かたん、と柄にもなく音を立ててイギリスがフォークを置いたとき、エリザベスは一瞬きょとんとしてから睨むほどには強すぎない視線をイギリスに送った。イギリスは俯きがちにスープ皿を見つめ、黙ったままでいる。
 いつものような食事だった。朝はエリザベスとイギリスは2人だけで食事を取ると決め手いたので、今日もそれと同じであった。メニューはパンにスープにサラダ、そしてフルーツを盛った皿が2人の間にひとつ。それもいつもと似通ったメニューであった。はずである。話題も今日は晴れるか、といったこれまたいつもと代わり映えのない話であった。何もイギリスの気分を害するような話はしていないし、メニューも然りだ。
「イギリス?何かあったの?不都合があったのなら言いなさい」
 エリザベスの語尾が怒ったように上がるのは彼女の癖だ。それはイギリスも重々承知しているし、それが理由で喧嘩になったことは一度もなかったはずである。
「……別に、ねえよ」
「嘘ばっかり。いつもは食事中にフォークを置いたりしないでしょう」
 イギリスはそのあとぽつりと何かを呟いたがエリザベスの耳には届かず、それが一層彼女を苛立たせた。理由のわからない相手の行動が更に意味のわからないものになっていく。それは物事の白黒を早くはっきりとつけたいエリザベスにとっては最悪のパターンだった。
「いいわ、あなたがそういうおつもりなら、私だって食事はやめにします」
 睨んで言ってやるつもりだったのだが、あまりにもイギリスがしょんぼりとして見えてエリザベスは自身の目を疑った。しかし出てしまった言葉は今さら取り返すこともできず飲みかけのスープを残したままエリザベスは席を立った。
(ああ、あのスープ美味しいのに。イギリスのせいだわ)
 名残惜しそうにスープを見ることもせずに、エリザベスは憤然とした足取りで部屋から出て行った。イギリスはドアの閉まる音を聞いてからテーブルに肘をついた。





 それから一日、一度もイギリスに会わず過ぎていった。自室に戻ったエリザベスはいつもなら玉座の隣にいるはずのイギリスの姿が見当たらなかったことに腹を立てた。どれだけ使用人に探させに行かせてもどこにもいないのだ。エリザベスは玉座に座ろうものなら一応許してやるつもりだったのだが、それすらもしないとなれば許すつもりは毛頭ない。明日の朝食にもしイギリスがやってきたら出来る限り非難した目で見てやろう。そう思いながらドレスを脱いで部屋着に着替えていたのだが。
 ふと、テーブルの上の箱に目が行った。
 今朝はこんなものあったかしらと考えるも、今朝はそのテーブルで化粧をして、そのままであった。だからテーブルの上は鏡だけのはずで、真白い箱などは姿さえもなかったはずである。
 エリザベスは訝しがりながらも箱に手を伸ばした。この部屋は一応、召使いが見回りに来るので危険物などはない。恐る恐る手を伸ばして真紅のリボンをほどく。


 むせ返りそうなほど強烈なチョコレートの香りがして、エリザベスは自身の嗅覚がおかしくなったのかと思った。
 いびつな形のチョコレートケーキに、白色で「Elizabeth」の文字。
……イギリス?
 ケーキを箱ごと持ち上げると、ひらりとカードがエリザベスの足元に落ちる。かさりと音がしたそれを拾うために箱を机の上に戻し、エリザベスはしゃがみこんだ。
 チョコレートケーキのようにこれまたいびつな文字でカードに書かれていたその文字を見てエリザベスはすぐに誰が書いたのかわかり胸が熱くなった。
 エリザベスはあたたかい気持ちでそのケーキを見つめた後、もう一度箱を包装しなおし厨房へと急いだ。
 明日の朝、これが食卓に出てきたらイギリスはなんていうかしら。
 カードに書いてあったあの言葉をちゃんと口にして言ってくれるかしら。








9月3日はエリザベス一世の誕生日です。温めていたから書けてよかった。誕生日にはあげられなかったけど、月にあげられて満足です。