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なななななな いち


「ガガガ、ギ、ギィ・・・・」
目の前の炎、もしくは霊魂。
それを見つめて、神はこめかみに手を当て、わざとらしく悩んで見せた。
同じく彼の目の前に居る、あでやかな衣装に身を包んだおんなの視線を受けて。
「・・・ひとつだけ、叶えてくれると言ったはずよ」
「言った。たしかに言ったな、俺」
女は紅い唇で、腕を胸元で組んだままにっこりと微笑んだ。
なにもかもを見通している、その仮面は冷たい。
神の言葉の冗談じみた温度が、仮面の無感情さに吸い取られていくようだ。半分の真贋。
「だから・・・これは、私の我儘。別に、永遠に戻せって訳じゃないのよ」
「一瞬だぞ。今回は俺の力じゃねえ。・・・むしろ、だから叶えられるんだ」
「・・・そうよね。でも、いいの」
今年の夏はすこし不思議なことになってしまった、と神は考える。
7という数字が奇跡的にみっつ重なるめでたい日と、その日のために行われる行事。
その「橋」を架けるために、天の川の使者は、地上の人々の願いを叶えることで想いの橋を作る。
しかし、今年はどうもその想いがうまく集まらず、橋を架けられるかどうか危うい・・・、
と使者の少女が、その日の4日前ほどにそんな悩みを持ちかけてきたのだ。
天の川を司るふたりの精霊は、その日を共に過ごすことで星々に光という輝きを与える。
だが、会うことが出来なければ星は光を失い、人々はしるべを失う、と言われていた。
ならば無作為に誰かに会って、その誰もに望みを聞き、叶えてやれば想いは満ちるのでは、
・・・そんなことを神は考えついたのだ。
使者はその提案に承諾してくれたが、自分の力はそれほど強くないと言っていた。
使者自身が想いを叶えなければ橋に繋がる想いにならない。
神が叶えるのでは、意味がない。
この、目の前に立ち尽くしている美しい佇まいの女の願いは、
となりで喚き声を上げて苦しがっている霊魂を、「ありのままの姿」に戻してほしいというものだ。
「・・・もっと、辛いことになるんじゃねえの?」
「そうかもしれないわ。でも、会いたいのよ。今の彼は今の彼で・・・とても愛しい。
 けれど、あの頃をもういちどだけ見たいの。すべてを失う前の時間に、もういちどだけ、戻りたい」
「・・・・・ロ、ォサ・・・」
哀しげな声で女は言ったが、その手は遠慮なく霊魂の頭へ向かい、ゆっくりとその身体を撫でる。
すると霊魂はうめくように女の名前であろう言葉を片言に発し、
神はすこし驚いた様子で女と霊魂とを見比べた。
「すげぇな。取り戻したのか」
「ふふ・・・これだけは言えるのよ。お利巧さんなの」
仮面の奥で、にこりと女は笑う。
それはこれからを生きるための決意でもあるのか。神は自分の顎をさわり、強い眼で女を見つめた。
「本当に、後悔はしねぇな」
「ええ、・・・これはただの、私の我儘。覚悟は出来ているわ」
かすかに頷く女の髪にめかし付けられた赤い花が幽かに揺れる。
霊魂は、いまだに彼らが何の話をしているのか分からないように不安そうな表情をする。
「なら、呼ぶぞ」
「お願い。・・・ねえ、貴方も彼を見たいでしょう。
 証人になって欲しいの。私と彼が、今ここにいる証を、貴方に託したい」
「・・・・ああ。構わねェよ」
辛辣に届かない、ゆるやかな託生。
神はゆっくりと頷き、そして彼女を呼ぶために指を鳴らす。
あと2日。数多に彩られる願いのそのひとつは、今、叶えられようとしていた。

鬼-BE×ロサ&MZD












なななななな に


「望み、と仰っていましたね。騎士様」
「そんな物に興味は無い」
「ええ。貴方様は無欲を友としておられる」
その場所で二人は、互いに向き合うこともなく、孤独の中で静寂と会話をしていた。
それは軽い濃度で訪れた一人の来訪者の言葉から産まれた拙い会話であり、
互いの感情という温度は、そこに微量にしか含まれていなかった。
「貴様には望む物が或るか」
「・・・私、ですか。騎士様、御当てになって戴けませんか?」
「・・・・・戯けた事は好かぬ」
そうでしょうね、と唇を引き上げただけの笑みを絶やさぬまま、影はなだらかに指と指とを重ねる。
透き通った、濾過の微笑みは冷たく、緩やかだ。
金糸のようになめらかな髪の毛が艶やかに舞い、騎士の視線を攫った。
甲冑に包まれた騎士の姿は冷徹で、一欠けらの温かみも存在していない。
地面ではない地面に突き立てたレイピアは硬質な形をして、その命を固持していた。
『願い』。
それは片方が片方の為にすべてを絶とうとしていた二人にとって、柔らかな難題でもあったのだろう。
にこやかにそれを訊いた来訪者は、明日までに願いを決めておけと言っていた。
「私は、・・・騎士様の事を何一つ、存じません」
「・・・成らば、如何した。悪を斬る其れ以外に、必要な物が在るか」
互いを絶つ、その願いのひとつは祈っていたであろう形で叶えられた。
影の纏っていた真の闇は、既にその腕には携えらていない。
おこがましさは無く、誘発も無く、二人の間には無感情な寄り添いだけが横たわっている。
騎士は訊いた。
この、生産性のない自分達の存在を、改めて問うように。
「知ろうとしては、いけないのですか。貴方の事を」
「・・・・・・」
しかし、その問いを無意味なものだと抗う仕草で、影は振り向き、騎士と視線を合わせた。
尊称の消えた呼び名。
そこには、影自身の想いというものが込められているのだろうか。
悲痛には満たない声、だが、押し黙るように騎士は姿勢を硬直させる。
揺れる筈のない感情と、欠けも満ちもしない筈の平穏。
願い、という言葉で揺すられ、浮かび上がる、真に、望んでいるもの。
愚かなだけではないのか、と騎士は感じた。
余りに透き通った視線を投げかけてくる影の表情は、熱を帯びているようにも思える。
「・・・騎士様。私は、願いたいのです」
「何故だ。意味は生まれぬ」
「貴方を、確かな私の意味だと願いたいのです、騎士様」
願い。
欲す、ということ。
頑なな真実のようなその表情を崩さぬまま、影は振り絞るように答える。
来訪者である、一人の神はその日、云った。
『お前らが本気で望んでること、叶えるよ。』
ならば、この答えが真実の、影の望みなのか?
訝しささえも忘れ、騎士は懇願するような影の祈りを見つめていた。
季節も風景も消え失せた楽園で、まるで、何もかもが確かな光を放ったまま。

ナイト×ルシフェル












なななななな さん


「どうだー?集まったか?」
「あ、神様!来てくれたんですね!」
遠い遠い雲の、もっともっと上。
その、あまりに広い青の中で、更紗は顔を輝かせた。
そこに現れた神の、のんびりとした笑顔を見つけたためだろう。
神はのそのそと更紗に歩み寄り、彼女の真正面で霧のように揺れる橋を覗いて感嘆に似た唸り声をあげる。
「おお。大分いい感じだな。もう少しってトコか?」
「はい!神様がいろいろな人に声をかけてくれたおかげで、かなり想いが集まりました!
 でも・・・ほんとに、あと、ちょっとなんですけど。少し、・・・足りなくて」
「ははあ。いつまでに出来りゃいいんだ?」
「・・・正午です。もう、あまり時間がなくて」
更紗は下の時間で言う当日の朝になっても、まだ祈りを続けている最中だった。
彼女の言うとおり、神の奔走のおかげで橋はほぼ完成している。
しかし、あと一歩のところで長さは両岸をつなぐまでに至っていなかった。
正午はすぐに訪れる。残された時間は少ない。
「そいつは不味いな。願いは尽きたか?」
「・・・はい。多分あと一人分願いがあれば、どうにか橋は出来上がると思うんですけど・・・」
「あ、そう。あ、じゃ、俺の願い、叶えてよ。な?」
「・・・・・・・え?か、神様の、願い?」
神は歯を出して笑って、どうよ?と首を傾げてみせる。
きょとん、と更紗は予想だにしていない答えに眼を丸くした。
「そ。あと一人っつんなら、俺でいいじゃねーか。それで、橋は架かる」
「それは、そうですけど・・・」
「じゃ、決まりだ!とっととやってくれよ、時間ないんだろ?」
神の願いを叶えるなんて、と更紗は少々逃げ腰になったが、その笑顔にも逆らえないし、たしかに時間もない。
胸で手のひらを組み、自信満々にしている神を更紗は見あげる。
「分かりました。・・・やるだけやってみます。でも、保障はないですよ!」
「ああ、好きにしてくれ」
自信に満ちた神の表情は何もかもを受け止めてくれているようで、
覚悟を決めてちいさく更紗はなにかを呟き、胸の中で組んでいた手を唇まで持ってくる。
それは彼女の祈りだった。
誰かの想いを、形にするための儀式。
少しずつ手を開き、願いを解放するために言葉を綴る。
啓かれていく感情。想い。七夕の夢。
「・・・・あれ?」
だが、その祈りは、手が完全に開かれる前に止まった。
眼を閉じていた更紗がぱちりと目を開け、神を不思議そうに見つめる。
「神様の願いって、なんですか?」
まるで自然に神が祈りの催促をしたから気付かなかったのだろう。
更紗はもっとも大事な「願い」を聞くのを忘れていたのだ。
「あ、願い?言ってなかったっけ?」
「言ってないです!お願いを聞かないと私は祈れないって知ってるでしょ、神様!」
「あはは、悪ィ悪ィ。えー、俺の願いなー」
とぼけるような神の仕草に、更紗は口を膨らませる。
ひらひらと神は謝るように手を振った。
「俺の、願いね」
「そうです!」
今日は無事、晴天だ。
曇り空や雨空が定例であるこの日に、太陽が覗くのは久しい。
夜になれば見事な星々が、ふたりの再会を煌びやかに彩ってくれるだろう。
神は精霊が1年越しの再会に顔を綻ばせる姿を想った。
この少女がその役割のすべてを担っていることを、心より尊敬しながら。
「・・・俺の願いは、この伝統がお前と地上の人の手でずっと伝えられていく事だ、更紗」

更紗&MZD















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