台所から虫が出てきた。彼は虫が好きな人種ではないので――とは言っても特別嫌いなわけでもなかったのだが――それに何回も見た顔ぶれだったので、またか、と一瞥してそのままにしておいた。彼の朝の時間にその虫は不似合いだったけど、彼はあまりそういうのを気にしなかった。彼は足を組んでソファに座り、新聞紙を片手にコーヒーを飲んでいた。つけてあるテレビからはニュースが流れている。ちょうど読んでいたところと同じだったのだろうか、彼は新聞紙から顔を覗かせてテレビを見た。そして何も言わずにまた新聞紙に目を戻し、コーヒーをすすった。相変わらず、コーヒーがお好きですこと。彼がコーヒーが好きなのは今に始まったことではない。それでも私は暇になってしまったのでさきほどの虫を追いかけることにする。あの虫は行動パターンが決まっている。怖がらせるかのように居間をかけまわる。彼はやっぱりそんな虫が居間で暴れていようがどこで暴れていようが全く気にしない人なのでそういうところには無頓着だ。私は奴が来るであろう所で待ち伏せし、奴が来たときに手を出した。ばしん。床を叩く音がして、私は奴を仕留めることに成功する。彼は音で気が付いたのかこちらに来た。コーヒーも新聞紙も机の上に置いてあるけど、テレビは相変わらずついたままだ。おお、やったのか。そう言って彼は虫の無残でもある姿を見る。
「お前にも家族があったのか?」
彼が言った言葉を私は良く理解することが出来なかったけど、よしよしと頭を撫でてくれたのでそれでよしとする。