優しさに沈む



「リトはみんなにやさしいのね」
 そう彼女が言ったとき、俺はその言葉を理解しかねていた。その言葉は今までの話の内容からして、とても唐突だったからだ。
 がやがやとテレビが喧騒を伝える。また事件があったらしい。事件、と言っても動物園の猿に子供が産まれました、という類のものだった。テレビが猿の赤ちゃんを映す。正直言うと、本当に人間は猿の子孫なのかわからなくなる。だってあまりにも似てないじゃないか。宗教的には、神様が俺らを作り出したのだろうけど。
 俺はベラルーシに問いかけてみた。猿のことではなく。
「俺はみんなにやさしいかな」
「うん。みんなにやさしい」
 そう彼女は言って、テレビへと視線を投げる。彼女の顔は笑っていなかったし、それでも怒ってもないようだったから、全然彼女の考えが読めなかった。何を考えているんだろう。俺はそれだけを考えて、隣でソファに腰掛けている彼女の顔を見た。やっぱり何を考えているのかわからない。俺は少し早く息を吐いてテレビを見た。猿のお母さんの説明。そうか、父親はボス猿なのか。
「わたし妬いちゃうな」
 また唐突に、ベラルーシがぽつりと言う。言う、というより漏らす、と言ったほうが合っているかもしれない。言おうとしていったわけではないような、そんな言い方だった。
「俺はベラルーシから見るとみんなにやさしいかもしれないけど、」
 そう俺が言うと、ベラルーシはゆっくりと俺の方を向いた。今から言おうとしていることが俺らしくないような、そんな気がして言うのをためらった。だけど言わないと、伝わらない。
「ベラルーシには一番やさしくしてるつもりだよ」
 ベラルーシは俺に微笑んでから、またテレビを見た。今度は、いつものように微笑を浮かべて。
「ね、リト。これみてるとやっぱり人間の祖先は猿、って感じするよね」
 赤ちゃん猿の名前、大募集。確かに、そうかもしれない。