくと頷きながら娘の話を聞いている少女は、不思議そうに笑う。
このふたりはある種の幼なじみで大変仲が良かったが、
信仰の低い娘が少女の家に訪れることはめったになかった。
だから、どうして今、このタイミングで娘が現れたのか少女には分からなかったのだ。
「明日、ちょっち大会があるのよねん。
 それにタマヨたち出るから、ちょっくらカミサマにお願いしよっかなぁって思ったの」
「大会?ああ!タマちゃん、さいきんテレビ、いっぱい出てるもんねぇ」
娘は、形容するところのつまり、芸人というものをやっている。
最近はこちとら人気で、テレビだのラジオだの舞台だのにひっぱりだこなのだ。
少女は見た目に似合わずテレビっ子であるし、
なにしろ幼なじみの活躍なので、それを欠かさずにチェックしていた。
その大会、ということは、なにやら漫才のアレコレ、なのだろうかと少女は思う。
別に娘はあがったり緊張したりとかそういう性格ではまったくないし、
どんなときでも少女の元に、芸人という仕事の話を持ち出すことはなかった。
『娘の訪れた理由』に納得しながらも、少女はどこかまだ疑問を秘めたまま、声を伸ばす。
「今回は、ちょっとマジなのねん。だから、みこちんにチカラ、貰いにきたんだじょ」
「・・・わたしに?え〜、でも、わたし、まだ見習いさんだし・・・」
「いいのねいいのねっ!あとでお団子、おごってあげるのよん」
「ええ〜・・・」
しかし、娘はとらえどころのない笑い顔を崩さないまま、「本気ですので」、という言葉を示してくる。
いきなりそんなことを言われて、ちょっと少女は混乱した。
いくら大好物のお団子を出されても、おいそれと承諾できる問題ではない。
ほうきを抱きかかえるようにしながら、少女は片手で困惑の手を振った。
「・・・・。みこちん。親友がここまで頼んでるのに聞いてくれないなんてヒドいのねん」
「ええっ!そ、そんな、そんなつもりじゃないってばっ。
 だって、だって、わたしの力なんて、役に立たないよぉ〜・・・」
「な〜にツマらんコト言ってるのねん。みこちんが一言「くるくるりんりん☆明日はゆうしょ〜!」、
 ・・・とかテキトーなコト言ってくれりゃ、タマヨたちは頑張れるのねん」
「・・・そ、それ、よく、わかんない・・・、わかんないけど・・・・・」
わからないけれど、それで娘が本気を見せるための土台が出来るのなら。
娘たちが、がんばることが出来るのなら。
「がんばれるなら、うん、・・・いいよ」
こくり、と覗き込む娘の眼に向かって、少女は頷く。
にかりと娘の顔がワントーン明るくなった。
「よしよし、それでいいのねん!じゃ、いっちょヨロシク頼むよん、みこちん」
「うん・・・が・・・、頑張ってね、タマちゃん!タマちゃんとヒポくんなら、ぜったい、大丈夫!がんばって!!」
「・・・うふふ、やっぱ、みこちんの笑顔、いいのねん。安心するのヨ」
少女は娘の手を取って、精一杯笑って言った。それを満足そうに娘は見て、手を握り返す。
「こんなので、いいの?」
「サイコーねん。元気でたじょ」
「タマちゃんがいいなら、わたしはいいんだけど・・・。
 あッ、ねぇねぇ、うちにおいしい桜餅があるんだ!お掃除終わったら、食べよ?」
「おっ、いいねん。早速頂くのねんっ!」


タマヨ&みここ















紅色山河


あの日。嘘をつくように、私は微笑んでいた。
それが、罪というものだと知っていたから。
それが、罰というものだと知っていたから。
「・・・ええ。堕ちて、来ました」
だからこそ、私は落ちた。
真直ぐに、追放という命を受け入れた。
それは天上で生きてきた私にとってあまりに簡単な死の宣告だったけれど、私には全てが分かっていた。
地上の中で、天上人はそのまま暮らしては行けない。
だからこそ、私は落ちたのだ。絶望をこの身に刻み付けるため、ここへ。
「・・・・・」
再び眼を開いたとき、私は地上という場所にいた。当然だ。自ら望んだ結果なのだから。
目の前には、一人の美しい女性がいた。
それは、私を見つけるために存在していたような鋭いふたつの眼だった。
「へェ。アンタ、人間じゃア無いのかい」
彼女と出遭った時、この人も人間ではないと感じた。
昔読んだ書物の中に、地上に堕ちた天上の生き物は鬼に喰われると書いてあった事を思い出したのだ。
・・・・・・この人は、きっと私を喰いに来た鬼なのだろう。私はそう思った。
「ふん、良いだろう。アンタはこれから、アタシの鬼子だ」
しかし、彼女は私を生かし、私を連れて行った。
私が落ちた深い森の奥、数多の骨が散乱する、彼女が住まう紅い屋敷へ。
「・・・此方が、椿様のお屋敷なのですね」
彼女は「椿」という名前だと自らを名乗った。
紅い唇。膝にまで届く長い黒髪。白い着物。彼女は、余りに美しい女性だった。
「そうさ。アンタはアタシの身辺の世話をし、餌を集め、アタシに仕える。
 ・・・嗚呼、アンタにはこいつが必要だねェ」
屋敷の永い廊下を進みながら、彼女は見返ることもなく言葉を紡ぐ。あまり、高くない声。
『餌』という単語を発するとき、彼女は廊下に落ちている大きな骨を蹴った。
きっと、これが餌、なのだろう。
私が無表情にそれを眺めていると、彼女は懐を漁る様子を見せて、私に何かを放る。
「それで清めな。毒が溜まるんだろう」
「・・・・・・」
淡い放物線を描き、私の手の中に納まったものは、白い香木だった。
何の木かは分からないけれど、良い香りがする。・・・桃の、香りだった。
「勝手に死なれちゃ困るからねェ。好きに使いな」
・・・天上の生き物はもともとの身体を持たずに生きている。
一種の精霊、と名付けられる部類の存在なのだ。
下に落ちれば、清浄な空気を食す私たちは生きていけなくなる。
地の空気は毒を孕むのだ。
私が生身の体を持っているのは、より毒が回るように自ら術で設えたからだ。
地上に落ちるという、死の宣告。
私自身がより高めた、その死。
香木に・・・毒を浄化する作用があるのだろうか?桃の香りを吸い込むと、少し胸が軽くなる。
「・・・椿様。恐れながら申上げます。何故・・・私を・・・、助けたのです?」
永い廊下の終わりは見えない。背に揺れる髪を見つめ、私は言った。
喰われるならば仕方ないと、私は思っていた。それが罰ならば、受ける義務があると思っていた。
しかし、私は生きている。生かされている。それは、また新しい罪を産むのではないか?
私はそれが恐ろしかった。罰を受けずに罪を重ねることが恐ろしかった。
その恐ろしさが心内に満ちてしまい、私はこんな事を言ったのだろうか。
「アンタは死にたがって居た。それを易々叶えてやる程、アタシは優しかない。それだけさね」
それを見越したように、見返り、彼女は笑う。
なめした音色は残酷さと労りが織り交ざり、私の瞳とぶつかる。
鬼。彼女を、私はそう喩えた。私を喰らうための、非情なまでに美しい鬼。
今の彼女は正にその証明であるかのように、牙のような八重歯を見せて微笑んでいた。
私はまだ辛うじて浮いている羽衣を片手で握りしめる。
「・・・さァ、着いたよ。アタシの城さ」
廊下の軋む音。彼女は声を張った。言葉に目線を上げると、その先に、巨きな扉が見えた。


椿&桃香















セカイ生体膜


「神。どしたの?ミミちゃん、今日いないよ」
ニャミの前に神は現れた。日常と同じように、唐突に、霧のように。
「・・・・ん。ああ。そっか、まあ、いいよ」
影がニャミと親しげにじゃれ合い始めるのを見て、神は気付くように言った。
ニャミの顔を見てからの数秒の沈黙は、寸前に居たその場所のその人物があまりに彼女に似ていたからである。
雰囲気の変化が、その剥離を更に目立たせるようだった。
「何よ。どったの。なんか今日の神はおかしいですぜ」
ニャミは影をくすぐりながら、そんな神の顔をちらりと見て含み笑う。
彼女は、動物的なカンが鋭い。ほんの些細な心の淀みを容易く掴む才能がある。
神は完璧な笑みをたたえて、おどけるように言った。
「別に?子猫ちゃんには関係のないことよ」
まったくの関係がないわけではない。
だからこそここへ来たのだが、神はそれを押し隠すことを初めから決めていたようだった。
彼女と同じパーツを持ち、彼女と似た顔を持つ男の顔は彼女と全く違い、
淋しげな微笑みをおそらく今も浮かべている。
今はいないミミと同じ顔をした、あの絶望という尊びに囚われている少女を想って。
「・・・へーんなのォ。ま、いいけどさっ。で、今日はなによ?暇つぶし?」
「ん。それなんだがなー。何か最近、変な夢でも見やしないか?」
「え。なにそれ。なんか気味悪い。神がそういうこと聞くの、めちゃ怪しい」
あまりにあの二人がこの二人と似ていることは、どう考えても不自然なことだ。
神は、あの世界がこの二人の深層心理の中で作られた、
ある種「虚構」にも似た世界なのではないか、と思っていた。
人の心は移ろいやすく、脆く、儚い。それ故に、数多の色や音を見せる。
快活な彼女たちであっても、それは変わらない筈だ。
やんわりと質問をした神に向かって、ニャミは完全に訝しがった。
「まあそんなこと言うなよ。お遊びだ、お遊び」
「んー・・・。別に、そんな変な夢見ないけどなあ。ホントに。何か勘違いしてらっしゃるんじゃない?」
「お。そうか。ミミもか?」
「ミミちゃん?あー、ウン、多分あいつもないと思うよ。
 あたしには大抵何でも話してくれてると・・・思ってるし、あたしは」
人の深層心理は、夢に現れることが少なくない。
だから、二人がその世界を生み出しているならば、夢としてその世界が眠りの中に現れる可能性が高かった。
神はシンプルに質問する。「夢であの世界が出ることはないか?」と。
しかし、ニャミは上目で、確かめるように否定する。
その目に嘘の色はなかった。ミミに対しての発言も、そうだった。
「おっと。そうか。なら・・・なら、いいんだわ。おじさん安心よ」
「だーかーらーなんなのさっ!あたし隠し事嫌いなんだけど!?」
「だーかーらー別に隠し事なんかしてねーってよ。オメーもしつこいね」
んー?と疑問の眼を突きつけてくるニャミの顔に、憮然な顔で神は反抗する。
・・・二人が世界を作っているのでないのならば、
あの世界は完全な別世界の「現実」として、存在していることになる。
では何故、あの二人はあんなにもこの二人と似通っているのだろうか。
何故、この二人と全く違う、その生を歩んでいるのだろうか。
神は不適に感情を覗こうとするニャミの顔を眺めた。あのアンテナ屋は、どうしているだろう。
そして脳裏に大人の顔をして笑うミミの顔を思い浮かべた。
その身をアンテナ屋の下に投げ出した、あのアンテナを持つ娘はどうしているだろう。
もう一度、神はあちら側に戻ろうと思った。
今、目の前にある彼女の顔を、完全に刻み付けてから。


ニャミ&MZD


















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