§ミズシマさんの
             とっておき雑楽ノート§




                                       (第十話)

                                  
〜バンコクの奇遇






 前にも触れたが、

専門商社をやっていると、

よく代理店会議に引っ張り出される。


世界中いろんな国から人が集まってくるわけだが、

地域、文化、宗教、言語、民族の綾で、

共通項を持った同士のグループが出来やすい。


キリスト教、イスラム教、

西欧圏、東欧圏、中東圏、アジア圏、北米、南米などなど。


我々にしても人種的馴染みからアジア人で固まりやすい。

特に私の場合は韓国、台湾の人とくっつきやすく、

これを勝手に東アジア3兄弟と呼んでいる。



 韓国のSさんとはじめてあったのは20年ほど前、

スウェーデンのエーテボリ
(Gothenburg)で行われた代理店会議の時だった。

季節は真冬で、深い雪に包まれた森の中の、

青い屋根と白い板壁の美しいホテルに寝泊りしながら行われた。


このSさんに初めて会ったとき友人のN氏とそっくりなのに内心驚いた。

年齢はSさんの方が5歳ほど若いが見かけはほんとに良く似ている。

そういうわけで親しみを持って会議の二人掛けの机に隣りあわせで座った。



 この会議の初日。主催者側の社長が挨拶し、

マネジャーがプレゼンに入ったところで、

隣りの
Sさんからジジジジ・・とうるさい音が鳴り出す。

この頃はまだ携帯電話なんて無い時代である。

みんなぎょっとして私とSさんの方を振り向く。

S
さんはつけた腕時計をあちこち押さえているうちにようやく静かになる。

1時間ほどするとまたもやSさんの腕時計は鳴り出す。

みんな振り向く。

Sさんがあちこち押さえるとやがて静かになる。

前日コペンハーゲンの空港で買った腕時計で、

使い方が良く分からないそうだ。


1時間後、またSさんの腕時計が鳴り出す。

みんな振り向く。

怒った顔、あきれた顔、笑っている顔。



 休憩時間にSさんはいなくなった。

しばらくして戻ってきて、

時計は部屋に置いてきたと私に説明。


で、部屋から別のものを持って来たといって、

小さなビニール袋から黄色い紙箱を出した。

箱には漢字で「正露丸」と書かれている。


説明の細かい文は全てハングル文字だがラッパのマークまでついている。

紛れも無い万能胃腸薬の由緒正しい正露丸である。

「わぁー韓国でも正露丸なんだ」と私。

兄弟の国だからそんな不思議は無いのだが、

得意げに
Sさん箱から瓶を取り出した。

良かったら半分もっていけ。

と言いながら私の返事も聞かないで、

机の上の白紙に黒い丸薬をざーっと空けた。


ご存知、あの正露丸の強力なにおいが密閉された会議室に拡散する。

(この頃はまだ糖衣錠は無かった)

私やSさんにはなじみのにおいだが、

それでもこの環境下ではきつい。


まして、異民族、異文化、異宗教の連中には、

有毒ガスの臭いと思えても不思議は無い。


会場はしばし騒然。窓を開けて寒風を誘い、ある者は廊下に退避し、

もちろん
Sさんは慌てて中身を瓶に戻し再び部屋に持ち帰る。

20分位してから会議は再開。

でも、この事件のおかげで、

初対面の参加者同士がお互いにずいぶん打ち解けた。


悪ぶれた様子の無いSさんは案外確信犯だったかも。


 翌年の夏だったと思う。

タイの代理店が事務所を新築したので祝賀行事とセミナーが催され、

私も韓国の
Sさんと共に招待された。

主催者側で用意してくれたホテルはバンコクの街のど真ん中にあった。

大きなホテルでビュッフェスタイルの朝食では、

タイ風、中華、洋食と内容がバラエティに富み、

寿司や味噌汁まであって何を食べても美味しかった。


二日目か三日目の夜にSさんと外に出掛けようということになった。

ホテルの周りはビジネス街であるが2,3ブロック歩くと、

歓楽街で食事とエンターティメントにもベストロケーションである。


 シャワーを浴びて着替えを済ませ待ち合わせのロビーに出る。

広いロービーの一角にソファーが並び島をなしている。

しゃれたアロハに着替えた
Sさんが、

誰か日本人のような人と話している。


Sさんがチラッとこちらを見たので、

「お待たせ!」って感じで片手をちょっと上げる。


怪訝そうに私を見たSさん、その後大きく目を見開いて言った。

日本語で「ミズシマ君じゃないか!何でここにいるの?」

「・・・・?!」Sさんではなく先輩で友人のN氏だった。


 雑貨の商社をやっているN氏は、

世界中を飛び回っているのを知っていたが、

それでもバンコクのホテルのロビーで会う偶然には驚いた。


連れは日本の取引先の人で、

今回は観光をかねてタイのメーカーに案内してきたそうだ。

程なく
Sさんが現れた。

N氏を紹介しながら二人を見比べる。

双子ほど似ているとは言わないが背格好、風体と共によく似ている。


本人同士がどう思ったかは聞かなかったが、

偶然が二つ重なったようで不思議な体験をした。

                                         2009/03/17





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