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剥離精神


「・・・・頼む。おねがいだ、」
「・・・どうしたんだよ、突然」
会うなり、思いきり頭を下げた青年に向かって、神は、宥めるように尋ねた。
青年の声は何故だか搾り取られるように苦しい音をしたままで、
それは青年がまるで出したことのないような、舌ったらずな声だった。
「やっぱ、俺、あいつに・・・悪くて。俺だけ、なんか、こうやって、感じたり・・・触ったり、しててさ。
 いや、時々、あいつもこっちに出てくるけど。俺を使ってるから、完全じゃないって、分かるし。
 だから、頼む、神。あいつは嫌だっていうかもしれないけど、そっちの方が、あいつは、しあわせだ」
「・・・でもよ。なにが幸せかなんて、本人が決めることだろう?お前が勝手に願っていいのか」
頭を下げたまま青年は喋っているので、首にさげたヘッドフォンがガチャガチャと音を立てる。
その表情はつかめない。
神は、青年の願いを受け入れることを悩んでいるようにも見えた。
それがどんな幸福に感じることでさえ、本人の願いのうえでの望みでなければ、
どんなものでまやかそうとしても、どうしたって、きっと、いつかは不幸なことが起きてしまう。
「あいつは、最初に会ったときも、前に話したときも、俺の中でいいって、言ってた。 
 ・・・だけど、やっぱ、違うだろ。誰かの中に意識だけで居るなんて、やっぱ、苦しいことのほうが、多いと思う」
「王子様の願いは無視ってことか」
「そう・・・なのかな。俺、あいつに、自由になって欲しくて・・・いや、逆かな。俺が、自由になりたいんかな」
がばりと青年は顔をあげて、申し訳ないような、悲しいような、辛いような顔をする。
誰かを抱えて生きるということは、早々ありえる出来事ではない。
だから、その痛みや苦しみは、どこにも伝わらないまま沈殿してゆくだけだ。
「それが、お前の望みか」
「俺はほんとに、あいつに、自分の眼で世界を見て欲しいって思う。だけど、それは・・・建前かもしれない。
 ・・・俺が、俺だけになりたいから・・・こんな最低なことを、望んでんのかもしれない」
彼の中の「王子様」は、この声を聞いているのだろうか。
聞いていたならば、どんな顔をするだろうか。
神は眼を細めて、青年の嘆願に似た苦しさをこころの底で抱きとめる。
別れるべきときが来たのかもしれない。どちらかが己で願えば、それを叶えようと最初から神は決めていた。
「・・・わかった。お前の望みを、俺は叶えよう。眼瞑って、楽にしとけ」
「神、」
「ただ、ここに王子様の意思は存在していない。・・・意味は判るな」
「・・・ああ。・・・ごめん。・・・ありがとう。」
青年は、神の言葉におおきく頷き、眼を閉じた。
もう一度眼を開いたとき、こころの中には自分という個人だけになる、その淋しさを、少しだけかみ締めながら。

DJつよし&MZD















空   中  分      解


「あなたが私の天使さまなのね?」
         うそです。
   うそです。
           知っているのでしょう。
「電波塔に往きましょう。とっておきの場所なのよ。」
      うそです。
               すべては妄想です。
  いつわりです。
        いつわりでしょう。
「ねえ、あなたはツバサを持ってるのね。天使さま。私も飛びたいのよ。」
      あかい色ですね。
 あかい屋根ですね。
   きみが、あの子と、いる場所ですね。
               あかい、あかい、あかい色ですね。
「・・・え?贋物?これはにせものなの?」
                 うそです。
  うそです。
           わたしはうそで出来ているのですよ。
「あなたも贋物なのね。私と同じなのね。」
     かなしいですか。
               かなしいですね。
                        かなしくって、かなしくって。
  やりきれないのですね。
「同じものなんていらないの。そう、思っているの。あなたは同じで、だから、いらない筈だわ。」
            なみだを流すことができるひとは、
 やさしいひとだと誰かがいっていましたよ。
                           すべてはうそです。
     うそです。
            うそです。
でもね、おじょうさん。
            ひとは、愛したくって、愛したくって、信じたくて、 
    しかたがないのですよ。



トラウマミミ&エヴァミミ















ダークシード


「ほら吹き鳥が帰ってきた?だから如何した、濃灰」
魔女はそのとき、身体に麗しいドレスを縫い付けている最中だった。
ノックもせずに魔女の住処へ入り込んだ猫は心底慌てた様子で、息を荒げている。
「大変なんです・・・!お判りですか、ロキ様!」
「帰ってきた所で居場所も無い。苛立ち以外の害も無い。貴様の先生にでも報告すれば如何だ」
わざわざ猫は白き森からこの淀みを纏う場所に来た。猫にとっては重要な問題なのかもしれない。
魔女は、鳥の持つ眩しいほどの鮮やかな羽根色と、いつも企みを湛えているような眼を思い出す。
あの軽薄な闇を観ている、少し粘ついた眼は、魔女の脳裏によく焼きついていた。
「先生は・・・構うなと仰っていました。でも、現に旅人が彼の所為で迷いの霧に!」
「・・・それは人喰い番人が手を入れている筈だ。貴様が心労する事ではない」
思えば、この猫とあの鳥は随分対立していたようにも思う。
猫が森の悪魔に師事を受けたのは魔女が彼の元を去ってから随分経った後だったので曖昧でもあるが、
何事にも穏やかである猫が唯一、鳥にだけは刺々しい感情で挑んでいた記憶が朧げにある。
「バウムさんが・・・でも、」
「くどい。師の指示にも従えんのか。あの鳥は放って置け。
 奴が起こすのは何時でも下らん小さな問題だけだろう」
「・・・でも、先生も、・・・ロキ様も、彼に再会していないでしょう?」
だからこそ、魔女はやかましく鳥を喚起する猫の態度が、
そのような感情に突き動かされた、ただの幼稚で醜い産物だと思っていた。
しかし、猫は、不安と、僅かな恐怖の混じった眼で見つめてくる。
思い出すことで、その恐ろしさが蘇る事に脅えるような視線。魔女は皮膚に針を通す手を止めて、眉を顰めた。
「如何云う意味だ、濃灰」
「・・・彼は、酷く・・・何か、怖ろしい何かを・・・魅出した顔をしていました。
 森を、飛び出す前とは、確かに・・・違う、顔でした」
「怖ろしい何か、だと?」
それまでは流すように猫の話を聞いていた魔女であったが、
猫の様子が捉え所のない緊張を帯びてゆくのを見て、曲がったように笑う。
元々、あの鳥は小賢しく振舞いながらも強い欲望を秘めていた、と魔女は回想する。
負に拠る感情や想いは、魔女にとっての栄養である。汲みとる事など容易い。
唐突に森から追われ、唐突に帰ってきた理由。
鳥に宿った感情で物を考えるならば、導き出される応えは中々可笑しいものになる。
「・・・濃灰。奴に出会ったのは何時だ」
「炎の日・・・4日前に僕の店にやって来ました。それからは森の動物達が忙しない動きを・・・しています」
「成程。それを悪魔に報告したのは?」
「昨日です」
魔女は既に歯で鋭利になった爪を再び噛み、打ち捨てられたピアノの低い声を思う。
「判った。妾も悪魔の元へ向かおう。・・・全く、厭な因果は消えんな」
「・・・ロキ様!」
「勘違いするな。小さな暗き種は何もしなければ世界さえ闇に包む。その事を妾は理解しているだけだ」
今まで、悪魔が介したこの森が平穏に包まれて居たこと自体、奇跡であったのだろうか。
小さな暗き種。それがいつ芽吹くかなど、知る由もない事だ。
見下げた眼で猫を射抜いた魔女は、荒れた口笛で蜘蛛を呼ぶ音を発した。

ロキ&アルビレオ















固定肉塊


「・・・あなたの仕業、ですか?」
彼は、気付けば彼としての肉体を持って、どこだかよく判らない場所にその足で、立っていた。
目の前にはよく見知った姿がちょっと困ったように笑っている。
彼自身を始めに捉えた、ひとりの神という人物が。
「まあ・・・な。そう言うしか、ないかな」
濁した言葉。本意はどうにも、浮かび上がってこない。
少し眼を落し、彼は自分の手のひらを見つめる。適度に整った爪と適度に白い肌。
いつも彼が違う視線で見ていた手のひらはもっと、ざくざくしていて浅黒かった、気がする。
「僕は、彼として、彼の望むままに生きると言った覚えがございますが」
彼はいろいろ複雑で、自分の身体というものを持っていなかった。
それでも彼はそれで不便を感じたことはなかったし、彼を内包していた相棒は彼に気付いてくれた。
だからこそ、このままでいいと思っていた。
とどのつまり、それで、それだけで、彼はしあわせだったのだ。
「判ってるさ。・・・ただな。あいつが頼んだんだ」
それを誰より理解しているのは目の前の神のはずだった。
彼を最初に見つけたのも神であり、身体を与えようかと好意を示したのも神であった。
しかし彼はその申し出を断り、今までの、これまでと変わらない生活を選んだのだ。
その経緯を、彼はまるごと覚えている。
「・・・何、ですって?」
「事実だよ、王子様」
神は、仕方がないと言いたげに、間誤付いた仕草をする。
すべては彼の相棒が望んだことだと、紙が皺くちゃになったような顔をする。
「どうして、彼が」
「判らんな。でも、だいぶ必死だったよ、あいつは」
彼の相棒はいつもあっけらかんとしていて、悩みなんかないようで、彼のこともすぐに受け入れた。
いつでも、快活なままの、能天気で明るい相棒。そんな風に、彼には見えた。
それが、今、どうしてだろうか。
彼は少し眼を見開いて、なんだか必死になって自分のことを話す相棒の姿を考える。
自分という存在と正反対のその姿。
彼の身体を願ったその「必死さ」とはどうやっても結びつかないその、太陽のように笑う、底抜けた明るさを。

OJつよし&MZD















「ああ、くるしい」


「会わせて。」
「残念だが、今は無理だ。あんたの身体が持たない」
神は呟くようにして口にした。
彼の目の前には包帯をあちこちに巻きつけて湿った眼をした娘がいる。
彼女は、神がたまたまある街をすり抜けていた時に見つけた・・・いや、「受け止めていた」娘だった。
そして別の場所には「受け止められた」男が居る。娘はその男に会いたがっていた。
「・・・会わせて。」
「おい、あんたの身体、どうなってるのか判ってるのか?動いたらアウトだぞ」
神がその娘と男を保護したのは神がその瞬間にその落下を目撃したこともあるが、
二人の容姿があまりにも神の親友たちに似ていたからでもあった。
「会わせて。あの人に会わせて。会わせて。」
「どーしてそう、頑なになんだ。もうちょい安静にしてりゃあすぐ会えるよ」
娘は、己の世界に篭る人間だった。頭に自作の「アンテナ」をつけている者など早々存在しない。
まぁ神が彼女を引きずり出した時には、既にそのアンテナは故障していたが。
「私は受け止めなければいけないのよ。判るでしょう。判らなければいけないわ。」
「おいおい、嬢ちゃん。また繰り返す気かよ。辞めろや、不毛なことは」
娘の眼はいつでも真剣で、曇りがない。その点でだけ、娘と神は共通していた。
生と死、喜と哀、感嘆と罵倒。
そんな風に、観ている世界が全く、違うものであったとしても、だ。
「馬鹿な事を言うお兄さん、確かに私は一度失敗したわ。
 けれどそれが如何したっていうの、大丈夫。大丈夫なのよ、判るでしょう?」
「・・・なあ、嬢ちゃん。あんたは抜け出したぞ?もう、安心したっていいんじゃねーか」
あの時、娘は確かに落下した男を受け止めるその瞬間微笑んでいた。
その意味は神にも、その男にも判っていたのだろう。
だからこそ男は物騒な言葉で、しかし、心底悔やんでいた。
『お嬢さんは世界というものに飛び出す最初で最後の一歩を、進み損なってしまったのです。
 ・・・・生き延びてしまった』。
神は我侭な子供をあやすように、だが、悲しげな顔をする。
そこにはひとつとして深い意味など、存在していないのかもしれない。
それでも世界は娘の中で絶望していた。
神はそれを、あまりに切ないことだと思ったのかも、しれない。

MZD&トラウマミミ


















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