§ミズシマさんの
             とっておき雑楽ノート§




                                       (第十四話)

                          
ウィーン楽友協会「黄金の間」
                    
−お先に「のだめカンタービレ」−




 717日の朝日新聞に

“実写版映画「のだめカンタービレ」本場ウィーンでロケ実現”

の見出しと共に次の記事が載っていた。

近年のクラシック音楽ブームに一役買った人気漫画、
「のだめカンタービレ」の実写版映画の制作が進んでいる。
一連のテレビドラマ・シリーズの完結編となり、
舞台もクラシックの本場欧州へ。
音楽の都ウィーンでは、
世界最高峰のコンサートホール「楽友協会」での史上初のロケが実現した。(以下略)」


 
 先月(
6月)の中旬にウィーンへ行った。

イタリアへの出張が仕事であったが、

オーストリア航空を使ってウィーン経由で行くことにした。

ウィーンで
2泊し、

時差調整した上でイタリアでの仕事に就こうという、

勝手な理由をつけてである。

実はウィーンは行った事が無かった。

過去の出張で何回か寄り道を考えたが、

思いついたときはいつも寒い季節で、

厳寒で有名なこの地は寒がりの私には興を削がれた。


6月のウィーンなら文句はない。


 機内の窓際の席に座ると、

「美しく青きドナウ」が
BGMで聞こえてきて気分が盛り上がる。

ほぼ定刻に発った機内の座席に身を預けて、

最近は中欧
3都市と言われるウィーン、プラハ、

ブタペストがセットになったガイドブックを開いて、

ウィーンでの行動計画を練る。



 先ほど大きな機材のような荷物を無理やりトランクに突っ込んで、

隣に座った男は大きなノートを取り出して、

ペンを片手に何かをチェックしている。


遅い昼食に出てきた、

余り特徴のない食事を
わざわざデジカメで撮ったのでちょっと笑うと、

仕事のレポートにつけるのだという。


「何のお仕事ですか?」と聞くと、

すぐさま名刺を取り出したので、

私もあわてて足元の鞄から出して交換する。



 Kさん、職業は文筆業となっている。

聞く前に向こうから説明してくる。


「映画音楽評論家です。」

映画雑誌に自分のコーナーを持って評論を書いたり、

講演したりしているという。


新しい映画はあまり知らないが、

古いところでイタリア映画のニーノ・ロータ、エンニオ・モリコーネ、

フランス映画のモーリス・ジャール、フランシス・レイ、ミシェル・ルグラン、

アメリカ映画のジョン・ウイリアムス、ヘンリー・マンシーニーと、

思いつく作曲家の名前を並べていくと、

Kさんはその一人一人について解説をしてくれる。


 作曲家や作品の背景を専門的に掘り下げて語られる内容は、

余りにも密度が濃く熱い。


いくら好きとはいえ私の頭の中はたちまち一杯になった。

Kさんが特に強調したのは、

今の映画音楽作曲家の最高峰はジェリー・ゴールドスミスだという。

「風とライオン」「エイリアン」「オーメン」「氷の微笑」

「猿の惑星」などを手がけていて、個人的親交もあるそうだ。

時々日本に来るので今度来たら一緒に会おうなんて話にまでなる。



 サービス精神が旺盛というか、

話し好きの
Kさんは聞きもしないのにいろんな事を喋ってくる。

年は
41歳。独身。

映画音楽評論家だけでは喰っていけないので、

色んなことをやっているという。


 今回は映画版「のだめカンタービレ」のスタッフになり、

プラハとウィーンの撮影現場の事前準備に行くという。

ヨーロッパ、特にウィーンやプラハはクラッシク音楽の流れにおいて外せない街で、

物語の展開の中でも重要なロケーションになることは私でも容易に想像がつく。


機内に持ち込んだ機材は成田で急遽運搬を頼まれた撮影機材だという。

あいにく私は「の
だめカンタービレ」の本やテレビは見ていないが、

主人公である若いピアニストと指揮者が、

音楽家として成長していく物語という風に漠然と理解している。



 「それじゃKさんも何か楽器をやるんですか?」と聞くと、

子供のころからピアノをやったが途中で挫折したとのお決まりパターン。

私が今クラッシクギターを習っている、

と言うと
Kさんは強い興味で私を見たので、

話の成り行きに危険を感じた私はあわてて話題をそらす。

「それでは、今日はウィーンでお泊まりですか?」

「それがウィーンなのか、乗り換えてプラハまで行くのはっきりしません。

空港に出迎えの人が来ているはずなので、

その人の指示待ちです。」


定刻にウィーンに到着。

荷物を引き取り、Kさんと一緒にロビーに出ると、

若いきれいな女の人が、

「のだめカンタービレ」と書いたボードを掲げて待っていた。

Kさんの話が裏付けられたわけだ。


 ウィーンの市街地は、

リンクと呼ばれる一周
4kmの環状道路の内側とその周辺を指し、

主な機能や観光スポットはそのエリアに揃う。

私のホテルはそのリンク接した王宮庭園の目の前にあり、

今回特に強い関心を持っている楽友協会からは
4500メートル、

美術史博物館からは
200メートルほどの距離である。

 ウィーンでのお目当ての一つ、楽友協会はウィーン・フィルの本拠地で、

建物の中の「黄金の間」は、

毎年元旦に世界中に放映されるニューイヤーコンサートの会場である。

チェックインして一息つくと、

インターネットで楽友協会のプログラムと空席を調べる。

定番のウィーン・モーツアルト・オーケストラによる公演はオフシーズンのせいか、

翌日夜の手ごろな席がスムーズに入手できた。

価格は
54ユーロ(7000位)。


 楽友協会はホテルから近いので、

当日の昼頃に様子見をかねてチケットを取りに行った。

ハンセンの設計によるギリシャ風の建物は世界一のコンサートホール、

というより重厚な役所といった感じである。


 中にあるチケットオフィスでチケットをもらいながら、

観客のドレス・コードはあるのか聞いてみた。

テレビで見るニューイヤーコンサートでは正装した紳士淑女がいつも映し出される。

中の女性は一瞬何の事かという顔をして、

それから笑いながらそれはありませんと言った。



 ホテルで軽く夕食を済ませ、夜815の開演に合わせて出かけていく。

この日は午後から生憎
の雨になり、

6月とはいえ肌寒くセーターが欲しいくらいであった。

それでもホールの中に入るとさすが「黄金の間」、

空間全体がぱーっと明るく輝き、観客の熱気がざわめきと共に満ちてくる。

1階の中ほどの席に座って周りを見渡すと随分多くの日本人がいるので驚く。

おそらく全体の
4分の1は下らないと思える。

ニューイヤーコンサートのチケットは入手が至難と言われる中、

せめて同じ場所で会場の空気と、

世界一といわれる音響効果を楽しみに来ているのだろう。



 
この日のプログラムは

l  モーツアルト 交響曲「ハフナー」から第4楽章

l  モーツアルト 歌劇「ドン・ジョバンニー」からアリアを含む3

l  モーツアルト 「クラリネット協奏曲」から第2, 3楽章

l  ハイドン 交響曲「驚愕」から第2楽章

l  モーツアルト セレナーデ「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」から第1楽章

l  モーツアルト 「トルコ行進曲つき」

休憩

l  モーツアルト 歌劇「フィガロの結婚」から序曲とアリア2

l  モーツアルト 交響曲40番から第1楽章

l  モーツアルト 歌劇「魔笛」からアリアとデュエット

l  ヨハン・シュトラウス 「美しく青きドナウ」

l  ヨハン・シュトラウス父 「ラデツキー行進曲」

という休憩を挟んで約2時間のプログラムである。


 会場に現われたウィーン・モーツアルト・オーケストラの面々は、

すべて銀髪のかつらにモーツアルト(あるいはハイドン)風のコートを着て、

雰囲気を盛り上げる。



 プログラム通りポピュラーな曲のてんこ盛りを、

手練れた技量でお祭り風に進めて行く。

それにしてもバイオリンの名器にたとえられるホール内の音の響きは素晴らしい。

特にクラリネット協奏曲での音の冴え渡りはさすがに美しかったし、

魔笛におけるパパゲーノとパパゲーナの掛合いは楽しかった。

定番の「美しく青きドナウ」では小太鼓の音がやたら気に障ったが、

最後の「ラデツキー行進曲」では、

ニューイヤーコンサートと同様に、

観客が手拍子で参加しながら盛り上がっておしまい、

と実に愉快なコンサートだった。



 映画版「のだめカンタービレ」の学友協会での映画撮影は、

私が行った
6日後に行われたらしい。

映画は今年末の公開予定というから


K
さんへの義理からも見に行かねばなるまい。

                                            2009/07/27


       

       

       

         





         
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