ナツ流星#1


ちいさな短冊。わたしの気持ち。どこにあるのか分からない星空。
笹の葉がゆれる。
さらさら音を立てて、誰かの願いが空にうかんで、叶えられて、はじけていく。
「・・・・」
それでもわたしは短冊をにぎりしめたま、笹の前で、じっとしている。
何も書いていない短冊は、そのまま、わたしの気持ち、そのものでも、ある。
「プリティー!遅くなったウパ!」
「・・・あ、・・・パルくん」
今日は七夕のおまつりで、わたしは、浴衣を着ている。
名前を呼ばれてふり返ると、パルくんは手をふって、笑っていた。
夕方の空に、パルくんの透きとおった青さが反射してキラキラしている。
「まーたサイバーがダダこねて手間取ったウパ。あ、それ!更紗のタンザクウパね?パルも持ってきたウパ!」
パルくんは、遠い星の、ウチュウジンで。
パーティーでいっしょになって、それから、仲良くなった。
サイバーっていうのはパルくんが住んでいるおうちのお兄さん。
いつもたのしい格好をしている。
パルくんはわたしが持っていた短冊をのぞき込んで、色違いの短冊を見せてきた。
そう、これは、特別な短冊。
七夕の精霊さまが特別にくれた短冊で、それをパルくんはわたしに1枚、くれたのだ。
「うん、でも、まだ・・・お願いが決まらなくて」
「あれ、ホントウパ。まっしろウパね」
「・・・あれ。パルくんも、まっしろだよ?」
パルくんはわたしのを見てまっしろだ、と言うけれど、見せてきた短冊でわたしも気付く。
パルくんの短冊も、なにも書かれていない。
「そうウパ・・・サイバーの相手してたら、考えるジカンがなかったウパ・・・」
「・・・じゃあ、いっしょに、お祭りで書こうよ。いちばんさいごに、書こう」
「そうウパね!更紗がくるのも遅いっていってたウパ!そうするウパ!」
ちょっとだけ、ホッとした。
わたしのお願いは、とても遠い場所にあるような気がして、怖かったから。
この特別な短冊は、ふつうのものよりもっともっと、願いがかなう確立が高い、とパルくんは言っていた。
叶えたくて。だけど、叶うのは、こわい。そんな気持ち。
でも、パルくんは笑って、笑って、わたしの手をとった。
「じゃ、いくウパ!パル、このお祭り、とっても楽しみにしてたウパ!」
「・・・うん、行こう!」
いきなり手をとられて。
だけど、パルくんはとっても楽しそうで、つられて、わたしも笑った。
星がきれいで、どこにあるのか分からない空で。まっしろの短冊は、わたしの気持ちそのもので。
それでも、パルくんを前にして、わたしの想いはつよくなる。
もっともっと、あなたと一緒にいたいと、つよくなる。


パル×プリティー















ナツ流星#2


「祭り!」
「・・・はぁ?」
いきなり言われたことが分からなくて、俺はとりあえず顔をムカつく形にしてみた。
学校の中、毎度のように違うクラスへ乗り込んでくる赤い髪の毛は目の前で、
心底楽しいことを見つけたように、おおいに笑っていた。
「祭り!サイバーに聞いた!今日からやるんだって!行こうぜーッ、ジュン!」
「・・・祭り?ああ、町の、アレね」
祭り。
開口一番じゃまったく何のことか分からなかったけど、ああ、確かに、と思う。
学校からすこし離れた神社で毎年やる祭りのことか、と。
やる場所がウチの近くだから馴染みがある。
なるほど、と頷けば、目の前の・・・シンゴはおおいに驚いて、ずい、と顔を近づけてきた。
「知ってんのかよ!?お前、はやく教えろよー!何楽しいこと隠してんだっ!」
「・・・サイバーに聞いたんだろ?いいじゃん、もう知ったんだし」
それはあまりにも近い距離で、いろいろなことを省みないコイツと夏の暑さに俺は苛立って、
適当なセリフと共にその顔を押し返した。
サイバーもコイツも賑やかで楽しいことが相当好きだ。
だから、祭りに食いつかないはずがない。
そしてコイツらはうるさい。
そう、ふたり合わせると学校の名物になるぐらいに。アホだ。
「よくねーよっ!「ええ〜!?祭りぃ!?」ってぐらいには驚いて欲しいだろソコはよっ!
 それなのに知ってるとかオマエはも〜・・・マジで空気の読めないヤツだねっ!」
「お前、今日補習あるんじゃないの」
「な、・・・いいの!いーんだよっ!祭り!ね!焼きそば!たこ焼き!ジューンー!いこーぜーっ!」
適当に並べてみると図星らしく、シンゴはう、と一瞬ひるむ。
でもブンブンと首を振って屋台の食べ物を並べると、俺の腕を掴んでごねてきた。
強引。わがまま。自由だけど自分勝手なコイツ。
けど、それにいつも負けるのが、俺だ。
ため息をついて、別に断る理由もないと思った。
でもそれは多分言い訳だ。結局、俺もコイツと祭りに行きたいのだ。そんな、言い訳だ。
「・・・あー。はいはい。分かりました、いきましょうかシンゴくん」
「・・・うおっ、マジ!?っしゃ、祭りじゃー!」
「え、でもさ」
「んー?なに?」
俺が応えると、掴んでいた腕を放して、両手を握って、ブンブンと振り回してくる。
厄介。ノー天気。素直でバカ正直。
シンゴはこんな奴だ。
俺は笑いそうになって、でも、なんとなくの疑問、が浮かぶ。
ちゃらっちゃらの水色の髪の毛を持つ、やつのこと。
「・・・サイバーと行けばよかったんじゃないの。祭り」
情報源がサイバーなら、普通そっちと行くのが普通じゃないだろうかと、俺は思った。
俺がそういうガヤガヤに賑やかな場所がそこまで好きじゃないのをコイツは知ってるし、
サイバーほど賑やかな場所が好きなやつもいない。
そう考えて見上げて聞けば、シンゴはキョトンとした顔をする。
まったくもって、当たり前のように。
「えー?何、だって、オレは、ジュンと行きたいし」
「・・・あ。・・・、そ、そう」
・・・。
一瞬、言葉を失って、屈託ない笑い顔がちょっとスゴイと俺は思う。
なにも省みないシンゴの短所は、そのまま長所でもあるってことを見せつけられる。
俺は繋がった手をそのままにしていたことを後悔する。
手汗をかいていないか心配になったのだ。
ストレートなのには、弱い。
「そ。それに、サイバー先約あるっつうしね」
「・・・なるほどね」
目を逸らしたくなる直前。そこで、シンゴはニコニコ笑ったまま、続けた。
先約。
それで、俺。
まっすぐな目を見て、それを先に言え、と少しだけツッコミたくなった。
納得納得。ちょっとだけ溜め息をついて、手を離す。
カーテンごうごう揺らす風が手を撫でた。
冷たいと感じて手を見ると、やっぱり、汗を、かいていた。
「じゃあ、6時!」
「あー、はいはい。了解」
ごまかすのも面倒で、そのまま汗を乾かそうと両手をぶらぶら振る。
6時ね、了解。
一度頭に刻み付けて、今日は七夕か、と思う。
センチメンタルでロマンチックな行事を思い浮かべて、
そんなこと自体を考える自分もなかなかセンチメンタルでロマンチックだな、と感じて。
ばたばた音を立てて自分の教室に戻るシンゴの背中を追いながら、
俺は放課後を楽しみにして、苦笑いを浮かべた。


純真















ナツ流星#3



「アレ、兄貴、パルは?」
「もう行ったよ。お前も約束あんだろう、早く行ったらどう?」
「兄貴は〜?」
「俺は店片付けてから行くよ」
「あー了解ー。んじゃ、向こうでね」
「お〜」
店へ顔を覗いて聞けば、兄貴はハサミをジャキジャキ言わせてふり返った。
今日は地元の祭りだ。
七夕に合わせて開かれる、神社の祭り。
おれはそれに向かう直前で、浴衣を着ている。
店はいつもより2時間早じまいで、兄貴も祭りの方を手伝いに行く。
なにしろ、ウチの店も出資してるしね。
掃除をしてる兄貴に手をふって、時計を見て、おれは家を飛びだした。
もう夜になりつつある空は群青と紫と赤をぐちゃぐちゃに混ぜた色をしている。
今日は七夕。曇りだけど、雨はふらない。
おれは不慣れな下駄をはずかしくもガラゴロ鳴らせて、手にした2枚の短冊を空にかざしてみる。
パルの友達がくれたっていう、願いの短冊。それをおれはパルにねだって、2枚もらった。
青いふたっつの色は、おれのと、おれが渡す相手との色だ。
遠くでは囃子がきこえて、まわりの空気は夏に支配されている。
ヘンに、たのしい。おれも、夏にうかれてる。
「あ」
祭りの主会場の神社へ着けば、いろいろな空気はもっともっと、濃くなる。
ココはけっこう高校から近いから、知ってる顔もたくさんいる。
・・・あ、シンゴだ。
おれの話に食いつかないはずがないと思ってた、やっぱり来たね。となりには相方のジュンがいる。
挨拶しようと思ったけど、約束に遅れそうだったりしてたのでちょっと無視。
わるい、今度あやまる。
人ごみの中をかき分ける。知ってるひと。知らんひと。
・・・え、ちょっと待っていっしょに居る、うそ、アイツら付き合ってんの!?
なーんて、なんかすげー組み合わせのふたりがいたりして、視線を持ってかれる。
へー。あの図書委員がなぁ。
感心してるといろんな匂いがして、腹がへった。
おれは胸元に短冊をつっこんで、目の前の屋台の焼きとうもろこしを2本買う。
「まいど」
「さんきゅー、おっちゃん」
約束まであと3分。
湯気がたったとうもろこしを両手に持って境内のほうへいく。
祭りがはじまったばっかで、ココに来るやつはそんなにいない。
だからおれは待ち合わせをココにした。
みじかい階段をのぼって、うす暗い神社の前へいくとキツネ2匹がこっちを見てる。
「おーい、来たぞーい」
中くらいの声であたりを見る。ぐるぐる。人影はない。
おいおーい、・・・また隠れてんのかー。
「とーもろこし、買ってきたぞーい」
今買ったもろこしを振る。
そうすると、ちょっと間があったあと、いきなりおれの手をはなれて、もろこしは宙に浮いた。
「うおっ!」
「ヒヒッ、サンキュー、サイバー」
「・・・おまえね。アクシュミ!」
「ソレって僕の長所ー。ヒヒッ、ゴメンね〜」
一瞬驚いて、すぐに現れた姿におれは顔をしかめてやった。
約束の相手。
ひとがいない場所を選んだのは、こいつが見つかったら祭りが大パニックになっちゃうから。
おれはとうもろこしを持ってケタケタ笑って、ようやく全身を見せたスマイルに指を突きつけた。
「ったく。せっかく浴衣着てきたんだぜっ、オマエのために!」
「僕もまさか初代36話のトオル様と同じ浴衣を着てくるなんて思わなかったよネェ、正直驚いたヨ〜」
祭りの話を最初にしたのはおれで、それを聞いたスマイルが「ニホンのお祭りを見てみたいネェ」、
なんてことを言って、こんな七夕の定例集会が実現した。
スマイルはキラキラした目でおれの浴衣を手袋でつまんでくる。
うむ、目が高い。さすが、おれが同志と認めたオトコだ。
「おろし立てだぞ〜。ゲットすんの、死ぬほど苦労したんだかんね」
「ソレを着ちゃうあたりがサイバーだよネェ。僕なら一生飾って拝むよ」
「着ねーと逆にもったいない気がしてさー。スマイルが来るってんだし、自慢しようと思って?」
暗がりの境内の外はいい感じに、囃子も声も明かりも漏れてくる。
おれは袖に手をかくして、ふふん、という目をしてその場で一回転してみせた。
「・・・ヒヒッ、トオル様のお姿には足元にも及ばないけどネェ?」
「なんじゃそら!・・・ま、いいけどっ。とっとともろこし食ってよ、熱いウチが美味いよ」
「ヘェ・・・これ、どうやって食べるのヨ?ココ?うわ、なんか固いけど」
「うおっ、ソコ、幹だよ!ここ!この黄色いとこ!」
「ヘェ。オモシロイ食べ物だネェ」
「・・・そう?」
スマイルはもろこしに噛りついて、苦々しい顔をしたあと笑う。
涼しくて熱い夏。空を見れば、いつのまにか雲が消えて、星が出てる。
「サイバー、どーしたの、空見つめちゃって」
「えーとねー。祭り、どーよ?日本の」
「ン〜、楽しいネェ。ちょっとだけ透明になって回ってみたけど、他の国にはない空気だよ」
一度食べ方を教えれば、スマイルは器用にもろこしをガリガリと食べていく。
空にはキラキラした星が輝く。パルの友達の魔法だろうか。
そういえば、と胸元の短冊に思い出した。
・・・こんな都会の近くで、星ってのもふしぎなハナシで。
少しだけ遠い目をして、スマイルは境内から屋台のむれを覗いている。
超人気バンドのメンバーとしての顔じゃなく、ふつうの、ひと、みたいな感じで。
おれはそんな顔のスマイルが好きだ。
友達、としておなじ場所にいられるような気がするから。
「なー、スマイル。これ」
「何よ?青い紙キレ・・・?あ、コレ僕の髪のいろと似てるネェ」
「こっちの風習でさァ、それに願いごと書くんだ。この祭りもその行事の祭りなの。だから、やる」
「ヘェ・・・」
直で素肌につっこんでたから汗でべろべろになってるかと思ったら、ぜんぜん綺麗なままで驚いた。
でもあんまり気にせずに、濃いブルーのほうの短冊をスマイルにずい、と差し出す。
じんわり眺めて、スマイルはそれを受け取ってくれる。
「神社の階段の下にそれ飾る笹があっから。あとでいこうぜい」
「ウン。サイバーは?何か、イイ願いごとでも書いたワケ?」
「おれェ?そうなァ」
聞かれて、考える。
欲しいものはたくさんあって、なりたいものはもう決まってて。
次々と浮かんでくる、夢とか願いとかそういうもの。
おれは自分の手に残った薄いブルーを眺めてみた。
憧れ。ユメ。途方ないもの。それでも最後にうっすらと残るのは、いつもの日常だ。
「まだ書いてないけど。書くなら、おれは、スマイルとかとずっと、こうやって過ごしたいです、とかかなァ」
「・・・・」
だから、別にテレとかはずかしさとかも無いまま、おれは短冊を見てそう呟いていた。
こうやって、好きなものがトコトンいっしょなヤツとつるんでられる、って、うれしさ。夏の魔法。
黙ったスマイルに気づいて顔をあげると、こっちを見られてる。
「な、なに?」
「いんや、サイバーもなかなかキザだなァ、と思っただけ、ヒヒッ」
「なんだよソレェ」
ぶらぶらといつの間にか芯だけになったもろこしを振って、スマイルは身体を消して歯だけを見せる。
ときどきの本心は、やっぱゴロゴロしてて扱いにくい。
そういうのが、気持ちってもんだと、おれは思う。
ちょっとだけ怒る真似をしてみた。3角形になった星たちはギラギラだ。
「ヒヒッ、・・・ア、そーだ。コレ、なんていうの?」
「ん?なにが」
「ギョージ、って言ってたけど。ナマエ、あるんでしょ、こういうのって」
「ああ」
風も吹いてる。祭りはまだハイテンションで続いてる。
スマイルの質問に納得して、おれはまっさらな短冊をスマイルへかざした。
こいつの願いはなんだろう?
「七夕。7月7日の、たなばた」
「ヘェ、タナバタ、ね」
「晴れんの珍しいんだぜー。おれ様のおかげかね?ふふん」
「いつもながら無駄に自信満々だネェ、サイバー」
「羨ましいだろォ」
「いやホント、そんなスゴイ態度、僕にはマネできないよネェ」
「・・・なーんかその言い方カンにさわんなー」
「そう?気のせい、気のせい。ヒヒッ」
七夕の祭りの日、もうそろそろ兄貴もこっちについてるだろう。パルにも会いたい。
ヨッシーだって呼べばきっと来てくれる。
おれの知ってることをスマイルに見せて、いっしょに祭りを楽しみたい。
消えたり現れたりをくり返してるスマイルに手を伸ばすと、ちょうど現れたトコで、手首をつかめた。
「よしっ」
「・・・ン、サイバー?」
ちょっとビックリした様子でスマイルの声が高くなった。
赤い目が暗い中で光ってる。
おれはそれを見てなんか妙にうきうきした。
スマイルが味わうはじめての「七夕」のとなりに、おれがいる。
「スマイル!せっかく来たんだ、トコトン楽しもーぜ!」
思っていたよりスマイルの手首はごつごつしてて、そのわりに細っこくて、なんだか不思議な感触だった。
出した声は大きくて、おれは、はしゃいでる自分に笑ってしまった。
今日は七夕で、空が晴れてる。
スマイルもクスクス笑いはじめた。
大きな暗い空の下で、夏の星が散らばっている。おれたちの感じてる「今」と、同じ光で。


サイバー&スマイル















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