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オワカレ


孤独、とは全く違う場所に、わたしはこうして立っている。
それはどこかでは『死別』という鮮やかな言葉で顕されてしまう境遇なのだろうけど、
わたしは、その別れとは全く別の、なにか、あまりに穏やかな痛みの中にいる。
それはきっと『死別』ではない『失恋』のような心の悼みで、
確かにわたしはこの眼で貴方の骨の形さえ見ていると言うのに、
貴方がまだどこかで当たり前のように呼吸をしていることを無条件に信じている節がある。
それがばかなことだとわたしは判っているし、貴方はもう居ないと確認できることが沢山あって、
やっぱり貴方はこの世界から消えてしまったのだろうな、と不意に感じることはあるのだけれど、
時折、残像や幻のように現れる貴方の姿はわたしの中では真実でしかなく、
『ああ、貴方は生きていた』と何度も知ろうとするわたしの想いは、
どうしたって嘘にはならないと、わたしは理解している。
やなぎが揺れて、すすきが揺れて、彼岸花が揺れて、月が満ちて、月が欠けて、朝日は昇る。
その繰り返しの中で、わたしは今日も呼吸をしている。
間違いなく、生きている。
つめたい貴方という骨を抱えて、絶望とも孤独とも失意とも喩えられない悼みを抱えて生きている。
そして貴方が生きているしるしを求めて、わたしは今日も明日もその次の明日も、呼吸をする。
足を進めて物を食べて涙を流して言葉を使って四季を感じて声を上げて、ときどき、後ろを振り向く。
『ああ、貴方は生きていた。』
間違えるはずのない貴方を、わたしは今日も捜している。
終わらないたび、だと。
貴方はいつか言った「ずっと一緒に居る」という約束を取り出して、もう時効だろう、と笑うのかしら?

桔梗


















陽の当たる大通


いつもいつでも傍にいるなんて、保障はどこにもないけど。
どこかで聞いたようなフレーズが、男の頭の奥のほうでゆっくりと流れていた。
その続きは、ぼんやりとした記憶に阻まれて思い出せずにいる。
どちらにしても、それはとても希望に満ちた内容の唄だろう。
ひとつ息を吐いて、男は手にした銃のホルダーを取った。汗がわずかに滲む。
随分と永い間この仕事に就いているのに、未だにこの時間に慣れることが出来ない。
そんな自分を嘲るように、彼は口元を歪めて黒く光る銃を改めて握りなおした。
この事実を聞いたら、先輩の耄碌じじいはきっと俺を馬鹿にして笑うだろう、と男は思う。
指定の時間まではまだ20分ほど残っている・・・が、ここを離れるわけにもいかず、
ただ緊迫した一秒一秒の瞬間に呼吸を費やすしかない。
それは心を蝕むように残酷な時間だ。
暗い空間でじっと身を潜め、虫のように這っている。滑稽だ。限りなく。
そしてその行動が人の命を奪うという事実は、こうして男が行っているそれより余程、滑稽だ。
凶器に込められている弾丸の軌道を想像しながら、再び男は手に滲んだ汗を拭う。
唄でも唄ってみようか。低空に高揚した気分で、男は考えた。
しかしそんなことをすれば、すぐ標的に見つかってしまうだろう。
頭を振って唇を舐め、考えを振り落とすように陽の当たる大通りに眼を向ける。
こんな生き方を選んでしまった時から、数多の幸福は彼の前から姿を消した。
何をも求めることも許されない、という―――、下手な小説の登場人物のように。
あの光の中、大口を開けて、声が枯れるまで笑うことすら今の彼には成せない。
それがどんなに哀しいことなのか、この仕事を選んだ時の彼には理解できなかった。
だからこそ、こうして、今も血で血を洗い続けている。
戻れないからこそ、進むしかない。時刻まであと2分に針が迫る。
男は己の生き方を胸に刻みつけ、銃の標準をゆっくりと合わせた。
陽の当たる大通り。
自分の命が尽きるその一瞬には、そこで涙が出るほど微笑みたいと願いながら。

Mr.KK


















虫の洞穴


暗い空間で、じめじめとした世界で、明かりは水晶にゆれるランプだけで。
横に繋がるばかりの洞窟の中で、のそのそと這うように生きている自分は芋虫のようだと、
カジカは誰にも知られることのない笑顔で思った。
岩に触れることに慣れてしまった手の平の皮膚は硬く固まり、ひやりとした温度を残している。
「・・・おはよう、母さん」
水晶のかたまった空間で、今日もカジカは頼りなく笑っている。
墓標としてもオブジェとしても美しくないその場所は、弔いにさえ寄り添おうとしない。
わずかに優しく水晶を撫で、先に何もついていない木の釣竿を引っさげて、
呼吸をするようにひと足ひと足ゆっくりと、カジカは歩いた。
行き先のない芋虫の這いずり。
行為は闇に隠されて、影を背に帯びて、それでも進むのは生きるためだろうか。
ランプに照らされた光の先は広い空間に繋がり、わずかな生活の証を垣間見せる。
既に暗闇を主とした眼で、カジカはすたすたと進んで転がっているラジオを取った。
厚い緑のダウンを脱ぎ、座り、数字を774に合わせてラジオを抱え込むよう身体を丸める。
眼を瞑り、更に暗い空間に沈むように瞼から光を失う。
ノイズまじりの音がカジカの内臓の奥から直接、響いてくる。
DJの低い声と、温和なBGM。
それはこの灰の日々から零れ落ちる一滴の虹と同じように、
いつかのはじまりにカジカの「生きる」という意味を揺さぶった。
手招きをするように、崖から突き落とされるように、激しく、弱く。強く、甘く。
触れるようなDJの声はカジカの望む言葉となり、いつしかそれは音楽に替わっていく。
腹に、頭に、意識に浸透していく音符の海。
うずくまったまま、カジカは不器用に口を動かしてその音を追っていく。
先の見えない自分自身の諦念と人生を掻き消すように、それはか細く向寒な声だ。
「・・・、・・・♪、・・・」
乱暴に流れるその音は、闇の中にあるたった一つの光だった。
まるで子どもを宿した妊婦のように、カジカは腹にラジオを抱えていた。
その声だけが、まるで自分の真の命だとでもいうように。

カジカ


















明けるそら


ひとりきりの呼吸はそらに溶けて、私はひとつの数字のはざまにいた。
くろい空は、私の黒いコートとおなじように墨色をしたままで、
私の髪はその融けあいをしずかに美しいと感じた。
私が、いつもと異なって、ここにいて、いろんなひとがここにいる。
ざわめきがオリオン座と重なって、そらをどんどん高くしていく。のぼっていく。
寒い、とひとつをおもって、
周りのひとたちのその先にあるのはまぎれも無い期待、なのかも、しれない。
きらきら輝いている目。はなやかな会話。
湯気がのぼるお茶を私は飲んで、あたたかい、とふたつをおもう。
なにもかもが替わっていくようなこの一瞬を、私はすばらしい、とも尊い、ともおもえない。
けれど星はかがやいて、ひとはかがやいている。私の、目のまえで。
おおきな時計をみあげれば、それは真上に、もう少しで重なりそうなかたちをしている。
それは、ここにいるひとたち、みんなが待っているかたち。
次へ向かうことを、みとめるための儀式。
1、2、3。
秒針がゆっくりと上へ上へ、のぼる。
周りのざわめきがさざなみを打つように消えていって、そうして、そこは静寂に包まれる。
とおくで鳴る鐘の音。
それがひとつ、胸をうったとき、時計は真上に重なった。
ため息のように声がもれて、周りのひとたちは笑顔になって、おめでとう、あけまして、と騒ぎだす。
私はもうすっかり冷めたお茶を飲んで、数字のはざまを飛び越えた。
「おめでとう!」
うしろで声がする。
ふり返ると、知らないひとが、私にそう言ったようで、もう一度、おめでとう、と言う。
笑っている。
「・・・おめで、とう」
私は、おめでとうと言った。そのひとは、すぐにどこかへ行ってしまった。
閉じていく時間。開いていく時間。数字を刻んで、ふえていく年。
だれかが、私が、呼吸をしているかぎり進んでいくそれは、見えないすがたで、こうして祝われて、
研ぎ澄まされた静けさのなかで、いつかの邂逅のように、私を、みちびくのだろうか。

かごめ


















Love is on line


「抱きしめて、」
・・・とは言えなかった。言えなかったし、言わなかった。
わたしはここにいて、アナタはここに居ない。
そんなの、全部分かってる。
それにここでわたしがそれを言ったって、
作られたわたしが嘘っぽいハグを受けるだけだ。
ぬくもりも、温度も、鼓動もない、機械的な抱きしめ方。
じゃあね、と打たれたディスプレイの前で、わたしはずっとその画面を追っていた。
アナタはほんとの男なのかな。
アナタの性別、そんなことさえ、わたしは知れない。
だからきっと、このドキドキもまやかしなんだ。
そう思う。そう思えば楽なはず。
本気にしていても、きっとまやかし。
そう思えば、わたしは楽になれるはずなのに。
どうして、こんなに苦しいのだろう?
ディスプレイ越しのわたしたちを、わたしはそっと撫ぜた。
液晶のカラーがすこし歪んで。
それでも、そこにはわたしの感情が残る。
苦しくて、可笑しくて。なにもかもを知るのは怖くて。
だけど。でも。
わたし、・・・アナタが好きだよ。

夢野みらい


















執着だと知っている


「・・・・、」
溜め息を吐いた。
空になった感情の底で、閉めたドアの音だけが耳の奥にこびり付いていた。
僅かにドアに凭れ掛り虚構のような周囲を眺めれば、無機質な心地ばかりが存在を支配する。
背に預けたその扉越しでは、まだ鈍い想いが無様な形をして残っているのだろうか。
そう考えれば、浮かんだ思考の馬鹿らしさが可笑しく、
私は自分の想いを羽根のように軽く嗤った。
一頻り己を嘲ければ、また形のない虚しさが胸を揺らす。
ゆっくりと肩に力を込め、私は一瞬の静寂に委ねた哀しみを背へと捨て去り、
人の気配の消えかけた廊下をひたひたと歩み始める。
足の底で響く靴と床とのリズムは、どこまでも続く安穏で揺るぎない呼吸と似ていた。
歩みながら、私は無感情に自身の手を頬に当てる。
冷えた肌の温度。冷えた手の平の温度。
ざらざらとした心地は肌の感触だけではないことを、私は知っている。
「・・・・」
それは、喩えるならば余りに醒めきった自分自身の感触そのものだった。
堪え切れず、再び私は自嘲間際の歪んだ表情をとる。
短絡的な思い。苦い胸の味。偽りと懇情。
そんな無様な断片達を嗤わず、一体何を嗤えばいいのだろう?
酷く遅い瞬きをするように視界を断続的な闇に預ければ、
数分前に滲んだ憤りが開放され、不愉快な味が内側へ溶けていく。
馴れ合いを求めている訳ではない、と、改めて、刻み付けるように私は思った。
互いに求めているものは、互いの持つ情報だけだ。
その他産まれる何かで繋がる面倒を、互いとも望んでいない。
それは出会ってから低空に飛行し続けている嫌悪という感情で明らかであるし、
そもそも、繋がる意味も深くを知る意味もそこには存在していないのだ。
道具としての相手。餌としての相手。
覆ることのない、「利用」の目的は同じだ。
力や情報の程度での差はあろうとも、見ている形は変わらない。
「・・・・」
そう確かめれば、幾度とない反芻の中でまた、自身の感情が矛盾と疑問の混和する壁を作る。
『何故お前は、あんなことを言ったのだ』。
突きつけられる問い。
保ち続けていた歪む笑みを解けば、表情は自然と胸苦しい顔をする。
己という無表情の溜まり。赦し、という言葉。
発した凡てが真実の音色を帯びていたことを、誰よりも理解しているのは私自身だった。
冷えた頬の温度だけが、この意識を現実に繋ぎ止める。
欲することも、揺らぐことも、何もかもが不安定なまま、心ばかりが繰り返していく。
あの顔。憂いと諦念とが混濁した、決して届かない顔。
絶えず湧き上がる苦しさを、私は貧相な身体一杯に抱きとめた。
届かない。赦されない。獲れない。
それなのに尚求める愚かさが、ただ、そこにある。
周りを取り巻く清らかな空気の濃度が、憐れむように施設の中を冷やしていく。
それでも私は足を速めたまま、鉛を流し込まれた胸を重く、引きずっていた。

鴨川


















放蕩斬首


『無謀な野望に潰れてしまえばいい』
『攻撃的だ。虚栄心だ』
くだらない心のそのさきに、何も存在しない闇をみている。
孤独に続いていく言葉遊びは別にまったく面白いことじゃないのに、
ずっと遠くに、確かに目視できるその暗さがあるっていうのは、なんだか変に、心地いい。
ふわふわとシャボン玉の中に包まれているような心地。
それは例えば産まれたばっかりの赤ちゃんのためのやさしい揺りかごと同じだ。
発した言葉のかるーい残虐性はそのとおりの虚栄心で、
なにかに縋ってたい自分や他人をただただ、残虐なふりのまま壊したい。
特ににぎやかな理由もなく、そうやってたまにナイフを取り出してみたくなる。
ときどき、妙に「運命」ってものを崇拝したくなるのとおんなじに。
『違う。諦念と嘲笑だ』
『愚か。悲しい。無価値って定義したいだけなんだ』
言っていることに意味はない気持ちの底。
その奥に、どこまでも明らかな真実を見出したくなるのはきっと変なキブンだと、思う。
やたらめたらの迷路。
錯視図をずーっと眺めているような、気持ち悪いばっかりの感覚。
ネガティブな単語の中に優越と正義を並べて、そうやって満足に山を登り続けていたいんだ。
幸せの確立を目指すよりももっとさきの、バカらしい、酔い。
そいつは甘くって痛くって、どうしようもない背徳感が伴ったりしている。
だから、続けているんだ。
なにがどうこうってわけじゃなくただ腹ぺこで、ただつまらなくて、ただ貪りたい。
悲しい自分と愚かな自分と。
そんなのばかりを比べて喜びたがっている僕、そのもの。
否定することですべてを得られると、信じたいのだ。
いろいろな定義の中で、ひとつでも多くの階段を登りたい欲望のとめどなさ。
そんなのがいつでもこの言葉遊びにはある。
そして、ニコニコと無神経な微笑みを見せ続けて歪んでく悪意も。
『虚しさに頼りたいのは弱い証拠だ』
『でも弱い奴がいるから、生きていける』
いつか、あの眼のさきにある地上の崩壊みたいな風景は、ただひとつの本物になるんだろうか。
僕は僕の中で溢れ出す自我の波を見つめ続ける。
あまりにどす黒くて、あまりに親和性の高い、カラッポの闇。
それでもその闇はぽっかり口を開けたまま、絶対に、自分からこっちに近寄ってきてはくれない。

ハヤト


















弦と弓


あたしを邪魔するものなんてほんとはなにも存在してない、
いつだって自由に跳べるからだで、ススキを蹴って空を翔る、生きてるって呼吸
それはあたしがこんないきものだから出来ること、かけがえのないもの
だから、あたしはなんにも辛がることなんてなくって、そのはずで、
だけどどうしてこんなに悲しいんだろうって思えば、
ずっといつも思っていた場所にあたしが必要ないってこと、
ずっと大事だって思っていたひと、
そのなにもかもに包まれていたいって愛情、なにもかものぜんぶ、
それにあたしは息もできないくらいにぎゅっと抱きしめられたいってこと、
まだきっと諦められてないんだろうな、ね、

鹿ノ子


















空の欠片


いつか僕らがしていた呼吸で、こんな風にさわやかな温度を運べるなら、
どんなに素晴らしいんだろうってことを僕はひとりっきりの空の下でぼんりと考えていた。
堆積して流れるのを嫌ってるように見える雲は、モコモコとその体重だけを自己主張している。
まるで勘違いばっかりが好きな誰かのように。
相棒はどこかへ逃げてしまったので(しらじらしい置き手紙はいつものことだ)、僕も一人で外へ出た。
ちいさなスクーターで街を走れば、眩しくて鮮やかな色があちこちに転がっている。
クレープを食べれば甘くて、アイスを食べれば冷たかった。
ハンバーガーに噛みつけば濃くて真っ赤なケチャップが口のまわりに広がって、
相棒の身体の成分の60%ぐらいを占めてるだろうチョコレートのドリンクを飲んでみれば、
それは妙に甘く苦く、僕の舌にあいまいな痺れだけを残した。
粗方食らいついた都会の食べ物は、インスタントとレトルトに慣れた僕の舌によく馴染んで、
僕を少しだけ不安から遠ざけて、インスタントとレトルトの幸福に浸らせてくれた。
ずいぶん広がったウエストを抱えたままスクーターを走らせて、レコードを3枚衝動買いした。
こうしてぶらりと土手に来たのは、わざとらしい自然の底で自分って存在を消してみたかったからだ。
都会はすてきで、きらびやかで、あまりに美しい。
僕たちはその中で生きている。
だから時々逃げ出したくなる。何もかもから。
レコードの袋を投げ出して草むらのベッドに寝ころびながらまどろみに溺れる僕はあくびをする。
いつだって人は眠りたがる。睡魔に負けて、瞳をかたくなに閉じたがる。
川のせせらぎの中で、太陽の光が反射する。
こんなにも暑い夏は何もかもを溶かしている。
今も明日もあさっても。時の境ぜんぶを。
口笛を吹けば、きっとまた僕はいやな顔をしているに違いない。
音楽なんてまっぴらだ、という顔。
相棒は今、なにをやってるんだろう。
自転車が無くなっていたから、そんなに遠くには行ってないのかもしれない。
僕は一度瞳を閉じた。そしてゆっくりと開いた。
なにも変わらない空に時を奪われるのも、悪くないと思った。

スギ


















墓姫


白いお人形のように、わたしを抱いて。
きれいなブローチのように、わたしをとめて。
わたしはここにいるもの。わたしはここにいるもの。ねえ、見えているのでしょう?
あなたの目に、わたしは映っているのでしょう?
「・・・・・・」
わたしは静かに目を開けた。夢を見ていた気がする。
言葉が舌に引っかかって、うまく出てこない。
まだ、夕日が地上で光っているのだろうと思った。
横たわっているわたしの視界に飛び込んでくるのは石で造られた暗い死の毛布だ。
身体が自由に動くまではまだ時間がかかる。
別に、今日は待っている人なんていないし、撮影もないのだから、ゆっくりでいいのだけれど。
喉が渇いている。今日は久しぶりにロイヤルミルクティーを煎れよう。
遠い地上でねずみ達がわたしを急かすようにチュウチュウと鳴いているのがかすかに聞こえる。
遊び相手がいない動物たちはいつでも元気だ。
わたしと一緒に夜を詠い、わたしを想って朝に眠る、彼ら。
「ゆ、め・・・・」
のどの奥で引っかかっていた言葉が、すこしだけ唇に乗る。もう少しで、出られる。
わたしは目を閉じ、そして開ける。
生きているけど、死んでいるわたし。
夢を見るわたし。朝にはまた動かなくなるわたし。すべてのわたし。
不思議で、不気味な、わたし。
すこしづつ身体に力が入ってくる。
夜が来る。紅茶が飲める。ダンスが踊れる。好きな服を着られる。
もう、動ける。
わたしは、まだここで、存在していけるのかな。
そう思いながら、ゆっくりと棺を開けた。
重い音。暗い光。もう月が出ていた。こんにちは、わたしの時間。

リデル


















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