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聖誕祭前


「愛に溺れろよ!この日ぐらいは、毒紛いの愛にさあ!」
「・・・唐突にどうしたと言うんだね、MZD。詩人を気取りたくなったのか?」
「いや、別に!ちょっとイライラしてるだけだけど!」
「ああ、・・・そ、そうか。うむ」
別にMZDはそこまでイライラしているわけではなかったが、確かに感情の毛羽立ちは否めなかった。
鴨川の視線に、いつも居る存在への渇望がまったくと言っていいほど無く、
また、あまりに簡素としすぎているのが原因だったのだろう。
顔をあげて訝しげにMZDの表情を覗いた鴨川は、その原因が自分にあることなど気づかず、
大声を出す口調に気圧されたように彼をそっとしておいた。
MZDは神たるお節介者の自分をそれこそちょっとばかり厄介に思いながら、
それでも負けるもんか、と新たなる闘志を燃やしてみる。
「ねえ。もうすぐ聖誕祭だぜ。なんかないの、予定」
「そうだな・・・、研究員は朝から粗方出払うと聞いているよ」
「他の人らじゃねーよアンタだよアンタ!ねえちょっと!鴨さん!?」
「だから何をそんなに苛立っているんだ・・・君ほどの者なら、予定ぐらい埋まっているだろう?」
そうじゃねえー!、とまたも大声で言いかけて、MZDはどうにか、ぐ、と唇を結んだ。
あんな言葉を口走ってもまだ感づかないのか、と唸ってみても、そうなるべき組み合わせはここには無い。
だから、すべてが空回りになっている気がしてならないのだ、MZDは思った。
今ここに二人という二人が居さえすれば、力ずくでもどうにかしてやるってのに、と。
「・・・まあね。で、鴨さんはどうなのよ。それを聞いてるの、俺はっ」
「私か?まあ・・・ここに居るだろうな。クリスマスなど縁遠い記念日だよ。それにここは日本だ」
「日本だな。じゃ、なに、独りなの」
「・・・一人だよ。寂しいことだな」
「へっ!寂しい、ねえ!?何!何!?それは今だろ、今!!」
「・・・・・・・は?」
それでも無駄な苛立ちは手を離さず、しっかりとMZDを抱きしめたままだった。
どこまでも手持ち無沙汰な弓矢は、いつまでも彼の指の中で退屈そうな顔を保っている。
心臓のかたちをした、MZD特製の空気のような弓。
それに撃たれることを心底望む者が、この世にどれほど居ることだろう。
彼がしばらく前から狙いを定めている二人の前では、そんな事実さえ幻のようだ。
だからこそ、MZDはいい加減どうにかしようと弓が見せる独特の強引さを自ら持ち出してきた。
地団駄を踏むようにぎゃあぎゃあと騒ぎ、不可解な視線を見せる鴨川に食いかかる。
「あのね!いいからね、淀連れて来い淀!アレが来りゃ解決すんだよ、ったく、もう!なんなの!アンタら!」
「・・・? いや、なんでここでダースが・・・」
椅子越しにずる、と一歩後ずさり、鴨川は尚もわけのわからないと口を濁す。
その発言にまたMZDはイラっと来た。まさに無限ループだ、留まることを知らない。
いい、もう、俺が連れてくる、と言い始めるMZDに、
受付に取り付けられた慰め程度の小さなリースがカランと鳴った。
その真ん中に飾られた赤い柊の実と同じ色が、隙間にゆれるように残像として残る。
いつもの紅の姿を、緩やかに垣間見せて。

鴨川&MZD












痴話喧嘩


「鬱陶しい。何だよ、そのあからさまな卑屈モード」
「うるさいな。うるせーの!」
まったく。そう、思った。
目の前のヤンキーな体育座りにはもうとっくに、飽き飽きしていた。
オレンジの猫っ毛がほこりのように動いて、それが余計にため息の頻度を上げていた。
それは今日が、21日という大体に切羽つまった日付だからだろうか。
焦燥とかをやんわり含めた、苛立ち、の、ようなもの。
俺はいかに美しくアルペジオを弾きこなすか、の方に頭も指も集中させたかったけど、
こいつの格好はそれを許してくれる感じじゃなかった。
視線はどんより、態度は攻撃的。
固まってる身体は、いつ爆発するかわからない爆弾みたいに厄介だ。
荒げた声は喉を痛めかけてる自己管理のなさで、だから年が明けるまで路上で歌うのは休みだと言った。
そうしたら、この、体たらく。
・・・実際、こいつには補習とか追試とかその他もろもろの楽しいことが沢山あって、
それとこれ、プラス、駅前に見られるきれいなイルミネーションの追ったてられ感が、
見事なストレスのかけ算になってしまって、
うじうじしているのにトゲトゲしい今の雰囲気が出来てしまったのだ。
あぐらの上に乗せたギターを完全に持て余して、俺はあんまり単純な悪態に、呆れた。
どうしたらこの機嫌は直るだろう。
とりあえず、ここから追い出してみようか。
そして、無闇やたらにナンパでもしてこい、とけしかけてみようか。
「・・・・・」
いろいろ考えて、バカみたいだと思う。
シンゴがここに居る理由はわかるし、それが俺を余計に立ち行かなくさせてるとはいえ、
別に俺はそれほど真剣に困っていると感じていない。
大体、焦ってるって言ったって微々たるものだろうし、その先にはつまらない確信がある。
うん、心底、つまらなくてくだらない確信。
だから俺は迷っている。「どうしようか」、と。お遊びのように。
ふと目についた街頭ティッシュをおもむろに投げた。
それは赤らんだシンゴの頭に命中して、すぐ、この野郎という目線が来る。
何度目かのコンタクト。成功しないのはわかってる。
「機嫌直せよ。テキトーに、ね」
「・・・やっぱ、ジュンは冷たい。バカ、アホ」
ほら、やっぱり。
日めくりカレンダーをあと3つぐらいめくれば、この状況も解決してるんだろうか。
シンゴの放った悪口の弾丸を軽くかわして、俺はその日の俺たちをゆっくり考えた。喧嘩か、否か。
その向こうは、きっと誰も知らない。赤い服を着た、白ひげのあの人も。

シンゴとジュン












ふる星座


鐘が鳴った。鮮やかな音色だった。
赤らめた空は紫色の恋人を連れて、夜へと向かっていた。
「どうにかなることと、どうにもならないことを定めるのは難しいよ」
「どうして?」
「お前は必死だから。全部上手く行おうとして、無理をしてる」
「そんなの。・・・そんなの、当然だよ。だって、あたしは、」
「幸福を運ぶ者として、或いは、彼の恋人として。それは交わらない領域だ」
「でも、貴方なら、どうにか出来る筈なのに」
そこで、あくまで自らは関われないのだ、と神は一度ばかり頷いた。
この季節らしい赤の格好をした彼女の前で、きわめて、自然な仕草で。
「俺が全部やっても、彼は笑ってくれないだろう」
「・・・違うよ。どっちにしたって、笑ってくれないんだよ」
「どうしてだ」
「だって、ウサおくんはほんとに笑った顔、あたしには・・・してくれない」
それに、彼女は俯きで応える。
何かを信じることは容易じゃなくて、ときどき痛みや辛ささえ伴う。
彼女は苦しくて、辛くて、だから、神の力に救いをみた。
かんたんでやさしい甘さを欲し、何度も、何度でも、縋ってやると思っていた。
「笑ってくれない?」
「そう。でもね、ほんとは、誰にも笑ってないの。
 あたしにも、他人にも、だれにも。あたしは、それが、すごく・・・淋しい」
「彼は、誰をも愛さないのか?」
「あたしは、彼が好きだよ」
「お前のことじゃないよ」
「あたしのことだよ。ウサおくんのことは、あたしのことなの」
けれど、彼女は、そこに虚しさを捉えて、首をふった。
笑った顔は彼女にとっての真実で、それがないのは、あんまりに、かなしいことで。
彼女は泣きそうだったけれど、しっかり前を見て、神を見た。
考えるようにして、神は口を噤む。
「どうにでもなっていいし、どうにでもならなくていいんだ。ウサおくんがしあわせになるなら。
 あたし、自分の仕事はね、いつかウサおくんにもしあわせをあげられるって信じて、やってるの。
 だから、神さま、神さまも信じて、お願い。ウサおくんが、ほんとに笑えるのを、祈って」
もう空はすっかり青さを失って、彼女を、彼女が活躍する時間に導いている。
彼女は未来の希望へと幸福を運ぶ役割を担う。まだ見習いであるが。
「祈り、か」
この季節にもっとも多く、数多の場所で、彼へと届く祈り。
いつもにこにこと笑っている筈の彼を、彼女は笑っていないという。
あんなに苦しい目をして、笑ってないとふり絞る。
かなしそうな顔で、ふたりは彼を思った。
星が落っこちそうな夜を前に、だれかを愛することはこんなに難しいことかと、想った。

ツララ&MZD












フェアリボン


「どうぞ」
「何?」
「あげます」
にっこりと笑った顔が異様に明るくて、朗らかで、華やかで、引いた。
何も興味ないって目がいきなり光を持つと怖い。そう思った。
少なくとも目の前の姿に関しては、それが一滴も揺るがなかった。
手渡されたものはリースからほどいたような小さなベルで、音はならない飾り物だった。
軽くて、安っぽいメッキがかぶせてあって、それは今の季節には妙に似合っているシロモノで。
「なんで?」
「街へ出ましてね。安かったので、買ってみました」
「・・・なんで、ベル?」
その贈り物の意図に疑問を返せば、さらりと答えのようで答えじゃない返答がくる。
眼鏡を押し上げる姿を見て、ああ、街にも行くんだ、とかまったく関係ないことを考えながら、
それでも口は勝手に次のハテナを出してくる。後手はめんどいと、いつも思う。
「僕を呼ぶときにそれを使えば、便利でしょう?」
「え?だってこれ、音出ないじゃん」
「少し細工をしておきました。僕にだけ、鐘の音が聞こえるように」
にっこり。まただ。底意のなさそうな、単純な笑顔。その割りに話の内容は異常にうさんくさい。
まじまじと濁った目でベルを見つめても、音が出そうには思えない。
なんだか、裸の王様みたいに騙されている気がする。
目の前で頬杖をつきながらこっちを見る顔を、思わず睨んでみる。
「・・・何ですか、その目は。そんなに疑うなら鳴らしてみたらどうです、ちゃんと僕には聞こえますから」
「・・・・・・・」
ひと呼吸置いてから、ゆっくりと短い持ち手を持ってベルを鳴らす。
左右に3回ぐらい軽く振っても、何も聞こえない。ベルを見つめる。耳を澄ます。何も聞こえない。
非難するように目線を投げる。・・・あれ、いつの間にか目、つぶってる。
「おいっ」
「・・・え?ああ、案外美しい音なので聞き惚れていましたよ。ね?しっかり鳴るでしょう?」
「俺には、聴こえなかったんだけど」
「僕にしか聞こえるようにしていませんからね。残念でした」
「・・・・・・」
こっちの声でゆっくりを目を開けて、その途端、ベルを鳴らす真似をする。
出した言葉は妙に跳ねている。目元が笑ってる。・・・なんか、遊ばれてる気がする。
ため息をついて、ベルを片手に収めた。ここは赤も緑も縁遠くて、飾り付けのひとつもない。
だから、このベルだけが25日を祝ってる。
それを理解しながらも、やっぱりその話はうさんくさいままだ。
「どちらにしろ、僕からのささやかな贈り物です。大切にして下さいね」
「はいはい、・・・サンキュ」
贈り物。プレゼント。25日のリボン。それで単純に浮つけるほど、素直にはなれない。
意味不明のベルは冷たく手の中で目の前の無邪気な顔を誘う。
こうやって遊ばれてる俺は、たぶん、それでも明日には街へ走ってるんだと思う。
裸の王様のまんまで、こいつに見合うプレゼントを探しに。

エッジ&ミシェル












もみの木


「おい」
「は、はい。何で御座いましょうか」
だん!とその目の前に足が置かれた。心底苛立っている声が、その頭上から降ってきた。
彼は前足二本で薬草をすり潰している最中であり、唐突な衝撃に思わず、身体をびくりと固めた。
「出掛けるぞ」
「え、は、はい?あ、あの、依頼が滞っていると仰っておりませんでしたか」
「黙れ。妾が出掛けると云ったら出掛けるのが貴様の役目だろうが」
「あ、は、はい。か、畏まりました」
成程、よく見てみればその足は既に素足ではなく、毛皮を用いたブーツを履いている。
顔を上げれば姿格好はこの冬という季節に合った外套を羽織っており、
この魔女が実際に出掛ける気だということが彼には理解できた。
手にしていた乳鉢を机へ乗せると、見下げる視線をあたふたと交わしながら彼は玄関へと足を速め、
魔女が辿りつく前に、丁寧なやり方で扉を開いて先に外へ出る。風が冷たい、と彼は思った。
カツカツと鳴る魔女のブーツの音がよく響き、外套を首元に寄せる仕草が見えた。
「どちらへ向かいますので?」
「妾へ着いてくれば其れで良い」
「はぁ・・・」
こうして、自ら率先して外へ出ることは出不精な魔女にしては珍しかったので、彼はやんわりと首を傾げる。
先を早足で進む背姿はいつもと変わらず、威圧的だ。
枯れた草を踏みつけながら進む道は、彼の知らない道筋を示す。
質問をする雰囲気ではないようで、彼は口を閉ざした。静寂の中で、朽ちていく季節が音を立てる。
・・・こんなにも、森は自らの音色を主張していただろうか、と彼は思う。
澄みきった空気は彼の肺の中で霜を落とすように揺らめいて、曇り空の下の二人を包んでいる。
まばらで緩やかな、足音だけが響く。
「おい」
「は、はい!?」
「何を呆けている。・・・先に行け。此処から先は一本道だ」
その時、魔女はおもむろに立ち止まり、彼に向かって厳かにふり返った。
季節という生き物に感情を寄せていた彼は一気に心を引き戻され、魔女に向かって頭を下げる。
魔女が親指で乱暴に道を指し示す先は高く草の茂った枯れ草だけが存在しており、目的地は見えない。
道を作れ、ということだろうか。一本道なら迷うこともないだろう。
彼はガサ、と細い腕先で草を均した。彼自らが魔女の先を歩くというのも珍しいことだった。
「・・・この先は、何がお在りになるのでしょうか」
「黙って歩け。じきに見える」
「・・・・・・はい」
大雑把に草を倒しながら進む。視界に広がるのは茶の色をした背の高い植物だけだ。
永遠に続くかと思われる単調な景色を掻き分ける。5分、10分。そして、目の前は唐突に開ける。
草を手に掛ける感触がなくなり、一歩進んだ彼は広がった景色と空の下で止まった。
後ろで草が荒れる音がし、魔女は彼の横に立った。
「着いたぞ。水樅の繁殖地帯だ」
「は。水、樅・・・?なぜ、こんな、役に立たないものを」
そこは、美しい湖のほとりだった。
澄んだ空色をした湖から、青緑色をした植物がすらりすらりと無数に伸びている。
水樅。これがその植物の名前だ。姿は美しいが、特に何に役に立つわけでもなく、
清らかな水の中でしか育たないため鑑賞用に置くことも難しい。
魔女は自分に利になることにしか動かない性格だ。この植物のために、わざわざ足を運ぶ、その理由。
「貴様の好物だと訊いた」
「は・・・?」
彼は畏れ多そうに、また、困惑を交え魔女へ視線を向けた。
鋭い彼女の眼は、まっすぐに水樅へと向かっている。
好物?彼は反芻する。貴様とは、自分のことだろうかと、改めたように考える。
水樅は確かに彼が好む味だった。
蜘蛛として生きている彼の味覚はその種族としては少々異質で、植物や種子、果実などをよく好んでいた。
殺生が嫌いだという理由もそこには深く存在していたが、
この植物が持つ淡白でいて後味のよい心地を、彼は素直に好いていた。
水樅は彼の居住地の周辺には生息していない。
そう、彼は思っていた。どこから知ったのだろう、と彼は考える。
「だから来た。不服か」
「え、いえ・・・その。大変有難く・・・、私には勿体無く思います」
「そうか。成らば、良い」
じ、と水樅を見つめる魔女の視線は強健だ。淀みはなく、歪みもなく、やけに真摯である。
そこにはひとつの感情の偽りもないように思えた。
ただ感じた思いをそのまま唇に乗せる、素直ささえ垣間見えた。
彼は口を噤む。そういえば、と彼はようやく、今日という一日を成す日付に気づく。
この場所は魔女の家からそこまで離れた場所ではない。
季節を問わずに育つ水樅なら、欲しい時に手に入るだろう。
静かに彼も水樅を見つめる。天に向かって伸びる、しなやかな形。
形容の無い想いには、まじないも、言葉も、包み紙も、カードも、祝いさえも、ない。
しかし、自分たちの関係にはそれが丁度良いと、彼は思った。
魔女が彼のためにそれを遺したという事実が上手く身体に馴染まないことだけを、ひどく歯痒く、感じたままに。

ロキ&蜘蛛












聖誕祭日


「・・・・、」
本人が言っていた通り、今日に限ってその研究室は朝から閑散としていた。
ひとり、キーボードと随分永い間睨めっこをしていた鴨川は、ふかふかとした椅子にようやく背を押付けて、
眼鏡を外して天井をじい、とぼやけた視界で見つめてみる。
灰の素材が、まだらになって映る。ここに鮮やかさは欠片もない。
数日前、突然現れてのんびりしていたかと思えば、理由もなく彼に向かって怒鳴っていた一人の神は、
いつもの人物の来訪によって、結局まごついた仕草のままぎゃあぎゃあその男と喚いて帰っていった。
その喧騒と比べ、今の静寂は心地よさを通り越し、湿ったように部屋へと散らばっている。
神の行動の真意はまったくの不可解な深淵として鴨川の中に放り込まれたまま、
それでも妙に、もやもやとした形のない塊を残していた。
「・・・・・・・・・・・・」
悩むように、無意識に唇に指を当てたまま、おかしなことを考える己に鴨川は気づく。
それは神の放り投げた乱暴な言葉と似ていて、手探りの真実を導き出すにはいささか突飛すぎる内容だ。
つかみ所のない、それでいて確かな、一種の幻想のような仮定。
ぼうっと天井を見つめる鴨川の鼓膜にガラスが叩かれる音が鳴り響いたのは、
その幻想が現実へ遊びに来たからかもしれない。
今日という日を満喫しようと、足を伸ばしたひとつの空想。感情。
「・・・?」
鴨川はのそりと身体を起こして、音の居所を探そうと辺りを見回したのち、窓でその視線を止める。
眼鏡を外しているため視界は悪いが、その紅蓮で誰が外に居るのかはすぐに判った。
ガラスを叩く音は絶えず規則的に、部屋の中で反響している。
表情をしかめる直前で止め、眼鏡を片手で掴むと鴨川は椅子から立ち上がった。
そして真っ直ぐに窓へ進み、紅蓮の色を細目に睨みつけたまま窓を横に引く。
ぴしゃん、という音がガラスに替わって裂くような響きを遺した。
「・・・おや。今日は御顔がすっきりして居られる」
「ドアから入って来い、馬鹿者」
その音が完全に消えたあと、「いつもの人物」、紅蓮の持ち主のダースは、
少しばかり驚いたような顔をして鴨川の容姿を喩える。
勿論その珍しい表情は鴨川には見えない。
が、すぐに片手の眼鏡を顔にかけて、鴨川はぞんざいに瞬きをした。
一時の時間を経てクリアになった視界には、既にきちんと元の顔に戻ったダースがゆらゆらと収まっている。
「勿体無い。其の侭にしてりゃア面倒なモンは何も視えやしませんよ」
「つまらん事を言うな。何の用だ」
あっさりと眼鏡を掛けた鴨川を不満そうに、ダースは悪戯混じりにその小さい銀縁を片手で取ろうとする。
ゆっくりとした動きは、本気をまったく見せていない道化師の格好だ。
鬱陶しそうに鴨川はその手を払って、腕を組む。
幸か不幸か、その様を見送る勿体ぶった視線はひとつもない。
「今日は長居する気は有りませんでね。他国の祭騒ぎに便乗したがる国民性は嫌いじゃ無いって話ですよ」
「意味が判らんな。どうした、貴様もおとぎ話に溺れたくなったか」
「御判りじゃア無いですか。淋しい学者様の為の使者って処ですよ。嗚呼大変だ」
わざとらしい笑顔をダースが見せれば、同調するように鴨川も皮肉混じりに今日を祝う。
イベントごとから尤も離れているような二人の、聖夜を塗りたくった会話は不味いケーキのようだ。
「暇だな、お前も」
「退屈を乱暴に覆す位しか愉しみが無いんですよ。
 アンタこそ、此の日に御自分の淋しさを改めて実感されて見れば如何です」
呆れを含んだ声に、ダースは肩をすくめて少々身を乗り出した。
窓の内側には細長い机が壁沿いに置いてあるため、それでも二人の間には距離がある。
隔てているのか、保っているのか。それは誰にも判らない。きっと、本人たちに聞いても、判らない。
「余計なお世話だ。炎の使者は、世間話をしに来たのか。そもそも私は寂しいなどとは思っておらん」
「又そう謂う強がりを・・・別に、世間話をしに来た使者でも好いんですがね。
 其れじゃア流石につまらんでしょう」
そう言うと、訝しくもくすんだ術を見せる鴨川に向かって、ダースは手を差し伸べた。
白い手袋に包まれた手の平は広げられて、その上にはまったく何も乗ってない。
何の真似だ、と言いたげな視線を鴨川が放る。
笑ったままにその眼を避け、余った左手でダースは手を出せ、とゆるいジェスチャーをした。
怪しげな睨みを解かず、鴨川はそろそろと己の右手を出す。寒い風が、一瞬の隙を突き部屋へ流れた。
「・・・何をする気だ」
「動かないで下さいよ。其の侭に」
鴨川の手が浅く開いたのを確認すると、真意を問う鴨川を無視して、ダースはその手を自分の両手で包む。
予想外の行動にびくりと鴨川の腕先は震えたが、ダースのやり方は丁寧だった。
沈黙がその場を支配し、いつの間にかダースはじっと眼を瞑っている。唇だけが、幽かに動いている。
居心地悪そうに鴨川はその様を見守っていた。包まれた右手は不格好な熱を帯びていた。
10から、20秒ほど経っただろうか。
静かに眼を開き、ダースはぱっと手を離した。鴨川の手は握るかたちにされていたようで、
鴨川の視界に映ったその手は、上向きに軽く握られている。
「・・・で、何の真似だ」
「使者の真似、ですよ。長居はしないと謂った筈でしたな。そろそろ失礼致します」
すべてが終わった、と示されても、やはり鴨川にとって一連の行動は意味不明だ。
ほうっと空を見上げ、昼の近くなった日差しをダースは視た。
鴨川の惑いをまったく気にせずににっこり笑ったかと思えば、乗り出していた身体を外へと寄せる。
「は?だからこれは、」
「横文字は如何も慣れませんがね。・・・メリークリスマス、学者様」
「お、おい、ちょっと」
慣れないと本人が言ったように、その言葉は妙に舌足らずだった。
右手をそのままに、今度は鴨川が窓から身を乗り出したが一足遅く、ダースは溶けるように消えてしまった。
ひとり残された鴨川は、外を覗いた顔の頬に冷たい風が当たることで我に返る。
握られた右手に眼を落とす。思えばそこには、先ほどには無かった硬い感触があった。
不思議な気分で、鴨川はゆっくりと手の平を開く。
「・・・柊?」
そこにあったのは、濃いオレンジ色の木材で彫られた5センチほどの柊の葉だった。
それは今日の日付、24日にも、ダースの尤も好む行事にも通じた棘の形で、美しく彫られた飾り物だった。
左右対称に造られた柊を見やった鴨川は、おもむろに窓へ顔を上げた。
まっさらな裏庭が広がった緑の地。
今まで居た姿の赤を足せば、今を無節操に祝う彩りを正しく表すことになるだろうと、彼は思った。
メリークリスマス。似合わない言葉。
それを鴨川もひっそりと心の中で呟いてみた。メリークリスマス。

淀×鴨川












清しこの夜


「言ったらおしまい、だから言わない。魔法でしょ。魔法。永遠に溶けない、とっときの」
「空が落ちそうだね、星。魔法だね。これも終わるかな、言ったら?」
「終わるかな。なんでもかんでも、ひけらかさない方が綺麗に見えることばっかりでね」
「綺麗なのはどこまでいってもきれい」
「それが綺麗ごとなの」
「つまんないね。魔法の糖衣にぐらいさ、ゆめ、見させてー」
「夢と魔法は一緒にされるけど、違うよ。理想と現実ぐらい、違う」
「じゃあ、この今も?」
「皆、自分の居場所をしあわせって言いたくて生きてるんだよ」
「便乗したっていいじゃん」
「それをヘンな目で見てしあわせって思うやつもいるの、たまには」
「居ていいよ。百万人分のしあわせがあってそれが全部一緒だったらきもいじゃん」
「きもいね。きもいけど素敵じゃん」
「素敵だよ。だから魔法は永遠なんでしょ?」
「そう。杖と星とプレゼント」
「靴下が欲しいなー」
「いつか言ってくれる券つきの?」
「うん。ふかふかのベッドと戻れない過去のセットで」
「ああ、それでふり返るのか。なるほど」
「かもね。いつでも、昔のほうがきらきらしてるから」
「そう。だから今より先にしか行けない」
「うん。だから祝わなくちゃいけない。歩いてるから」
「歩いてるね。寒くても、薄汚くてもね」
「寒い。寒くてきたないのを、浄化したいのかも?あたし達」
「聖夜だもんね」
「神様の誕生日だしね」
「おう、そうだよ。うん、メリークリスマス」
「ん、ハッピーメリークリスマス」

ミミとニャミ















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