カランカランと鳴り響く玄関。今日は日本さんにも会ったし最高だ!とか思って最高の気分で帰宅してきた。のに。
 不法侵入。その言葉だけが私の頭によぎった。

 玄関には随分長い間見てきた男の靴があった。堂々といるんじゃないわよといろいろむかついたので足でその靴を隅にずらした。ざまあみろ!
 さっさと靴を脱いで(いつもはちゃんとそろえるんだけど、今回だけは仕方ない)居間へと向かう。スーパーのビニール袋を持つ手に力が入る。袋が早足な私の腿に当たってかさかさと音を立てた。不快。いつもなら全然気にならない音なのに。
 居間に行くと矢張りそこにはぐうたらと人の家なのに寛いでいて勝手に私のお菓子を食べている、男。
 やっぱりそうだったのかと期待よりは絶望に近い感情が体の中を頭からつま先まで駆け抜けていって、虚無感に襲われ指先に力が入らなくなり、ヨーグルトの入っていたスーパーの袋を落とした。やっばいぐちゃぐちゃになっちゃう。まさかはじけてないよね?
「遅かったあるな」
 なんだこいつなんだこいつなんだこいつ。我が物顔でここにいるんじゃありませんそれ私が日本さんにもらったおせんべいです何ばりばりとこぼしながら食べてるのたたみのすきまに入り込むと掃除するの厄介なんだけどそれに人の家で寛いでるのやめてよね私鍵かけて家でてきたはずだったけど何で開けて勝手に入ってきてるの、それに、
「不法侵入だこのやろー!」
 できれば、はやめに訴えたほうがいいかもしれない。中国め。


「なんであんた人の家に入ってきてるの」
「この前鍵貸してもらったときに合鍵作ったある」
「この前って大分昔じゃない しかも勝手に合鍵作るな!」
「台湾と我は同じ中国ある。別に合鍵くらい持っててもおかしくないあるよ」
「誰が同じ中国だ!私は台湾、あなたは中国。私中国の一部じゃないわよばーか独立してやる」
 っていうか今すぐ出てって欲しい。
「そんでなんで私のお菓子食べてんの」
「置いてあったからにきまってるある」
「あのそれ日本さんからもらったやつなんだけど」
「あいやー、そりゃおいしいはずある。台湾のはこんなにおいしくないあるね」
「あ、そうか中国は喧嘩売りに来たんだ。買ってあげる売りにきたんなら」
「台湾はもっと大人しくするある。そんな乱暴だと日本だって好きにならないあるよ」
 中国は私の地雷を踏んだ。
 わかってる、私が乱暴なことくらいわかってる。私が一番わかってるよ。でも私日本さんが好きなんだもん。わたし乱暴だし乱雑だし荒っぽいし、日本さんとつりあわないっていうのは私わかってるよ。だけどさ。だけど中国に言われたくなかったよ。
 あれ、私、いまなんて考えた?中国には言ってほしくないって、それって、
「帰って」
「ちょ、台湾、急に何するあるか」
「帰って」
「押すなあるー!」
「かえって」
「台湾?」
「かえ、って」
「……台湾」
「何で来るのよ・・・そんなこというならかえって」
 私が中国を押すのをやめてわんわん泣くと、中国は私をみて頭を撫でてくれた。
「……心配になっただけある」
 それよりさっきの言葉取り消さないと、私ずっと泣いてるわよ。


 結局中国の野郎は最後までその言葉は取り消さなかった。最悪だ。それを言わないまま帰る、というので私は喜んでお見送りのため玄関に立った。私は目が腫れたままだし、中国はなんか途中から私を慰めるのをやめてテレビに集中していた。ああなんてやなやつ。
 夜風が泣いた頬に心地いい。
 中国は靴を履くと、振り返って、今日はありがとう、とかそんな感じのことを言った。私は自分の靴元を見ていた。
 中国が離れていくのを足音で知ったので私は顔をあげた。お茶つくろうかな。
「台湾!」
「え、な、なによ」
 私はいきなり声をかけられたので驚いて返事をしてしまった。しまった、返事しないって決めてたのに。
「さっき、日本の番組が映ってたある。我のうちで録画しといたから、また見に来るよろし」
 ばか。私が中国の家なんか行けないの知ってるくせに。そういうこと悠々と言って、全てごまかそうとして、私を丸め込んで中国の一部にしようとする。なんてやつ。私、べつにそんなことで機嫌よく、ならないわよ。
「中国のばかー!」
「褒め言葉として受け取っておくあるー」
 ああ本当にばか。私も彼も。彼の後姿はひらひらと手を振っていた。私もこっそり振り返した。