§ミズシマさんのとっておき
               雑楽ノート§


                                         (第二話)

                             〜眠れない夜―ゴールドベルク変奏曲〜






 普段寝つきのいい私も時々目がさえて眠れなくなることがある。

こんな時は羊を数える代わりに、

音楽を聴きながら眠気の襲ってくるのを待つことにしている。


よく聴くのは、バッハのゴールドベルグ変奏曲。

 これは大バッハが弟子のゴールドベルグに頼まれて作曲した、

安眠のためのベッドサイドミュージック、

つまり大人用の子守唄と言われている。

もともとはチェンバロ曲であるが、

私の聴くのはグレン・グールドによるピアノ曲。


若い頃にこの曲で鮮烈にレコードデビューを果たしたグールドは、

その天才とアイドル的容貌でクラシックの範疇を超えたスターになる。

だが、もともと人嫌いの性格からやがてコンサート活動も止めて、

山の中で隠遁生活を続ける。


その彼が亡くなる間際の50歳になって、

再び録音したゴールドベルグを聴いている。



 この変奏曲は、美しいアリアで始まり、

30の変奏を重ねて最後にアリアに戻るというものだ。

音を一つひとつ紡ぐように弾かれる、

晩年版の少しゆっくり目のアリアは心に深くしみて来る。


で、安眠できるか?

 最初のアリアは静かだが、そのあと曲は自在の境地で変貌していく。

時には軽快に、時には激しく、

そして奏者の求道者のようなうめき声が、

調子はずれの通奏低音のごとく絡んでくる。


で、本当に眠れるのか?

私の場合はイエス。

聴いている間に眠くなるのだ。

40数分のこの曲、

最後のアリアに戻る前にたいがい私は眠っている。



 ところでハンニバルという映画があった。

紀元前にローマを震撼させたカルタゴの名将、ではない。

主人公はアンソニー・ホプキンス演ずる精神科医、

ハンニバル・レクター博士である。

常人の理解を超えた精神性から、

カニバリズム(食人肉)を含む、

猟奇的事件を重ねていくこの怪人の物語は、

もちろんフィクションであるが、

映画の中ではあのビン・ラデインらと共に、

最重要国際指名手配犯の一人になっているのが面白い。


逃亡の末イタリアのフィレンツェにある宮殿で、

司書に成りすましたハンニバルは、

夜一人になった宮殿の部屋で鍵盤楽器を静かに奏でる。

曲は、そう、ゴールドベルグのアリア。


ハンニバルがその日一日を無事に生き延びた開放感と、

快眠への導入を託してこの曲を弾いているのだ。



 数年前、出張の途中フィレンツェに立ち寄ってみたことがある。

夜、街の中心部にある広場に面したその宮殿を眺めると、

一つの窓から明かりが漏れていた。

フィクションであるはずのハンニバルが、

そこでゴールドベルグのアリアを弾いているように錯覚した覚えがある。


眠れないあなた、ゴールドベルグを一度お試しあれ。

ハンニバルが隣に座ってるかも・・・。



 これってギター曲ないのかな?

えっ、あってもお前には弾けない。はい!



                  グールド/ゴールドベルク変奏曲
         

                        フィレンツェの遠景
         


                         オランダの庭
         



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