「そこの電車、もう来ないのよ」
 それだけ、その一言だけ言っただけなのにその駅のホームには酷く良く響いた。こつん、こつんと靴の踵が鳴る。彼女は歩き、彼と距離を置くとそこからまた話し始める。真夜中のホーム。電灯は少し薄暗い。電車が走るレールの先にはグラデーションのように先に行くほど黒くなっていた。音は聞こえない。
「最近ね、終わったの。誰も利用しないだろうって。」
 言葉をかみ締めるように言う。一言一言、心を込めると言うわけではなく。彼は変わらず彼女の方を見ず、ホームの床ばかりを見ていた。口元はゆったりとした服の袖で隠されている。どうしてもこちらを向く気はないようだ。
 売店には何年か前の新聞と、飲み終え潰された紙コップが無造作に横たわっていた。
 彼女はまた話を続ける。
「あんたも馬鹿よ、無理ってわかってたんでしょう。もう終わるってわかってたんでしょう?なのに、」
 そこまで言って彼女はくちもとを閉めた。言い過ぎたわけでもなく、またこれから続きを言おうともしていなかった。
 強い風が吹く。ホームも灯りがかたかたと揺れる。点滅。
「でも、」
 彼がやっと口を開く。が、布で少し声がさえぎられた。聞こえないほどではない。
 がちゃんと大きな音を立てて灯りが落ちる。暗闇が辺りを包んだ。
「俺はできると思った」
 暗闇の中、その言葉だけがあたりに響く。