〜エッセイ







              
追悼〜渡辺範彦〜

 

 3月の始めの木曜日、私がいつものように朝霞台の教室にレッスンに行くと、

野村先生が私の顔を見るなり、

「渡辺範彦さんが亡くなったよ」と、突然思いも寄らない言葉。

 「肺がんだって。56歳だってさ…。」と、同年代のギタリストが亡くなったという事で、

先生もちょっとショックだったようです。

以前から体を壊して演奏活動を休止していた事は噂で知ってはいましたが…。

「そんな若かったんだ。そうか、やっぱり復帰できなかったのね…。」と私。

渡辺範彦さんといえば、

日本人で初めて「パリ国際ギター・コンクール」に優勝した、天才ギタリストと言われた人で、

実は私がギターを始めるきっかけになった人なのです、

(ギターを始めた頃はそんなスゴイ人だとはまったく知りませんでした)。

 

 今から?0年前、NHKの教育番組ではピアノやヴァイオリン、フルートといった

音楽教室の番組を放送していました。講師陣もピアノの安川加寿子や中村紘子、

ヴァイオリンの江藤俊哉といった日本を代表する演奏家が出演していました、

(フルートは誰だったか忘れました)。

かつてのギター・ブームの名残か、クラシック・ギターの教室もやっていて、

当時中学生だった私は、ある日の夕方たまたまテレビのチャンネルを回していたら、

ギターを弾いている人が映っている番組に行き当たり、

面白そうだったので何となく見入ってしまいました。

それが
HNK教育番組の「ギターを弾こう」と言う番組でした。

教材として採り上げられていた曲は、

初級のレッスンではソルやカルリ、カルカッシのエチュード、

二重奏の曲でヴィヴァルディの「
2つのマンドリン協奏曲〜第2楽章」、

中級のレッスンでは、バッハやヘンデルの曲でした。

 画面に向かって左側に生徒さんが座ってギターを弾き、

右側に先生がギターを構えて座っていて指導している、といったスタイルでした。

その生徒さん右側に座っていた先生が渡辺範彦さんでした。丸顔で黒ぶちの眼鏡をかけていて、

くせっ毛なのかもじゃもじゃした髪の毛をした人で、

シャイな性格なのか中学生の私が聞いてもわかるほど、あまり上手いとは言えない話し方をする人でした。

 それでも、レッスンの最中に生徒さんが弾いたフレーズの模範演奏をした時などは、

生徒さんの音に比べてなんと太くて豊かな音を出すことか!!(あたりまえなんですが・・・)、

と「はっ!!」とする事があり、特に番組の最後のコーナー「ミニミニ・コンサート」では、

毎回クラシック・ギターの名曲を迫力ある演奏で披露し、

それを聴くのが私の楽しみの一つでありました。

特にヴィラ・ロボスの「前奏曲第
1番」は印象に残っています。

ヴィラ・ロボスの曲は今でこそポピュラーな曲ですが当時としてはとても前衛的な曲で、

初めて聴いた時は何が何だかよくわからず、

ただただ渡辺範彦の弾くギターの迫力に圧倒されて聴いていたと言う感じでした。

それでも「ミニミニ・コンサート」で何度か演奏されるのを聴いているうちに、

曲も少しずつわかってくるようになり、いつの間にか好きな曲の一つになっていきました。

 

 実は私がギターの世界に引き込まれたきっかけになった曲がこれとは別にあって、

番組のオープニングとエンディングに演奏されるテーマ曲になっていた、

ヴァイスの「ファンタジア」がそれでした。

 ちなみにこの曲は今でも私の大好きな曲の一つです。

 番組では時間がないので前半部分しか聞く事が出来ませんでしたが、

自由な雰囲気で流れるように弾かれる冒頭のアルペジオと、

対話するように聴こえる甘美なメロディが厚みのある美しい音で本当によく歌われていて、

「この曲はこういう風に演奏するんだ」と言っているような演奏でした。

 思えば本格的なクラシック・ギターの曲を聴いたのはこの時が初めてだったような気がします。

 毎回番組を見るたびに、

「こんな綺麗な曲をこんなに上手く弾けたら、どんなにいい気分だろう」と思うようになり、

それが私がギターを始めるきっかけになりました。

 当時はクラシック・ギターを始める理由として、

殆どの人は「“禁じられた遊び”を弾きたい」というのが圧倒的だったはずなのですが、

私は「渡辺範彦さんの“ヴァイスのファンタジア”を聴いたから」なのです。

もちろんその時はこの方が「パリ・コンの覇者」である事など全く知りませんでしたし、

それを知ったのはギターを始めてからしばらく経った頃でした。

 私は前に何回かこの曲を演奏しましたが、

この曲を弾く時はだいたい渡辺さんの演奏を参考にして弾いています。

それほど「渡辺範彦の“ヴァイス”」は私に影響を与えてくれているのです。

 この人の演奏に遭遇しなければ、たぶん私はギターを弾いてはいなかったでしょう。

その、きっかけになった人が亡くなってしまいました。

 

実は、私は渡辺さんの生の演奏は一度も聴いた事がないのです。

私が本格的にギターを始めた頃には渡辺さんは体調を悪くされて、

演奏活動を停止してしまっていたのです。

復帰も期待されていたようですが、それすらも叶いませんでした。

ですから、あの素晴らしい演奏に一度も地下に触れることなく終ってしまい、本当に残念でなりません。

本当なら「現代の巨匠」、「名ギタリスト」として第一線で活躍されていたはずなのに…。

 

今はただ、素晴らしいギターの世界を知るきっかけを与えていただいた事に感謝しています。

そして「ヴァイスのファンタジア」はこれからも大切に演奏していきたいと思います。








                
               パリ国際ギターコンクールで日本人としてはじめて一位になる




         昭和50年/10月からのギターをひこうのテーマソングだったヴァイスのファンタジアの楽譜です、
         最後の12フレットの小指のセーハが話題になりました。渡辺範彦の名演でした!