戦いに行くことに反対はしなかった。
 ただ、行くのはやめたほうがいいのではないかな、とずっと考えていただけだった。









 ベトナムが戦に出ると言う。その準備をする彼女を見て、エジプトはやめてくれればいいな、と思った。できる限りならして欲しくなどはない。あまりにも目に優しい色をした迷彩の軍服が嫌でも視界の端にちらついている。家の中は前とは比べ物にならないほどさっぱりとしていて、彼女が大切にしていたものでさえも家の中にはもう無くなっていた。安全なところに隠したのか、それともどうせ壊れるのだからと自分で壊したのだろうか。どっちにしろ悲しいことだ。自分が傷つくとわかっている戦いに出ることはとても悲しいことだし、つらい。灯りが椅子に座るエジプトの頭上をほのかに照らす。ベトナムは相変わらずごそごそと何かを探しているようにしゃがみ、棚を探っていた。外は静かで、たまに聞こえてくるのは遠くで鳴いている犬の鳴き声だけだ。それ以外聞こえないこの国はあまりにも寂しくて怖くなる。
「エジプトサン」
 ベトナムが何かを探しながら言葉を紡ぐ。エジプトはいきなりの言葉に内心驚きながらも返事を返すために言葉を捜した。できるだけ早く。
「……なにかな」
 どうしてだか、同じように会話が広げられる。いつもなにかな、とエジプトが言えばそこからベトナムは話を広げた。それが楽しい話のときがほとんどだったために、こんなことは初めてかもしれない。こんなに緊張したまま話を続けるのは。
「べつに、帰ってもいいんだよ」
 こちらを見ずにベトナムは言った。表情がわからない。この天井の照明は辺りを上手く照らせていない。だから表情も暗く見えたりする。
 ベトナムはいつの間にか探すのをやめていた。手は止まっていて、静かに組まれた足の上に手を置かれている。ベトナムの手はこの部屋の中でも白いな、と思う。こんな娘が戦に出て行っていいものなのかと考える。戦に行くか行かないか、なんてものは彼女が決めることなのでエジプトが干渉することではないと考えるのだが。
「では、帰らせてもらうよ」
 エジプトはベトナムの顔をうかがいながら、ゆっくりとそう言った。ベトナムは頷くことも何もせずただまっすぐ棚の中を見つめていた。椅子から体を持ち上げると、長い間立つことを忘れていたかのように背中の骨がぼきぼきと鳴った。静寂の中であったもののそれはあまり響かなかった。
「……死ぬんじゃないよ」
 歩こうとすると床板がみしりと唸る。次ここに来るとき、まだこの家は健在であるだろうか。