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TOT #1


「・・・・・南瓜、ですかァ」
「南瓜だ。被ってみるか、お前」
「ハァ?御冗談を」
「ああ、被ったら水羊羹をやるぞ」
「何を頓珍漢な事を謂ってるんです学者様ァ」
わけのわからない会話を、わけのわからないまま二人は続けていた。
そういえば水羊羹が向こうの冷蔵庫にあったな、などと考えていた鴨川は、
目の前の不機嫌で不可解な眼をしているダースを見てたしかに頓珍漢だ、と思い直した。
ダースが南瓜を自ら被るという行為が、どうしても鴨川の中で実体化しなかったためである。
それも致し方ないだろう、現実のダースとはかけ離れた行動だ。
机の半分までを占領する巨大な南瓜は、あのいたずら好きな創造主が持ってきたわけでもない。
ただなんとなく、そこにあったのだ。
ご丁寧に空虚な笑顔をくりぬかれた、ランプシェードとしての橙色の南瓜が。
「・・・まさかアンタが造った訳じゃア無いでしょうな」
「冗談だろう。あんな芸当は私だとて無謀なものがある」
「アンタ不器用ですからねェ」
「煩い。貴様こそ満足に手を動かせるとは思えんぞ!」
「被ったら水羊羹でも差し上げますよォ」
あはは、とダースは今しがた鴨川が発した科白を使って笑った。
すぐ怒りにのぼせかける鴨川の頭に、その笑いは少しだけ別の意味を持つ。
ダースは鴨川が水羊羹を好きなことを知らない。
そもそも、その水羊羹自体鴨川のものなのだが、それ自体の事実を、彼はちょっと忘れた。
だが別に鴨川は南瓜を被る気なんてまるで無かったし、
自分の瞬間的な揺らつきにすぐ気づき、その考えを馬鹿にした。
何も気づいていない様子で、ダースは鴨川から視線を外して南瓜をじわじわ眺めている。
それを見て、ああこいつは何も知らないのだ、と鴨川は発作的に実感し、大げさに呼吸する。
とくに大きな感情もないまま、改まったように。
「・・・全く大きい南瓜だな。お前の頭でも余りそうだ」
「目方で見りゃア、アンタよりも重そうですよ」
「・・・そこまで私は細いか」
「そりゃア、勿論。何なら・・・・、」
「?」
自身を知らないのは互いに同じ、ということなのか。どうか。
自分の二の腕を白衣越しに鴨川は睨み付けてみた。
痩せている自覚はあるが、どれほどのものなのかは理解しがたかった。
そして俄かに近づこうとしたかと思えば、唐突に歯切れの悪くなるダースも鴨川には理解しがたかった。
まるで乗りかかった船から無理矢理降りようとする状態のように、その動きは中途半端だ。
「・・・・否。別に」
「何だ、お前。ややこしい奴だな」
ダースはその中途半端さをわざとらしく煙に巻く。あまりにわざとらしすぎて、鴨川が呆れるほどだった。
それを見てダースは笑う。笑って、南瓜を見る。鴨川はダースを見て、南瓜を見た。
まだ明るい部屋の中、鴨川はもう一度だけ、この日付に倣い、
南瓜を被って水羊羹を強請るダースと、それを渡す自分を思い浮かべようとした。
しかし、それは煙に巻かれてしまったダースの行動と同じように、
どうしても追いつくことのできない空想だった。

淀×鴨川












TOT #2


「知ってますか、31日。神がくれました、カボチャ」
「・・・・・・」
「やっぱ、ダメですかね。や、そうかなぁとも思ってたんだけど、来ちゃいました」
カジカは大きなカボチャを男の目の前で掲げてみた。
緩くはにかんだ微笑みが行き場をなくしてゆれて、上のほうで蒸発した。
久しぶりに男と会ったカジカは、以前男の所に来た時と殆ど同じ格好をしていて、
男が自分を覚えていてくれているだろうか、と、ちょっとだけ不安な表情を浮かべていた。
水晶は当たり前にきらきら瞬いていて、サンバイザーは安い光を帯びていた。
男はあからさまに嫌そうにカボチャを見て、鼻を鳴らす。
そのしぐさで、カジカは男が自分のことを覚えていると気づき、
ほっとしたようにカボチャを再び両手で持ち上げて、頭のうえに乗せる。
「ほら、でかいですよね、カボチャ。神もね、彫るの大変だったって。きれいでしょ」
「・・・行事ごとは、俺は好かねェぞ」
「知、ってます。そんぐらい。だけど、お菓子あげたかったんです。
 別に、つまんない悪戯とかしなくていいです。あ、お菓子、あげたくて」
「菓子・・・・」
首に乗る重みはそれほどではなく、案外機敏な動きでつっかえながらカジカは喋った。
しどろもどろの内容に、男はあきれ気味のため息をついて腰に手を当てる。
たしかにカボチャはおおきく、それは丁寧に彫られたまん丸の笑顔でくり抜かれていた。
カジカは男の視線に、両手で支えていたカボチャをまごついたまま地面に置いて、ポケットを探る。
そして、たくさんの菓子を男の目の前に差し出してみせた。
カラフルな色をしたハロウィン用の菓子が、
カジカの手の中でばらばらと盲目的に散らばって自己主張している。
「これを、俺にか」
「そうです。なんか、別に、食べてほしいとかじゃなくて、ただあげたかったっていうか」
「何でだ。他にやる奴ぐらい、居るだろう」
「そうかもしれないんですけど、おれも。だけど、なんか、やっぱ、あなたにあげたかったんです。
 なんていうか、返せるときに、なんでもいいから返したかったんです。ちょっとだけでも」
それを貰うことに大きな惑いを見せながら、男はじっとその菓子を見つめていた。
カジカは眉を曲げて、笑うようにも泣くようにも困るようにも見える表情でそんな男を見上げた。
「・・・おれ、沢山、あなたに色んなもの貰ったから。だから、これ、おれの勝手です。ハロウィン、言い訳です」
置いたカボチャに謝っているようにも見えた。カジカは吐き出すようにいっぺんに言って、
おもむろに一歩進むと、カジカの言葉に少しだけ驚いた顔をした男の手のひらを掴んだ。
「おい、」
「トリートオアトリートです。笑ってください」
思わず開いたその黒い手のひらに、カジカは優しく菓子を渡す。
ぱらぱらと、とりとめのない無邪気な菓子が男のぬくもりに委ねられる。
カジカは笑った。乾いた笑い声もあがった。
こうもり柄をした包み紙のキャンディがひとつだけ自分の手に残って、それをぎゅっとカジカは握りしめた。
男は取りこぼしそうな量の菓子を、地面に落とさないように両手を使った。
「・・・・カジカ。俺は、お前に、何一つやっちゃいないぞ」
「くれたんです。気づいてなくても、くれたんです。おれ、貰いました。ファットボーイさんは、沢山、くれました」
片手だけをつよく握ったままで、その労わりに似た仕草をカジカは眺めた。
男は苦しそうにカジカを見つめた。カジカはどこまでもやさしい顔をしていた。
「だから、ありがとうございます」
それを男は、やたらに重く受け止めた。
目の前で、にへら、と感謝を伝えるその姿はあんまりに儚くも思えた。
受け取った両手いっぱいの菓子は、カジカのぶかぶかした格好とも水晶とも大違いで、
この世のすべての善を集めたように、あんまりに、暖かく思えた。

ファットボーイ×カジカ












TOT #3


かぼちゃ、とロッテはカンタの目の前で呟いてみた。
自分勝手でうるさい男がうれしそうに運んできたその大きな野菜は、
この季節が好きな彼女にとって、決して迷惑な贈りものではなかった。
カンタは笑顔が彫られたその野菜をじっと丸い眼で不可思議そうにのぞいている。
ときおり、ロッテの赤い眼に吸い込まれるように視線がゆくが、ロッテはカンタを一度も見ずにいる。
濃いオレンジをしたかぼちゃは、カンタが乗れそうなぐらいに大きい。
ロッテはつい、とかぼちゃを撫でて、独り言のように言った。
「もうすぐハロウィンだよ」
「サウデス?」
カンタはそれに応えた。
わずかな疑問は、「ハロウィン」というものがなんなのか知らなかったからだろうか。
「そう。あんたはばかみたいな格好をして、あたしにお菓子を強請るの」
そんな不器用な質問を、ロッテは無表情まじりに捉える。
そうしろ、という強要未満のさし出し。
口に手を当てて、まるでさっぱり判らない、と言いたげにカンタはがくがくとする。
「サウデスカ?」
「あんた、もの食べられるのかな。甘いもの、好き?」
「サウデス・・・・・・」
「あたしはね、チョコレートが好き。チョコレートボンボンが好き」
そんな様子を見て、ロッテはわかんないか、と曖昧に微笑んでみせる。
向かい合って座って、かぼちゃを囲んで会話するふたりは冷たそうで暖かそうだ。
まるで今から熱を入れる、フォンダンショコラのようだ。
「とりあえずかぼちゃに火、入れよう。アロマキャンドルがまだ残ってる」
「サウデスネ」
「そう。だからマッチ取ってきて」
「サウデス」
どこまでも自由に、カンタはロッテの言葉にこっくりと頷いて立ち上がった。それをロッテは見ていた。
たたた、と音を立ててカンタはマッチを探しにいく。
目の前の存在が、瞬間的に消える。
ロッテはなんだか静かに、かぼちゃに視線をおとした。
でこぼこしているのにつるつるしているかぼちゃを見て、なんだかあたしみたいだ、とロッテは思った。
黒と赤で交互に塗った爪で、ロッテはかぼちゃを撫でた。硬かった。
カンタはとおくでがさがさをマッチを探していた。
ロッテはカンタにお菓子を作ってあげよう、となんとなく手に力をこめて、
今なにもかもが真実であるように、かぼちゃの色を瞳に刻みつけた。

ロッテ&カンタ












TOT #4


その日、自分も天使になろう、とヘンリーは思った。
いつも身に着けている簡素で美しい王冠を頭から外せば、さらさらとしたブロンドの髪が少し崩れた。
それをちょっと乱暴にヘンリーは撫でつけて、目の前の羽根と輪を見つめていた。
この国がいくら、極寒の国だとはいえ、今はまだ10月で、季節は秋だ。
いやに四季のはっきりとしている風の先はカラカラと紅い落ち葉が舞っている。
天使は手袋をしているだろうか、とヘンリーは考え、冬の彼女を想い描いてみた。
しかしそこに浮かび上がってくるのは彼女の大人びた笑顔だけで、
頬を赤らめながらぶるぶるとヘンリーは首を左右にふる。
そして手袋を取ってベッドに投げると、丁寧にあつらえて貰った柔らかな純白の羽根と、
ぼんやりと輝きを放つ光輪とを背と頭上にそれぞれ取り付けて、
オレンジの彩りと不気味な顔をして笑うお化けたちの飾り付けられた、それは広いお城の一室から飛び出した。
小走りに足を進めるヘンリーの眼にはトリックオアトリートの文字がかすんでいく。
その文字を見て、お菓子を持っていかなければ、とヘンリーは考え、
広間へ寄って綺麗にラッピングされたお菓子をこっそりとひとつ持ち出した。
両手にかぼちゃの絵のついたお菓子を持って城内から出ようとすれば、
誰かに会うたびに「今年は天使の王子さまね」などと言われて、
キャンディやらクッキーやらジェリービーンズやらをばらばらとたくさん貰った。
それは人に会うたびに増えていくので、やっぱりお菓子は用意しなくてもよかった、と思いながらも、
彼女にあげるものを人に貰ったもので代用してはならないと顔を上げ、
ヘンリーは城の扉をその身体で押し開ける。
外に出ると、広く視界が広がった。
一面は赤と黄で支配され、一度振り返れば城の外側までオレンジだ。
待ち合わせ場所は城を高く見下ろせる丘の花畑だ。両手に余るほどの菓子を抱え、ヘンリーは走った。
走れば息が溶け、わずかに白く濁った吐息に変わっていく。薄着の格好は少し肌寒くも感じた。
だがヘンリーはただただ走ったまま、どきどき心臓ばかりを高鳴らせていた。
羽根は重く、足が地面を踏みしめるたびにかちゃかちゃ騒いだ。
走り、走り、そうして幾ばくの間走っていると、ヘンリーは花畑へたどり着いた。
息を整えるようにその速度をゆるめ、ゆっくりと歩く。
そうすれば、そこにはひとつの人影がぼうっと立っている。
四方八方を見渡せる丘なので、人影はヘンリーにすぐ気づいたように手を振った。
「ヘンリーくん!」
一緒にとび出た高い声は弾んでいる。
ヘンリーもすぐに手を振り返して、まだ直りきっていない鼓動のまま、
「ポエット!」
と大声で叫んで彼女の元へと足を速めた。
遠めに見える彼女はやはり今日という日のためにあつらえたであろう派手な格好をしていて、
しかしそれは何かをモチーフにした服装ではないようで、
ヘンリーは自分の格好のあまりの単純明快さを少しばかり恥ずかしく思う。
彼女も小走りにヘンリーに近寄った。
手には菓子がひとつ持っており、それは可愛らしい色をしていた。
よくよく彼女を見ることの出来る距離に視界をどうにか合わせたヘンリーは、
上から下まで見えたその服装にちょっと驚いたように眼を開く。
「あ」
「あ・・・」
そして、彼女もまったくヘンリーと同じく、驚いた仕草で口を手で押さえた。
彼女は・・・、ポエットは、優しく輝く光輪のしたの髪の毛のうえに、ぴかぴか光るティアラをつけていた。
服はきらびやかな、ふわりと大きな輪郭をした素敵なドレスだった。
ヘンリーのお母さんがいつも持っているような短いステッキも、お菓子と一緒に手に持っていた。
それはまるで、とヘンリーは思った。思って、ポエットの顔を見た。
ポエットはじっとヘンリーの頭と背とを交互に見ていたが、
にわかにその視線に気づくと、ばち、と二人は見つめ合う形になった。
それを合図にしたように、か、とふたりは、いっぺんに赤くなる。
広い花畑の上で、それを隅から隅まで知っている顔をしていたのは、そこにいたコスモスたちだけだった。

ヘンリー×ポエット












TOT #5


「知ってるだろ?永遠の子どもの前じゃ、誰だっておとぎの国行きさ」
「ではトリートを要求する次第っ」
「むしろのトリックオアトリックでも可だけどね」
「えー、カボチャのタルトでも頬張ってろよ」
「足んない!プラス、砂糖菓子の城!」
「チョコレートの鯨でもアリ、うん」
「うっわー。ロマンチストは黙っとけー」
「「どっちが!」」
「あっはっは。その大層な杖は飾りモンかぁ?」
「あたしの魔法は、あたしの力じゃ制御できないの!」
「あたしのは人のために使うって決めちゃったから」
「めんどっくせえなあ」
「面倒にしたのだれ?」
「俺?」
「そう。だからお菓子かイタズラ選びなさい。おとぎの国のチケットはずるいです〜」
「ワガママな奴らー。最高のお返しだろーがよぉ」
「最高だから、ダメなんよっ」
「ん、最高なのはね、いつでも最後のとっときなんだよ」
「・・・わーったよ。じゃ、こいつは記念にとって置く。杖がありゃ、帽子がいるのとおんなじだ」
「帽子」
「帽子?」
「そーだよ。だから、次のパーティーはおとぎの国だ」
「は?」
「何言ってんの、神」
「ハーイ聞け、次はお目出度く、なんともキリのいい数字での開催回数だ!
 ということで、次のテーマはおとぎの国。ピーターパンの俺様にはピッタリの夢の国。おとぎの国」
「・・・ワケ分かんない、え?次?そりゃ、確かに、次は10で、」
「おーい、また思い付き?ちょっとォ、まさか、神?」
「ハッハ、思いつきで生きてきた俺をなめんなっつうの!」
「・・・・・・・」
「あーあ。知らないよー。あたし知らなーい」
「じゃあかぼちゃのタルト・・・って、もしかしてコイツは手付け!?」
「ああうん。それでいいよ。好きに持ってけよ」
「うわっ、てきとッ!」
「えー、ちょっとこの杖ホンモノなわけ?」
「あー、ホンモノだよ、振ってみろよ」
「えー・・・、ギャーッ!な、なんかヘビ出た、ヘビ!ギャッ、ギャーッ!!」
「ギャッ、ニャミちゃんこっち向けんなっ、ギャーッ!!」

MZD&ミミニャミ















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