彼が帰ってきたと聞いたとき、私は走って彼のもとへ急いだ。ずっと会っていなかった。それは本当に、気が遠くなるくらい長いあいだ、ずっと。彼はもう来ているのだろうか。その情報が私の耳に入るのは遅かったから。どうなんだろう。もしかしたらまだ着いていないかもしれない。どっちでもいいや、帰ってくるんなら。
 彼は変わっていないのだろうか。たくさんあっちにいたんだから変わってしまったかもしれない。性格とか髪形とか服装とか容姿とか味覚とか嗅覚とか感覚全部とか変わったかな。それでもいい。彼は絶対、いつでもそのままだから。私が駄々をこねたりしてもいつもなだめてくれるし、お菓子がまだ食べたりないと言えば内緒、と言ってこっそり自分のを私にくれた。やさしい人だ。私は彼のことが大好きだし、彼もそうだったと思う。なんとなく。

 走ったから顔に髪がひっつく。それに汗を吸った服が肌に張り付く。不快。だけどそれを直そうとか、そういうことは考えなかった。そんなことより彼に会いにいかないといけない。足の裏が疲れて痛くなる。最近運動不足だったから、こんなにたくさん走るのは結構きつい。ペースは落とせない。彼は私が来るってことを知らないだろうから、私は驚かせてやるんだから!

 空港について、人ごみの中から彼を探す。いない。やっぱりもっと早かったんだ。もしかしたら中国のところに行って何か儀式のようなものをやっているかもしれない。それか、旧家に戻って久しぶりの家でくつろいでいるのかもしれない。あの家は綺麗にしてあったから、いつでも住めるはずだ。私は空いてきた辺りを見回す。記者もいなければ憎らしいイギリス人もいない。彼はきっといない。きっと他のところにいる。私は彼に会うのをあきらめずにまた走り出す。



 と、外に出たとき。
 走って自動ドアから出てきた私を、変わらない瞳が捉えた。

 あ だめ


       なきそう



「おかえり」
 やっと搾り出した声はあまりにも小さくて、聞こえなかっただろうなと思った。それでも彼は少し恥ずかしそうに小首を傾げて、私に向かって微笑んだ。
「ただいま」
 彼は全く変わっていなかった。変わっていたところといえば大きくなった身長と、少しだけ太くなったまゆげだった。でもいい、中国とあまり似ていなくなったから。それなら私は気兼ねなく彼と話せる。
 彼は変わらない大きな手で私の頭を撫でた。その瞬間ぶわっと涙が出てきて私の頬を伝った。どうして帰ってきたのに泣くの、と聞かれたからあなたが帰ってきて嬉しかったからよ、と答えた。全くこの人はどこか抜けている。
「かえろうか、台湾」
 どこへ帰るというのだろう。ここは香港の家だというのに。