偽るのはいつもあなたの方だった。
私はそれを見破ることはなく、ただいつもそうなの、と聞いていた。
見破るとか、そんなことはさして問題なかった。
あの人は嘘を言うとき、膝の上に添えた右の手の甲を必ず左手の指で撫でるから。
私はそれでも彼の言うことを信じた。
嘘を付くときの癖は、自分で見つけたものではなかったし。
それに私は彼の言葉に嘘はないと思っていたかったから。

帰っていくときあなたはいつも帽子を目深く被った。
右手で帽子の鍔を持って、目を隠すように深く深く被る。
羽織ったコートの裾が風に合わせてひらひらと揺れる。
外は藍色。海より濃い紺色。薄く散らばった灰色の雲。
かなしいなあ、と思う。
彼が来るときも帰るときも私の家は凄惨な状況で、
彼は帽子を深く被らないとどうなるかわからなかった。
ごめんなさい、と謝りたかったけど謝ってしまったらもう
二度と私のところには来てくれない気がして私は言えなかった。



遠くから来た私をどうか見捨てないで。
私は遠くから来たあなたを絶対に見捨てないから。