やぁ君か。
 フィン・マックールは老いた手を止めずにそう言った。彼の前には暖炉がある。足が不自由になってしまったのだろうか。彼の座っている椅子の近くには松葉杖が置いてある。赤いチェックのひざ掛けを腿の上にかけ、彼は黙々と読書をしていたのだ。暖炉の放つ暖色の光が辺りをやさしく照らす。いつしか綺麗な金色をしていた彼の髪の毛は白くなってしまっていた。彼最愛の人を亡くしたとき、彼は一気に置いてしまった。まるで最愛の人がいたために若かったかのように。愛するものへの恋慕が、心だけではなく髪にも表れたようだった。
「久しぶりじゃないか。懐かしい顔だ。」
 フィン・マックールはそう言いはしたものの顔を上げようとしなかった。月の光が木々から顔を出すのと暖炉の炎以外は本物の闇だった。フィン・マックールが読書をやめようとしないのにはそれなりのわけがあるのだが、その理由は誰も知らない。
 そのひざ掛けは、とそこまで言ってやめる。本から顔をあげた彼が悲しそうな目をしていたからだ。瞳こそは暖炉の火に向けられているが、物悲しい目をしていた。きっとそのひざ掛けは彼の最愛の人が生前作ってくれたものなのだろう。だからきっと薔薇のように赤かった赤は色あせた赤になってしまっているのだ。
 イギリスはいた堪れない気持ちになり目を瞑る。そうでもしなければ涙の一粒や二粒が零れ落ちそうになったからだ。閉じた目に映るのは闇と、それからあたたかい暖炉の火の色だった。暖色。
「一気に老いてしまったものだよ。きっと君はもうわかっただろうが、もう足も自由に動かない。」
 フィン・マックールは椅子を動かしてイギリスに向き合った。自嘲的に浮かべられた笑顔が先ほどの目と同じで矢張り物悲しく、フィン・マックールは無理をしているのだろうということは安易に想像できた。
「死を待つのはさすがに怖いが 彼女とまた会えるのなら苦ではないな」
 そう呟いた言葉は返事を待っているのだろうか。


フィンは老いたのですがまだサヴァのことが忘れられないでいます。イギリスがフィンの館を訪れたとき、彼は息子を無くし(亡くしたわけではなく)グラーニャの一件は終わったあとでした。ひとりきりになってしまったフィンはひとり暖炉で読書に励んでいます。しかし老眼なので文字がはっきりと見えません。