A-Market > text-T
















そらたび


あたしはいつものように蒼いきれいな星に来て、ずっと上の方をびゅんびゅんと飛んでいた。
星の人がだれも追ってこない、青い空の上は気持ちがいい。
あたしは今だけ、誰に捕らわれることもない。
ここにいれば、あの星の、ひとりのお姫様って地位がなくなる。
自由だ。ひとりぼっちだけど、あたしは今だけ自由だ。
高速で風を切ると、髪の毛が圧をあびて舞った。ムラサキの残像が、白い雲に散っていく。
「・・・ん」
この星はあたしの住んでいる星と違って、空を飛んでいるのがフツウじゃない。
みんな、地上を自分の足で歩いている。だから、こんなところで人に会うはずがない。
(だけどあっちの星でもこんな方法で飛んでるのはあたしぐらいで、父様はいつもカンカンだ)
「・・・んー?」
けれど、あたしの目の先は不確かな、そんな何か、・・・「誰か」、を捉えていた。
不思議に思って、瞳を凝らして雲にかすれた姿へ近づいていく。
なんだかちょっと、ドキドキした。あたしはこの星で、まだ誰かと出会ったことがない。
「お?」
「あ、」
遠慮しながらすこし進んでいくと、雲は唐突に切れる。
あたしは突然澄んだ青空のなかに放り出されて、目の前のひとと一緒に、声を上げた。
こっちの姿に気付いたようにぎょっとした仕草で、その人はすこし身体を硬くする。
青い空と反するように色づいた、ミドリの髪と服がよく目立っていた。
「あれ、なに、・・・あんた、ダレ?」
ギターを持ってる。あたしの飛行装置より、ずっとおおきいロケットをしょってる。
眼・・・はサングラスで隠れていてそこまで感情がわからない、けど、かなり驚いてるみたいだった。
あたしを指さして、ちょっと訳がわからない、ってふうに口をへの字にする。
「なんで、こんなトコに、オンナノコが」
うん、確かにあたしはオンナノコだ。間違ってない。相当驚いているところを見ると、
やっぱりこの人はここの・・・地球の人、なのかもしれない。
すごいな、ここであたしみたいなかたちで、空を飛ぶ人がいるんだ。
「ねえ。あなたさ、地球の人、だよね?」
ちょっと近づいて、あたしは好奇心を抑えられなくて、聞いた。
その人はぽかーんとしたまんまで、もう一度首を変な方向に曲げる。
「え。なに。ち・・・地球?いやあー・・・まあ、うん、地球・・・・だろうなぁ・・・え?
 あんた・・・いや・・・キミは、何、地球のひとじゃ、ないの?」
「うん、あたしはちょっと遠いトコから来たんだ。10光年ぐらい、離れてるかな」
「10光、年・・・あ、宇宙、人・・・?」
はあ、と返して、まるでついていけない、ってカッコをその人は見せる。
あ、そっか。
ココの人は、そっか、宇宙の人のことを、あんまり良く知らないんだ。
だから、あたしのことも、知らないんだ。少し嬉しくなった。
やっぱりあたしは今自由なんだ、そう本気で実感できる、そのことが、今が、嬉しかった。
嬉しかったから、少し笑った。
その人はいきなり笑ったあたしを、やっぱりちょっと意味不明、って顔で、見ていた。

ROCKET86×ルル















歴訪紀行


「おおいセバス!」
「・・・どうしたってんだい、英雄さん」
「その名では呼んでくれるなといつも言ってるだろう!とにかくこれを見てくれ!」
俺がちょっとばかり口を曲げてそういうと、ファンタジーかぶれの格式高い旧友は嬉しそうに声を張った。
愛用してるシンセの上に、古い革張りの本がどすんと乱暴に置かれる。
ほこりが舞って、俺はわざとらしく咳をしてみせた。
「ああ、これがどうしたって?また黒眼の影喰いが出たって?」
呆れ気味にそれを眺めれば、お決まりの悪態が自動的に出る。
旧友の妄言ともいえる言動は残念なことに既に慣れっこであるが、
やはり俺のこころを落ち着かせないひとつの要因になっているように思う。
前は古めかしい絵画を持ち出して、俺が今口走ったようなことを本気の目で言っていた。
俺が皮肉交じりに囃し立てれば、旧友はすこしムッとしたように俺を睨む。
「何を!驚くなかれ、なんとこの本には僕の先祖のことが書いてあるんだよ、セバス!」
「・・・へェ、ナイト家の伝承本ってか。こりゃあ珍しいや」
帰ってきた言葉はなかなか少し、意外なものだ。
色褪せた本を手にとって、ぐるりと全体を見回したあと、それを開く。
横文字で隙間無くびっちりと印刷された文章は俺には到底理解できない言語で書かれているものだった。
外張りの痛みもひどかったが、中の紙もしみが広がり色は黄ばみ、大分あわれだ。
「どうだい?どうやらこの国の旧い言葉で文章が書かれているらしくてね、
 それが家に伝わっているレリーフと同じ文体なんだよ!なあセバス!
 これはもうそういうことだろう!?今どうにか文献を漁って解読してるんだ、早速君も見てくれよ!」
旧友はずいぶん興奮している。
いつもは根拠なく捲し立てて主に俺の手で潰される虚言であるが、
今回に限っては証拠という確実なものが存在しているのでかなり自信ありげだ。
ばさばさと紙を取り出して押し付けてくる。
こっちは今現在ここで使われてる言語で、読めた。
「まあ落ち着けよ。レリーフってのはお前の家にあった・・・、
 ああ、玄関の正面にあるデカい奴か。大層な英雄だな、あの甲冑も」
旧友の家は、伯爵家だ。
金持ちである上に、その名声たるやこの地域丸ごとが舌を巻くほどだ。
この伯爵家初代当主は世界が負なる暗黒へ堕ちた時にその光を持ってして地上を救った、
(そういう謂れのアレも正直、俺にとってはどうかと思うが)、
稀代の英雄、と今も語り継がれている。
丁度10代目当主にあたる旧友は、その「英雄」に誇りを抱きつつも、
現代とかけ離れたまるでおとぎ話のようなあやふやな名声に大分気持ちを持っていかれている。
基本的には能天気なこいつは、英雄を持ち出された時だけ、
自分がその期待に応えられる人間か如何か、の問いにいつも陥っているのだ。
だから俺が冗談で英雄だとかいうと、悲しげな顔になったりあまつは時々怒ったりする。
こんな風に迷信好きなのも、過去存在したであろうその真実を、
どうにか自分の眼で見極めようと必死なんだろうな、と、まあそんな気持ちは多少は理解できなくもない。
度が過ぎるだけだ。
・・・すくなくとも、今のこの状況では。
「そうだ!これは、要するに、僕に与えられた使命なんだよ!子孫の僕でしか成せない、重大な!」
「重大な、だなぁ・・・」
俺は旧友が投げ飛ばしてきた紙に眼を落す。
ナイト、という人物、家の名にも看板にもなっているそれが、初代英雄の名であるようだった。
頭の中に、甲冑に身を包んだ姿が凛々しく孤高に立ち尽くしている・・・そんな姿が一瞬に想像される。
俺もだいぶ、こいつの感覚に毒されてきたんだろうか。参ったもんだ。
「なあ、だからセバスはきちんと僕のことを見ていて欲しいんだ。友人として、僕の行いを留めていて欲しい!
 判るだろう、永く僕と付き合ってきた君なら!僕がどれだけ彼に憧れ、彼に苦しめられてきたか!!」
「なんだ、今回は馬鹿に真剣じゃないか。いつもは半ばで飽きるくせに」
「・・・なにか予感がしたんだよ、セバス。これを手にした瞬間からね」
俺の手をいきなり、がばりと掴んで離したと思ったら、途端に真面目な顔にかわる。
癖の強い髪で大部分が隠れた眼の表情はうまく汲み取れないが、
芯の通っているものだというのは理解できた。
旧友はおもむろに本を自分の手に納め、にっこりと微笑んで俺を射る。
ううん。どうも、俺はこの眼に勝てない。
「セバス、だから頼むよ。僕は君に、この大業を見ていて欲しいんだからね」
「いつもいつも俺ばかりだな。他に付き合ってくれる酔狂がいないだけじゃないのか、テン」
本がなくなり、すっからかんになった電源の入ってないシンセのキーボードを押し潰して、俺は視線を逸らす。
太い指が軽い和音を空耳で鳴っている気がする。気まぐれの音階。
旧友の名前はその才知に比べて、素っ気ないリズムだ。
「いいや、それは違うよ。だって君は僕を根っから信頼してくれているじゃないか。
 だから僕は安心出来て、君になんでも話せるんだ」
「そいつは・・・、まあ、どうなんだろうなあ」
「何を照れてるんだよ、セバス。さぁこれから忙しくなるぞ!なんと言ってもご先祖の真実だ!」
「おい、こっちを忘れるんじゃあないぞ。お前が要なんだ。今はな」
唐突な言葉に曖昧な返事を返し、それに笑っている顔にやんわりと釘を刺す。
本を肩に乗せ、俺を見つめたまま旧友はふんわりとした髪を揺らせた。
「判っているさ!なあセバス、美味しいマフィンを食べようじゃないか。持ってきたんだ!」

セバス★ちゃんとカウントテン















十一之宴


「あらァ、MZDどうしたの。久しぶり」
「あー、だりぃ。酒だ、酒くれ酒」
神はばんばんばんと机を三回叩いた。暗い照明の暗い店。いつも居る着物姿はそこになく、
その代わりに美しい髪の色をした女・・・女?が立っている。
「荒れてるわねー。珍しいコト」
「あーまったくよー、集まんねえ集まんねえ」
神のことをMZD、と呼ぶ相手も珍しい。泣きぼくろがにこりと歪む。
グラスを差し出して、それを取って、神はありゃねーわ、と手を根負け気味に振った。
「へえ。いつもは貴方が誘う間もなく皆押しかけてくるじゃないの」
「なんだか今回はどいつもこいつも頑固でなー。
 今日OK貰ったのテンション高いツナギニーちゃんだけだぜ?おかしくね?」
ってかムラサキは?あの歌聞きたいんだけど、とずいと寄ってきた神のおでこを女はぺちんと叩く。
「アタシが居るでしょ?贅沢言わないコトよ」
「・・・あんたに頼みたいけど前出て貰ったばっかだしなぁ」
ちぇ、とおでこをさすって、ぐい、とグラスを傾けて、その後で神は腕を組む。
「そうねェ。じゃあ、それこそあの子に頼めばいいんじゃない?」
「ムラサキぃ?出てくれっか?前、俺込みでよーやっと了解貰ったんだぜ」
「でもあの子、この頃お祭のことよく話すのよ。ちょっと楽しそうだけど淋しそうに」
「へぇ・・・マジか。まだ全然枠残ってるしなぁ・・・誘ってみっか?」
「それが良いわよ。あの子きっと貴方の誘い待ってるわ」
誰も立っていないステージに向かって女は微笑んだ。神は指を折って、ドアを見た。
「帰ってこねえなぁ、紫」
「帰ってこないわねェ。早く出掛けていったのに」
女もドアを見やる。その扉に取り付けられたベルが鳴る気配はなかった。
「ああそーだ、ジャンの奴とはどーしてんの?」
「ハァ?何でアイツが出てくんのよ」
だから神は話題を変えて、女の親友のことを持ち出してくる。
女の顔があからさまな嫌悪に変わって、女は少し男に戻る。
息の合う仲の悪い親友という付き合いは、扱いがむずかしい。
「だってこの前会ってチューぶちかまされた時思いっきり愚痴聞かされたかんよ」
「へェ。・・・アタシもアイツの愚痴言いたくなってきたわ」
「うっわ。最悪!」
「アイツを持ち出す貴方が悪いのよ」
「げぇー。酒お代わり」
「ハイハイ」
熱烈なキスの味は神とて中々忘れらなかった。その熱が尾を引いたための彼、だったのかもしれない。
一気にグラスを空にして、だん、とカウンターにそれを叩きつける。
「まぁあの子が帰ってくるまでココに居れば?その内帰って来るでしょ、大人なんだから」
「ん、そーする。なぁハニー、蜂蜜はいったアレ、作ってくれよ」
そして催促。たっぷり蜜がグラスの半分も入ったそのカクテルが神は好きだった。
頬に手を当てて、女は首を傾げるようにして赤い唇を上げる。
「高いわよ?」
「上等っ」
まだまだ、女の妹は帰ってきそうになかった。
神は、くるりとシェイカーを持ち上げるその指をとても楽しそうに眺めたまま、ぺろりと舌を舐めた。

MZD&ハニー















蟠り


「・・・うわ、ニナ」
「なに、その顔。それと声」
ニナは久々に帰ってきた故郷でひとりの少年に心底嫌な声で出迎えられた。
数年ぶりの大きな帽子にヘッドフォンは彼女に馴染んだものだったけれど、
顔は前より少し大人っぽくなっている気もする。
大きなキャリーを地面に奮い立たせたまま、こっちを睨む少年に向かってニナは腰に手を当てる。
「帰って来るとは思わなかったよ」
「私だって帰った早々君に会うとは思ってなかったよ」
アイスを舐める舌を止めて少年は立ち上がり、その視線を不味そうに眺めた。
しばらくニナはそんな少年を諌めるように見つめていたが、アイスがすこし溶けかかるとツカツカと歩み寄る。
「・・・まだ怒ってるんだ、私の事」
「当ッたり前だろ・・・許せると思うの」
「・・・思わない。でも私は自分の夢を叶えたよ」
アイスがぼたり、とコンクリートに落ちた。ニナの眼は真剣だ。
「君はどうなの?」
「僕は、・・・ニナとは違う。ここを捨てたりしない」
いつしか少年の眼も真剣だ。
ほとんど無くなっていたアイスは既にもう少年の手の中に埋もれている。
ニナは少し固まるようにして、「捨てる」という言葉、そして少年を見つめた。怒りが混じる。
「捨てた訳じゃない。だから、こうして帰ってきたんだよ、私は」
「・・・違うよ。違う!」
そんな言葉を、少年は強く遮った。
アイスを握ったまま、叫び、そして背を向けて走る。
「クッキー!」
弾けるようにニナも叫んだ。少年の背中が遠ざかる。
何も変わっていない故郷に、茜色の混じった空だけが覆いかぶさっていた。

二ナ&クッキー















ごちそう


「起きていますか、先生?」
明るい光が差し込む、森の中だった。灰猫が銀の盆を持って傾げるように訊いた。
目の前にはピアノが居る。この灰猫が羨望を捧げている「先生」だ。
「・・・起きている。何用だ。・・・水の日は店の開く日では無かったか」
「今日は、休みの日です。先生、先生の好きな白露草のスープを持ってきました。
 飲んでください。最近疲れているようだと聞きました」
なるほど、確かに銀の盆には薄く白濁した液体が同じく広く浅い銀の皿の上に乗っている。
やけに灰猫は心配するようなそぶりだった。
ピアノは開いた眼を訝しげにして、その表情を見やる。
「随分心配性な猫の事だ。わしはこうやって陽に当たっていれば良い。それはお前も充分理解しているだろう」
元々、ピアノは自分の望む日に灰猫の求める「先生」の役割を営んでいるだけであり、
年がら年中干渉されるのは好んでいなかった。
その偏屈さは彼に教えを請う大体の生き物が知っていたし、
ピアノは元来、孤独に身を寄せることを己の生き方と定めていた。
だから、眼を閉じて楽器となっている姿の彼に近づく者はこれまでいなかったのだ。
だがこの灰猫は一目会ったその日からピアノに纏わりつくようになり、現在まで含め、今はそんな有様だ。
自分の店が有るというのに、暇を見つけては押しかけてくる灰猫にピアノはため息をつく。
「・・・でも、好きだと訊きました。ダイアナさんに訊いて、作ったのです。勿体無いです。飲んで下さい、先生」
一瞬気圧されながら、しかし徐に近づいて、給仕特有の丁寧な仕草で灰猫は銀の皿を差し出した。
うっすらと香る、白露草独特の匂い。
紫陽花の歌姫は、姿に似合わず口が軽いのか。いや、それはただの好意だったのだろう。
「・・・・お前が作ったのか」
確かに、このスープは食物を口にすること自体が希少なピアノの好物だった。
灰猫は給仕であり、料理人ではない(と聴いている)。わずかな疑問をピアノは呈した。
「そうです。僕が作りました。運ぶのが中々大変でした。飲んでください」
あっさりと灰猫は肯定して、やや冷めかかったスープのの香りを嗅いで眼を細めた。
上出来、そう言いたげな仕草だ。
猫の言うとおり、この場所と白き森イーハトーブの距離は遠い。
ピアノは、遅い形で自身の蓋を開けた。がたり、と音がする。灰猫が顔を上げる。
「今日店を開けるなら飲んでやろう。わしは怠け者は嫌いだ」
そして、ゆっくりと青い手を差し出し、恭しく皿を受け取るべき格好をする。
灰猫の尻尾が喜々といった様子で持ち上がった。慌てるように胸ポケットから懐中時計を取り出す。
「・・・先生、すみません、開店が遅れるかもしれません。許して頂けますか」
残酷な時刻に、灰猫の顔は曇る。声も心なしか沈んでいる。
「わしは、わしを優先してまで働こうとする意志を捨てる、その考えが好かないだけだ。
 ・・・構わないだろう。さあ、スープを貰おう」
しかし、珍しさの残る明るい声で、ピアノは了承する。そして、皿を催促する。
「先生」
灰猫は急いで時計を仕舞い、嬉しそうに呟き銀の皿を恐ろしく丁寧にピアノへ渡した。
渡されたときにスープがゆらりと波打った。美しい白色。
それは、猫の住む森の木の色によく似ていた。

グランドハンマー&アルビレオ



Back