車内というのはやはり窮屈なものだと思っていたのだが、あまりそうではなくて驚いた。ゆったりとした助手席に座り込み、シートベルトをし、運転席の彼にいいですよ、と合図を送る。彼はそれを確認するとゆっくりとギアをまわしてエンジンを可動させた。
車は国道を制限速度で走っていく。きっと外は風がびゅんびゅんと吹いているのだろう。見慣れないに本の風景が足早に視界から消えていく。
台湾はできるだけ前を見ているようにして――それでも少しだけ、隣の日本を盗み見た。着物では運転し辛い、と言っていた日本の服はスーツで、なるほどそれなら邪魔にならないと台湾を納得させた。実は少しもっとカジュアルな普段着か何かを想像したのだが。
台湾はハンドルを豪快に回す日本に多少の驚きを交えつつも、微笑みながら今の自分の幸せに感謝した。
今日の台湾の服装があまりにも可愛らしかったから、いつもはそこまで感情が表に出ないはずなのに露骨に出そうになってしまった。日本はいつも通りの表情を保ちながら台湾を車に乗せた。目的地は決まっていた。
車の車内は狭く、こんなに近いのだから何かを喋ったほうがいいのだろうと少し見当違いの答えを頭の中で弾き出した日本は何かを喋ろうとするものの言葉が口をついて出てこない。ゆっくりと握ったハンドルがひんやりとしなやかな冷たさを放っていて、運転するのだから別に喋らなくてもいいのではないかとやっと思い直して、彼女が喋りかけてくれるのなら喋ろうという考えに落ち着いた。
密室の空間、手を伸ばせば届く距離の車の車内では日本が選んだアルバムの曲が控えめな音で流れ、それが沈黙を強調させるようであったが音量は上げなかった。
ざあ、と波の音が鼓膜を振るわせた。振動して薄く広がる波の音は心地よく、感傷的に光る橙色とそれが混ざった海の青色が今の季節を浮かび上がらせていた。体を翻らせればそこには群青色の夜が迫ってきていた。もうすぐ太陽が海へと沈む。
浜辺には小さな貝が砂に埋もれ、砂浜と一緒に橙色の光を浴びていた。
秀逸な眺め、と台湾はアリのような小さな声で呟いた。
「ここの景色を見て欲しかったんです」
日本は台湾より数歩前に出て言う。彼は台湾を振り向かずに言った。
「綺麗だとは、思いませんか」
そう言った日本の声が確固としていたので台湾はこの今にもなくなってしまいそうな儚げな景色にはそぐわないと思ったけれど、その海の情景と確固とした日本の姿を合わせてこれは素晴しく綺麗な風景だとゆっくりと頷いた。日本には見えていないと知っていながら。
ざあ、とまたゆっくりと波が浜辺に上がった。白い沫はものの一瞬にして消え、残ったのは浜辺に残された砂についた名残惜しそうにする海の水だけだと思うと、それは何処か日本さんと私に似ているのかもね、と台湾は日本に気づかれないようにこっそりと微笑んだ。
キリ番888を踏んだお嬢さまへ。甘い日台、これでよろしいでしょうか……!(どきどき)なんか履き違えた気がしなくもないですが、888おめでとうございます!