劇薬石鹸


つまらない話だね、と呟けばいつものようなしかめ面を誘って、いつものような手ぬるい手つきを受ける。
蛍光に滲む空虚な眼から浮かぶ怒りと呆れは常に軽やかな速度で襲い掛かり、
僕はいつでも、たまらなく心地良い気分になるんだ。
例えばその熱い温度であるとか、心底嫉んでいるような眼つきだとか、乱暴な仕草、だとか。
何もかもが特別なスパイスとなって、背筋から脳へ伝わる恍惚が僕のすべてを支配する。
それは常に、この世のものではないような感触をして、緩慢に、しかし確実に僕を包んでいく。
君はそんな事信じないだろうし、信じて欲しくもないが、
きっと僕は君から受ける侮蔑や嫉妬と言うものを恐ろしく好いているのだろうと思う。
言葉で顕すのは酷く醜いのだろうと理解していても、どうしても、抗えない。
下手なやり方ばかりを用い、僕は君の悪意雑じりの感情を獲る。
そして震えるんだ、浮かんでは沈んでいく快楽の波をこの身体で受け止めることに。
君は知らない。
何も知らないんだ、実際、僕がどれほど君に傾倒し、君に溺れているのかを。
この倒錯的な思いを知らない君が居るからこそ、ここまで極端に、僕は、君を、好く。
暴力と憤怒の中で己を爆発させる君を、全く愛しいと何度も、何度も、確認する。
「・・・漸くん」
僕は君の名を呼ぶ。
余りある君の感情の全てをもとめ、全てを飲み干し、微笑むために。
君はまた鮮やかな緑を棚引かせ、不機嫌な顔で僕を罵り、鮮やかにいたぶるのだろう。
こんな関係を心から蔑み、歪だと、罵るのだろう。
ああ、知っているさ、漸くん。
だからこそ君は僕に惹かれ、僕は君に、惹かれたのだから。


2P鴨川















咲く気化


「なんだろうね、」
わずかばかり憔悴したまま、俺は云った。
息を吐き出すように、あまりに、自然に。
その時の俺の顔は、まるで世界のすべてが自分の感情を裏切ってしまったみたいに、
頼りなくておぼつかない、迷子のようなものだったんだろう。
「・・・なんだろうな、」
その感情は、言い知れない不安とも似ていた。
ざわざわと胸がさざ波を立てて、落ちつきなく揺らめき続ける感覚。
理由は、はっきりしているのだ。
どくどくと強い鼓動を唸らせて鳴りつづけている心臓がその証明だった。
俺は今一度記憶を描き出して、まぶたの裏にその光景を蘇らせるように深呼吸する。
あの黒いドレス。黒い髪。孤高に寄り添う百合の花。素足の肌。
そして、闇と光の明滅を繰り返す瞳のいろと、こころを内包した歌声。
一目見た瞬間に、そのすべては俺の中に刻みこまれた。
生命を詠う絶望と切望が、俺のすべてを飲み込んだ。
圧倒、だった。
それは言葉を失うほどの、孤独、だった。
「あんな人が、いるのか」
瞳に焼きついて離れない、真摯で真っ直ぐで、痛ましくも神々しい姿。
一瞬だけこちらをとらえた視線は、矢のように俺を射抜いた。
顔を両手で覆うと、暗闇の奥にまざまざとステージの風景が浮かぶ。
あの声も。あの姿も。あの顔も。
張り上げるでも叫ぶでもなく、無感情に己を吐露する少女のことを忘れることはきっと不可能なのだと俺は感じた。
汗でしめった両手を握る。喉が渇く。呼吸さえ、支配されているようだ。
もう彼女からは逃れられない。
あまりに鮮明な理解は俺の中を駆け巡って、何度もあざやかな発光をくり返していた。


テルオ















アオイロ


例えば僕が世界のすべてを裏切ったって、世界はどうってことないって顔をしているのだ、間違いなく。
僕らがテレビ越しの直視できない事件をどうってことないって顔で見ているように。
「せんぱーい」
先輩はどうってことない顔で寝ていた。
だから僕は荒々しく先輩に声をかける。年上の幼なじみ。
隣で立てる寝息は、案外静かだ。
「・・・寝てます?」
つまらなくてどうでもいいことを考える僕の顔は、どうってことないって表情をしてるんだろうか。
僕の世界のすべてを裏切る僕を想像するとき、僕はどうしようもなくぞくぞくする。
全身の血液が瞬間的に沸点に達してしまったように、僕の脳は熱に膨れ上がって心酔する。
『ぼくだけが、ぼくを裏切ることができる!』
「・・・寝てるんだ、ホントに」
ゆっくりと寝てる先輩に顔を近づけてみる。
狂気の沙汰。だれかはきっとそう言う。
そう言われる僕を想像する僕は、きっと今この1秒の間にも僕自身を裏切っている。
すぐ近くにある浅黒い顔が穏やかだった。
腹が立つのでも悲しくなるのでもなく、あたりまえのように目が覚めたら驚かれるのだろうと思った。
それが普通だ。
すばらしい普通の中で僕らは生きているから、それはとてもすばらしいことだ。
「・・・・ん」
起こさないように身体を起こした。
そしてゆっくり伸びをした。
先輩を驚かさないことで、僕はきょうもまた僕を裏切った。颯爽と。残酷に。
ぐっ、と息を吸い込めば、秋空の冷たさが肺に染みた。
僕だけが僕を裏切ることができる。
でも、それは、裏を返せば、僕は僕を裏切ることしかできない、ということなのだ。


ハヤト















そのあと


ああ、またいろんなことがあったね、と、ひとりで、笑った。
影は眠りこんだふたりを気遣って、どっかから毛布を引っ張り出していた。
確かに寒い。ふるえるほど寒い。
それでも今、妙に顔と胸が熱いのはなんでだろうね?
自分へ問い掛けてみれば、耳に残ったふたりの言葉が反響してくる。
まるで新鮮な空気をフレッシュパックしたように、どうしようもなく、鮮明に。
『ありがとう、MZD。この10年は、神さまが居てくれたからこそ!』
・・・16回目の幕が下りて、歓声と拍手の中で、ひとつの感謝を受け取った。
ひとつ、と喩えることが出来る「それ」は。
けれど、この両手では抱え切れないものなのだと、思う。
なにかしらの形に出来ないそれは、なにかしらの形に出来ないからこそ、どんなものより強く尊い。
荷物に押し込められていた毛布をようやくすべて引き抜いた影は、俺にそれを見せびらかすようにしてきた。
笑ったままの顔を強めて、すごいな、と呟く。
にこりと微笑み、影はそのままぐっすりと寝息を立てているふたりの肩にそれを乗せた。
1日中騒ぎ通して、1日中語り尽くしたパーティーの要。
とんでもなくおめでたい奴ら。
寝ている顔は疲れているのに笑んでいる。この場所の歴史の話題に事欠かず、
「もう時間!?」なんて驚いていたのが5秒前に思えるほど、まだ身体の中で余韻が続いている。
パーティーが終わると、いつも、こうだ。
それが今回はとくべつに、身体の中じゅうを駆け回っている。
沸騰して、高揚してる。
なんだろうね、とぐるぐるした感情にため息をつけば、じわりと胸がうるんで震える。
二人が寝息をたてて、影が得意げにこっちを見て、それを、俺はたまらない気持ちで見ている。
顔と胸だけが熱かったのがいつの間にか全身に巡ってて、鼻の奥が軋みを立てていた。
受け止められないそれらが、俺の中で確かな一部になっているから、だろうか。
飲み込むのも同化させるのも勿体ない、その想い。
こころってものを想像して、感情ってものを思い描いて。
・・・それが、この熱さなのかね。
影がこっちに戻って、くるんと回った。
その度に星がおどって、二人の間を駆け抜けた。
歩いたあとが道になるなら、俺たちの3本線はどんな形の道になるだろう。
ひとときの間考えて、きっと、マヌケな形だろうな、と思う。
俺たちは、それでいい。
それが、いい。
だからこうして笑えていける。
素晴らしいすべてが終わって。そうすれば、また始まっていく。
さあ、起きたら次の準備だぞ、お前ら!


神と、ミミニャミ


















未過呼吸


冷たい海の中に居るようだと男は思った、
それはあまりに唐突な災厄のように男の身へ降り掛かった、
その光景はまるで当たり前だという顔をしてそこに存在していたのだ、
暗い部屋の中の累々たる赤、
こびり付くような体液の鮮やかな色、
赤、赤、赤、赤、赤、の、恐ろしい氾濫だった、
むせ返るような鉄の匂いが広がって嗅覚の鋭い男の性質を顕わにする、
影のひとつは蹲り、
動かないその形は気を失っているようだった、
一歩を進み、男は床一面に散らばるそれを見る、
ばらばらと抑揚も感情もなく細かくなっているもの、は、確かに、
縮こまった影の一部であったものだった、
血液の赤、影の黒、肌の蒼白、
すべては干渉し合い、まやかしの直前の姿で己を誇示していた、
叫びたくなるような衝動を抑え、
男はゆっくりとしゃがみ込み、原因であろう身体を揺すった、
その手には鋏が握られていた、
そこにも赤が染み込んでいた、
何よりも目立っていた頭のものは、
残骸として足元だけに打ち捨てられているために短く拙い存在となっていた、
まるで人間のように、
しかし男は表情を歪めたまま、反応のない身体を肩に抱えた、
重みが伝わり、シャツには新鮮な赤が頭から垂れた、
生命の雫としての赤はどこまでも鈍感だった、
引きずるようにリビングのソファーに横にさせ、
適当な布を裂いてそこへ巻き付ければ染みる色が不快感を誘った、
同時に思う、
「何故」と、「愚かだ」と、
苦しみに過度な呼吸を続ける身体は生気を失ったまま辛うじてこちら側に留まっていた、
「生きていた」、
それをまっすぐに見据えた男は何度も確認するように心の中でつぶやき続けた、
凍えた陽の中で訪れる場所へ向かわないようにと、
闇に連なる沈黙に看取られないようにと、
何度も、何度でも繰り返し、
目の前にいるその表情をとらえ続けた、呼び続けた、
それは、乞うように続けられていく祈りにもよく、似ていた。

スモーク&エッダ


















髪結の虹


少女はめを閉じ、時計をゆだねた。
しろい服と、にじいろの髪の毛がまっていた。
ツルのようなくろい色もまっていた。舞っていた。待っていた。
少女は唄うのがだいきらいで、しゃべることがすきだった。
ひとりきりだった。
ひとりきり以外は、きらいだった。
「すてきなせかい」
せかいは素敵だ。ありとあらゆる無垢さだけをかき集めたせかい。
止まったままの、すばらしきこのせかい。
時計はゆだねたままで、針はうごくことがだいきらいだ。
ぶかぶかの服はちいさな身体のなかでうずくまって、つめたくて、あたたかい。
「しあわせ、ですね」
少女の中の、「わたしにとってのしあわせ」をたずねることはできない。
少女はしあわせとつぶやく。
ふしあわせとは呟かない。それはふしあわせを知らないからだ。
ふしあわせを知らないから、少女はきっとほんとうのしあわせも知らないのかもしれない、
けれど少女はしあわせだ。
そうやって、じぶんをしあわせと思っているのだから、彼女はずっと、幸福だ。
「たのしい、ね」
ながれる時間を止めることができない。
それは外がわの誰かが言っていたことだ。
とまらないから楽しい。とまらないからつらい。
でも少女は、なにも知らない。
にじいろだけが美しい。にじいろの目だけがうつくしい。
少女はだれだろう?
でもそれは、だれも知らない。
「さみしい、ね」
なにがさみしい?
「さみしい、よ」
どうしてさみしい?
「さみしい、の」
少女はこたえてはくれない。
絶対的ななにか、を時計だけがまもっている。
扉はない。くろさはある。けれど、黒も白も少女をみちびいてはくれない。
じたばたと少女は寝ころがったまま、めを閉じたまま、ちいさくあばれた。音がした。
それでもなにも起きない。
少女がたのしくても、しあわせでも、さみしくても、ここでは何も起きない。
ちかちかと白いはしで数字が舞った。
1から12までのまいごたち。時計がすてた数字たち。せかいがすてたオフィーリア。
どれもに無垢はつみかさなって、少女は寝ころがったままあばれるのをやめた。
さみしくても、たのしくても、しあわせでも。
だれも、少女を見つけてはくれないのだ。

オフィーリア


















シューティングスター


きみを生命だと見出したかったぼくの願いが空にのぼるようになったころ、
ぼくはやっと目をひらいた。
白いけむりは、きみの身体が焼かれていくような気がして、
ぼくはすこしだけいやな気持ちになった。
苦い味だけがひろがるけれど、それは夜のまやかしだ。
なんにも変わらない日々だけがつらなって、ぼくをきみの遠くにおいていく。
星たちはぼくが泣かないように、ぼくをちいさなオオカミにした。
月はきみがさみしくないように、きみを青いギターにした。
いつだって、きみはぼくの命だった。
だから、きみが生命として存在していたって、なんにも悪くないとぼくは思っていた。
うそつきのぼくは、うそつきのオオカミとして空をめぐる。
ギターをひく。きみを奏でる。星のメロディー。
いつだって、ぼくたちはいっしょだ。
きみが生命じゃなくっても、きみはギターになってぼくの思いをうたにする。
うそつきのぼくを、うそつきのオオカミとしてこの空にとき放つ。
ばってんでこころにフタをして、きょうもぼくは光をみる。
白いけむりじゃないもので導かれたきみのように、ぼくは毎日、目をひらくんだ。

オオカミボーイ


















喪失の棘


「お前の声だよ。使いモンに成らねェ、喉だ」
見えない目が、見開かれたような気がした。空気が震え、唇は戦慄いた。
ああ、そうだ。
俺はただの、卑小な奴だ。
「俺はそれだけが欲しかったんだ。判るだろ?」
自分への嘲りを武器にする、それは余りに汚いやり方だと分かっていた。
何を犠牲にして、何を守る。
そんな尊びを考える頭は、俺には存在していない。
くすんだ金髪が揺れて、肩が揺れて、染み込んでいく言葉だけが無防備になっていく。
傷を付けるやり方は、身体を切ったり殴ったりするだけではない。
何度も何度も確かめながら、俺はこの瞬間まで、未だにそれをきちんと理解してはいなかった。
「・・・もういらねェんだ、何もかも」
捻じ曲がった心は俺の中で溢れ、毀れ、誰もが顔を背ける凶器になった。
吐き捨てる声が床に落ちて泥を纏う。
真っ直ぐに放る視線の先には、立ち尽くした姿がある。
それでも。
「・・・」
声はない。産まれない。
『生み出せない』、と。そう思っていた。
細長い背、青いコートの一張羅、一生伸びていく樹木の角、青い鼻、金髪と、色素の抜けた肌。
声のない叫び。ギターを操る指の動き。
何もかもを失っていたのは、いつでも、ただひとりの俺だけだった。
不要だと、必要だと、欲しいと、欲しくなどないと、
ぶざまな問答を繰り返しながらここに居続けることの意味。居続けたことの意義。
・・・俺は、何を守りたかったのか。
微動だにせず立ち尽くしていた姿は、夜に映えたまま動かずにいた。
しかし、俺が再び口を開こうとすると、ゆっくりと足を進め、俺の横を通り過ぎる。
「・・・」
言葉はない。声もない。
穏やかな動きには悲しみも侘しさもない、乾いた感情だけがある。
俺は振り返り、その背中を見た。玄関へ向かう両足も、見た。
暗い部屋の中、いつか初めて見たような影がそこにはあった。異形の、化物のような姿。
それでも、それは既にすっかり視界に馴染んだ形をして、俺の前から去ろうとしていた。
俺が掬い、俺が棄てた男自身の、姿のままで。

スモーク、エッダ


















自我


私を。ここにいる、私を。

「・・・」

眼を開けた。そこには、私というぬくもりが存在しているだけ、だった。
いつかに刻んだ傷みや辛さをおろかに雪ごうとしている、よごれた、私そのもの。
そのぬくもりを私は抱いていた。ゆっくりと、立ちつくしたまま。
不用意なぬくもり。あたたかい、と思う、こころ。
それはなにもかも冷たくなった私の、たしかな体温。
よごれた私の、あたたかみ。

「・・・」

私は私をだいていた。
いつかに刻んだ悲しみや苦しみを不様にすて去ろうとしている私を。
こわれた熱が私を覆う。なみだが止まらない。
孤独に隠されていたものの、すべて。
鳥かごの中には、だれもいなかった。ただ、私は私をけしていた。
『何をもとめるの』。
私は私をだいていた。
不用意な想いを、なんども、なんども、とり零しながら。

「・・・」

ここに、ここにいる、わたし。
眼を開けて。眼を閉じて。くらやみが叫び、ひかりが唄った。
ここに。ここにいる、わたし。
私は私にだかれていた。曖昧な力。はやい心臓。いきている音。生きている、おと。

「・・・」

私は私のおとを聴いた。
わたしは。わたしも。生きているのだと思った。
眼を閉じた。眼を開いた。
ひかりは溢れ、くらやみは眠った。おとが響いた。私はそこにいた。
いきている。
私を。ここにいる、私を。
たしかに、ここで生きている私を、しずかに、こころのなかで、抱きながら。

かごめ


















叫号風車


身体が俄かにひび割れていく感覚が、彼を襲った。
鈍い身体を弾けるように起こせば、そこには未だに慣れない「家」と「部屋」が彼を暖かく迎えている。
暗がりに支配された部屋の中、その温度はひどく緩やかに優しい。
荒げる寸前の息を整え、うまく寝床に収まっている身体を彼はゆっくりと空気に晒し、起き上がる。
「・・・・」
頭が重いのは、同じく慣れない酒というものを飲んだ所為だと彼は思う。
ベッドから身体を降ろし、ひたひたと素足のまま冷えた床を歩いた。
彼をこの部屋に誂えた男の姿は見えない。
外出しているのか、眠っているのか、その判断も彼にはつかない。
すり抜けるようにして、廊下を進む。ほどなくすると、あまり広くない玄関に行き当たる。
「・・・・・」
数秒、簡素なノブを見つめると、彼はそれに手をかけた。
彼の現実と、男の現実の境界。それは、破ることなどあまりに容易い境界だ。
空の支配者である月も、その従者である星も、
彼らのそれの前ではただの傍観者として夜に磔られてしまう。
だからこそ、彼は、いつも夜の空気に冷えたノブの重みを己で知ることになる。
夜毎思う。
『ここにいてはいけない』、と。
そして苛まれ、去ろうとする心は問う。
『ほんとうに去りたいのか』と。
ノブの持つ金属の冷たさを身体の芯まで染みさせるような硬直のあと、彼は徐にしゃがみこんだ。
彼は知らない。その弱さを昇華する術を。
嗚咽に満たない、声にさえ満たない呼吸が、彼をわずかに支配する。
いつか見ていた景色のように、雪というかりそめの永久に埋もれたいと彼は思った。
続く保障など何処にも無い、眩くも脆い「今」が崩れさるいつか。
それに脅えることなく過ごすことなど出来ない、と、
ふるえた喉を戦慄かせたまま、彼は音のない叫びを上げた。

エッダ


















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