§ミズシマさんの
             とっておき雑楽ノート§




                                       (第五話)

                            オランダの修道院にて合宿〜





 先月(9月)中旬にオランダの取引先の代理店会議に行ってきた。

20数カ国の代理店から40人近くの人間が集まり、

ホテルに合宿しながら会議をやろうということである。

この手の会議は我々代理店稼業ではよくやる事だが、

ただ今回は合宿したホテルが元修道院というのが変わっていた。



 アムステルダムの空港から北に向かって車で2時間、

場所は人口4万人位の小さな町ドラフテンである。

-3年前に、頻発する交通事故を抑えるために、

町中の交通信号を全て撤去したところ、

事故が無くなったということで話題になった町である。



 メイン道路わきの木立の一角を入っていくと、

レンガ造りのその建物が現れてきた。

元修道院のホテルの名前はKarmel Klooster

イタリアなどでよく見る築1000年超えの古びた石造りに比べれば、

レンガにまだ瑞々しさが残っているようなこの建物は、

中庭を囲む口の字型の2階建てである。


 入り口で渡された、

ずっしり重いメタルのキーの刻印された部屋番号を探して、

重いスーツケースを引っ張りながら2階への階段を上っていく。

元修道院だからエレベータは無い。


たどり着いた部屋はほぼ真四角の一間、

8畳位の小さな部屋。

窓側にクラシックなスチームヒータがあり、

真ん中にベッドがツインで並べられ、

あとは小さな陶製の洗面台と小さな籐の椅子が一脚、

それに小さな4段ラックの棚。

椅子をどかしてスペースを作りスーツケースを開ける。

衣類を取りだすが、クローゼットが無い。

そうか、代わりに棚を使えという事か。

ジャケットはドアの突起に掛けた一つだけのハンガーだな。


 うーん、何にもしないまま疲れたー。

そのままベッドにひっくり返る。

テレビでも・・、テレビは無い。

インターネットは?LANケーブルなんて無い。

大体電源の差込が見当たらない。

ここは元修道院、世俗的なものは今になってもご法度?


だけどトイレはどうなっているの?

部屋には無い。

廊下を挟んだ部屋の前にドアがある。

そーっと開けてみるとそこがトイレ。

その横がシャワースペースになっている。

当然ここは共同。


前日まで滞在したミラノのジャグジーバス付のホテルが恋しい。


 夕方ダイニングルームで食事。

ビールもワインも肉もチーズも、それにコロッケもある。

コロッケはオランダ人の好物である。


 食後、年配のホテルのマネージャが我々一同を引き連れて、

中を案内してくれる。



 建物は1935年に建てられ、

当事は多くの修道女がいて地域に根付いた宗教活動をしていたらしい。

第2次大戦後徐々に人が減ってきてやがて閉鎖される。

1993年に建物を改装し以来ホテルとして営業しているとのこと。


廊下の壁伝いや部屋の隅々におかれた燭台型の電灯、

それに何といっても壁に飾られた、

いくつかの宗教画はこのホテルの出生を彷彿させる。

2階のもう一つ上、屋根裏に修道女達のいた居住部屋があり、

屈むような狭い部屋に、

当時をしのばせるベッドと生活道具がそのまま置かれていた。

昔世話になった学生寮よりも数倍窮屈な感じ。

となれば、我らがあてがわれた部屋は上等の物とすべきであろう。

 会議の期間中は参加者全員に赤のポロシャツが配られ、

これを着て仲間意識を盛り上げる。

会議は講堂に使われていた天井の高い大きな部屋で行われる。

部屋の正面奥にはステンドグラスの窓があり、

側面の壁には大きなキリストの十字架像が掛けられている。


マーケットだ、戦略だ、開発だなんて話を、

イエスは眼を閉じて聴いておられる。



 4日間の滞在中は過ごしやすい好天に恵まれた。

会議の合間には中庭のきれいに、

手入れされた芝の上でコーヒーを飲みながら歓談したり、

周りにこぢんまりと植えられた花を見て回ったりしていると、

だんだんこのホテルが居心地のいいものになってきた。

ビュッフェ・スタイルの3食は毎日替わりばえしないけど、

修道院と思えば恵まれている。

適度のアルコールも飲めるのだから文句は言うまい。


部屋に戻ってもやることのない仲間たちは、

必然的に夜遅くまでアルコールを手にダイニングの周りに居残る。

賛美歌も鐘の音も無いから、

折角の元修道院を客人たちが勝手に俗化させていく。



 飲み疲れ、喋り疲れで部屋に戻るのは毎度11時過ぎ。

余分な物が何も無い部屋は初めの内は殺風景で冷たく思えたが、

慣れるとこの質素さが好ましくさえ思えてくる。

シンプル・イズ・ビュティフルなんて言葉が、

何かのコマーシャルであったっけ・・・。



 朝になるとアーチ型の窓から柔らかな光が差し込んでくる。

窓を開けると外の緑に光の粒が点滅し、

涼やかな空気がスーッと入ってくる。


何と至福の一瞬。


 ともすれば、我々は日常に過剰の便利さを求め、

そこに快適を得ようとする。


だけど、たまにはシンプルな環境下に身を置いてみると、

不思議な精神の充足感が得られるかもしれない。


元修道院のこのホテル、また来たくなりそう。

                                       2008/10/13



        
     

             

             




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