§ミズシマさんの
             とっておき雑楽ノート§




                                       (第十七話)

                                     
旅の失敗
                 =
ドゴール空港の二人組=

                    
   





 今回は旅の失敗について。

私は根がそそっかしいものだから、失敗は日常的について回る。

ただ旅先になると少しは緊張しているせいか、

記憶に残る失敗はそんなに多くは無い。

そんな中での失敗話を一つ。

 
 8年前の1月、仕事でミラノからパリに周った時である。

シャルル・ドゴール空港に着いた時は夜の7時頃だった。

スーツケースと大きめの仕事鞄、

それに手回り品を入れた書類鞄をカートに乗っけて

混雑時の空港ロビーに出る。

まずは現金を補充するために、

通路沿いに並ぶ店舗の間に両替所を見つけ

そこに向かった。


 両替所のカウンターの前には

向き合うようにしながら先客らしい二人の男が立っていた。

二人ともビジネスマン風で

長いコートの襟を立てて携帯電話で話をしていたが、

私が近づくと間を開けて私に順を譲った。

軽く会釈をしてカウンターの前にカートを置き、

日本円をユーロに両替する。

この頃は1ユーロが110円位だったから、

円高といわれる現在の1ユーロ135円前後よりもさらにユーロ安で、

日本からの旅行者には現地での生活や買い物に結構為替メリットがあった。

両替を終えると先ほどの男たちはいなくなっていて、

次の客が一人私のあとを待っていた。


 カートを押して歩き始めて、はっ!となった。

鞄がない。

一番上に乗っけていた書類鞄がない。

先ほどの男たちだ!

すぐに周りを見渡したが姿は見えない。

人通りをすかすように通路の前方と後方を見渡したけど、

それらしき男たちは見えない。

すぐさま両替のカウンターに戻り事情を言うと、

またかという顔で、話を聞き終えるまでもなく警察の場所を教えてくれた。


 パリ警察のシャルル・ドゴール空港詰め所は、

数ブロック先のコーナーにポリスの小さな看板と

小さな引きドアの入り口を構えてひっそりと待機していた。

小さなドアはカートごと入るには難儀なので外に置くしかないが、

ここでまた盗難の二重被害にあわないか、なんて一瞬躊躇した。

天下の警察の前、それはあるまいと思い直し、

体一つで小さなドアをくぐった。

4坪有るかなしかぐらいの小さな部屋に警官が二人と先客が一人いた。

アラブ人のような先客との話を中断して

警官の一人が私のところに来たので

事情を話すと、途中で制して

英語の分かる警官がもう少ししたら来るから待つようにといわれる。

30分くらい待たされて若い警官が外回りから戻ってきた。

何か報告を終えたあとようやくカウンターで待つ私のところに来て

状況を聞きだす。


  盗られた物は?

  黒い書類鞄を一つ。

  中身は?

デジタルカメラ、携帯電話、小銭入れ、ホテルのバウチャー、本。

パリでの滞在先のホテルとパスポートを控えてから

奥の机で書類作成に取り掛かる。

やることの無いままじーっと待つこの間は

時間の長さに合わせて、自身の失敗に自己嫌悪が募る。

ワープロを打ち終えると、

最後に壁側にある音だけがうるさくて恐ろしくスピードの遅い

大きなプリンターから書類がゆっくり吐き出される。

出て来た3枚の書類にパリ警察のスタンプを押して作業は完了。

盗難品が見つかったら連絡をくれるとのことで、

礼を言って小さな部屋から出た時は1時間半を優に過ぎていた。


 空港を出ると小雨が降っていた。

市街地のホテルに向かうタクシーのシートに身を沈め、

雨に滲む街明かりを見やりながら今回のトラブルを思い返してみた。

パスポート、現金それにクレジットカード、

みんなコートのポケットに入れておいたので無事だった。

それに比べて盗られたものは不急の物ばかり。

帰国してから保険で何とかなるだろう。

と、いつものお気楽思考で気持ちを切り替えようとする。

だが、それにしてもあれは何だったんだろう?


 両替所の前のシーンを頭の中でリプレーしてみる。

小さな書類鞄をカートの上に残したまま目を離した自分のドジ。

それは確かだ。

コートの襟を立てて顔を隠しながら、

携帯電話を使っての二人の男の連携アクション。

あれはプロの仕事以外の何者でもない。

腹の立つ前に、相手の仕事の巧妙な出来に感心する

自分が不思議でもある。

パリには4日程滞在したが警察からは何の連絡もなかった。

帰国の前日こちらから電話してみたが、

当然だろうけど何も見つかってないとの返事だった。


 帰国後クレジットカードに付帯している保険を請求するために

盗難物のリストを作った。

金額は残っていた領収書や記憶をもとに書き込んだ。


今その控えを見ると、

     
書類カバン

     デジタルカメラ SONY Cyber-shot DSC-P1

     同上メモリーステック 32MB

     携帯電話 NTTドコモ H502i

     携帯電話 ドコモワールドウォーカー (成田空港レンタル)

     名刺入れ

     小銭入れ

このリストに空港警察で作ってもらった例の書類を添付して送ると、

1ヶ月半ほどして現金が振り込まれてきた。

いつも世話になるわけではないが、

こんな時の保険はありがたい。


 品物を見るとわずか数年前だが時代の進歩が感じられ興味深い。

当時携帯電話は国内と海外で兼用に使えるものはなく、

海外用はその都度空港のレンタルショップで借りた。

革製品はカバンも小物もみんな気にいっていたが、

同じ物を手に入れることは出来ず惜しい事をした。

デジタルカメラは渡航前に買ったばかりだったので、

帰国後すぐに同じものを買った。

この時のメモリー容量はわずか32MBだったが、

当時のカメラの解像度は低く、

これで十分用が足りていた。

以降数年の間で、カメラ本体の画素数や機能は格段に進歩し、

メモリー媒体の容量は飛躍的に大きくなった。

デジカメはそのあと2回ほど買い替えて、

今はPANASONICLUMIX DMC-FX01というのを使っている。

解像度はまあまあだし、メモリーのSD2GBもある。

写真マニアの師匠に言わせれば、

このデジカメも大分時代遅れになるらしいが、

もうしばらくは使い続けることになりそうだ。


 さて、旅の失敗と反省。

旅行中は身の回り品にいつも注意。

特に旅慣れしてきたころはご用心。

そして、海外旅行に保険はお忘れなく。

                                      2009/10/31


         
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