気丈な女王には誰にも逆らうことがなく、まさしく平穏な日常を過ごしているように思われた。イングランドの住民は幸せでないことはなかったし、最強という称号はとても嫌なものではなかった。
 女王はいつもの美しいドレスを着るのではなく、下人が着るような質素なドレスを身に纏っていた。髪は上で束ねられ、小さな装飾で縁取られていた。カーディガンを羽織ると、その足の向かう先はこの部屋から出るための扉だった。
 扉の前の鏡で姿を確認する。これでは目立ってしまうかしら、と。確認し、これだとただの身売りの女ね、と自分で嘲笑して扉を開けた。
 キィ、となるべく小さな音が出るようにと気をつけながら開ける。その行動は無意味だったらしく、廊下を覗けばそこには一番会いたくなかった人物がいた。
「よう」
「今晩は。随分遅くまで起きてるのね」
「それはこっちのセリフだ」
 扉の横の壁に寄りかかり、こちらを向かずに言う。女王はくすりと笑い、扉をゆっくりと閉めた。
「イギリス、何の用かしら? 今からは少し時間がないのだけれど」
「あいつのところに行く気か」
 あいつのところ、と言ったということはその相手を知っているのだろう。女王はどう返事を返そうか考えたが嘘を言っても仕方ないと真実を伝えることにした。
「そうね」
「やめとけ」
「あら どうして?」
 そう女王が問うとイギリスは黙っているばかりで返事を言おうとしない。少し下を向いて黙る。これでは埒が明かないと思い、女王はカーディガンのボタンをかけると、スカートの裾が翻っていないかの確認をした。
 イギリスはもしかしたら元々言う気はないのかもしれない。何も言わずに黙り、王女の視線に気づいていないように足元ばかりを見ていた。女王は心の中で文章を推敲し、彼に向かい口を開く。
「あなたも私みたいな生活をしてみればよくわかると思うわ」
 王女はそう言うとイギリスに目をくれずに階段を駆け下りていった。イギリスはその後姿をただ見ていた。
 階段は長く続く螺旋に見えた。




エリザベス女王と若かりしころのイギリス。あいつとはエリザベス女王のたくさんの愛人のひとりのことです。エリ←英みたいな感じです。