諸聖人祭#1


「・・・スッゴーイ。」
その日、校舎を見上げるとそれは見事なオレンジで、私は真顔で驚いた。
去年は、こんなに派手じゃなかった。
きょろきょろあたりを見回せば、そこらへんの生徒も私と同じ顔になっている。
かぼちゃ。おばけ。魔女とこうもり。
うん、それは確かに、この時期に騒ぎだすモンスターたち。
お菓子もイタズラもそれほど嫌いじゃない私は、この行事が好きだ。
だから、大歓迎、なんだけど・・・
「うぉいっ、ナンシィ!」
「・・・? ああ、パンチ。私の名前ヘンに呼ばないでっていつも言ってるじゃない」
そんなふうに考えていると、うしろから野太い声がきこえる。
振り返れば、応援団の団長。
私の所属してるチア部とは、切っても切れない縁のヒト。
うーん、ヒトっていうか・・・・・・マメ?
ずんとした体格に、とにかくオッサンくさい容姿はいつもの見なれたミドリ色だ。
私は手をあげて、軽いあいさつをする。
「名前などどうでもよいわっ!俺はお前に話があるんじゃ!」
「・・・なーによぉ藪から棒に。何?部はちゃんと出てるよ、この前充分叱られましたから?」
「笑止!お前がゲンロクを連れて他の部にかまけている事など屁でもないわ!俺が言いたいのはだな、コイツじゃい!」
するといつもの大声でパンチは言う。言って、校舎をデンと指さす。
「なに?ハロウィン?」
「そうだ!はろうぃんだ!この2週間ははろうぃん週間になった!故に応援団とチア部が動くのだ!」
「・・・。・・・WHY?」
意味が分からない。
たしかにこの学園は行事ごとにやけに騒ぐし、生徒たちもそれに乗るけど。
ハロウィンで私たちが動くことってあるのかな?
目の前で妙に胸をはってるパンチを見れば、なにひとつ、ジブンの言ったことを疑ってない顔つき。
「え、何、それ、ブラバンに偏ってる私たちへの嫌がらせ?」
「馬鹿を言うな!俺が直々にお前に伺いを立てておるんじゃ!」
「・・・ん?何?」
「お前はチア部の次期部長じゃろーが!この時期ならば、もうお前が部長のようなもんだ!」
「だから私に?・・・いや、私が言いたいのはね、どうしてハロウィンに応援が必要かってことで・・・」
「黙らんかっ!俺がやるといったら、やるんじゃ!」
「え?何、独断・・・って、きゃっ!」
「受け取れいっ!」
ずい、とパンチは何かを押し出してくる。どっしりしてる。重い感触に体が前に沈む。
手に渡されたものは、かぼちゃ。
そう。
ハロウィンには欠かせない、アレ。
「ちょ、ちょ、なに、これ、お、重・・・」
「餞別だ!」
パンチはかなり満足げであたしを見ている。
助ける気は・・・毛頭ないらしく、手は腰におさまってる。
まあ、体育会系のノリだし、と納得しかける頭を、私はふった。
「い、いきなりこんなの貰っても困る・・・し、体育祭終ってセッカク休めると思ってたのにヒドくない・・・」
「馬鹿を言うな、部長たるもの休みなどないものと思えっ!ではさらばだっ!」
そういうと、有無を言わさない様子でパンチは私にキビスを返して去っていく。
う、ウソでしょ〜・・・
もう、しばらくはチアもブラバンもバっくれちゃおうかな、と下を向く。
抱えたかぼちゃはまだ上の方が青い。
・・・アレ?かぼちゃに、メモが貼ってある。
『開けんか。』
すごい。命令形。
地面にかぼちゃを置くと、ちょっと上のヘタのところがずれる。
ンー、フタになってるのかな。
そう考えれば、開けろって意味も理解できるってものだ。
私は遅刻を当然のように受け入れて(パンチの名前を出せばたいていの先生は呆れて了承してくれる)、そのフタを開けてみる。
「・・・わお」
思わず、感嘆の声。
私は目を見開いて、かぼちゃの中を見つめる。
なんと、そこには大量につまったお菓子の山、山、山。
てっきりかぼちゃ自体のせいでこんなに重いのかと思ってたけど、なるほど、こんなにお菓子が入ってれば、重いわけね。
じわじわゆるんでく顔のまま、視線を上げるとすご〜く遠くのほうに、パンチの背中がある。
センベツ、ね。
なかなか悪くないじゃない。
私は緑の背中に向かって、おおきく、投げキッスする。
ブチョー就任のお祝いなら更にポイントアップかもね、と考えて、
お菓子の山の一番上にのっていたハート形のチョコレートを口に放り込んで、大きく笑った。


ナンシー&パンチ先輩















諸聖人祭#2


「いや。いらん。ほんとに。」
「・・・なんでー、っすか」
「俺は、甘いものは嫌いだ。そもそも、俺は、回答してない」
「おれも、生徒から、もらったんす。オスソワケですよ。給料日前に、おれが、っすよ」
「せめてあと10日待てよ。そうすりゃ、もうちっとは盛り上がる」
「その頃にはおれ全部喰いおわってます。だから今っす」
「・・・マジでいらんから、これ」
「せんせーには季節のギョージを楽しもうっつう気概がないんすか。おい。ちょっと」
「俺はだな、かぼちゃだのなんだのを彫らされて大変機嫌が悪いんだ。ハロウィーンなんぞ、御免だね」
「おれだって彫りました。左手が全滅しました。でも生徒から菓子もらって嬉しかったっす」
「だからってなんでお前から貰わなくちゃいけないの?俺が?」
「だってせんせー、おれから菓子もらったら嬉しいっしょ」
「・・・はぁ?寝ぼけてんの、お前」
「寝ぼけてません。まじ、ショーキです」
「どれ、おい・・・うわっ!」
「まじです。超、まじです。・・・デコに触らないでください」
「お前、びっくりだよ、すげェ熱だぞ。お前が人様に食べ物をやるってこと自体アレだったが、どおりで・・・」
「うるさいっす!おれは!断じて・・・っ!・・・、う、あー、・・・、」
「・・・あー。ああ。限界か」


DTO&ハジメ















諸聖人祭#3



「あー、アリスぅ」
ぱたぱたとした足音をつれて、アリスが廊下を小走りしていたので呼び止めてみた。
23日の木曜、のどかな放課後。
本番のオマツリまであと8日のざわめきは、もっちろん、あたしにもケーヨーしがたい喜びを生んでいます。
だってねー、このガッコの行事への熱意、はんぱないんだもん。
廊下までオレンジになっちゃうんじゃない?って思うほどの鮮やかな校舎の色。
それはもしやのカミサマの手かしらん、なんてことを考えながら、アリスの赤い髪を見る。
「リゼット。えっと、何?」
「今日は部活ないってー。ナンシーがホンギョーに行っちゃったって」
「ほんと!?・・・よかった、これでお菓子が作れるわっ」
「エ。オカシ?」
ナンシーは最早学園のアイドルといってもいいオンナだ。
キンパツで背が高くて勉強はできないけど運動神経抜群でチア部のメインを張っている。
なにしろここは行事ごとにやったら力を入れるから、チアとか応援団とかの出しゃばりがハンパない。
その中で美人のボインがいたらそりゃみんな飛びつくのはわかるけど。
・・・ったく、あたしだってキンパツで背が高いのに、一体どーゆーことかな!?
この際、ムネとカオのことは気にしないで言わせてもらうけど。
んで、そんなナンシーはブラスバンド部(そ、部になったのよ)にも所属してて、
最近はずっとこっちに出てくれてたんだけど、
なんかいきなりチア部にやる気を出して、今日はこっちを休むとゆーのだ。
他のメンバーのこともあって、アユム判断で今日は休部になった。
なんか我がブラバン部、半分ぐらいは休部してるような気がするんだけどなぁ。
とにかく、そんなこんなで、それをアリスに伝えると、アリスはパッと顔を明るくして手をたたく。
お菓子。
あたしのお菓子好きセンサーが、発動しないわけがない。
「うん、もうすぐハロウィーンでしょう?
 だから、自分で作って配りたいなって思って・・・部を休むって言いに行こうと思ってたの。
 丁度よかった、ありがとうリゼット!」
「ウウン!って、オカシ作るってホント!?あ、あたしにも食べさせてくれるっ!?」
「ふふ、もちろんじゃない。あ、そうだ、これから調理室で作ろうと思うの、一緒に来る?」
「うわっ、いくいくいくっ、いきますっ!」
頭の中でヘンな効果音が鳴る。
ピチューン、とか、そんなの。
ハロウィーン。お菓子。調理室。アリス。
ちょっとこれ、どうみたって最高の組み合わせ。
この子のお菓子作りの腕はハンパじゃない。
ふつーにそのへんのお店で売ってるってぐらいに、美味しい。
アリスのこのうえなくありがたい誘いに、あたしはふたつ返事で退屈な放課後の予定をバラ色にさせた。
へへ、ざまーみろ、アンズ!
(じつは今日、アンズと遊ぶ約束をしてたんだけど、ミゴトにドタキャンされたのだ、あたし)
「じゃあ行きましょ!たくさん作る予定なの、よかったらリゼットも手伝って?」
「う、あたし、超ブキヨウなんだけどなぁ。戦力外通告だよー?」
にこにことしてアリスはあたしの腕を引っぱる。
あ、なんだかお手伝いをショモーしてた感じ?
アリスは見た目のハツラツなイメージと違ってけっこう控えめなほうだけど(ん?あたしと真逆だって?)、
お菓子のことと、あともう一人、「彼の君」のこととなると話は別だ。
すごく幸せそうな顔になって、これぞ女の子!って可憐さを臆することなくふりまく。
そのときの、もういろんなハッピーを全部詰め込んじゃったようなアリスの顔があたしは大好きだ。
たぶん、この空気がお菓子をおいしくしてるんだろーな、と、あたしは踏んでいたりする。
アリスは、お菓子の女神さまに愛されてるのだ。
「あ、誰もいないわ。よかったぁ」
そうこうしてるうちに調理室へつく。
おおきくアリスの声が響いて、あたしの目にもまっさらの調理台がうつる。
「へー。いつも誰かいるんだ?」
「うん。誰か、っていうか、ココはカツさんのお城だから。私、結構ここに来るから仲いいんだよ」
「・・・意ッ外!あの気難しーカツくんが!アリスと!仲がいいの!」
「リゼット、驚きすぎ」
カツくん、っていうのは超天才料理人。
メシのカツくん、菓子のアリス、それほどの腕(これはあたしが勝手に呼んでるだけ)。
プライドが高くてとっつきにくいんだけど、あたしは一度だけ頼み込んで彼の料理を食べたことがある。
・・・その時、あたしは本気でおいしいものを食べると言葉が出なくなるってことを身をもって知った。
商店街の外れにあるおそば屋さんの子だってウワサがあるけど、それはホントなのかな。
そこのおそば屋さんには「そばくん」って名前そのまんまの子がいて、その子のお兄さんだとか。
実はあたしはそこのそば屋をけっこう利用してる。
だってめちゃめちゃ美味しいから。
キンパツがそば、ってジュンとかに呆れられてるけど知ーらない。
・・・って考えてると、いつの間にかアリスはエプロン&帽子を身につけている。
そしてぴかぴかの調理台の前には、膨大な紙。
・・・ん、なんか、絵と文字が書いてある。あ。これって・・・、
「・・・レシピ?」
「うん、そう。いろいろ考えてきたの。どれがいいかな?」
「え。これ、全部アリスが?」
「・・・そうなの。でも、本を参考にしたのも多くて」
「すっごー・・・い」
ざっと見ても20枚はある。
1枚を手にとって見てみる。アリスの細かくて綺麗な字に、カラフルなイラスト。
あたしには読めない英語・・・フランス語?がときどき書きこまれていて、
それはプロが使うみたいに完成された印象があった。
これ全部、アリスが。
あたしは感心を通り越して尊敬する目つきをアリスへはなった。
照れたように、アリスは目を背ける。
「私、・・・パティシエになりたくて。いろいろ、勉強してるんだ。・・・ね、リゼットはどれが食べたい?」
「あっ。あたし。そ、そーだなー!」
まっすぐな言葉にちょっとビックリするけど、その言葉ではっと我にかえって、レシピを目にする。
オレンジカップケーキ、こうもり型クッキー、かぼちゃのプリン。
どれもハロウィーン仕様のステキなお菓子。
でも、あたしの目に止まったのは、違うものだった。
「・・・あ、・・・これ。これがいい、あたし」
「ん?えっと、・・・おばけケーキ?」
「そう、これ」
それは、ふつうのカップケーキにふつうの砂糖衣をかけて白くして、
チョコでおばけの顔を描いたシンプルなお菓子だった。
ちょっと、アリスは目を丸くする。
「・・・ふつう、じゃない?いいの?こんな簡単なので」
そう。
シンプル、イコール、簡単・平凡。アリスの言いたいことはわかる。
『せっかくのハロウィーン、もっと凝ったお菓子でみんなを驚かせようよ』。
でもね、アリス。
「あのね。あたし、聞いたことあるんだ。「ふつう」のものって、一番、実力・・・っていうか、作った人の味が出るって。
 あたし、アリスのお菓子、ほんとに好きなんだ。ハロウィーンなら、アリスを知らない人でもお菓子を食べるかもしれない。
 それなら、アリスの出すアリスの味を食べてほしい、って思う。だって、そうでしょ。
 アリスはパティシエになるんだもん。今のウチに、たくさんファン、増やさなきゃ。素敵な夢だと思うよ、アリス」
アリスの目を見て、矢継ぎ早に、いっきに、あたしは言った。
そういうこと。
あたしが言いたいのは、ぜんぶこういうことって、ニッ、と笑う。
すると、アリスはレシピを持ったまま、ちょっとだけ目を潤ませて、
ちょっとだけ体を震わせて、本当にうれしそうに、ほほ笑んだ。
「そう、だね。・・・リゼット、ありがとう」
うん、と頷く。うれしいね。ありがとうって言われるのは。そう思う。
「じゃあ、作りましょ?おばけケーキ。」
「おっしゃ。仕方ない、あたしも手伝うよ。何すればいいかな」
「そうね・・・まずエプロンと帽子。そのあとで、小麦粉3キロと卵100コ、あと牛乳10リットルを持ってきて?」
「・・・は?さん、きろ?ひゃっこ?じゅーりっとる!?」
「ええ」
「ちょちょちょ、ちょっと待って言いまつがい?何、100コって、え?待ってアリス、なんでそんな量なのよ」
「あれ、言ってなかったかしら。今回は100コ作るから。お菓子」
「はっ・・・・ハァ!!?!?」
100個!!!!!
あたしは今日一番の衝撃を味わう。
シャツをまくった腕をすごすごと元に戻したくなる。
でも、アリスの目は本気だ。思えば、この子は毎回クラス中にお菓子を配ってた気もする。
めまいがしそうな数の中、あたしは100個並ぶカップケーキを思い浮かべる。
・・・あ。だめ。ムリ。おおすぎ。
でも、アリスの目が。うう。
「リゼット!ぼやぼやしてる暇はナシ!はやく、身支度っ」
「う、あ、う」
「・・・。はやくっ!」
「う、あ、はい〜っ!」
あたしは追ったてられて、いつの間にか、白い服装と化していた。
アリスの夢はステキ。アリスのお菓子はおいしい。
でもさ。
その後あたしが6時間調理室に閉じ込められたっていうのは、どう考えても、笑い話にならないよね!?


リゼット&アリス















諸聖人祭#4


「すっげェ!誰がやったんだ、コレ!」
その日は凄かった。
1日中、屋上がごった替えしていた。奇声、歓声、叫び声。
そんな黄色い声が屋上のありとあらゆるところで流れていて、それはまるでコンサート会場のような景色だった。
「すげかったなァ、ジュン!」
「ウン、あれはちょっと、ほんとに凄かった」
ばたばたと階段を下りながら、シンゴは俺を振り返る。
いま、ちょうど屋上から帰っているところだ。
今日、学園中をどよめかせた早足なハロウィンの、最大にして最高のいたずら。
それに気付いたのは、朝一でバスケの練習に来ていたショウだった。
地面に変な模様が描かれているのを不思議に思って屋上に上ってみたら、
校庭全体いっぱいいっぱいに描かれた、ジャック・オ・ランタンの絵とハッピーハローウィンの文字があったのだ。
そりゃ、度肝、抜かれるよな。
俺も見てみてびっくりした。
もっとちゃちな奴かと思っていたら、かなり本格的で正確なものだったのだ。
まるでナスカの地上絵、そう例えてもいいぐらいの美しさ。ため息が出た。
「すっげーよなー、なんかおれ達もやりたくねェ!?あんなんされたら、なんかやりたくなるだろー!」
「・・・そうだなぁ。ブラバンは菓子ばらまくとか言ってたぞ」
シンゴは興奮を抑えきれないように、大声を出す。
きらきらした見境のない目。
俺はそこになるべく釣られないよう注意して、他のやつらの活動報告を一言でまとめる。
「菓子かァ!おれも欲しいなー!おれ達はなにやろーか!?ジュン!」
「・・・やるのは確定なわけ?」
「ったりマエだろー!?我らが「純真」、ここで活躍しなくてどーすんだよッ!」
踊り場でとまって、楽しそうにシンゴは笑う。
こいつの、とめどない、悪い癖。
わざとらしくしかめ面を作る。こんなのじゃ効かないことは知っている。というか、逆効果。
「じゃあ、何するの?」
自分で出した声は上ずっていた。
やばい、しかめ面、保ててない気がする。
地上絵にあてられた。あんなスゴいのを見せられちゃ、何かやらないわけにはいかない。シンゴのいう通りだ。
あれを見つけたショウに感謝する。この季節にも感謝する。
もちろん、あんなすごい芸当をやってのけた張本人にも。
シンゴは俺の顔を見て、あからさまに可笑しそうにする。
・・・くそっ、やっぱ顔、変か。
「トーゼンだろ、唄だよ!おれ達は「純真」だもんな!」
「・・・だーよなぁ。っしゃ。こうなったら路上の成果、見せつけてやろうぜ」
ごまかすのは無理だと思って、仕方ないっていう風に右手をグーにして差し出す。
そうすれば、跳ねた態度でシンゴもグーの右手を出して、勢いよくごつんとぶつけてくる。
堅い骨の感触。相棒の手。
シンゴの笑顔につられて、とうとう俺も笑ってしまう。
「祭り騒ぎだろうし、こりゃゲリラライブしかないな」
「おうっ!オオカミ男とマジョでコスプレしてさァ、校庭の真ん中でうたおーぜ!」
笑い声を連れたまま、階段を下りながら話す。
セットリスト、練習、あと6日。
そんな会話を交わしていると、シンゴは自分の頭の中ですでに決めていたように言う。
コスプレ。オオカミ男と魔女。アイディアは悪くない。けど。
・・・おい、ちょっと待て。
「オオカミ男と魔女、って・・・お前、どっちがどっちだよ!?」
「おまえがオオカミ男に見えるわけ?マジョに決まってんだろ、ジュン!」
「なっ、おまっ、ふざけんな、なんで俺が女装なんだよっ!フツーに吸血鬼とかでいいだろが!!」
「インパクト!せっかく唄うんだからバッチリ注目されたいだろ!?それにはおれらのコスプレが不可欠なのっ!」
「どういう理屈だよ!?俺は絶対嫌だからな、女装なんて!お前が着ろお前が!」
「やーだよっ、だってジュンの方が似合うだろ!?」
「似合うとか似合わないとかの話じゃねぇ!!」
俺は叫ぶ。このうえなく、「いやだ」と叫ぶ。
たぶん、この声は学校中に響きわたったことだろう。
これが純真ゲリラライブの宣伝になっていれば、ケガの巧妙かもしれない。
それでも俺は走って教室へ向かいながら、まだ俺に女装を強要するシンゴを全速力で追って、
とんでもない案を悔い改めさせようと、火照った身体で腕を伸ばした。


純真















諸聖人祭#5


そっと校庭に立った。オレンジ色の校舎。誰かの贈り物。
今は授業中の筈で、人はまわりに、誰もいない。
私は秋に吹く風を全身で受け止める。
橙に似つかわしくない青色が、色彩の邪魔をする。
・・・去年よりすばらしく装飾された校舎は、普通の状態のそれすら見慣れていなかった私にとって、普通に受け入れられるものだった。
誰の仕業だかわからない黒いリボン、校旗のジャックオランタン。
それらすべては、5日後の行事のための準備。
でも私はその日、恐らくここには居ないのだろうと思う。
それを哀しいこととは思わない。
私は、自分の意味と存在を理解した。
だからここへ来ても、鮮やかな私自身を見いだせる。きっと。
『・・・あんたも中々面白いこと考えるわよね』
「そうかな、詩織」
胸の中で声が聞こえた。
弾んだ高音。
目の奥で、桃色の髪が微笑んでいるのが見える。
彼女をしっかりと名前で呼ぶようになったのはいつからだったろう。
関係ないことを考えながら、私はさりげない表情で応える。
『ま、イタズラあってのハロウィンだし、いいんじゃない?他の奴ら大喜びよ、たぶん』
「私もそう思う。楽しみ」
誰も見ていないけれど、ニッコリと微笑む。
練習を重ねたから、自然になっていることを願う。
自分のクラスの窓を見上げると、遠く、横顔が並んでいる。あの場所が、私は、好きだ。
ゆっくりと歩いて、校庭の真ん中に立つ。
「一気にやると、ばれると思うの。少しずつ、力を頂戴。適当にはしないで」
『ハイハイ、わーってるわよ。ちゃんとやるから』
「うん、お願い」
自分を見つめて、私はこの学園が好きな気持ちに気付いた。
クラスメイトも。この空気も。お祭り騒ぎばかりの校風も、なにもかも。
だから私も参加したいのだ、31日に、お菓子をあげたりはできないけれど。
・・・私にだって、とっておきの、イタズラができるのだ。
しゃがんで、そっと地面へ片手をつける。
詩織が、ちゃんとコントロールしながら力を送ってくれているのが分かる。
「・・・・」
私は意識を集中させて目を瞑った。
詩織ばかりに任せていたら、彼女が困憊してしまう。
地面の砂の感触を確かめながら、脳裏に描いたそれを力に焼き付ける。
笑ってくれればいい。驚いてくれなくたっていい。
気づかれなくても、私はここに自分を遺せる。
それを行うことができる力を、私は持つことができた。今では感謝、できる。
『・・・大丈夫。いける』
「(・・・分かった、私も大丈夫)」
流れ込んでいた力が詩織の言葉で手のひらに集まり始めた。もう少し。もう少し。
ギリギリまで待って、私は詩織が練った力に応える。
詩織も、こちらに全ての神経を向かわせて、最大出力で力を送る。
『行くよ!』
「・・・うん!」
詩織が言った。私も声に出した。
地面に置いた手の上へもう片手を重ねて、私は、
・・・いや、私たちは、持てるすべての力をそこへ送った。
瞬間、身体の周りがうすい紫の光を帯びて、手には力の反動が起きる。
わずかに手が浮き、風が立った。
風圧を浴びて、髪が揺れた。
「・・・」
・・・それは、上手くいった確かな感触、だった。
私は目を開けて、周囲を見る。少し、茫然としてしまう。
足元を見れば、手の横にはしっかりと刻まれた線。
それに気付いて、意識を取り戻した。イタズラ。・・・うん。ここまでは、大丈夫。
「目の前は大丈夫だよ、詩織」
『・・・あたしもいけた感じは、あるけど。どうかな、ちょっと、見てみる』
「・・・お願い。私も見てみるね」
私は立ち上がって、スカートのすそを払って、地面を遠く見つめた。
身体が熱い。少し汗ばんでいる。
力を使うと、いつもこうだ。目を凝らす。
うっすらと見える形。足もとの線に沿って、少し歩く。曲線が続く。
詩織は今、上の方からこの図を見ているんだろうか。
便利な身体。ちょっと呆れるぐらいね。
線はしっかりと深く刻まれているようだけど、これが少しでも切れていたら形にはならない。
歩きながら、まだ不安な気持ちを残していると、詩織の声が胸ではじけた。
『おーっ、すっごっ!硝子、コレ、思ったよりスゴイわ!』
「・・・上手くいったの?」
『バッチリすぎ。あたし達の力が怖いわ』
「そう。よかった。イタズラ成功、ね」
『そ、ね。中々センスあるわよ、あんた』
「ありがとう。詩織が頑張ってくれたおかげ」
『ほんとにね!あー、つかれたっ』
どうやら、私のイタズラは無事成功したようだった。
ケタケタと詩織は胸で笑った。私も笑った。
校舎の中もオレンジ色なのか確かめたかったけれど、もうすぐ時間だ。
名残惜しい。そうやって目を細める。
綺麗なオレンジが、私のこころを染め上げる。
明日消えてしまうとしても、足早な私のイタズラは誰かのこころに残るかもしれない。
ハッピーハローウィン。
私はそう呟いて、校舎に背を向け、校門へと歩いた。
清々しい気持ちを、ここに残して。


硝子&詩織















諸聖人祭#6


「んぐ」
同級生が作ったマフィンを口に突っ込んだニッキーは、最後の一口を飲み込んだところで喉をつまらせた。
「・・・、・・・」
苦しい、と思う。
それでも声が出なくて間誤ついていたら、ぬっ、と目の前に野菜ジュースが差し出された。
オレンジ色のマンゴー味。
まだ、封の開いていないやつ。
ニッキーは迷うことなくそれを取り、即座にストローをぶっ刺して、
ごくごくとそれを一気に半分ぐらい飲んだ。
冷たい液体が喉の中を通り抜けて、マフィンも一緒に呑まれていく。
そこでようやく、ニッキーは自分自身なりの平穏を取り戻すことに成功した。
目を上げる。
と、そこには温かくも冷たくもない目線が彼の方を向いていた。
黒髪と、親戚のお姉さんから貰ったと人づてで聞いたセーラー服。
ある意味、珍しかった出会い。白い肌。
「あ。」
「大丈夫」
「・・・お、おー。・・・あ。コレ、・・・サンキュ」
「ううん。また買えばいいから」
「・・・おー、・・・」
下手な会釈をするように、柄にもなくニッキーは茫然として視線の主、サユリを見た。
別段、サユリはニッキーに興味のない素振りで昼休み終盤の喧騒を見まわし、そして教室を出て行く。
やけにスローモーションじみたそんな光景は、ニッキーの中に深く残った。
まるで親指に刺さって、いじくり回しているうち取ることができなくなったトゲのように。
「・・・そっから1年、・・・かァー」
ニッキーは青空の屋上で、独りごちる。
あれから一年が経ち、二人はふたたび同じクラスになり、同じ教室で同じ時間を共にしている。
だからどうだと言うのだ、苛立ちに満たないもやもやの中をニッキーは泳いでいる。
あれは丁度長そでを着始めたくらいだった、暖冬だったのだ、去年の秋は。
ゆっくりと思い返す。
今年の秋は去年ほどではなく、9月の早々にはもう長袖を着た。
今はカーディガンでも羽織らないと寒い。
あの時と違うことは、今、昼間だというのに校舎がオレンジに染められていることだ。
あのマンゴー味と同じ、オレンジ色に。
「・・・・」
そう思って、あれはハロウィーンを味わうためにサユリが買ったものだったろうかとニッキーは思った。
そんな単純な理由だろうか。
サユリがそんな安直な、自己愛じみたことをやるだろうか。
節度と倫理の象徴であるかのような振る舞いを思い出し、ニッキーはあるわけねェか、と結論付ける。
あれはただの気まぐれだ。
気まぐれだからこそ、こんな風になっているのだ。
4時間目の授業を当然のようにさぼっていたニッキーは、真上でだらける太陽の光を受けながら、
いまごろ得意の現国を相変わらずの無表情で受けているだろうサユリの姿を思い描いた。
「・・・ハロウィンねぇ」
それは、この学園がなぜか総力をあげて挑んでいる一大イベントだ。
あと5日の期間の中、つまらないことをニッキーは考えて、似合わない季節だなぁと思った。
それでも、それはこの、似合わない季節だからこそ出来るような気もした。
チョコレートも樅の木もないからこそ、出来ることだと。
派手に染めた髪を風に揺らせて、こころにニッキーはひとつの計画を描く。
一年越しの浮雲に似た感情をぶらさげて、できるだけ丁寧に。
「・・・ウン」
たっぷり昼休みまでかけて、それを完成させる。
計画は単純でシンプルで、実にニッキーらしいものだった。
屋上は昼休みには健全な生徒たちでいっぱいになる。
なにしろ、ここでしか見られない「地上絵」があるのだ。
一度伸びをしてから、屋上を出ようとしたニッキーはちらりと校庭を見た。
そこで地面に描かれた、巨大なジャックオランタンと目が合い、なんとなく、ニッキーは笑った。


ニッキー















諸聖人祭#7


「ハジメ先生、いますか」
呼んでみる。掠れてはいないけど、僕にしてはだいぶ大きな声だった。
かすかにオレンジ色の廊下。かぼちゃの顔。
職員室は、普通の教室よりずっとハロウィン色が増している。
・・・誰にも会うことはなかった。大丈夫だ。大丈夫。
「・・・あら。ジョニー、君?どうしたの、担任でもないハジメ先生を呼ぶなんて」
「あ。・・・ウィルソン先生。おはようございます」
高くハキハキした声と一緒に、僕のクラスの担任の先生が顔を出した。
もう午後だったけれど、僕の口は勝手に「おはようございます」と並べてしまう。
ハロウィンの準備で先生たちも忙しいのだろうか、職員室には数えるほどしか先生がいない。
・・・ハジメ先生は、出払っているのだろうか。
「どうしたのかしら?用件なら、私が聞くけど」
「あの。他の、先生方は?」
「勿論、この南瓜の所為で駆り出されてるわよ。私は今暇だから、話があるなら私へどうぞ」
「・・・ハロウィン祭の責任者って、ハジメ先生、・・・ですよね?」
椅子から手招きをして先生は微笑む。
僕は遠慮がちに職員室へ入り、先生の前に立った。
・・・先生の赤いスーツも、ハロウィンになればオレンジになるのだろうか。
頭によぎった考えを横目にやって、やっぱりハジメ先生は居ないみたいだ、と思いながら極めて慎重に僕は言った。
すぐに浅く探るような視線を先生は投げる。
そして言葉を選ぶように喋る。
「まぁ、便宜上はそうね。彼が立候補しましたし。でも一人で回せる筈もないし、他の教師が手伝うことも多くあるわ。
 そう、今みたいにね。だから一概に彼が責任者、ってわけでもないわ」
「じゃあ、先生も当日の催しなどを把握、してますか」
「ええ、一部分は。でもこの生徒の量だもの、すべては無理ね。教師に話を通さないでいろいろやりたがる子も多そうだし」
「ってことは、当日は目茶目茶なことになる、ってこと、ですか」
「というか、行事が絡んでこの学園が滅茶苦茶にならなかったことなんてないわね。
 ・・・で。そんな滅茶苦茶なお祭りに関して、貴方が言いたいことは何かしら?」
鋭い上目。
よくよく見れば、先生の机にはハロウィン当日のものらしきスケジュール表が散らばっている。
でも、これはあまり役に立たない、らしい。
・・・確かに、周りを見ていると勝手にいろいろ計画している人たちが多い。
行事に背中を押されたサプライズ。
僕が考えていることも、ある意味、それに近いのかもしれない。
「あー。ええと。危険行為をして、退学になった生徒は、いますか」
「・・・? するの?貴方」
「いえっ。そうじゃ、ないですけど」
「そうね。退学まではないわね。あんなことをする生徒もいることだし、行事関係なら大目に見てるわ」
くい、と先生は人差し指で校庭を指した。昨日発見されたハロウィンの地上絵。
部の皆と僕も見た。
この学園の広い校庭いっぱいに描かれた地上絵を作った犯人は、誰も知らない。
「じゃあ、ちょっとぐらいなら、いいんですか」
「でもおかしいわね。ブラスバンド部はお菓子を配るって話だったけれど。内容を変えたの?」
「・・・あれ。ブラスバンド部が何やるか、知っているんですね」
「ええ、歩さんとゲンロク君が来てきちんと届け出てくれたのよ。お菓子を配るのは危険行為じゃないと思うけれど?」
ゆっくりと、先生は僕を見つめる。
探る・・・とは少し違う。なんだろう。呆れ?いや、そうでもない。
僕は若干に確信めいた視線に、どきまぎとする。
見透かされているみたいだ。
「あー。いえ。その、する、というか、行く、というか。あの」
「ジョニー君が?」
「えー、はい。そうです。僕が・・・、あ。いや。僕だけじゃ、ない・・・つもりですけど」
「・・・何だか曖昧ね?でも・・・そう。貴方だけなのね」
「そ、うですけど・・・。ええと、ダメなんでしょうか。部でふたつのことをやるとか」
「いいえ、そういう訳じゃないわ。ただ、貴方いつも自分に自信がないようで、心配だったの。
 自分で何かを決めて自分でそれを行おうと挑戦しようとしてくれて、嬉しくて・・・なんだか、先生感激してるの」
「え。そ、そんな。あの」
にっこりと微笑まれる。きれいな笑顔。僕は下を向いて俯く。
「多少無理でもなんとかしてあげるわよ、折角やろうっていう気持ちがあるんだものね。頑張って、ジョニー君」
「あ。・・・あ、ありがとうございます」
そんなことを言われるなんて思っていなくて、僕の声は上ずる。
ただ僕は不安だったのだ、考えていたことがあまりに突拍子ないことだったから。
でもまさかこんなことを言われるなんて。
なんとか僕は笑って、お礼を言って、職員室を出る。
思いがけない言葉は、勇気をくれた。そんな気がする。
もうハロウィンまで4日だ。
僕は誰にも会わないように自分で見つけた人通りの少ない廊下を歩く。
31日、僕は変わっているだろうか。
何かを企む一人として、あの日、僕は確かな何かを、彼女に・・・残せるだろうか?


ジョニー・D















諸聖人祭#8


「ってわけなの、やんなっちゃわない?」
「そぉねェ、青春過ぎて眩しいわ」
「・・・何それ。イヤミ?」
あたしは、持っていたフォークを思いきりジャンに突きつけてやった。
頬に手をあてたオカマまんまの格好と言動は、スナオにムカつくものだ。上等。
生クリームがたっぷり乗ったシフォンケーキは半分だけ崩れて、あたしの舌に乗るのをまちわびてる。
「違うわよォ、ぶちぶち文句言ってるくせに楽しそう、みたいに感じただけェ」
「・・・あたしが。楽しい。」
「そう。アンズちゃんさァ、言っちゃ悪いけどアレよね、天邪鬼」
ジャンは他に客がいないのをいいことに、あたしの特等席のソファーの前の椅子に鎮座してる。
おっさんの容姿に、オトメって中身のギャップ。
お菓子作りが最高にうまくてチョコが好き。
確信めいた目はサングラスの曇りでごまかされて、表情を掴ませない。
「・・・うーるさいし。ちょっとこのシフォン甘さ足んないんじゃない」
「それで照れ屋だもんねぇ。なによー、テンプレみたいな性格しちゃってェ。モテないわよぉ」
「余計なお世話!折角息抜きで来てんのに、イライラさせないでよねっ」
ジャンの視線をすり抜ける。
見つめ続けると、こいつのペースにはまってしまう。
あたしは目を逸らしてシフォンを口に放り込んだ。
「余計なお世話、ねェ」
無視、無視。今日は、ひとりでここに来た。
息抜き、っていうのはほんと。
ハロウィーンの準備で学校も部も大騒ぎの中を抜け出してきたのだ。
連日アリスに急かされてお菓子作って、かと思えば、それじゃ足んないって歩がワガママ言って練習もフツーにするし、
ナンシーは居ないし、ゲンロクは先輩に連れて行かれるし、挙句の果てにはあのジョニーまで顔を見せなくなるし。
・・・あのバカ、歩のことちゃんとする気なんだろーか。
嫌いじゃないけど、時々、イラっとくるのよね、アイツ。
で、まぁ、どっちにしろ「チョー忙しい」中、あたしはここへ来たのだ。
それは結局、あたしの中でこの店にいる時間が大切だ、と思っているからに他ならない。
おいしいケーキ。上品なインテリア。かすかなアロマの匂い。
ここもカボチャのオレンジに引っ張られて、おばけや魔女のモチーフが散らばっている。
なにもかもが揃ってる、トートイ空間。
ま、よくよく考えればジャンのせいで全部ぶち壊しになってるんだけどさ。
「あーあ。帰ったらまた夜までアリスとお菓子づくりか。しんどー」
「そのくせここで「お菓子」食べてんのね、あー、もの好き」
「あれ、知らないの。女って菓子で身体できてんだよ」
「オンナ、オンナって言わないでくれる?イヤミィ」
「あはは」
ハンドミキサーの持ちすぎで肩が痛い。
あのオレンジ色の校舎を最近は憎むようにもなってきた。気がする。
笑ったついでにガッコの愚痴をあたしは並べたてる。現状のこと。フルートがうまく吹けないこと。
部内のセイシュンなゴタゴタが一向に片付かないこと。あたしにカレシができないこと。
いろいろ、シフォンを突っつきながら手振り混じりに話していると、ジャンは楽しそうに言う。
「・・・楽しそうねェ」
「・・・。あたしが?」
「そう、あんたが。キラキラしてるわ、羨ましい」
「なによ。ジャンがそんなこと言うなんて、なんか、キモチワルイな」
「アラ、本気よぉ。今まではちょっと人生舐めてた感じだったもの。今は前向きに生きてる感じよ、あんた」
フォークを持つ手が止まる。
はずんだ声に、ウソっていう感情はないように見える。
あたしはちょっと面食らって、まじまじとジャンを見た。にっこりとした笑顔。
いかつい身体にぜんぜん似合わない、やわらかい笑顔。あたしは聞く。
「・・・何ソレ。・・・褒めてんの?」
「褒めてるの。アンズちゃん、今すごくいい経験してるのよ、きっと。だって楽しいでしょ?」
「・・・楽しくない。毎日大変だし、身体も悲鳴あげてる」
「でも、あんた本気で笑ってるもの。その時を楽しんでなきゃ、人は心から笑えないのよ」
「・・・あたしが?」
「そう、あんたが。だから羨ましいのよ」
「・・・・・・・」
ジャンの言葉。
あたしは視線をおとしてシフォンを見る。楽しい。今。あたしの気持ち。
ヘンなの、と、思った。
だって、それを否定する気が起きないあたしがいる。
ジャンが言ったぜんぶを、「そうだね、そうかもしれない」って簡単に言っちゃえそうな、あたしがいる。
ぐ、と唇を噛んだ。ちょっと、悔しくて、でも。
「・・・悪かったわね、楽しくて」
「・・・あんたねェ、褒め言葉ぐらい素直に受け取りなさいよ」
「ジャンに言われると、なんかムカつくのっ!」
「あらヤダ、オカマ差別だわァ、イヤね!今のナシナシ、アンズちゃんってやっぱり女子の風上にも置けないわぁ」
「なにそれッ、意味分かんない!」
がちゃん、とテーブルをたたく。ロイヤルミルクティーが波を立てる。
ひどい言葉を並べながら、それでもジャンは笑っていた。
あたしは十分ムカつく顔をしてたけど、裏側では笑い出したい気持ちでいっぱいだった。
苛立つけど、悔しいけど、だけど。
やっぱり、あたしはあの学園も、あそこで出会った仲間も、そしてジャンも。
大好きで大好きで仕方ないんだろうなって、今かけがえのない時間の中で、思いっきりジャンにアカンベーをしてやった。


アンズ&ジャン















諸聖人祭#9


「もー、ホシオ先輩っ、いつまで練習してるんですかぁ、明日はもうハロウィンですよーっ」
「オレには関係あるかっ!我が卓球部はなにもしないだろ!?」
タマは呆れていたけど、オレはかまわず怒鳴った。
広い体育館の中はめいめいのスイキョーが飾り付けたオレンジ色で、校舎のように華やいでいた。
その中でタマは球拾いをしながら、オレは球打ちをしながら、下手なラリーのような会話をつづけていた。
今にもスカしそうな、危なっかしいラリー、みたいな会話。
「しますよぉっ、ホシオ先輩のスマッシュ打ち返したらお菓子プレゼント企画、
 その名も「卓球部のエースにチャレンジ」、前も言いましたっ」
「なーにー!?オレのスマッシュを打ち返せる奴なんていないだろ!?つかそれオレ却下した気がすんだけど!」
「だってー、せっかくのハロウィンですよぉ。何かしたいじゃないですか!」
「そーゆーモンなの?オレ、あんまそれ理解できないんだけど!」
スコン、と台越しの壁に向かってきれいにスマッシュを決める。
ハロウィン。
オレは行事ってのにあんま興味がわかなくて、タマはその逆。女子だからだろーか。
オレは手持ちのピンポン玉がなくなったので、相棒のペンホルダーを片手でもてあそんで、
いつの間にかすべての球を拾いきっていたタマの方を向いた。
夕方まえ、まだ学園にはたくさんの生徒がいるのか、いろんなな場所からいろんなな声が聞こえてくる。
行事で、今年いちばんぐらいに盛り上がってるハロウィンはもう明日に迫っている。
泊まり込む生徒もいるんだろうか、その雰囲気はなんだか前夜祭のようだ。
タマはつかつか歩いてちょっとばかり怒ったような表情をしたままこっちへ来て、球入れをドン、と台の上へ置いた。
「先輩は卓球ヒトスジすぎるんです。悪い癖です。いろんなこと、楽しみたいじゃないですか」
「・・・そーかなァ。オレ、卓球してれば楽しいけど」
「もっといろんなもの見て、いろんなものに感動しましょうよ、先輩」
「ンー。なに、タマはそう思うんか」
「思いますっ。この学園はいろいろなこといろいろやります。思い出、残したいんですっ」
「へェー。おまえって案外アツイ奴なのなァ」
熱弁をふるうタマを見て、オレはちょっと感心する。思い出。
それは言葉にすりゃカンタンだけど、実際残そうと思うとなかなかできないヤッカイなものだ。
「先輩が卓球以外のことに冷たすぎるんですよっ。ね、明日の出し物午後からだから、一緒にガッコ回りましょうよぉー!」
「えー?オレがァ?おまえと?えー、オレ最近ロクに校舎に顔出してないから気まずいよ」
「大丈夫ですっ、どーせ先輩のことだしみんな分かってますよっ。ねー、ねー、ホシオ先輩っ!」
「んんん・・・」
タマが球をよこしてくれそーにないので、会話はふたりの声だけでつづく。
オレは自他共に認める「卓球バカ」だ。
そんなオレが行事で大はしゃぎ、ってそんなのはまァ、まったくもって想像できない。
でもタマは引かずに、オレの目の前まで来てつええ視線を放ってくる。
こいつは頑固だ。
オレと同じぐらい、いや、もしかしたらそれ以上。それをオレはよく知ってる。
・・・ハロウィンねェ。
確かにこのあからさまな装飾を見れば、心躍るってトコまではいかなくても、気にはなる。
なにしろ学園全体がソワソワしたお祭り騒ぎジョータイなのだ。
校庭には誰がやったんだか分らないカボチャが書かれてるし、
どいつもこいつも、騒ぎたがってる。
「せんぱいっ。私、先輩とハロウィン楽しみたいですっ」
「・・・オレとォ?オレでいいんか、志低いなタマ」
「もう!どっちなんですか!」
タマの顔は真剣だ。
真剣なのに「先輩とハロウィン楽しみたい」とかワケ分からんことを言ってる。
そのギャップはちょっと面白かった。思わず笑う。
「ンー、ほんとは練習したいけど、体育館もマンパイだろーしなァ。仕方ねェ、いろいろ見るか」
「わっ、ほんとですかっ、先輩!わーっ、やった!たくさん楽しみましょうねっ!」
「おー。・・・おー。楽しめるかなァ、オレ」
「楽しめますよぉっ、ちゃーんと、私が案内しますからっ!」
笑ったついでに頷いた。タマの顔がぱあっと明るくなる。
タマは俺の手をとって上下にブンブン振った。スゲー力。
苦笑交じりになって、オレはあらためて体育館をぐるっと見回した。
タマも気付いたのか、視線が追ってくる。
「ハロウィンなァ。オレ、ガッコの行事参加すんの初めてかも」
「わあっ、じゃあすっごい特別ですねっ。明日、私、すごく楽しみ」
体育館を一周すると、タマと目が合う。笑っていた。なんとなく、オレも笑った。
手を繋いだままのヘンな格好で、オレは明日のハロウィンが、タマにとって楽しいものになるといいなァと思う。
それは、結局オレがタマの足を引っぱりそうなことになるのが目に見えているからなのだが。
ま、でも、オレも1日ぐらいは努力するつもりだ。
いっくら卓球バカだからって、青春の楽しみ方をまるっきり知らないってわけじゃない。
ステージに飾られたでかでかしい「ハッピーハロウィン」の文字を眺めて、
オレはゆっくりとタマの手を握りかえしてみた。


ホシオ&タマちゃん















諸聖人祭#10


ひとりっきりで、あたしは、部室に泊まって朝を迎えた。路にも、他の部員にも内緒で。
ろくに寝れなかった。
でも、楽しみで仕方がないっていうより、この日が来たんだ、って実感だけでココロが埋まってる感じだった。
朝日の登る少し前、トランペットを持って屋上へ行った。
廊下を歩くとシンと冷えた空気の中でひそひそ声がささやき合っていて、
他にも生徒がここに泊まってたんだな、ってことが感じられて、くすぐったい気持ちになった。
階段を登ってドアを開ける。
目に飛び込んでくる薄暗がりの紫色の雲はすごく濃いブドウジュースみたい。
その下の方で太陽が31日を連れてくるのが見える。
今日だけの、今日までの、オマツリ。
あたりを見回すとカラッポの寝袋が数枚と天体望遠鏡。
ソラくん、だろうな。天文部はプラネタリウムを作るっていってた。
ハロウィン当日の星空をそのまま再現するっていう宣伝はホンモノらしい。
今頃作ってるんだろうな、プラネタリウム。
頬にあたる冷たい風に伸びをして、どんどん出てくる太陽を見ようと柵に向かう。
ちょっと下を見れば、そこには当日までぜったい消さないようにしよう、って全生徒で決めた地上絵がちゃんとそこにある。
あの線、ぜんぶ避けて歩くのタイヘンだったなぁ。
でも残ってくれた、ってことがうれしい。
今でもこれをやったのが誰だかは分からないけど、多分、これが学園のハロウィンの中で一番ステキなイタズラなんだろうって思う。
この学園のこの行事をほんとうに祝いたいって気持ちがつまってるから。
だから、あたしはこれが一番、好き。
トランペットを口につける。「ラピュタ」を見た時から絶対にいつかやってみたいって思ってたこと。
そう、あのシーン。冷たい金属の感触がくちびるにつく。思いっきり息を吸う。
今日のはじまりを、あたしも、あたしなりに祝いたい。
あたしはパズーと同じメロディを吹くために、お腹に力を入れた。

ちゃんと太陽が昇って、朝になって、それからもう、タイヘンなことになった。
学園中がカボチャとオレンジの大氾濫。
生徒はみんなそれぞれのグループに分かれて出し物に乗り出して、
まだ朝の7時前なのに廊下はごったがえしていた。
モチロン、我らがブラスバンド部もお菓子をばらまくとあって、その時間にはメンバーは集合していた。
ほぼ徹夜してたっぽい全員の目はそれでも輝いている。
それでこそ、我が部!
計800コを超えるお菓子の山を1時間かけて分けて、あたしたちは部の名を背負って、学園中に散った。
今日の企画を発案したのはアリスで、お菓子の中身は楽器のカタチをしたクッキー。
9枚入りで、それぞれメンバーの担当楽器をモチーフにしてる。
型は意外にも銀アクセが好きなリュータ君が作ってくれた。
部一同、キョーガクのリュータ君の器用さに驚いたっけ。
あたしと路のトランペットの形まで違う型で作ってくれた凝りようはハンパじゃない。
ナンシーとゲンロクくんはそれぞれチアと応援団のホンギョウがあるからって今はそっちに行っちゃってるけど、
クッキー作りを手伝ってくれたし、あと午後の演奏に参加してくれる予定になっている。
そう、この演奏はあたしのワガママ。
でも、みんな賛成してくれて、やれることになった。
リゼットとアリスとアンズはクッキー作りのメインだったし、路は主にラッピングをこなしてくれて、
ホントに大変だったんだろうけど、練習にも参加してくれて、アタマ上がんないです、ほんと。
ジョニくんはあたしと一緒に雑用っぽくコマゴマした作業を手伝ってくれてたんだけど、
最後の方になってはあんまり姿を見せなくなった。
今は勿論、お菓子を持って部室を飛び出してくれていったけどね。
そんなわけで、演奏開演の1時まで、あたしはありとあらゆる校舎を回った。
被服準備室ではサイバーが全部自作のハロウィンファッションショーをしていたし、
タローくんはサーフボードにカラフルな絵を描いて展示してた。
ジュンとシンゴがコスプレで校庭でライブしてるのを窓から見たし、
ナカジくんはなんと図書室で大音量で唄っていた。
ケイトとジェニファーは簡易のディスコみたいなのを作っててその中でダンス大会してたし、
ボゥイは自作ゲームをアピールしてシルヴィーはそれに難癖つけて、
ギタケンくんは相変わらず竹刀ギターでダブルプレイ。
天文部では半分寝てるソラ君ができあがったプラネタリウムでプログラムを組んでいて、
バスケ部はカボチャのお面をかぶって試合。
みんな、何かしらイベントしてて、全部見ることなんてできないんじゃないかって思うぐらいのセイキョーさ。
出し物してないところでも「トリックオアトリート」の言葉が飛び交ってて、みんなの手にお菓子があった。
すれ違ったサユちゃんがでかいほうのパックの黄の野菜ジュース持って顔赤くしてたのはなんかヘンにアヤしかったけど。
あー、あとピンポンのオニ、ホシオさんをナマで見れたのには思わずコーフンしちゃったなぁ!
あのヒトが卓球を抜け出してこっちに来るってのがもうキセキみたいなもんだってみんなで話しちゃったくらい。
みんなが笑ってて、あたしもずっと笑ってて。
1時前に部のみんなと再会した時には、もうお菓子は1コも残っていなかった。
声をあげて、手を叩き合って、ブラスバンド部のハロウィン第1部は無事大成功したわけです!

その後でみんなで楽器と機材を持って、第2体育館に行って準備をした。
全部で20分ぐらいの短いステージの予定だったけど、部になってからは殆どキチンとした演奏がなかったから、
あたし達は結構キンチョウしていた。でも音合わせをしてるとやっぱり、「あのとき」の感じが蘇ってきて、
アンズが「楽しいね」、って呟いたのがすごく、こころに残った。
2時になってステージが始まると、たくさんのヒトが集まってくれているのが分かって、素直に嬉しくなってしまった。
人に聴いてもらえるのって、やっぱどうしようもなく楽しい。嬉しい。
演奏も何度かミスったけど、楽しさと嬉しさが勝った。
最高の22分(ちょっとオーバーしちゃった)だった。
みんなで頭を下げると拍手が帰ってきて、あたしはちょっと泣いた。
リゼットは大泣きして抱きついてきて、ゲンロクくんは慰めてくれて、リュータくんにからかわれた。
ナンシーは笑顔で「掛け持ち続けなきゃね」って言ってくれて、アリスは手をとって握ってくれた。
路は黙ってガッツポーズした。
・・・ジョニくんは、うれしそうに、ずっと笑ってて、ちょっと目が赤かった。
もう次にはすぐ他のライブが入っているから、あたし達は機材を持ってすぐ部室へ戻った。
午後を回って少し落ち着いた学園は、それでもまだ折り返し地点の中、熱をつよく保っていた。
ナンシーとゲンロクがこのあとチアと応援団で午後の合同応援するっていうからみんなでそれを見に行って、
そのあと、部室でちょっと早い打ち上げをした。
まだまだハロウィンは続くんだけど(みんなもまだ忙しいし)、
もらったお菓子と買ったジュースで、今日って日をみんなで祝った。
ブラスバンド部万歳。
そんなことをあたしは言って、そこでまた泣きそうになった。今度はみんなにからかわれた。
5時過ぎまでそんな風に騒いで、空が夕焼けに滲んでくるころ、「ブラスバンド部」としては解散することになった。
あたしは昨日からここに居てへとへとだったし、みんなも他の友達とやることがあると思ったし。
「今日はありがとう、ほんとに、ほんとに!」
大きくそう言うと、他の生徒の声をキレイにすり抜けて、みんなの「ありがとう」があたしの耳に届いた。
8人分の、想いのカタチ。
頷いて、手を振る。
みんなも手を振って、あたしのハロウィンは、とてもステキな形で終了する、・・・はず、だった。

「あ、ちょ、ちょっと、待って、・・・歩さん」
みんながそれぞれの目的地に散らばって、その背中が遠くに消えそうになったぐらいで、声が聞こえた。
あたしはちょうど部室に残してた宿泊セットを取りに行こうと後ろを向いてたところで、
不思議に思って振り返ると、そこにはまだ、ジョニくんがいた。
まっすぐこっちを見てて、しっかりした姿勢。あれ。ギター、持ってる。
「・・・ジョニくん。何?」
「あ、あの。一緒に、来てほしい」
「どこ、へ?」
ちょっと声がうわずる。
それに引きかえ、いつも小さいジョニくんの声はなぜかとてもおおきくあたしに響く。
「うん、あの。行こう、・・・大丈夫、だから」
ジョニくんは質問に答えてくれなかった。
その代わりギターをかついでいない方の手で、あたしの手首を、とった。
瞬間引っぱられて、ゆるゆる足の動くあたしはその状況をじわじわとニンシキしていく。
歩いてる。あたしの視線のさきにジョニくんの背中がある。
どこへ向かってるんだろう。なんか、ヘン、だ。
「あ、・・・え、ジョニ、くん?」
「一緒に、来てほしいんだ、歩さんに」
「あたし、と?」
「うん」
階段を降りて、いろんな人とすれ違う。
ハジメちゃんの疲れてる姿。オサム先生が生徒にまだ注意してる姿。
昇降口をぬけて、外に出る。だいぶ歩いた。
ジョニくんは黙って歩いている。さっきの口調はすごくハッキリしてた。
何だろう。なにが、起こってるんだろう。
あたしの意識は、なんだかモーローとしてる。
校庭のはしを通って、体育館の裏に出る。来たことない場所。ここには誰もいない。
誰もいない、っていう状況が、逆にフシギに思える。
そこには細い階段があって、ジョニくんは慎重にそこを登った。
まだつながってる手首。寒いのに熱い。
階段はずいぶんキョリがあるようだった。
ジグザグに登っていくと、やがて、てっぺんが見えてくる。
「・・・わぁ」
最後の1段を登る。・・・すると、そこは、絶景、の中だった。
体育館のうえ。
ドームになったそこには、ちいさな空間が広がってる。ひとが10人も入れないような、空間。
そこからは校舎と地上絵と夕日のぜんぶが溶け合ったオレンジの景色がひろがっていた。
息をのむ。すごい。すごい。
こんな場所があるなんて、今まで、知らなかった。
「・・・こんな遠いところまで、ごめん。でも、歩さんに見てほしくて、あの」
「す、っごい。・・・きれい、すぎて。ごめん、なにも、言えない」
「うん、そうだよね、僕も見つけたとき、そうだった」
ジョニくんは手を放す。頷いて、口を手でおさえる。まぶしい。すごい。
そんなあたしを見て、ジョニくんもまぶしそうな顔で笑う。
そして、ギターを取り出す。
それはいつもジョニくんが使ってるバイオリンベースじゃなくて、小ぶりなフォークギターだった。
「・・・ジョニくん?」
あたしが尋ねるように声を出すと、ジョニくんは照れたように、はにかむ。
「あの。曲、を、作ったんだ。歩さんに、聴いてほしくて、それで、・・・ここに」
「・・・曲?」
「・・・うん。聴いて、くれるかな」
「・・・うん」
静かに頷くと、ジョニくんはきれいな指先を弦にあてて、ギターをつま弾き始めた。
浮かび上がったメロディに、抑揚のないジョニくんの声がのっていく。
それは出会いをうたう曲だった。「きみに会えてよかった」、それをこころから感謝する曲。
ふるえた音とやさしい声が混じって、景色のなかに溶けていく。
ありがとう、出会えたことに、ありがとう。
ちいさく開くジョニくんの口からもれる歌詞。
それをなぞっているあたしは、いつの間にか自分の視界がぼやけているのに気づく。
気づいた瞬間、感情が揺さぶられる。
せり上がった気持ちがあふれ出て、とまらなくなる。
だめだ。だめだ。
そう思ったら、途端に歯どめがきかなくなった。
あたしはどんな表情をとっていいのかわからなくって、思わず、雫を瞳からたらした。
ジョニくんの声はすこしずつ小さくなって、丁寧なアルペジオだけがオレンジに重なっていく。
そして、うたは止んだ。
沈黙がしばらくつづいて、ジョニくんはうつむいていた顔をあげた。・・・笑って、いた。
あたしの涙をぜんぶ受け止めるみたいに。
あたしの気持ちを、ぜんぶ抱きとめるみたいに。
「・・・どうしても今日、聴いて、ほしかったんだ。僕は、歩さんと出会えて、よかった、から」
「・・・あ。・・・、あ、り、がとう、」
うまく言えない。
喉のおくの塩からさがジャマをする。
それでもジョニくんはやさしく微笑んだまま、あたしを見ている。
「僕には、お菓子もないし、悪戯も、できないから。唄で、ごめん。ハッピー、ハロウィン」
「うん、・・・う、ん、ありがとう、あり、がとう、ジョニくん」
どうしようもなくなって片手で乱暴に涙をぬぐうあたしの、もうひとつの手を、ぎこちなくジョニくんはとった。
手がふるえている。あたしの身体とおんなじように、ふるえている。
「僕も、ありがとう。歩さん、・・・ありがとう」
だけど、ジョニくんはまっすぐに言った。ハッキリした声で、力強く、あたしを支えた。
・・・まぶしい。
夕陽のせいだけじゃない。目の前のぜんぶがまぶしい。
今日というはじまりを日を、あたしはひとりきりで、で祝った。
でも、今、今日の終わりのなかで、あたしという人間を、祝ってくれているひとがいる。
感謝してくれている、ひとがいる。
あたしは泣いた。
この日いちばん、おおきく泣きじゃくった。
それは哀しいのじゃなくて、ただ、しあわせで。ただ、うれしくて。
ジョニくんの手のひらの熱はオレンジ色なんだろうって思う。
あたしを包む、オレンジ。
とびっきりの、ハロウィンの魔法。
それは今日1日で終わる魔法なんかじゃない。ずっとあたしを、包む魔法。
あたしはジョニくんの顔を見た。
そして一歩進んだ。
ハッピーハロウィーン、ジョニくん。
あたしができるのは、これだけ。
今日いちばん、ちいさな。でもいちばん特別な、イタズラだよ。


ジョニー&歩、ポップン学園ブラスバンド部その他大勢!















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