※(たぶん)明治初期パロディ。台湾が名門貴族のお嬢様、日本がその用心棒というパロディです。お互いの名前は出てきていないので、夢を読んでる気分になるかもです。許せる方はどぞ。












 障子の向こうにはあの人がいる。わかってる。わかってるからあそこには近づけない。あの人は私が傍に寄れば必ず「いけません。あなたと私は身分が違うのです」と嗜める。
 ほんの一尺。いや、一尺もないかもしれない。それほど近いのに、こちらに背を向けているあの人は遠い。ずっと寝ずの番をしていて、それでいてずっと目だけはきっと前を見据えている。父様が言っていたから知っている。あいつは素晴しい用心棒だ。お前のことは絶対に守ってくれる。……普通に出会えたのなら、私は普通に恋愛できたのかしら。良く考える。あなたの見せてくれない笑顔も、優しさも、それなら全て見せてくれるのかもしれない。
 彼は私のことを嬢様、と呼ぶ。決して私の名前を呼んでくれない。だから私も彼の名前をきちんと知らないわけだから、私は父様の「うかがみ」と言う呼び名を真似ている。伺見と書くのだということを父様が言ってくれた。その父様も伺見様の名前は一向に教えてくれないままだけれど。
 伺見様、というのは少しの勇気だけですぐ口にすることができる。でもできない。彼は私が早く寝ないことをとても嫌がる。私は寝る前の少しの時間でさえ伺見様とお話していたいのに。
 うかがみさま。言葉がつかえる。父様にとってはきっと簡単なことなのに。
「伺見様」
 私は布団の上でそう呼んだ。心臓はあまりに早く打っていて、彼の一挙一動を欲しているかのように彼から目が離せなくなる。伺見様は微動だにしない。幸い私の顔はちょっとやそっとじゃ赤くなったりしないから良かった。
 ぴくり、と伺見様が肩をいからせる。私はそわそわしながらそれを見て、伺見様がどう行動をするのかをじっと見つめていた。
「……嬢様」
 背中越しに伺見様が答える。振り向いてはもらえない。
「伺見様は寝ずとも大丈夫なのですか。その、昼も働いていらっしゃるのに」
 会話がしたいわけではない。ただひとつだけ言いたいだけなのに。
「嬢様。……早く寝てください。お体に差し支えます」
「それは伺見様も同じでしょう」
 伺見様は私のために寝ずの番をするとき、必ず剣を抱いている。そして胡坐をかいて座りいつでも向かい打てるようにするのだ。
 私は、私を守るがためだけに伺見様に死なれて欲しくはないし 病気になったりもしないで欲しい。
 伺見様は私のために寝ずの番をするとき、必ず剣を抱いている。そして胡坐をかいて座りいつでも向かい打てるようにするのだ。私は、私を守るがためだけに伺見様に死なれて欲しくはないし病気になったりもしないで欲しい。
 伺見様はこれからをどうやって過ごしていくのだろうかと考えることがある。これからもずっと私の傍で守り続けるのだろうか。私はきっといつか父様と家のために嫁ぐだろうに。その時私の隣に伺見様がいるのは私にとってとてもつらいことだ。
「嬢様はお眠りください。もう夜も深い」
 伺見様は私の気持ちを知っている。なのにこうやって知らないふりをして私を突き放す。そんな優しさなんていらない。私は伺見様がどれだけ優しいか知っているから苦しい。どうか私の名前を呼んでくださればいいのに。
 まだまだ夜はこれからだ。まだ梟さえも鳴いていない。けど彼は鶏が鳴く朝までずっと目をこらして起きているのだ。そんなとき、私を恨んだりはしないのだろうか。
「伺見様、」
「お眠りください」
 伺見様は頑としてこちらを向いてはくれなかった。私からすれば伺見様の見ているところは闇なのに、伺見様には明るく見えるのだろうか。
「……おやすみなさい、伺見様」
 返事はない。私は明かりを消すと布団に潜り込んだ。まるでそこにいないような静けさで、伺見様は確かにそこにいた。