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聖#1


「鬱陶しい。あー、鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい」
様々な御託で並べられた・・・と文字に起こせばそう勘違いするような呟き、あるいは叫びだった。
冗談のように机の上にあふれた紙くずが、
今にも雪崩を起こしそうな山の形になってうず高く積まれている。
それを器用に、まるでパズルを解くかのように抜き取り、
不用意に燃やしている姿が端に確認できる。
ひとつ文字を書いては曲がり、乱暴な線でぐしゃぐしゃと塗り潰し、
それを苛立ちながらぐるぐると丸めている姿も見える。
「五月蝿いですねェ。書き物位、まともに出来ないモンですか」
そうだ、それはまるでジェンガをするような手つきでもあった。
悪態に似合わない慎重な指先は、この状況が虚々じみた遊戯の側面を兼ね備えている・・・ようにも、写る。
再度、しつこい部類に入るだろう紙を握る音が案外静かな場所に響いた。
眉間にしわ。人の苛立ちは、何かと分かりやすいものだ。
表情も、言動も荒くなる。
「貴様がいるからだろうが!研究室で火を使うな!」
両手で不器用に丸めた紙を、そのままの姿で苛立った学者が頼りない腕で投げ、見事に炎の的へ当てる。
一瞬でそれは燃え上がって、灰になって、それさえ溶けるように消えていく。
まるで矛盾している行動と言動。
講談師はすこし上を見やって、紙山を見て、
『こっちに置いてくれりゃ勝手に燃やすのに』という視線を放ち、
紙山からまたひとつを手にとり、熱さをのんびり保っている上部へと放った。
「アンタも解らんヒトですなァ。嗚呼そうだ、此れでも喰って落ち着いてりゃ好い」
それが美しく焼け死ぬと、気付いたように懐を探って、講談師は長四角の板切れをとり出した。
軽い質量のそれは炎と同じような色をして、紅さを保ったままの明かりと共に揺れている。
忙しなく進退を繰り返していた学者の枯れ木のような指先が止まって、そこに視線が行った。
「なんだ、唐突に・・・・・・、ん?」
差し出された謎の長四角はつるりとした光沢の紙に包まれていた。
それはよく見ればごくありふれた異国原産の菓子で、この季節には過剰に持て囃される菓子だった。
疑念に伸ばした声は徐々にかき消えて、不可思議な顔つきに変わっていく。
「どうしたお前。異常な光景だぞ、気でも触れたか」
「相変わらず失敬な物言いをしますなァ。あたしの口に合わないだけですよ」
『まったく意図が見えません』、というような学者の言葉は別段相手にたいした効果も与えず、
講談師は紙を抱え込むよう曲がっている細い腕に向かってぼす、とそれを投げた。
頬杖をついたまま、まるで食べてみろと下手な催促をするように。
「・・・くれるのか。毒でも入っているんじゃなかろうな」
そろそろと、警戒の色を丸出しにした格好でそれを受け取り、
学者は本来の役割をすでに放棄している万年筆を机に置いて、菓子を目の前に持ってくる。
販売店でよく見るその形はあまり目に馴染まない。
金にふち取られた名前が時々光に反射して輝く。
「扱い方何ぞアンタの勝手にすりゃ善いんじゃ無いでしょうかねェ。減らず口は癪に障りますがな」
あまり出会わない姿にお互いがお互い「珍しい目をしている」などというようなことを考えながら、
講談師は屈託なく悪態を並べ、学者は無表情に満たない疑念を交えて板切れをぐるぐる眺め回している。
見るところ、さし当たって感じられる細工はなさそうだった。
おもむろに包装紙の端を破り、艶やかな銀紙にくるまれたそれを取り出す。
「癪に障ることをするのはどっちだ。貴様の行いが悪いからだろう」
口と手を同時に動かして、学者はそのすべてを視界に晒した。
光る銀に浮かび上がるでこぼことした形と感触。
それを確かめてから、銀紙を破る。
講談師はまるで丁重なその扱いを眺めながら、珍しい目について幾許の考えを巡らせていた。
学者の薬品で痛んだ指先は別段悪くない温度だ、などと思いながら。
「そりゃア、アンタの行動には日々呆れさせて頂いてますがねェ。ええ、其の間抜けな仕損じやら」
またひとつ、揶揄するように紙を手に取り頭へ放ると、紙はゆるやかに燃え上がる。
感情の起伏は、なんだかそのまま炎の感触に表れているようにも見える。
手を汚すことなく、完璧な長四角を上手く小さな一片に折りやった学者は手を止めた。
「・・・ふん。減らず口など独りで好きなだけ叩いていろ、異形め」
いつもならまだこのか細いながらも粘り気のある口論が続くのだろうが、
同じく相手の珍しい目について考える学者は欠片になった菓子と講談師とを見比べて、
思ったより唐突に、言い合いを打ち切るような言葉を告げる。
そして口を挟ませないためか、菓子を銀紙から取り出し、いきなり唇の奥に突っこんだ。
銀紙ごしに学者の指先の温かさに触れていた菓子はその性質からわずかに溶け出していて、
口腔に菓子を入れこんだあとでそれに気付いた当人は、無造作な仕草で、菓子を舌で舐めとった。
甘い芳香、苦い麻痺の味。
舌の熱で溶ける菓子は学者の好む甘味にはない感触で、少しだけその味に学者は頬を緩ませる。
「・・・アンタ、あ、否。・・・そう謂う意図じゃア、無かったんだが、なァ」
それを逐一、呆けるように見ていた講談師は、全体どうにも予想していなかったそんな行為に、
若干唖然、いや、呆然ともしながら、ふたつほどの意味を含む科白をなかば意識せずに吐いた。
そのせいか再び紙を取ろうとしていた精密な手先があっけなくぶれ、紙の山は雪崩のように崩れる。
どさどさと乱暴に、我先にと言わんばかりに紙が手の上へと乗っていく。
「・・・どうした。不味くはないぞ?」
学者はまるで似合わない、気圧されたような雰囲気を漂わせる講談師の様子に些か眉をひそめたが、
取り繕うような言葉をつけ加えると、崩れ去った山の紙つぶてをひとつ取り、講談師めがけて投げる。
その行為はなにもかもを存じていて行った狡賢いものにも見えたし、
すっかり知らない事柄に対しての素直な反応にも見えた。
二度目の命中に紙は喜ぶように消えていく。
「・・・そりゃ、結構な事で」
珍しく噤むように喋りながら、自分の炎はきちんと紅い色を保っているだろうか、とか、
八方ふさがりに下らないことを考えて、講談師はぱくりと間抜けに口をあけたままの、
自由気ままな悪魔・・・もとい、金と赤で彩られた厚紙を睨んだ。
学者はまた銀紙を手に取り、菓子の全てをちいさな欠片にしようと目論んでいる最中だった。
微かな喜びの透けるそんな表情が苦手だと講談師がまったく素直に実感するのは、だいぶ後のことだろう。
既に互いの珍しい眼なんかは、泡のように消えていたのだから。

淀鴨
(チョコレートはガーナ)












聖#2


「おい猫ッ!」
それは中々急な訪問で、少女はあからさまに顔を歪めた。
この男がいつもここへやって来るときは逆毛の立つような感覚が襲ってくるのに、
今日それがないのは、何故か男が慌てたようにここへ来たから、だろうか。
その詳細は、全く以って不明である。
「・・・・何」
少女はストレートなあからさまさを崩すことなく、しかしまあ、情け程度に返事を返した。
何処から持ってきたのか、白い毬をミトンの手でとんとんとついている。
「ドゥームから聞いたぞ!貴様、渡せ」
そんな光景を蹴るようにすっ飛ばして、男はびしりと真っ直ぐに腕を伸ばす。
『ドゥーム』という人物は男と仲が良かっただろうか、などとうろ覚えじみた記憶をたぐりながら、
「何を」
と少女は無感情にこぼした。
目の前に広がる黒い爪と白い指先は、少女の肌のいろとすこし似かよっている。
「全く使えない野良猫だ、今日を何時だと思っている!」
多少、苛立ちまぎれに言い放った男に、
ようやく少女は毬をつく手を止めて、その「今日」をたぐる努力をする。
ここでは日付や時間という概念が希薄なので、
何故今日であるのかを思い出すまでに多少時間がかかったが、
ふと、渡せ、だのという単語で気付いたように顔をあげた。
「・・・その日は、愛しいヒトにそれをあげる日。何を勘違いしているの」
顰めた眉で告げる。
ひとつだけそれに合点の行く日。
それは誰にも感情を寄せることのない少女にとって、なんら関係のないはずの日だ。
故に、男の態度もただ理解不能の域へと達していたが、
男はそんなほうぼうの事実をまるで気にせず、一歩、少女に歩み寄った。
「勘違い?何を戯けた事を云う。いいから寄越せ、猫」
それと同時にずさ、と少女は毬を持って後ずさる。
だから持ってないって、と言いたげな睨みはあまり効かない。
ふたりしか居ない空間はあまりにも閉鎖的で、あまりにも息苦しい。
まるで男が望み、女が振り回されているその菓子で、
どろどろ窒息するような、いびつな甘ったるさ。
「・・・わたしはここから出られない。だから、そんなもの用意できなかった」
それは単なる言い訳で、少女はどうにか頑張ればこの場からも抜け出すことが出来たし、
別に少女は初めから男へそういった贈り物なんぞを用意するつもりなんてこれっぽっちもなかったのだが、
たぶん男はそれを知らなかったし、気付かなかったのだろう。
ちょっと訝しい顔をしたあと、早口でそれを言った少女の毬を、音速みたいなスピードでとった。
「あっ」
「成程。ならばこれを代わりに戴こう。猫、深く問い詰めない事を有難く思うんだな」
とっさの行動に反抗の余地なく、ただの驚きの声のみをあげた少女を満足そうにして、男は背を向ける。
片手でぼやんと毬を放り投げ、片手でそれを器用に受け取る仕草はまるで賑やかな子供のようだ。
「・・・・・・」
少女は毬を持っていた手の格好をそのままにして、意気揚々な背中を見送っている。
そんな男の幼稚じみた表情や態度は、
今まで少女が見ていたものとはだいぶ違うような印象をして飛び込んできた。
それはいきなり自分の感覚を惑わせる温度のものを見てしまった気がしたので、
ぶるぶると記憶をふり落とすように、少女は頭を振った。
そして男は甘いものが好きだったのかどうか、
とまるで見当違いなほうへ頭を走らせて、ごし、とミトンで自分の頬をこすった。
男がやたらめたらに片手で投げている白い毬はなんだか真っ暗なその場に輝く、丸い月のようだった。

極なの












聖#3


「アンテナ屋さん。心はどこにあると思う?」
それは風が強い日でした。
僕と彼女は、正午をすこし過ぎたのどかな時間に、そうしていつものように屋根へ登っていました。
風がごう、と吹くたびに風見鶏についたプロペラと、彼女の『アンテナ』が同じように強く回ります。
「心?それは勿論、この中でしょう」
彼女との言葉遊びは嫌いではありませんでした。
僕はとんとん、と軽い力で自分の左胸を叩き、彼女に向かって笑ってみせます。
体育座りのような格好をした彼女は、あごに手を乗せてほほ笑んだまま首を傾げました。
「それは、心臓。心ではないわ。」
彼女の言う「心」とは、どうやら精神的な意味での心のようです。
僕は案外、そういった意味での心も心臓に内包されていると考えていたのですが、
彼女は自分の言いたい言葉を僕の口から問わせようと仕向けたがる変な癖があるのです。
長い髪を結った髪型を風に揺らせたまま、僕はそうですね、と小さく零します。
「では、心は何処にあるのでしょう?それを聞いたお嬢さんなら、それを知っているのでは?」
ごく簡単な質問は、美しく可憐な彼女の笑顔を誘いました。
的確な言葉に満足しているような表情です。
こんな時、僕はすこしだけ自分のことを誇らしく思います。
「そうね。・・・ねえ、アンテナ屋さん?今日という日をご存知?」
眼下に広がる途方ない家々を眺めて、彼女は細くかろやかな指先で空気の糸を織り上げます。
僕はそれをゆっくりと追いながら、今日という日はどんなものだったろう、と考えます。
しかし、僕の頭には彼女が求めているような理由は出てきません。
左右に首を振り、憂いげに僕は彼女に向きあいます。
「申し訳ありません、お嬢さん。僕には見当もつきません」
ため息をつくように答えた、僕のその言葉、その態度、その台詞。
それを全て知っていたように、彼女は聖女のごとく破顔しました。
「ええ!そう。だから、だからこそ、私は訊いたのよ。」
そうして、彼女は静かに、衣服のポケットからとても鮮やかな赤い紙に包まれた、素敵な箱を取り出しました。
「お嬢さん?」
僕は問います。彼女はそれを僕に見せ付けるように手のひらに置きます。
・・・ああ、そういえば今日はやけに、街が色めきたっていた。
そんな事に僕は今更気付きました。
そうやって、常に後手の僕はようやくこの時、知るのです。
彼女のその言葉、その態度、その台詞、そこに至るまでの全ての、その、素晴らしい意図を。
「アンテナ屋さん。知っている?心はね、ここにあるのよ。」

釈迦












聖#4


「「かーみっ!」」
「あんだよー、うるせーな」
「バカなへらず口を叩きなさんな!ホラホラ、受けとれ受けとれっ!!」
「あ?チョコ?ああそうか、今日はバレンタインか」
「なーに言ってんの、イベントには誰よりうるさいくせして!」
「そうそう!ちゃんと今年も手作りだかんね!バリバリ喰いなさい!」
「おーおー仕事も忙しいのにご苦労さんなこと。はいよ、有り難くいただきますよ」
「それでいいのだ!絶対旨いぞ!?」
「なんと!今回はドキドキなロシアンルーレット型だからね!きーっと神も楽しめるっさ!」
「ロシアン・・・おい、中に何入れたネコとウサギ」
「何入れたっけ?」
「タコとか」
「ああ!そうそうタコとか」
「てめーらこれが何だか分かってるよな」
「「チョコレートです」」
「よく分かってるじゃねーか。他に何入れた」
「えーと何入れたっけ?」
「キムチとかー梅干とか。イカの塩辛とか?」
「うん、珍味珍味」
「珍味珍味じゃねーよ。おにぎりじゃねーんだよ」
「なんと!さすがに神でもチョコをご飯には変えられませんか!」
「まあそりゃそうだよニャミちゃん。だって無意味だもんその魔法」
「お前らに敬うって気持ちはねーのか、ねぇ。俺神さまよ?」
「神は神でもバカなんだもん」
「そんだけ好き勝手やる神様にはそいつがお似合いですよ、MZDさん」
「・・・けっ、タコだのイカだのじゃなくてマトモなもんは入ってねーわけ?俺の舌死んじゃうんですけど?」
「なにを言う!あたし達がまともなブツを入れないと思って!?」
「思う。俺すごくそう思う」
「バカなっ!とっておきのモンを入れておいたから、安心しなさい!」
「YES!もうね、これ以上ないくらいのプレゼント!」
「・・・で、何入れたの、ミミちゃんニャミちゃん」
「「MZDへの、愛!!」」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・あれっ」
「えっ、ちょっと神、そこ、涙ぐむトコだよ、ほら、早く泣いて泣いて」
「そーだよ、ほら、そんな口開けてる場合じゃないって」
「お前ら・・・・」
「はっ!なんだ、これ、もしや、外したか!?」
「ま、まさか!この状況が寒いとかそういうこととかないからほんと、ないよねニャミちゃん!?」
「なっ!あっ、MZD!て、手作りなのはほんとだかんね!ろ、ロシアンルーレットもほんとだけど」
「あ、なんか今、すごい墓穴掘った、すごい墓穴掘った」
「ちょ、二回いうなバカ!バカミミ!」
「んなっ、バカとはなんだこのバカニャミ!」
「ああっ!?先にバカって言ったほうがバカなんだぞバカミミがあっ!」
「はあ!?バカって最初にいったのはどっちだバカニャ」
「ねえ、お前らバカでしょ」
「「お前がバカだ!バカ神!!」」
「・・・バカな奴らの愛って重すぎるわ、これ。ねえお前ら代わりに食ってよ」
「バカな神にはちょうどいいって!どーんと行けって!」
「そうそう!愛は本物!中身はゲテモノ!」
「あはは、ミミちゃん巧い」
「お前らがゲテモノだっつーの」
「何を言いなさる!今日は年に一度のセントバレンタインデー!ありがた〜く戴きなさいッ!」
「その通り。どーせいっぱい貰うんだから、インパクト強いほうがいいっしょ?」
「・・・ま、その精神は買うよ。サンキュ」
「よしよし!ハッピーバレンタインデー!みんなみんな太りまくれー!」
「太れ太れー!ラブ&ピース!!」
「おーい、とりあえずコレ、どれに節足動物入ってないか教えてくれる?」

神&ミミニャミ



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