§ミズシマさんの
とっておき雑楽ノート§
(第十八話)
〜ニューオーリンズの陽気と哀愁〜
12月になると新しい年のカレンダーが気になる。
毎年取引先からもらうカレンダーにJALの世界の美女というシリーズがある。
40cm四方の大型の写真一杯に美しい風景とその国の女性を写したカレンダーで、
何年も前から机の前の壁に飾って月替りの風景と美女を楽しんでいる。
2009年のカレンダーの一つに懐かしい写真が載っていた。
ニューオーリンズのジャズクラブ「プリザベーション・ホール」のライブシーンである。
今にも崩れそうな古い建物の中で黒のスーツに正装した黒人バンドをバックに
黒人の美人シンガーが歌っている。
今からほぼ10年前の2000年の3月に、所属する協会のツアーで
ニューオーリンズにて開催された展示会へ視察に行った。
海外出張ではほとんど単独行の私にはツアーでの視察旅行は初めてであり、
20人ぐらいのグループ行動は修学旅行や社内旅行を別にすると新鮮な経験であった。
ニューオーリンズのホテルは
アミューズメントの中心地フレンチ・クオーターのど真ん中を突き抜ける
バーボンストリートに面したロイヤル・ソネスタ。
外装がいかにもアメリカ南部風のどっしりとしたオールドファッションなホテルだが
間取りはゆったりと取られ、中の機能は快適そのものの都市型ホテルである。
フレンチ・クオーターは外来者にはお祭りのような場所で、
夕方になると人々が刺激を求めて集まってくる。
着いた日の夜、ホテルの外から聞こえてくる喧騒に誘われるようにSさん夫妻、
それにNさんと連れ立って早速雑踏の中に繰り出した。
南部のニューオーリンズは3月とはいえ日本では初夏に近い気候で
外歩きにはシャツ1枚で十分である。
バーボンストリートは夕方から車の通行止めにしているが、
外来者の多い大きな展示会やイベントのある時は道一杯人であふれる。
通りを挟んでバー、レストラン、ライブハウス、ストリップ小屋、雑貨屋が並び、
雑多な音楽と呼び込みの声が歩くにつれて入れ替わり立ち代わり聞こえてくる。
通りを少し歩いて、我々は小さなガーデンテラスのあるレストランに入る。
ビールと一緒に頼むのは地元の定番、ケージャン料理。
キャット・フィッシュ(なまず)の入ったシーフードのグリル。
ソフト・シェル・クラブ(脱皮したばかりの柔らかい甲羅のカニ)のフライ。
ガンボ(オクラの煮込みスープ)
ジャンバラヤ(ソーセージ、チキン、シーフードを使ったパエリア風の炊き込みご飯)
オクラの粘りのあるとろみはケージャン料理に欠かせない食材だが
英名でOkraとあるのはこちらに来るまでは知らなかった。
外の慌しさと別でここでは料理の出てくるのはすこぶる遅い。
せっかちさの限界に達する頃に料理はゆっくりと出てくる。
味はスパイシーでやや辛いが食材の旨みがよく馴染んで、
こんなに食べられるのかと思ったボリュームもすっかり平らげることが出来た。
さて、食後の腹ごなし。再び人ごみの中を歩き出す。
私にとってはこの時のニューオーリンズは2度目の訪問だったが、
余暇の行動は成り行き任せで何の情報も持たない。
Nさんが行きたい所があるというので4人でそこに向かう。
角の通りをまわって少し歩くと人だかりがしている。
目指す場所、「プリザベーション・ホール」は何の変哲も無い古い建物の一階にあった。
ニューオーリンズ・ジャズを保護するために設けられたホールで、
オーソドックスなデキシーを毎晩聞かせてくれる。
ここは入れ替え制になっていて入口の人だかりは順番待ちの人達だ。
程なく前のステージが終わって人がどっと出てきた。
入れ替わりに2ドルか3ドル払って中に入るとあっという間に狭い室内は一杯になる。
40人くらいは入っただろうか。
前の方はベンチに座って見られるがあとは立ち見になる。
薄暗い室内でそこだけ明るいステージのくすんだ壁には古いポスターや写真が貼られている。
ステージは平土間で客とプレーヤーが顔を突き合わせるぐらいの距離で見合う。
カジュアルなシャツ姿の8人ほどの黒人のプレーヤーはみんな年配者で、
観客を気にするでもなく入れ替えの休憩時間を椅子にもたれて
ゆっくりとくつろぎながら談笑している。
「終わってからどこで飲もうか?」
「今日は疲れたから帰るよ」
「歳だな」
「お前に言われたくないよ」
なんて言ったかどうか分からないが程なく演奏が始まる。
トランペット、トロンボーン、クラリネット、ギター、バンジョ、ベース、ドラム、ピアノ
といった楽器が交互に混じりながら奏でるデキシーは
賑やかで何故か懐かしい。
陽気なリズムに引っ張られ吹き鳴らすペット奏者も
出番が終わると老人の顔になって椅子に座りこむ。
太いだみ声の混じった歌と掛け合いは時に哀愁を含み、
仲間同士の励ましといたわりが感じられる。
演奏が終わると客席からは年配者の労をねぎらうように、やんやの喝さい。
30分ほどのステージが終わると今度はSさん夫妻に引っ張られて
川(ミシシッピー)の方に向かう。
川沿いの通りの一角にある喫茶店カフェ・デュ・モンドの名物は
ベニエというフランス風の四角いドーナッツ。
皿に乗っかったドーナッツはほとんど味が無く、
これにパウダー状の砂糖をたっぷりかけて食べる。
客はこの淡白なドーナッツを噛みしめながら、
土手の向こうを来るミシシッピーからの川風を楽しんでいる。
再び雑踏の通りに戻り、しばらく徘徊したあとホテルに戻った。
入り口ホールの横にあるバーの方からジャズの音が聞こえてきた。
のぞいてみると客のまばらなフロアーの奥で
ピアノ、ベース、ドラムのトリオがモダンジャズをやっている。
一杯飲みながら少し聞いていこうという事で
Nさんとコーナーのテーブルに着く。
クールでリリックなピアノトリオの演奏はサロン風で、
当時特に好きだったケニー・ドリューのトリオをダブらせるようなスタイルだった。
出された水割りを口にしながら聞いていると
心地よい疲れが体を麻痺させるように回ってきた。
プリザベーション・ホールで聞いた生粋のニューオーリンズ・ジャズが
ホットでスパイシィなケージャン料理なら
このピアノトリオの演奏はフレンチのデザートといったところだろうか。
二つの違うスタイルのジャズを聞いて
ニューオーリンズの持つ歴史と音楽的パフォーマンスの多様性を感じた。
2008年にニューオーリンズを訪問した時は
2005年に襲ったハリケーン・カトリーナの惨禍からの復帰を心配したが、
フレンチ・クオーターは以前の賑わいを取り戻していた。
ニューオーリンズのエネルギーと生活のしたたかさがそこに感じられた。
2009年/12月28日