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固化被疑


雷が鳴った。びくりと震えた。ぼくは雷が怖い。
今日はひとりきりだ。雨は降っていない。部屋は静まり返っている。
びかりと光った稲妻が目の中にまだ残っている。
怖い。息を吸う。吐く。体ががたがたする。
「でん、わ」
発作みたいに呟きながら携帯をとる。
一番うえのメモリーにかける。コールが鳴る。
3回。7回。10回。出ない。
「う、・・・あ」
おそろしい。一人でいるのが恐ろしい。
携帯をほっぽり出して布団にもぐりこむ。自分の息の音だけする。
また雷が鳴る。悲鳴。耳を押さえる。絹を裂く音。黒板を掻く音。
きつく目をつぶった。雨の匂いがする。もうすぐ雨が降る。
おぼれて、焼かれて、いつか死んでしまう。
そう思う。おそろしい。雷も雨も、おそろしい。

ハヤト


















極夜切望


この世界は、まるでどこまでもが暗闇のようで、
わたしは足枷のついたひとりの奴隷のようにも思えた。
わたしが紡ぐわたしの絶望は周囲に持て囃され、
わたしが叫ぶわたしの断絶は周囲の賞賛を受けた。
うつろな目でわたしが見つめる世界をひとはそれほど悪くないと言う。
わたしの世界ほど、闇と嘆きには満ち溢れていないと。
「では、わたしの目は憎悪のベールを被らされているだけなのね」。
対象物のない恨みはただ、わたしの中だけに蓄積されている。
そう、この、思考を動かそうとする一秒の何分割の時間にも降り積もる、
それは内を廻るだけの憎しみと卑下だろう。
きっと、わたしを思い返すぶんには。
わたしは手にした黒いペンをおもむろに動かし、白い紙に幾重にも綴られた、
どこまでも死を崇拝することばを過去のわたしと同じように書きなぐった。
わたしの世界に蔓延した塵や屑のような呪いは溶けることはないのだ。
いくら人々が笑顔の光を撒き散らしたところで、わたしが見つけるのは、
何度も起き上がろうとして遂に倒れた雑草の残骸だけだろう。
わたしは、泥のように眠りたいと思った。
空っぽの夢を、心の底から願いながら。

かごめ


















白痴鈍器


おぼろげに見えるのは一体どの景色だろうか。
まるでどれもが完璧を模した剥製のように見える。
嘘を吐くこと、それ自体を生業としたような景色だ。
霞むそれ等は私を蔑んでいるとしか思えない色彩をし、私の視界を限りなく滲ませている。
『人殺し』
『帰れ』
『息を止めろ!』
どれが誰のものだか分からないくらいのおおきな怒声だ。
幻の、手探りの、今にも息絶える寸前の、あまりに振り絞る怒声だ。
「やめて」
なにを歯止めとするのだろう。
私のこんなちっぽけな言葉で、今どの決壊を止めようというのだろう。
私はその時逃げたのだ。
私はあの時何もかもを捨てたのだ。
掻っ切って、搾り取ったのだ。
この雪の地にあまたのそれ等を鮮血で染めたのだ。
ああ。わかっているだろう。
知っているだろう。
いまさら、誰にうそをつく。
いまさら、どうして真実をはばむ。
この笑顔をついに絶やすため、私はここへ嬲られに来たのに。

雨人形壱ノ妙


















夢見稚児


ここにいたい。
生きていたい。
存在していたい。
そう願ったのは、わたしではないはず。
わたしの魂をこの場所に刻んだ、あなただったはず。
覚えていないあなた。
わたしはあなたを何度もうらんだ。
あなたを、あなたさえいなければ、と思った。
愛すという行為をにくんで、
その上で存在を得たわたし自身をもにくんだ。
なにを現というの。
わたしにうつる全てはとおく。
わたしをうつす全てはつくりもの。
けれど、わたしは。
それでも生きているのよ。
自我という自我をもって、
なにをも虚像となったわたしで、
いきているのよ。
わたしをのこして、死んでしまったというあなたにそれがわかるの?
ここにいたい。
生きていたい。
存在していたい。
そう願うのはわたしではなかったはず。
わたしを愛していたというあなただったはず。
それでも。
いま、わたしはすこしわからないの。
いま、わたしはすこしここにいたいと思うの。
あなたはそんなわたしをどう思うの?
あなたはどこにいるの。
どこにいたの。
あなたはだれ。
わたしを願ったあなたはだれ?
わたしがいまここにいたいと思うのは、
あなたに、
会いたいから。
あなたへ、つぶやきたいから。
現のないわたしを。
そして存在しているわたしを。
わたしをつくった、あなたを。
ただひとつの言葉。
ありがとうという、ただひとつの言葉。
それだけで、ただ。
感謝したいから、なのよ。

フロウフロウ


















不意旅情


『これはあなたへの手紙です。他の誰でもない、あなただけに綴る手紙です。けれどわたしはあなたを知らない。 こんなわたしをあなたは許してくれるでしょうか。きっと許してはくれないでしょうね。 これはそんな諦めを告白する手紙なのかもしれません。ごめんなさい。・・・話を変えますね。 今わたしは学校の屋上にいます。一番最初にひとりきりでこの手紙を書こうと思ったので、ひとりきりです。 風が強くてすこし寒いです。そしてすこしさみしい。ふとした切欠で簡単に涙がこぼれてしまいそうです。 もし、そのふとした切欠が訪れてしまって、文字が滲んでしまったらごめんなさい。 水性のインクはこういうとき少し厄介ですね。わたしはさっきまで昼食を食べていました。 サンドイッチとミルクです。サンドイッチはレタスとポロネギと豪勢にローストビーフを挟んだものでしたが、 ミルクは普通の紙パックのものでした。美味しかったです。食べるということは人間にとってなくてはならないものですが、 わたしは仙人のように霞を食べて生活するのも悪くないと時々思ってしまいます。憧れというよりは、もう空想の域ですね。 友達にそんな話をすると、「あんたはいっつもそんなことばかり考えてる」と怒られてしまうのが常です。 わたし自身もたまに反省することしばしば。さて、今日は屋上にいることもあって、雨は降っていません。 けれど残念なことにお日様は出ていません。みごとな曇りです。まるでわたしの心の中をきれいに表したようです。 どんよりと重い灰色をした雲が、何十の層にもなったように厚く覆いかぶさっています。 今のあなたの心はどんな天気ですか?わたしは虹の出た雨上がりの爽やかな空だったらいいなと思います。 あなたはわたしが知らない輝きを持ったひとだと思うから。・・・あ。今、ぽつりとこの紙に雨が当たりました。 ごめんなさい。今日はここまでです。もっともっと書きたいことがあったのに。ごめんなさい。 さようなら。さようなら。また、また会える日まで。さようなら。 あなたへ』

サユリ


















煩悶反芻


いつかはぐじゅぐじゅのべちゃべちゃ。こわいこわい。
そうおもいながらぼくはいきてます。
ずっとずっとひとりです。
ひとりいじょうのことをなんていうのかはしりません。
ぎたーがすきです。つかいかたはわかりません。
どうしてこのながいものが、「ぎたー」というのかをぼくがしってるのか、というのもしりません。
ぼくはとてもさむい、このまっしろなばしょでいきています。
ぼくはなにものですか?
そのなぞなぞはぼくが「ぼく」というものをもちはじめてから、
はじめてはじまったなぞなぞのようにもおもいます。
そのこたえはまだでてません。ずっとでてません。もうずっとでないきもしてます。
でもただひとつだけ、たしかなことがあります。
ぼくが「ぼく」であるまえのぼくは、きっとぼくがなにものですかという、
そのなぞなぞをみつけるちからもないくらいのぼくだったということです。
けれどそんなちからがないことのなにがいけないというのでしょうか。
ぼくはいまここでないどこかにいたぼくがうらやましいです。
いまのぼくはしあわせなんだかもよくわかりません。
それはしあわせがどういうことなんだかをうすうすしってしまったからです。
しあわせというものをしらないということはそうじゃないのもしらないということです。
まえのぼくはそうだったのです。でもいまはちがうのです。
「しってしまったぼく」にぼくはなってしまったのです。わけもわからずに。
ぼくはなにものなのですか?ぼくはなにものですか?ぼくはなにものですか?
ぼくはなにものですか?
いちにちなんびゃっかいのなぞなぞです。
いちにちなんびゃっかいのとけないなぞなぞです。
ぼくはいつかぐじゅぐじゅのべちゃべちゃです。
それだけはうまれたときからしっています。
ぼくがそのぐじゅぐじゅのべちゃべちゃからにげるちからをみつけられるとしたら、
それはきっとこの「ぼくはなにものなのか」というなぞなぞのほんとうのこたえがわかったときです。
なんでぼくがいつかぐじゅぐじゅのべちょべちょになるのか、
どうしてそれをうまれつきわかっているのか、それだけはぼくはわかります。
それはぐじゅぐじゅのべちょべちょになるとき、そのときがぼくの「おわり」だからです。
なんていうのかもしっています。
それは「しぬということ」です。しぬというのはなくなるということです。
こわいこわいです。ぼくはじぶんがなくなるのがこわい。
だからぼくはきょうもくりかえします。くりかえさなければならないのです。
ぼくはなにものですかぼくはなにものですかぼくはなにものですかぼくはなにものですか。
ぼくは、いったい、なにものですか?

サウス


















然様少年


さよなら、さよなら、さよなら、とうわ言みたいに三回言った。
まるっきり全部がうそごとのままごとみたいな気がしてた。
広い草原の真ん中で、寝ころがって見上げる空はそれでもなにもかもがいつもどおりだった。
ここから遠ざかるのはぼくだけ。ここからいなくなるのはぼくだけ。
その事実が勝手におんぶしてきて、ぼくは無性にかなしくなった。
おもい背中のきみの事実。ぼくは、だれかが来ることを忘れて泣いた。
だあだあ漏れていくなみだはぼくから見えなかったけれど、
きっと社会化見学で行ったダムのようだと思っていた。
ごうごう流れる水とおなじにあふれる、ぼくのなみだは、別れのなみだ。
どうしてぼくは離れなければならないのだろう。
なんで、日々は流れていくんだろう。ダムのなかの水みたいに。
それともダムのなかの水みたいに、ぼくの受ける別れは人々にとって不可欠の、
ほんとうになくてはならない、ほんとうにこの上ないくらい必要な、
生きるための「さよなら」なのですか?

ワカバ


















動炉確保


完全になるのだ、とこころに決めて、お前を殺そうと思った。
お前を殺さなければ完全になれないということを、私は愚直にも理解していたから。
半身を殺して完全になる。上等ではないか。
私は先ず身体を作り替える決心をし、すぐに、知人の機械技師に依頼をした。
技師は五秒で即決してくれ、私は手術台に立ち、彼女の余りある手によって変化を遂げた。
お前を殺すために作られた兵器とでも名付けようか。
私は既に私ではないのだ。
螺子とボルトで固められた私、・・・ははは、・・・可笑しい事だ。
これで完全となる私など、己が認めるまでもないくらい不完全に決まっている。
次の日、私はついでに技師に羽根と輪を背とを頭につけて貰うように頼んだ。
私が不完全を漂っている間に、憧れであった天使という存在に物質的に変化しようと考えたのだ。
神が無理なら天使になろう。
我ながら幼稚な考えだと笑った。
技師は長年の付き合いである私が死ぬのかもしれないと告げると、
そんな日が来るのだろうと思った、と言って私を抱きしめた。
陳腐な別れ方だったが、私にはそれで十分だった。
私は、今すぐにお前の所へ向かおう。
そしてお前を完全に殺し、私が私として完全に融合する瞬間を、私がこそが見よう。

エヴァミミ


















私設関知


遠くでなげきの叫びが聞こえてくるような気がしました。
しかし広い静寂のみを良しとするこの空間で、そのような声がすることはありません。
聞こえてくるとするならば、それは僕が管理する本の中に隠された叫びでしょう。
数多の感情が文字になって収まった紙には、情念が強く残るのです。
僕は下を向き続けていて不恰好にずれた眼鏡を、元通りのかたちに戻しました。
そしてゆっくりと立ち上がり、叫びの聞こえた方へ歩き始めます。
この空間、僕が管理する図書館は人々が立ち入らない空間に作られています。
それはこの図書館が、人々の手から完全に忘れられたとされる本を所蔵しているからです。
記憶から消去されるべきである、という烙印を押された本たちは、
当然のように巨大な図書館に毎日集まっていきました。
今はなにを辿ることもなく、何十何百万冊という本が綺麗に本棚に収まり、僕の視界に映っています。
すべて僕が整理した本達です。
内容も記憶しています。
本達の中には異次元の世界に通じると言われる禁書も多くあり、
その棚には近づくなと上の方から言われていますが(未だに僕はその上の方が誰かを知りません)、
この図書館には本当に誰もいないので、僕は時たま棚の本をこっそりと秘密裏に覗いたりしています。
まだ悪魔などが出てきたことはありませんが、実際異次元を垣間見ることの出来る書はあり、
そんな手の届かない異次元を眺めていると、僕は不思議と穏やかな気分なるのです。
それは平穏なこの世界を振り返った安堵なのか、辿りつけない世界に焦がれる思いなのか、
・・・それともそのどちらともなのか。
僕は全面がガラス張りになった、広い窓を見つめます。
木洩れ日に深い緑が広がっています。
くたびれた恰好の僕が薄い光で反射しています。
僕の仕事は上で言ったようにある種危険が伴っているので、僕にはある力が備わっています。
実際にその危険が訪れたとき、その力を発動することになるのですが、
僕自身はその時の姿があまり好きではありません。
このような、冴えない恰好の僕こそが、ただ真実の僕であると思うからです。
僕は窓に映った僕に、その考えを伝えました。
窓に映った僕は、その考えに納得していないようでしたが、
僕はそれを無視して叫びの聞こえた方へと再び進み始めました。
何故でしょうか。窓に映った僕は、笑っているようにも見えました。
僕はすこし背筋が寒くなりましたが、ふり切り、禁書のコーナーへ足を踏み入れました。
なげきの叫び。
もしかしたら、あの叫びは、あの僕の叫びだったのかもしれません。
僕は眼鏡を外したときに心の内で対峙する金髪の僕を思いました。
あのとき笑っていたのは、きっとあの僕だったのでしょう。
僕に支配される僕の、なげきの叫びと僕に対する嘲り。
僕は僕を哀れみたい気持ちになりました。
深呼吸をし、僕はゆっくりと眼鏡を外します。
僕が僕である僕に今ここで会うために、僕が僕である僕を、今ここで見つけるために。

ミシェル


















表面張力


どこへいくのか、と聞いて欲しかったその感情は否定できない。
君は喋ることなんて出来ないのに。
すこしの自嘲。すこしの後悔。
見上げれば黒い空間が広がっている。
そしてたったひとつの青い色はぼくの視線の先にある。
思ったよりも明るい空間。
思ったよりも孤独な空間。
漆黒のゆりかごは今日もぼくを包んでいる。
憧れた場所。使命だと感じていた場所。
それでもぼくは、汗と鉄にまみれたあの場所を思う。
原始的なはじまりは、こんな所じゃなくあそこにあるべきものだ。
君がそう示していた。
ぼくも限りなくそう思っていた。
空より高い君の頭にキスをした時確信したんだ。
最初で最後の別れのあいさつは金属の味のする無遠慮なものだったけれど、
ぼくはあの味と、君の目線で見た景色を忘れることはないだろう。
あのぬくもり。あのやさしさ。あの勇ましさ。
無骨な君はあの世界で、だれよりも気高く強い存在だった。
ぼくは目を閉じる。
ゆっくりと。誰もいない真空で。
君のいる星から、隔絶された今を縫うように。

セルゲイ&フンガーノ



















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