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白金魔笛


「あ・・・・あ・・・・」
少年はひとり、闇と炎と対峙していた。
そこは何処にも属さない場所であり、生も死も拒絶された場所であった。
「驚きましょうなァ・・・・触れぬ、墜ちぬ。此処は世界に値なき場所で御座いますからねェ」
「あなた、は・・・・?」
いつ少年がそこへ現れたのか、それを少年自身理解できぬままそこに居た。
目の前では少々奇妙な視線をした、頭が炎の化物が少年に向かってすらすらと柔らかに語る。
この空間は、世界にも値しない場所であると。
「虚ろ啼く地で記憶の狭間を語る者。失う世界を語る者とでも謂いましょうかな」
「ぼ、ぼくは・・・・、何故・・・・!?」
気付けば、と形容するのがなにより正しいだろう。
暗い路地で眼を瞑り、再び眼を開いた時少年はここに居た。
狼狽した格好で慌てふためく少年を宥めるように炎は声を伸ばす。
「此方に容れ入ったのは貴方様の意思で御座いましょう。出る事容易いが、容れ入るのは容易な事では」
「出・・・?入る・・・?」
いつでもこの空間は人間の世界の真下にいる、と炎は付け加える。
少年が心から闇の奥の死の直前を願ったからこそ、ここへ落ちたのだ、と告げる。
「・・・で、出られ・・・るんですか!?」
「其れは容易いと申しましたな。この行燈を御覧なさい」
いくら望んだとはいえ、こんな場所で一生を過ごすなど無茶だ、と少年は更に困惑する。
まあまあ、と炎は右手に吊るした提灯を少年に見せた。
ぼうと闇の底で薄く光る青が、少年の顔を醒めた色で照らす。
「・・・・・きれい・・・だ」
その色は、まるで何処にも存在しない色のように思えた。
吸い込まれるように少年は提灯の明りを眺める。
「この炎色は行燈を視るヒトの心臓と同調して居りましてな。
 紅ならばこの地が其の者を好んだ証に為りますが、然し。此方は如何視たって蒼い」
ピン、と炎は手袋に包まれた指先で提灯を弾く。
すると、冷えたように青かった光が一瞬にして燃え盛る赤の色を帯びた。
「!」
「貴方様は魅入られて居りませぬ。故に、脱け出せましょうな」
驚きで目を丸くし、炎を見上げる少年を一瞥し、辺りを見回したあと炎は着物を引きずって歩く。
少年は呆然としながらその様を見送っていた。
音もなく滑るように進む炎の姿があまりに自然だったからだろうか。
「・・・・おやァ、何を為さっていらっしゃる?速く御出でなさい」
「え?」
しかし、そんな少年を諌めるように炎は緩く手招きする。
「あたしと居りませんと物の怪に食われますぞォ。ヒトは美味いですからなァ」
「・・・・ま、待って下さい!」
ははは、と乾いた哂い声を上げる炎の言葉に、少年は急いで走り寄る。
のそりのそりと遅く歩を進める炎にはすぐ追いついた。
ずれた帽子を元通りの華奢な格好に戻し、息をつく。
「其れで宜しい。現世へ出る迄、御離れに成りませぬ様」
「・・・はい」
「闇は御閑でしょうから何か御話致しましょうかな。沈黙は毒になる」
「毒?」
「ええ、ええ。魑魅魍魎の尤も好む物です。だから、あたしが話してやるって寸法だ」
少年はじっと炎の話を聴く。
その声はなんとも形容しがたい、自然と胸に溶けていく声だ。
「どんな・・・話、なのですか?」
靴が踏みしめる感触は、泥のようにも綿のようにも感じる。
炎は少年に視線を合わせ、心底楽しそうに云った。
「幾年月の間に培われて来た理と真実です。久し振りの客だ。丁重に持成しますよ」

淀&セシル


















南国逃避


格好いいとこなんかひとつもない、美少女好きで小太りでひげづらの、
どうしようもない天才に今はまっている。入り浸ってるといったほうが正しいかもしれない。
パーカッションが最高にうまいそのおやじは南国ふうのカッコをして、いつも僕を迎えてくれる。
しゃがれた声だけど酒もタバコも嫌いらしい。
だから、僕がタバコを吸うとあからさまに最悪な顔をしてバケツを突きだしたりする。
タバコが嫌いな人の、タバコを吸われた時の顔はみんなどこか似通っている。
・・・なんでだろう。このおやじと彼女とじゃ、天と地くらい顔のつくりがちがうのに。
「や。また来たよ」
火をつけてないタバコを引っかけて、今日もおじゃましますの挨拶。
おやじはドレッドが取れかけたぼさぼさの髪で、アルミをへこませた自作の楽器を鳴らせていた。
「おお〜、レオかぁ」
「レオだよ、こんちは」
僕はおやじと一言二言会話をして窓を覗く。ここからは海が見える。
海へ行くつもりじゃなかった、なんてね。晴れた空に反射する海水。
ターコイズブルー色の塩水がこんなところにあるなんて、僕はここに来るまで知らなかった。
ぐい、と半身を押し出して外を見るとそこはちょっとしたプライベート・ビーチみたいな空間だ。
おやじの家はさながらプレハブみたいな作りなので、逆にこんなだだっ広い海は良く似合う。
「・・・あれ」
海の向こうに、黄色と赤の物体が見える。キャッキャと騒ぐ高い声。
美味しそうな形は、見慣れた姿だ。
「なんだ、おやじ、あいつらも来てんの?」
「ああー。そういや遊ばせろって駆け込んできたなぁー」
即興で、おやじはあちこちの楽器を叩きながら言う。
ほんとに適当に叩いてるようにも、ぜんぶ計算されたようにも聞こえるリズム。
なんで、喋りながらこんなことできるんだ?
「へぇ。僕も遊んでこようかな・・・」
帽子を脱いで、太陽に向ける。汗ばむ肌。からりとた空気。
「お。今日はいいの?ギター」
へらへら笑って、おやじは顎でこの家に一番似つかわしくないぴかぴかのギターをしゃくる。
僕がここに来る一番の目的は、このギターを弾いておやじとセッションすることだ。
でも、今は・・・・・・、
「ちょっとね。今は音楽、お腹いっぱい」
半分逃げで自転車を走らせた身に、純粋なアレはちょっときつい。
僕は窓から身体を出して、おやじに向かって言った。
「遊んでくる。カレーパン、たのむよ!」
ビーチサンダルで砂を蹴って、黄と赤の果物がはしゃぐ場所へ向かう。
「おーい!トロッピー!マック!!」
そして大声でふたりの名前を呼ぶ。ふたりが気付く。大きく手をふる。
「レオ!」
マックがうれしそうに僕へビーチボールを放った。
僕はそれをジャンプで受けとって、思いっきりトロッピーへ投げた。
一寸の、光を受けるようなふれあい、かもしれない。
滞るばかりの作業を溶かしたいのかな、僕は。
やすらぎとか、癒しとか。反射する光の中、三人で海へ飛び込む。つめたい。ぬるい。
大丈夫。だいじょうぶ。言い聞かせるように僕は思う。
ぷかぷか浮ぶと遠くでおやじの刻むリズムが聞こえてくる気がする。
カレーパンが食べたい。太陽が眼に染みる。おやじが作った、特製のカレーパンが、たべたい。

レオジャムトロマク


















共生愛護


わたしはずっと孤独だった。優しくなんてない。優しくなんてない。
優しくなんて、ないのに。
「お前は優しい子だよ。痛みが分かるもの」
痛み。わたしが孤独の傷を舐めるために培った痛み。
あなた達より、どれほど醜い痛みなのかあなたは知っているの?
「・・・・」
つぶらな瞳で見つめてくる、もうひとり。
あなたの言いたいことは、いつも細かく胸に伝わってくる。
わたしを、そして彼をも必死で庇おうとしているのよね。
あなたはとても、優しい子だわ。
わたしよりも、何倍も・・・・
「そんな顔、するなよ。俺達はお前の事が好きなんだ」
好きという感情はわたしにだって、ある。
あなた達のことを、わたしはここへ来てから何よりも愛しいと思えるようになった。
自分自身よりも、もっともっと大切なひと。
でも、彼らがわたしを同じように思っていてくれているのがつらい。
そこまで思われるほど、わたしには価値がないもの。
じわりと涙が浮ぶ。ごめんなさい、と言いかける。
「あ、・・・ピータン」
そのとき、そっと、わたしを心配そうに見つめていた・・・ピータンが、わたしの手に、自分の手を重ねた。
あたたかい命の鼓動。やさしい毛並みの感触。泣かないで、と言っているのだろうか。
「お前も、優しい子だな」
彼が、ピータンの頭を乱暴に撫でる。
目を細めるピータンは、形のない声でうれしそうなはしゃぎ声をあげているようにも思えた。
「おれも、こいつもそう思ってるんだよ。謝らなくていい。な?かごめ」
彼はわたしの名前を呼んだ。
そして彼も同じように、ピータンの手の上に、彼自身の手を重ねた。
「おれ達は、ここで生まれたようなものだろ?だから・・・家族と言ったっていいんだ」
すこし照れたような口調だった。
家族。私の中に、そういった関係が生まれたことはなかった。
もしかしたら、ふたりにも・・・無かったのかもしれない。
わたしは、家族というひびきに顔も胸も熱くなるのを感じた。
彼らとわたしは、家族になれるのだろうか。
重なった手のひらのあたたかみが、背を押してくれている。
謝罪を呑みこむ代わりに、目をつぶる。
わたしは目尻からただひとすじの涙を流し、ほほ笑みの中で、大きく頷いた。

テルオとかごめとピータン


















同行志願


パパとママがいつか突然どこかへ行って、あたしは好きだった射撃に本格的にのめり込むようになった。
毎日毎日、何時間も練習して、本気でこの寂れた街を飛び出して、世界一のカウガールになるつもりだった。
それを止めたのはいつも練習相手をする骸骨男で、「才能ないから」って一蹴された。
むかついて練習用の銃を向けたけど、それより先に向こうがぶっ放したから、
あたしは額に思いっきり吸盤つきの旗を受けた。
「俺には勝てやしねぇよ」、そんな台詞がいっしょに刺さった。
あいつがどこから来たのかは知らなくて、酒場のおじさんは流れ者のじいさんだって言っていた。
流れる者は一ヶ所に留まってはいられないから、またどこかへ行くんだろう、とか呟きながら。
あたしはオレンジジュースを飲みながら、横であいつをちらちら見て、
黄ばんだ骨を揺らせて笑っている表情のないぽっかり目へ悪態をついていた。
「早くどっかへ行っちゃえばいいのよ。レディを舐めるやつなんて!」
それからどのくらいたっただろう。パパとママは結局あたしの元へ帰ってはこなかった。
あいつはいつかの真夜中に、この町を出てくとあたしへ向かって呟いた。
どうしてあいつがあたしにそんなことを言ったのかは分からない。
でも、あたしはその時はじけるように、「あたしも行く」とか言ったんだっけ。
最後まであいつに勝てないなんてほんとに悔しいと思ったから。ただ、それだけで。
あいつは無い目玉を丸くして笑ったけど、あたしが家にある荷物を全部かき集めて、
麻袋につめこんで、外にあった馬の蔵に取り付けたようなとこで、
あたしが本気だったことに気付いたんだろうな。
「本気か嬢ちゃん」
「本気だよ。あたしにはもうパパもママもいないもん。あんたと一緒に世界を見てやるんだから」
「俺ぁ老体だぞ。子供なんか連れて旅は出来ねえよ」
「うるさい!連れて行け!連れていけったら!」
ばかみたいに叫んでいたら、なぜかぼろぼろと涙がこぼれた。
あたしはあいつの服を掴んで、噛んで、食い下がって、それでも全然あいつの力には敵わなかった。
あいつはそんなあたしを呆れたように見ていたけど、
しばらくするとため息をついて、あたしの肩を優しくつかんだ。
「・・・落ち着け。分かったよ。分かったから、落ち着け」
「・・・・連れてってくれるの?」
「仕方ないだろう。お前は頑固すぎる」
やれやれ、って言いたそうな顔。
だけどあたしを見るあいつの目は今まで見たことのない、なんだか本当に優しいかたちをしていて、
思わずあたしは間抜けに鼻をすすって、涙をぬぐった。
「・・・ありがと。酒場のマスターにだけ手紙を書いてもいい?」
いつでもひとりだったあたしの面倒を見ててくれたのはマスターだ。
あの人にはお礼を言わなくちゃ。
その辺にあった木炭と紙にざらざらと手紙を書いて、あいつと一緒に家を出た。
そして酒場に手紙を放り込んで、あいつと一緒に馬に乗った。
「どこへいくの?」
「東だ。遠いところへな」
・・・その日から、あたしには生涯のライバルとグランパがいっぺんに出来た。
馬に揺られながら見た朝日は今も一生の思い出として、あたしの胸のなかに、残っているな。

ローリィとライバル


















自我嫌悪


それはある種の精神異常だと思っていた彼女は、彼の言葉を聞いてたいそう驚いたのだ。
「ぼくはねー、あはは、わざとぉ、やってるんだよー」
真横で彼は、彼女の目をひとつも、まるっきり見ないで言った。
誰も居ない場所で彼らがふたりきりになるのは久しく、
その日に彼が、真実という大切な告白をしようとするのは目に見えていて、
覚悟めいた心を秘めていた彼女は、しかし、そのわずかに小さな呟きに思わず動揺し、顔を上げた。
「わざ、と・・・?」
彼が、一流の役者だということを彼女は知っている。
だからこそ、彼に対して憧れをいだき、想いを伝え、愛を育んできたのだ。
けれど、このあまりに異常な状態を故意に、自ら行っているという、
今の彼自身の状態を彼女は心底不安に思った。だから、すぐさま聞いた。
「どうして!?なんで・・・そんな事!」
「あはははー、だってー、つかれたー」
彼女の辛らつな言葉に、彼はすぐ返事をよこす。
それはどうにもシンプルで、わざわざ骨組みを解読する必要もなくらい、
その並びは理由を伝えるのにはなにも不自由しないような分かりやすい返事だった。
風が吹いて、秋に近い晩夏をなびかせる。
彼女の黒に近い灰の髪が揺れる。
彼の薄むらさきのよく整った体毛が揺れる。長い耳がぴくりと動く。
「つか・・・れた・・・・」
一片の台詞は彼女の胸を突いた。
『つかれた』?
彼女は彼の視線を引きずるかのようにして、ぞくりと震える。
まさか自分との関係が?
そう思い、いささかの恐怖さえ覚えた。
彼女は心から彼を愛していたから、心から彼の助けになりたいと、彼を支えてあげたいと思っていたからだ。
「あ、あたしとの・・・・?」
言いよどむ。それは彼の発したものとはまったく逆の、ひとつも優しくない言葉だった。
けれど、彼は察しが良いから伝わるだろうと、彼女は一方で傲慢にも直感していた。
彼は、彼女の不安な目を見つめてぐるぐると目玉を回す。
あちこちで「狂った」を叫ばれた、そのこわれた顔をする。
「ちがうよー・・・きみはぁー、やさしいものー・・・」
ため息をつくように彼は言った。ひとつの安堵、そんなものにも似ている声色だった。
彼女の目から不安を取り除くように、彼は一瞬にして、先程とは比べ物にならないくらいの「まとも」な顔をする。
そして、余りにも優しく笑う。
この顔を彼女が好きなことを、彼は、充分に知っていたから。
この顔が彼女を笑顔にすることを、彼は、心の底から理解していたから。

ウサお×ツララ



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